光が止んだ。
それと同時に雨も止んだ。
北の洞窟は、もう少しだ。
「今のは、何だったんだ・・・」
エドワードは呟く。
街へ戻り、仲間をかき集め、彼は洞窟を目指していた。
信頼できる仲間ばかりだ。もちろん、死なすつもりなど毛頭ない。
いざとなったら、自分ひとりででも洞窟に侵入しようと思っている。
エルヴィンが無事なら、それでいい。
「瘴気が・・・消えている？」
洞窟の手前でアサシン―調査隊にいた知り合いだ―が言った。
訝しげに洞窟を眺めれば、なるほど何の気配も漂ってこない。
警戒しながらも、仲間全員を連れて、洞窟内に入る。
「・・・・・」
しばらく進み、柵を越え、目の前に広がる光景にエドワードは唖然とした。
抉られたような壁や、所々の鍾乳石が折れているところを見ると、確かにここは戦場だったようだ。
だが今は、まったくアンデッドの姿が見当たらない。
それどころか、戦いがあったことすら、下手をすれば忘れてしまうかのように、何もない。
瘴気などもまったく感じず、逆に聖気が満ちているように思えるのは気のせいだろうか。
エドワードは一人、奥へと進む。
無事なのか。
それとも・・・・。
わからない。
何もわからない。
「・・・・・・」
不思議なものをエドワードは見た。
洞窟の奥、少し広がった場所。
壁の下に、ロザリーが二つ、寄り添うように在る。
小さなロザリーと大きなロザリー。
どちらも見覚えのある、ロザリーだった。
その周囲を、花が囲んでいる。
外にあれば決して目立たない花だ。でも、この洞窟内ではいやというほど目立っている。
その花にもエドワードは見覚えがあった。
名前は、確か何と言ったか・・・・。
思案はしかし、すぐにやめる。
そもそも名など無かったのかもしれない。
匂いもない、棘もない。
小さな、控えめな花。
妹が大好きだった花。
名もなき花。
それに囲まれてロザリーが二つ。
「ティナ・・・、エル」
エドワードは理解した。
何があったかなどわかるわけもないのに、しかし彼は理解した。
そして、ただ泣いた。
泣いた。
体中の血が涙に変わるほどに泣いた。
心の中は、ごちゃごちゃだ。
でも、今は何も考えまい。
今は、泣く。
泣くだけだ。
泣けば、きっとこの心は空と同じように晴れるだろうから。
エピローグ
蒼い空
藍い空
青い空
どこまでも澄んだ高い空
この空の果て、そこには何があるの？
宇宙？
それとも天国？
もしかしたらそこは地獄かもしれないし
もしかしたらこの空に果てなどないのかもしれない
それでも私は、この空を眺め続ける
飽きることなく、眺め続ける
風がクレアの黒髪を撫でていった。
空は抜けるような青空、ちなみに快晴。
孤児院から少し離れた丘にクレアは立っている。
空が、ほんの少しだけ近い所。
クレアは空を見ていた。
手にはゼロピーがある。
先日、エドワードが孤児院にやってきた折に持ってきてくれたものだ。
エルヴィンが、渡してくれと頼んだという。
自分で渡せばいいものを。
おおかた渡しそびれたのだろう。
昔から、おっちょこちょいな所があったから。
「・・・・」
まだ、心の整理がついていないのだろうか。
エルヴィンとティナのことを思い出すと、まだ目に涙が浮ぶ。
でも、それも今日までのことだ。
やっと、決心がついた。
こんなきれいな青空だったから、決心をつけようと思ったのかもしれない。
「クレアおかあさーん」
声がする。
振り返ればエリーとペリンとジャンが駆けてくるところだった。
急いで目の涙を拭う。
よし、もう大丈夫。
「ねぇ、見てよ！これ！」
エリーがその小さな手に握り締めていたもの。
それは、ブローチ、本物のブローチだった。
「これは・・・？」
驚いて尋ねる。
すると、エリーは少し気恥ずかしそうに言った。
「さっきね、わたしお兄ちゃんからもらったブローチ落としちゃったの。――そしたら、中からこれがでてきて」
粘土のかけらも見せる。
・・・・。
手の込んだことを。
「おれのもみてよー」
「あー、おれのもー」
二人がカードを差し出す。
・・・・・。
滅茶苦茶レアなカードだった。
「やるな〜、エル兄。偽装なんてさ」
「どうでもいいことに気合入れる人だったもんね」
うれしそうに笑う。
それから、ちょっと不思議そうな顔をした。
「でも、あの日どうして教えてくれなかったんだろう」
「だよね。エル兄ちゃん、夜のうちに行っちゃったし」
「今頃、あなたたちがビックリしている顔を想像して笑ってるかもしれないわよ？」
「うわー、悪趣味だー」
「ほんと、素直じゃないよな」
「でも、お兄ちゃんらしいといったららしいかな」
子供たちへのプレゼントが実はすっごくレアだった。
そのことに特に意味はないだろう。
彼なりの意趣返しなのかもしれない。それにしては、少々豪勢過ぎるが。
「あ、それからさっきさ。エル兄の部屋掃除してたらこんなの出てきたんだ」
そう言って、ペリンはポケットから無造作に紙を取り出し、クレアに渡す。
『シスターへ。カプラ利用の名義、俺からシスターへ変更しておきました。
ちょっとしかないけど、色んなガラクタあるから適当に売って何かの足しにしてください。では、アディオス！』
「あの子ったら・・・」
本当、最後の最後までどうしよもない子だ。
私の立場がないじゃない。
「そういえば、おかあさん。お兄ちゃんが忘れてったオカリナがなくなってたんだけど、どうしたか知らない？」
「ああ、それは」
それは、今日、この丘に埋めた。
だけど、子供たちには、彼らがどうなったのかなど、まだ話せない。
・・・・・いや、もしかしたら、もう知っているのだろうか。
でも、今はまだ自分の口からは伝えまい。
「エルがね、今朝、忘れたーッて言って取りに戻ってきたのよ。でもすぐテレポ使ってスッ飛んでっちゃったけど」
「なーんだ、おれらには挨拶もなしかー」
「白状だなー」
「きっと恥ずかしかったんだよ〜、忘れたのが」
「そうね、きっとそう」
クレアは子供たちにそっと微笑んだ。
子供たちも微笑み返す。
「いい天気ねー。ほら空がこんなに高くて青い」
また、クレアは青空を見上げた。
子供たちも真似して見上げる。
「ホント、すごいきれい」
「エル兄ちゃん、そういえばいっつも空見てたよな」
「何かあったのかなぁ、この空に」
子供たちの姿が、あの日の少年に重なって見える。
いつまでも飽きることなく、空を眺めていたエルヴィン。
彼と、彼の愛した人は、もうこの世にはいない。
澄んだ青空だった。
ティナの瞳のように澄んだ青空だった。
空は、いつもそこにあって、変わらずに私たちを見下ろしている。
そう、変わるのはいつも人の世だけ。
人の、想いだけ。
でも、それでも―――
クレアには、この青空が自分たちを見てそっと微笑んでいるように見えたのだ。
ＦＩＮ