そこは戦場だった。
悲鳴と怒号。
目を血走らせ獲物に群がる人々。
そこは、戦場だった。
己が勝利を信じひたすらに突き進む人、人、人。
志半ばに押し倒されてゆく人、人、人。
勝利、敗北。
そこにあるのはこの二文字だけ。
引き分け？妥協？
そんなもの存在するわけがない。
なぜならここは戦場なのだから。
そう、何処かの誰かが言っていた。
「・・・・・・」
バーゲンは戦場なのだ、と。
「さぁーさぁー、本日限りの大特価ーー。蔵出しレア物大セールだぁッ！！」
ルーンミドガルズ王国首都プロンテラ。
そこはまさに中心地。
権力にしろ、物流にしろ、人の流れにしろ、まさに王国の中心地。
何処を見ても人、人、人！
低スペックマシン的にはちょっぴり厳しい、そんな街。
そのなかで一際賑わう露天があった。
『大爆発！スーパーグレイトファイヤーマグナム大バーゲンセール！！』
と、看板には書かれている。
すっごく投げやりでつけたような素敵な謳い文句。
それでも、その露天に人が群がっているのは、確かな品が揃っているからなのだろう。
遠巻きで、それを眺める男女二人。
「・・・・・・なぁ」
男が口を開いた
「ん？」
「マジで、・・・・あそこへ買いに行くのか？」
「マジ」
大真面目に傍らの女性は答える。
「大丈夫だって〜。エルを盾にすれば私一人くらい買い物できるし」
盾。
・・・・。
盾！？
イージス！？
とてもとても嫌な予感が青年の脳内を駆け巡る。
「ちょ、ちょい待て・・・って！？」
「つべこべ言わず突撃〜〜〜。さぁ、青年、荒野をお行きなさい！レッツ轟！」
「ギニャァァァァ」
哀れ、青年の悲鳴も虚しくその少しだけ鍛えられた肉体は怒涛の中へと押し込まれた。
「なんじゃワレぇぇぇ、どこの組のもんじゃーーー！？」
「ち、ちが、違うってばーー」
ちょっと怖そうなお兄さんに、ドスの利いた声を浴びせられたり。
「この筋肉野郎！てめぇらモンクなんて所詮は中途半端な器用貧乏だろうがぁぁああ」
「な、それは、ちゃんと育ててる人に失礼だっつーの」
アサシンさんにちょっと痛いところ突かれたり。
「ちょ、あ、あなた何処触ってんのよ！」
「この浮気者ーーッ」
「ち、違う！ふか、不可抗力だぁぁぁああ」
『黙れーーーー』
何故か、プリさんとティナから晴れ渡った青空の彼方までぶっ飛ばされたり。
つまり。
まぁ、色々とエルヴィンは人の世の波に揉まれたってことやね。
ちょっぴり強くなった気がする、そんな晴れた日の午後。
「死ぬ・・・・・」
むしろ途中から人波に踏まれていたのは内緒の話らしい。
「おーい、そこの敗北主義者〜」
ティナがボロボロになって倒れているエルヴィン（職業モンク）を呼ぶ。
「いつまで寝てるの〜」
幻聴まで聞こえるなんて。
とうとう限界みてぇだ。
「後のことは任せたぜ、リトルジョン。・・・ＧＡＫＵＲＩ」
「ほらほらいつまでもトリップしてないで、店じまいの邪魔になるから帰りますよ〜」
ずるずると、引き摺られる。
ずるずると。
ずるずると。
ちょっと小石があってもお構いなしにずるずると。
子供がジュース零しちゃったようなところも、引っ張ってるティナは気付いていないのか、ずるずると。
エルヴィンの体に無数の傷とか汚れが情け容赦なくつくのは、果たして生まれ持った運命か否か。
全ての謎が、明かされる。
次回、感動の最終回！
回復戦隊イモレンジャー。
最終話『イモよ、永久に』
君は、宇宙（ソラ）の理を識る！
「視聴率独占。社会現象を引き起こし、世界中で大ヒット。ファン待望の劇場版は制作快調で・・・」
「んー、重症ね」
何とかベンチのあるところまで、ティナはこの哀れな連れを運んできた。
哀れにしたのは自分だけど、この際それは置いておく。・・・セオリーだし。
「ほら、しっかりしなさいな」
ぺしぺしと頬を叩いてやる。
「・・・特製イモストラップ付き前売り券はお近くの劇場窓口にて絶賛発売中」
「捌くぞ、コラ？」
「・・・・、で何買ったんだ？」
マスク・ド・ライダー並みの変身術、ここに再び。
またキラッと光る歯。
ティナ、流石に今回ばかりは、突っ込まないわけにはいかなかった。
「切り替え早ッ」
「はっはっは、そう褒めるな」
「褒めてない、褒めてない」
ヒュッヒュッと全力で手を振り、真顔で否定するティナ。
突っ込んでもらったのがうれしいのか、それとも褒めてないと言われ悲しいのか。
どちらの表情も押し隠し、エルヴィンは再び彼女に問う。
「で、この敬虔で純真で純情で涙もろい聖職者の鏡たる俺を盾にして、キミは何を買ったのかな？」
「これ」
どっちゃり。
どっさり×
どっちゃり○
まさにどっちゃりと言う表現が正しいだろう、何となくだけど。
でかい袋いっぱいのそれは。
各種ポーションとか。
かぼちゃとか。
にんじんとか。
ミルクとか。
「・・・・・芋は？」
「芋の時代は終わったの、とっくの昔に」
情け容赦のない一言。でもまぁ、わかりきったことなので精神的ダメージは少ない。つーか。
「・・・・・・つーか」
そう、まったくもって何つーか。
どんなレア物狙いかと思えば、どれもこれもそこらの露天で売っているものばかりだ。
「あのバーゲンで買う必要まったくないじゃん！」
「他の露天より１ゼニー安かったんだもん！」
・・・・・。
嗚呼、そうさ。
たしかにそうさ。
エルヴィンは思う。
１ゼニーを馬鹿にする者、１ゼニーに泣くってね。
でも、でもね。
「俺が、ボロボロになるほどの価値はあったのでしょうか？」
「キミはよくやってくれた。獅子奮迅の大活躍、上には私が報告しておこう〜」
「う、ウソだ！そうやってあなたは手柄を独り占めしようとしてるんだッ」
「ぬぬっ、鋭いやつめ。だがバレてしまっては致し方あるまい、即刻コイツを打ち首にいたせ・・・。って何言わすんですか、エル〜」
きれいなアッパー。
微笑みながら、アッパー。
エルヴィンも薄く笑いながら首都上空３０ｍ（推定）くらいを華麗に舞う。
３００ｍとか４００ｍとかっていう高さじゃないけど、それでも、こうごちゃごちゃ人がいると・・・・。
なんと言うか、ねぇ。
高みの見物、それは強者の証！
「見ろ、人がゴ――――」
ＷＡＲＩＮＧ
高速で接近する謎の物体。
「ジブリちっくな悪役の名ゼリフをパクッちゃだめだよ〜」
「！―――これはまさか、シールドブーメラン！？」
もちろん誰が投げたかなど考えるまでもない。
されど、その投げた人物は、今日は私服のはず。だから、盾を持っているわけがない。
「！」
超速回転し接近するそれは、銀円盤。
何処のご家庭にも必ず一枚はあるもの。
恐らく近くの家の台所から拝借したのだろう。
そう、それは。
「ば、馬鹿な！鍋のふただと！？」
避けようにも、既に落下運動を始めているこの身。
お鍋のふたは、とっても綺麗な弧を描いて―――。
クリティカル。
「じゃ、私カプラさんにこれ預けてくるから、ここで大人しく待っててね」
「や、ヤー」
地面に体がめり込んでたり、頭から血が出てたり、下手すりゃ三途の川一歩手前だったりするけど、ここは一つご愛嬌ということで。
どっちゃりした袋を軽々と抱え、ティナは人ごみへと消えていった。
ちなみにカプラさんがすごく近くにいたりするのをエルヴィンは知りません。
ティナの姿が消えると見るや、半ば死にかけのエルヴィンはポツンと呟いた。
「まったく、いつもこれだ・・・・」
「ホント、困っちゃうよね〜」
絶妙なタイミングで相槌。
何処の誰かは存じませぬが、ナイス。
「これじゃ体がいくつあっても足りないっつーの」
「ねぇ〜」
無造作に差し出される液体。
もちろん、相槌の声の正体にお約束で気付かないエルヴィン。落下の衝撃で頭が朦朧としているのだろうか。
「俺ってどうしてこう報われないのかなぁ」
そして、当然のようにその液体を飲み干す。
「ホントね〜」
何てことはない、普通のぶどうジュースだ。
無造作に今度はなにか食べ物が差し出される。
「やっぱり、ラックに振ってないのがマズイのかなぁ」
「どうなんだろうね〜」
確認もせずそれを口に運ぶ。
漢らしくがぶり、と。
「・・・・・・・」
がぶり、と。
「ね〜」
「・・・・・・・・な、なんじゃこりゃーーーーー」
エルヴィンは噛んでから気付いた。
そもそも視認しておけばこんな事態にはならなかっただろうに。
そう。
今彼の口からはトカゲか何かとりあえず爬虫類っぽいヤツの足がぴょんって。
ぴょんって飛び出ていたりする。
「化け物のエサだよ〜。精つきますぜ、旦那？」
「知るかーーーーーー」
仮想ちゃぶ台を思い切りひっくり返す。
「や、やめて〜、おとっつぁーん」
「えぇい、うるせー。酒だー、酒よこせー」
「あーれーーー」
「・・・・って、何させるんじゃーー」
「でも元気になったでしょ？」
ニッコリ微笑むティナ。
その顔に、悪意はない。
少なくとも、あのお子様たちに比べれば天使のような顔だ。
そしてまたこのじゃれあいが、傍から見ればわけのわからないこのじゃれあいが、エルヴィンには心地よかったりする。
「さ、元気になったみたいだし、もうひと回り行ってみようか〜」
「まだ行くのかよッ」
日はまだ高い。
「つべこべ言わず、レッツゴー。今日はとことん付き合ってもらうんだからねー」
「ウワーーーン」
口から爬虫類ちっくな足を出しつつ、再び引きづられて行くエルヴィン。
プロンテラの青い空と太陽は、そんな二人を見ていつまでも笑っているのでした。
青年、食べるか喋るかどっちかにしろよ、とか言いながら。
夜。
夜。
夜。
それは昼の裏側。
それは黄昏の彼方。
それは逢魔の刻を越えた場所。
夜。
夜。
夜。
それは静寂。
それは幽玄。
それは暗闇。
夜。
夜。
夜。
それでもこの暗闇が明るく見えるのは、果たして漆黒の空に朗々と在る満月のためか。
闇空を切り裂く明かりに照らされ、影が二つ。
小高い丘。
遠く見えるは人の明かり。
夜を灯す人の明かり。
明かりの数だけ、人の営み。
明かりの数だけ、有象無象。
夜を忘れた首都。
眠らぬ首都を、今宵の満ちたる月は過剰に照らす。
照らす。
照らす。
首都から離れた小高い丘。
満ちたる月は首都と同様平等に照らす。
照らす。
照らす。
闇にあって互いの姿がわかるほどに。
闇にあって互いの心がわかるほどに。
「今日は――、ありがとね」
満月を見ていた空色の瞳をとなりに向けティナは言った。
「なんだよ、改まって」
同じく満月を見ていたエルヴィンは、同じく視線をとなりに向ける。
街の喧騒を抜け出し、二人は今丘の上。
誰もいない。
二人のほかには誰もいない。
草木も静かに月光へその身を預けている。
ご都合よく、ポリンすらいない。
確かに、このムードでポリンがいたら、微塵の躊躇もなく殺ってしまうです。
エルヴィンの問いに、ティナは呟くように答えた。
「ん・・・、なんとなく」
「―――」
エルヴィンは再び、夜にあってなお耀い空を眺め始める。
今宵の星はその煌きを満月に譲っているためか、なかなかに見つけ辛い。
「何か探してるの？」
「アルゴス座」
「ふふ、何よそれ」
小さくティナは笑った。それから、納得したように空を見上げ言う。
「朝の？」
「そそ」
あるわけのないアルゴス座を、二人は一生懸命探し始める。さそり座の辺りとかを中心に。
『あ――』
同時に声が上がる。
月に照らされた空を、旅人は過ぎ去って行った。
幾星霜の旅の果て。
旅人は、この星を終焉の地としたのだ。
「流れ星なんて・・・久しぶり」
「普通だろ？」
感慨を隠し切れないティナとは対照的に、エルヴィンは涼しげに言う。
「もうー、エルは年がら年中お空を見上げてるからでしょ」
ぷぅと少女のように顔を膨らませ、ティナは抗議した。
「趣味ですから」
「安い趣味ですね〜」
「ほっとけ」
くすくすとティナは笑う。
それから、エルヴィンに問うた。
「何かお願いした？」
「金！金！金！・・・って」
「うあ・・・」
憐れむような視線。
その瞳に涙が浮んでいるように見えるのは、果たして錯覚か。
「・・・・本気にするなよ」
「だって・・・・」
じーっとエルヴィンの顔を凝視するティナ。
「顔がマジっぽいんだもん♪」
「何でそこで明るくなりやがる！？」
「気にすんな、青年」
ばしばしと、背中を叩かれ、思わずエルヴィンは咽る。
「ゲフッ、ゲフッ・・・で、そういうお前さんはどうなんよ？」
「んあ？私？」
んー、とティナはもったいぶり、そして。
「私は・・・、エルが・・・・・・」
俯くティナ。
「・・・・・、エルが」
心なしかその頬は赤い。
「子供たちにもっと虐められますように、って」
満面の笑みで、顔を上げた。あえて擬音をつけるなら、ニパッ、って感じで。
「〜〜〜〜〜〜ッ！？」
「・・・・・・冗談よ？」
「ウソだ、その目はマジだ！」
あぁ、神さま。
私の心はもう、幾度蹂躙されたかわかりません。
数えたくもありません。
これは、試練なのですか？
あなたが私に課した試練なのですか？
答えて、ねぇ、答えてよ、ゴッド！
「―――――本当はね」
一人神様に訴えるエルヴィンを尻目にティナが口を開いた。
「エルとずっと一緒にいれますように、って」
「――？」
「・・・・・ホントだからね？」
ジッとエルヴィンの黒い瞳を見つめながら、ティナは続ける。
「・・・・・奇遇だな」
「え・・」
「俺もだ」
同じく、ティナの青い瞳を見つめながらエルヴィンは応えた。
沈黙。
互いを見つめたまま、二人は沈黙する。
１０秒。
２０秒。
３０秒。
一分。
「うわー、もう私たちぶっちぎりラブラブ全開フルスロットルって感じだね〜」
沈黙は、クスッと笑ったティナによって終わりを告げる。
「今さら何言ってるんだか」
エルヴィンはサラッと流そうとした。
否。
・・・・このままでは恥ずかしくてやってられん！
「ぶー、雰囲気が大事なのー」
「さいですか」
「おうおう、兄ちゃんつれないやない？ええんか、そんな野暮に扱ってええんか？私なしでこれから生きていけるのかえ？」
ゲシゲシとティナはエルを小突く。ちなみに顔は（ェεェ）な感じで。
「卑怯なッ」
「何が卑怯なん？何が卑怯なん？」
やばい、目が据わっている。
「なーんてね」
悪戯っぽくぺろっと唇を出して、ティナは立ち上がる。
そして言った。
「でも・・・。しばらく会えなくなるかもしれない」
「え・・・？」
静寂。
満月の光が、ティナを包む。
そのせいか、彼女の姿が幻のようにも見えた。
「実は、さ」
幻は―否―ティナは続ける。
「討伐隊に入ることになって」
「討伐隊？」
うん、とティナは頷く。
「北の洞窟ってわかるでしょ？」
「ああ」
北の洞窟―韓国鯖、日本鯖、国際鯖未実装。脳内鯖専用―はプロンテラの文字通り北に位置する大きな洞窟である。
ちなみに全く無人の洞窟と言うわけではなかった。
「不老不死を求める新興宗教が、そこを根城にしてるって話は聞いたことがあるけど」
「そう、それよ」
不老不死。
それは、いつの時代も人が求めるもの。
それは、叶わないと知りながらヒトが求めるもの。
それは、欲望の行き着く先。
それは、永遠を識らぬものたちが望む儚い幻想。
「でも、そんな連中ほっとけばいいだろ？」
「ん〜、そうもいかなくってさ」
「何？」
「連中が崇めてるの・・・・、グールなのよ」
グール、その一言をティナは強調した。
グール。
喰屍鬼。
ヒトを捨てたものたち。
無理矢理ヒトを捨てさせられたものたち。
その魂、死にながらに生きながらえる。
すなわち、アンデッド。
「悪趣味にも程がある・・・・」
エルヴィンは苦々しく言った。
「まぁ、そのグールやらその他もろもろのアンデッドやらを根こそぎ抹殺、ってのが任務なわけで。
願わくば信者の皆さんたちを阿鼻叫喚の宗教裁判に〜、ってのは冗談」
「目が冗談って言ってない」
失礼な、と言わんばかりの顔でティナは反論する。
「そんな、王様や大聖堂だって生きてる人間相手にそこまで酷いことはしないわよ」
生きてる、そこをティナは強調した。
そう、生きているならばいくらでも道はある。
死してなお生きようとするものたちの道など、限りなく少ないのだ。ゼロといってもいい。
「でも、そんな大切なこと何で黙ってたんだ？」
エルヴィンは問う。
「何か、色々と言いそびれちゃって。でも、出発は明日だから、もう絶対言わなきゃと思ったから・・・」
エルヴィンはようやく理解した。
何故ティナが今日自分を誘ったのか。何故ティナがあんなに露天で買い物をしたのか。
そして、何故ティナが言いそびれていたのかも。
「俺も行く、って言うと思ったのか？」
ティナの沈黙を肯定に、エルヴィンは続けた。
「・・・・・俺も行く」
「ダメ、だよ」
断固とした否定の声だった。
「何故？」
エルヴィンは言葉を待つ。
待つ。
それはすぐだったかもしれないし、とても時間が経ってからだったかもしれない。
「ただでさえ弱い私が入ってるのに、これ以上弱いの増えたら大変でしょ」
そう言って、ティナはニッと笑った。
「・・・・茶化すなよ」
「一ヶ月くらいかかるらしいの」
一ヶ月、それを聞いたエルヴィンには思い当たる節があった。
「まさか、孤児院の心配してくれてるのか？」
そう、１０日後にシスター・クレアが孤児院を用事で一週間ほど空けることになっていたのだ。
「代わりのシスターも来るだろうけどさ。やっぱり子供たちもぎこちないだろうし。
それに、エルだって久々に孤児院にずっといれるんだから、あの子達にもっと構ってあげなよ」
それでもエルヴィンの顔は納得していない。
「あ、それに、志願締め切り今日だったりして」
「何ぃ！？」
してやったりな顔でティナは微笑む。
「ふっふっふ、今日の昼が締め切りですよ、旦那？」
「ちょっと待て、何でそういう情報が一つも俺の耳に入ってこないんだよ？・・・あ」
「エルくんは、滅多に大聖堂なんて行かないもんねー」
そこまで計算されていたのか。
何たる喜劇。大いなる喜劇。素敵に喜劇。激しく喜劇。ここまでくると、もう悲劇。
「それに報酬金もマズーだから誰も噂にしない、お解かり？」
「ならば何ゆえキミは行くのかな？」
「あー、私はほら、クルセイダーだし。まぁ、補充要員デスよ。志願少ないだろうってわかりきっていたから」
補充、ねぇ。
まぁ、確かにマズい報酬金に群がる冒険者なんてあまりいないわな。
そこはかとなく、納得するエルヴィン。
「ま、そういうわけだから。エルちゃんは大人しく私の帰りを胸が灰になるくらいに恋焦がれて待ってるんですよ〜」
「断る、つーかエルちゃんはダメ」
「うえーん、虐める〜」
「何でそうなる！？」
「鬼〜、鬼畜〜、悪魔〜、妖怪〜、化け物〜、人でなし〜、生もの〜、生ごみ〜、ゲイシャ〜、フジヤマ〜、スシ〜」
「言いすぎ！つーか壊れるな！」
「なら謝りなさいな」
月をバックにとっても素敵な微笑を向けるティナ嬢。
「ゴメンナサイ」
エルヴィンもとりあえず謝っておく。この際、従うほうが賢明である。
「よろしーい」
そう言って、再びティナは地面に腰掛けた。いつの間にか立っていたエルヴィンも同じく地面に腰を下ろす。
静寂が訪れる直前。
「本当に、行くのか」
天空を仰ぎ、エルヴィンは呟くように言った。
「うん」
ゆっくり、静かにティナは応える。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「――――これ、持ってけ」
エルヴィンは己の首から提げていた大きめのロザリーを、無造作にティナの手元へ差し出した。
一呼吸置き、ティナも自分の首にかけられた小さめなロザリーをエルヴィンの前に差し出す。
「二つもいらないでしょ？」
微笑みながら、そう言った。
「それもそうだな」
お互いの首にそれぞれのロザリーを掛け合う。
「・・・・・」
「・・・・・」
黒い瞳と青い瞳。
互いを見つめる瞳。
どちらからとも言わず、二つの瞳の距離は近づく。
そして。
大きなロザリーと小さなロザリーがぶつかり、音が生まれ、澄んだ音色が、宇宙に響く。
それを合図に再び沈黙の幕が上がった。
満ちたる月がジッと二人を見下ろしている。
風が少し、吹き始めた。
草が揺れる。
木の葉が揺れる。
二人の髪も揺れる。
すぐに風は止んだ。
なお一層辺りは静まり返った。
息遣いまで聞こえそうで。
心臓の鼓動まで聞こえそうで。
お互いいつも以上に意識してしまう。
やはり、一月とはいえ、離れ離れになるのはあまり心地のいいものではない。
ふと、エルヴィンは何やら懐を探り出した。
やがて何かを取り出す。
月光を浴びるそれは、古びたオカリナだった。
もの言わず、口元へと近づける。
息を吹いた。
生命なきオカリナに命が吹き込まれる。
「何か、久々だね」
ティナが言う。
エルヴィン＝ウインドが持つ意外な特技が一つ、オカリナ演奏。
これまた意外、なかなかに上手かったりする。
オカリナが歌いだした。
『旅立つ者たちへ』
誰が作曲したのか、いつ頃できたのか、長い刻の中でそれらは忘れ去られていった。
偉大な作曲家が作ったとも、戦地へ向かう夫のために妻が作ったとも、様々な謂れがある。
しかし、確実なのは一時の別れのとき、好んで演奏されると言うことだ。
演奏に想いを乗せて、人々は別れを惜しむ。
そして、また必ず会えると信じ、旅立つものを見送るのだ。
柔らかで、優しくて、透き通った音色が、風に乗って夜空へと舞う。
満月に彩られた夜。
二人の時は過ぎて往く。
どこまでも。
どこまでも。