景色が揺らいでいた。
砂漠の街、モロク。
日中の気温が上がることは当然のことで、今更驚くことでもない。
ゆらゆらと、景色が揺らぐ。
まるでそれは、全てが虚ろなような、世界。
「・・・・で」
ワシはいつものように、モロクの南にある宿屋前に居た。
いつも仲間の皆と話したり、落ち合ったりする場所だ。
時間は昼過ぎあたり。
空に浮かぶ太陽はまさに今が絶好調といった風に、じりじりと大地を焼いている。
「・・・・・誰もいないな」
そう。誰もいなかった。
この時間ならば、いつもならば必ず誰か一人ぐらい、仲間がいるはず。
それが今日は、そこには誰の姿もなかった。
もしかすると、皆で一緒に狩りにでも行ったのかもしれない。
ワシは大きくため息をつくと、宿屋の建物の壁に寄りかかるようにして座った。
誰かいるだろうと思って来たのだが、拍子抜けだ。
暇だった。
誰かと話がしたい気分だった。
でも誰もいない。
しばらく待てば、誰かしらやってくるだろう。ワシはそう思って、その場でぼーっとしていることにした。
容赦なくワシを照りつける陽の光。だが、今はあまり気にならない。
暑い・・・ハズなのだが、あまりそうは感じかなった。
誰もいない拠点というのも、寂しいものだ。
静かなその場所で、ワシは目を閉じる。
遠くから聞こえてくる、誰かの声。
同じ世界に存在し。
でも、彼らと同じ時間を共有することは、きっとない。
この世界で、ワシは何人と知り合い、そして別れていくのだろう。
幻殺悪
「ドンー」
名前を呼ばれて、ワシは目を開いた。
ドン。
ワシの名前はオズマだが、皆はワシのことをドンと呼ぶ。
「ほら行くぞー」
その声は、宿屋の建物の中から聞こえてきていた。
聞き覚えがある。
ワシの仲間であり、拠点の癒し屋、れおなんだ。
しかし、「行くぞ」と言われてもどこに行くと言うんだ？
狩りに行く約束なんかはしてなかったハズだし。
ワシは立ち上がって首を捻ると、建物内に足を向けようとした。
その声を聞くまでは。
「うむ、今行く」
聞いたことがある声だと思った。
でも、誰の声なのかすぐさま理解できなかった。
何だ・・・？
何だ、今の声・・・・・
「ワープポータル」
れおなんの声がする。
バシュ、と光の柱が出現する音。
待ったれおなん、まだワシは外に・・・
「違う」
突然、背後から声がした。
「違う。お前が行くのはそっちじゃない」
誰・・・と思う前に、視界が歪んだ。
何だ。
何だコレは。
「ようこそ・・・・オズマ」
ゆらゆらと陽炎のように揺れていた世界は、その姿を変えていた。
そこは白い、何もない、個室。
そこにワシと・・・ワシの目の前に、ワシと同じ形をしたモノが立っていた。
「な・・・にが・・・？」
分からない。
何が起こったのか。ここはどこなのか。
目の前にいるコイツは、何者なのか。
「俺が誰だか、分からないか？」
「・・・・・・・」
「俺は、俺だ。そこには何の問題もないと思うが、どうだ？」
そいつはそう言うと、ニヤリを笑みを浮かべる。
ワシは混乱していた。
コイツは何だ？
どうなってるんだ？
「ま、別にこの状況を理解しなくてもいい。そうであっても問題なし。だから話を進めさせてもらう」
「・・・・待て。勝手に話を進めるな」
「文句を言う暇があるなら理解しろ。お前の頭は飾りではあるまい？」
無茶苦茶言ってくれる。ワシは内心毒づきながらも、頭をフル回転させた。
歪んだ景色。
真っ白い部屋。
ワシと同じ形をした物体。
・・・無理だ。
どうやって頭を納得させろと言うんだ。
考える材料が少なすぎる。
しかし不思議なことに、ワシはこの状況を『単なる夢』と片づけることをしなかった。
「・・・ふむ。賢明なことだ」
目の前の男が、腕を組んで言う。
「・・・・・・お前は、誰なんだ？」
ワシの問いに、男が笑った。
「分からないのか？」
「分からない」
「俺は、俺だよ」
「それじゃ説明になってない」
「いいから、気にするな」
掴めない男だと思った。
常に、含みのある笑みを浮かべている男。
ワシと同じ形をした男。
「さて・・・始めるぞ」
「始める？ 何のことだ」
男はワシの問いを完全に無視し、くるりと背を向けた。
何を始めるつもりだろう。
ワシがそう思った瞬間、目の前が眩しい閃光に包まれた。
あまりの眩しさに、ワシは目を瞑る。
ほんの少しの、浮遊感。
・・・
・・・
・・・
「おや、ドンだ」
聞き慣れた声が聞こえた。
誰の声かなんて、姿を見ずとも分かる。
ワシはゆっくりと目を開き、目の前に立っている知り合い・・・ハンターのグラウを見る。
相変わらずの白い個室。
窓も無ければ扉もない、完全な密室。
そこにいるのは、ワシとグラウの二人だけだ。
「グラウ・・・なんで、ここに？」
「何でって、ドンこそ、なんで？」
質問を質問で返され、ワシは言葉に窮した。
その問いには答えられない。だってワシは何も知らない。
「まぁ、ここで会うのは、偶然じゃなくて必然なんだよ。きっと」
「は？」
「さてと。じゃあやりますか」
その動きは突然だった。
いつの間にか、グラウの手には弓が握られている。
矢を持ち、弓を構えるグラウ。
目標は・・・・・この白い部屋には、一つしかない。
即ち。
「な、にを・・・！？」
「悪く思わないでねドン。じゃあさよなら」
その手は、何の躊躇いもなく離された。
ビュン！ という風を切る音。
ワシはなりふり構わず横に飛び、放たれたその矢を何とか回避した。
「おや、避けられた」
「グラウ・・・！ どういうつもりだ！！」
「戸惑ってる暇があったら攻撃したら？ ドン殺しちゃうよ」
グラウは次の弓を構え、射る。
その洗練された動きは、彼のハンター歴の長さを感じさせた。
そして驚異なのは、彼の相棒・・・グラウの右上を悠然と飛ぶファルコン。
かなり長い間グラウと時間を共にし、十分に訓練されたそのファルコンは忠実だ。
グラウの放たれた矢に反応し、ワシめがけてその鋭い爪を向ける。
「・・・っ！！」
そうだ。
躊躇ってる暇などない。
躊躇えば次の瞬間死ぬ。
やるしかない！！
「空よ焦がれ。我は在る。我は護る。紅の一閃・・・！！」
早口での呪文詠唱。
そしてグラウの矢がワシに到達するより早く、詠唱完了魔法発動・・・！
「ファイヤー・ウォール！！」
ゴオオオォッ！！
ワシの力在る言葉の後、目の前に炎の壁が現れる。
その炎は飛来するグラウの矢を一瞬で焼き尽くし、ファルコンの接近を許さない。
「其れは在るもの。其れは無きもの。具現の衝撃！！」
続けて次の詠唱。
詠唱は一瞬。
発動も一瞬！
「ナパーム・ビート！！」
バァン！！
グラウの目の前の空間が炸裂する。
無いモノの衝撃。
敢えて言うならば、空間の爆発。
グラウはその一撃を受け体を後ろに反らせるが・・・それだけだった。
「ドン・・・・・・・手を抜いたね。
自分を殺そうとしている相手。そんな相手に手を抜いたね」
「グラウ！！」
「今ので、終わらせるべきだったんだよ」
炎の壁が消える。
グラウが弓を構える。
ファルコンが威嚇の鳴き声を上げる。
「弱い心は己を殺す。戦いをしてるんだ。殺し合いをしてるんだ」
「だが！ こんな理由もない戦いなど！！」
それも、見知った親しいモノとの戦いなんて・・・・！！
「それも大事。それが大事。
だけど、今ドンに迫られているのは・・・己が生きるか死ぬかの選定のはず。
死にたい？ 生きたい？
死にたいなら殺してあげる。
生きたいならうちを殺すことだね」
「何故こんなことをするんだ！！ 理由がわからないと言っている！！」
「理由がないとダメなの？」
ふぅ、とグラウは息をつく。
「じゃあ。こういうのはどうかな？」
バチン、と視界が入れ替わる。
今までは白い壁、白い床、白い天井。白い世界だった。
だが・・・・。
赤。
あかい・・・・・あかい・・・。
果てしなく赤い世界に、ワシとグラウは居た。
転がっているのは誰だ。
ワシの足下に転がっているのは誰だ。
グラウの後ろに転がっているのは誰だ。
ワシの右方向に重なって倒れているのは誰だ。
この部屋を真っ赤に染め上げているのは誰だ。
皆、知っている、顔。
こみ上げてきた吐き気を、懸命に押さえる。
その臭気に。
その異様に。
その惨状に。
瞳からは、涙がこぼれ落ちる。
何もかも突然で、何もかも分からなくて、何もかも真っ赤で。
そしてグラウは、
血ガ
赤クテ赤クテ
ドウシヨウモナイ血ガ
コビリツイタ
顔デ
笑ッタ。
「うちがやった」
何カ、言ッタ。
目ノ前ノ―――ガ、何カ言ッタ。
モウ、イイ。
モウ、十分ダ。
「お、ドンやる気になったね。いい眼してる」
笑みを深める―――。
「じゃあさ、やろう。殺し合おう？ どっちかが死ぬまで、殺し合おう！」
狂気に染まったその瞳。
歪んだ口。笑っているその口。
戦いへの渇望。
―――は殺すのが楽しいんじゃない。自分が死ぬか生きるかの戦いをすることが楽しい。
「・・・・・消え、失せろ」
吐き気がする。
「これ以上・・・・・・ワシの仲間を・・・友を侮辱することは許さん・・・」
「は？」
「望み通り戦ってやる。そして死ね。お前は・・・してはならんことをした」
「ふぅん。じゃあ殺してみなよ。できるなら！」
放たれるグラウの矢。
ワシはそれを、左手で受け止めた。
「な・・・！？」
ワシの左腕に突き刺さるグラウの弓。
激痛と共に血が滴るが、無視だ。
「・・・・・此処に、召喚す」
もう、詠唱は開始している。
少し遅れて、グラウのファルコンが突撃してきた。
そのファルコンを、ワシの目の前に来た瞬間に杖で叩き飛ばす。
それで杖が真ん中から折れてしまうが、別にいい。
「緋の永劫。紅の永劫。朱の永劫・・・即ち、消滅の儀式」
詠唱は続く。
「汝、この滅びを逃れる術無し」
「汝、我から逃れる術無し」
「汝、終わりの刻」
―――全力で、魔法を使ったことある？―――
それは誰に聞かれた言葉だったか。
―――ドンは、どこかで自分の力を抑えてる気がする―――
そんなつもりはないんだが。
―――やってみなよ。一回。自分の本気を―――
ありったけの魔力を注ぎ込む。
後のコトなど考えない。
面倒なコトなどどうでもいい。
目の前の赤色を。
目の前の出来事を。
目の前の―――を。
全部まとめて、消し飛ばす。
「炎帝よ。墜ちよ！
ロード・オブ・ヴァーミリオン！！」
ゴォォッ！！
具現した灼熱の炎。
それは上より交差しながら、床へと落下する。
「こんな大魔法で、うちを倒せるとでも！？」
その炎が床を直撃する寸前、―――はワシに向かって突進してきて・・・
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ！！！！
通常の数十倍はあろうとかという、想像を絶する大爆発に一瞬で蒸発した。
目の前が真っ赤に染まる。
先程の赤とは違う、熱い赤。
目を瞑り、開いた瞬間・・・ワシはモロクの街にいた。
「やるな。お前」
陽炎のようにゆらゆらと揺れながら、ワシの形をしたモノが立っている。
ワシは右手を前にさしだし、そのワシに向けて構えた。
「やってくれたな」
「さぁ、なんのことだか」
にやにやと笑うワシの形をしたモノ。
「見たくないものを見た」
「ほう？ どんな？」
「思い出したくもない」
「そうか。そりゃ残念」
「そろそろ帰らせてもらう。向こうで『お前の相手をしないといけないからな』」
「・・・・思い出したか」
ワシと同じ形をしたモノは、突然真顔になった。
ワシはじっと、それを見る。
「あのまま、あのハンターに殺されていた方が、楽に死ねたものを」
「冗談。幻影の中で死ぬなんてゴメンだ」
「・・・・・いいだろう。ならば現実で、お前を殺してやろう」
「こっちの台詞だ。あんなモノをワシに見せた報い・・・受けてもらう」
ワシたちはお互いを睨み・・・そして背を向けた。
そしてその空間は、砕け散る・・・・・
・・・
・・・
・・・
「ヒール・・・！！」
ワシを包み込む優しい光。
半覚醒なワシは、何も考えずに起きあがろうとして・・・胸に激痛を感じた。
ふと自分の上半身を見てみると、服に大きな穴が空いていた。
あぁ、思い出した。
彼奴の触手が、ワシの胸に突き刺さったんだった。
「ドン！ 気付いたか！」
ワシの隣でヒールを発動し続けているのは、れおなん。
本来なら致命傷である胸の傷だったが、どうやら助かったらしい。
「・・・悪いれおなん、迷惑かけた」
れおなんの手を借りて、よろよろと起きあがるワシ。
血が足りないのか、足がフラフラする。
・・・が、だからって休んでいられない。
少し遠くで、金属がぶつかり合う音がする。
見知った声の叫び声が聞こえてくる。
戦っている、戦っているのだ。
「勝た・・ないとな・・・・」
負けられない。
負けるわけにはいかない。
これは、取り返す戦いなのだから！
「ドン、起きた！？」
前線よりちょっと下がってきたグラウが、ワシに駆け寄る。
ワシは手を挙げて無事なことを宣言し、大きく息を吐いた。
「悪い、グラウ」
「へ？ 何が？」
「いや、こっちのこと。それより戦況は？」
「押したり押し返されたりの繰り返し。消耗戦になるとこっちが不利だね」
「一気に押し切ろう。れおなん支援頼む」
「おう」
「じゃあ戦線復帰といきますか！」
ワシたちは走り出す。
その、強大な敵に向かって。
―――全力で、魔法を使ったことある？―――
今から、使う！！
END...
あとがき
この話はちょっと複雑というか何というか。
一回で理解できたらちと凄いというか何というか。
この次の作品の布石とか色々含まれております。
というわけで、ドン（騎士じゃなくてWIZ）のSSでございますっ。
あー・・・これ書き始めてから何ヶ月経ったんだろ。
ようやっと、表舞台に出てきやがりました。
今やドンのメインキャラは騎士だったりするけど、私のSS内ではWIZ決定！
もう変更不可！ ごめんなさいっ（ぉ）
血に染まったグラウカッコイー。いやごめんなさいっ。
なんだか調子良いような悪いような、微妙な蒼がお送り致しました。
2004年 4月3日 （土）