「みどりん、こん」
「こん」
いつも皆が集まる拠点前。
私が散歩から戻ると、そこには最終兵器ねこねこ（ギルドの名前だ）の幸ねこ（ハンター）がいた。
ねこちゃんは何をするわけでもなく、ただそこに座っていた。
一人で。
その姿が妙に寂しくて、私はねこちゃんの隣に座る。
「今日は一人？」
「うん、みんな狩り出かけちゃったみたい」
「ねこちゃんは行かなかったの？」
「俺、寝てた・・・」
「・・・ナムリ」
みんな起こしてくれればいいのに・・・と呟くねこちゃんを見て、私は苦笑する。
彼はとことん、一人が好きじゃなかった。
ソロで狩りをすることなど珍しく、大概は誰かと組んで出かけている。
比率としては、あおあんと一緒にいることが多いかな。
あおあんっていうのは、最終兵器ねこねこのギルドマスターであり、ベトベトな人だ。
今はどこかに行ってしまっているようで、あおあんの姿はない。
「ねこちゃんって、ソロはしないよね」
「うん。だってつまらないし」
キッパリと断言するねこちゃん。
「ん〜・・・」
私は右手を自分の頬に当てて、しばし考える。
ねこちゃんを連れて、どこかに出かけてみよっか。
「ねこちゃん、私とどこか行く？」
私はそう言って微笑む。
「あー、いや、遠慮するよ」
ねこちゃん暇そうだったし、断ることはないだろうと思っていた私は、その言葉にちょっと驚いた。
「たまには、ソロでもしてみようかな・・・」
そしてそう呟く。
どういう心境の変化かは知らないが、たまには普段と違うことをしてみることも面白いもんだ。
そう思った私は、ぽんぽんとねこちゃんの頭を撫でた。
「無理しないようにね」
「うん」
ねこちゃんは私の言葉に頷いて立ち上がると、モロクの露店が集まる広場へ足を向けた。
狩りに必要な道具を調達するためだろう。
「それじゃ、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
笑顔で送り出す私。
歩いていくねこちゃんの後ろ姿は、どこか誇らしげで、どこか切なげだった。
伝想者
「さて」
こうなると私が暇だ。
空は晴天、絶好の狩り日和。
・・・まぁ、建物内の狩りだと、天気はあまり関係ないんだけど。
ピラにでも行こう、と私は脳内決定をして、ピラミッドへと続く道を歩き始めた。
「ありゃ？」
「おや、先生」
ピラミッド前に到着すると、いきなり見知った顔を見かけた。
ねこちゃんと同じく最終兵器ねこねこのギルドの所属している、先生（プリースト）だ。
「あれ？ こんなとこで何してるの？」
「ベト様待ち〜」
「あ〜、あおあんと狩り？」
「そう。でも約束の時間より早く来過ぎちゃった」
苦笑する先生。どうやら暇を持て余しているらしい。
「そういや、拠点前でねこちゃんと会ったよ」
「ほえ」
「一人で寂しそうだったよ〜。次からは誘っておやりなさい」
「そうだね。でも、今日も誘おうと思ってたんだよ」
「え？ じゃあなんで？」
「寝てたし」
そういやねこちゃん本人も、「俺寝てた」って言ってたっけ。
起こせばいいだけでは・・・と思うけど、寝てる人は寝せておけって考えなのかもしれない。
「みどりんはソロ？」
「うん、暇だしね」
「むぅ・・・みどりんもワシらと一緒に行く？」
「ううん、一人で行ってみるよ」
「そっか」
そう言って、先生は笑う。
「気をつけて〜」
「お互いにね」
私は先生に見送られて、ピラミッド内部へと足を踏み入れた。
うっすらとした暗闇の中を、私は進んでいく。
いつも愛用しているチェインを握りしめ、どこから何が飛び出してきても反応できるようにする。
1Ｆ・・・は特に語ることなし。
Ｂ1・・・は牛が怖いので行かない。
そして、それは2Ｆについた瞬間だった。
突然、私の目の前が暗転する。頭がふらつき、まともに立っていられない。
敵―――！？
そう思ったが、辺りには敵の・・・それどころか、人の気配すらない。
ただの貧血・・・？
にしても、私は貧血持ちじゃない。
・・・だめだ、意識を保てない。
目の前が、妙にゆっくりと、黒く染まっていく。
最後の力を振り絞って、私は自分の背を外壁にもたれさせた。
そこで、意識が途切れた――――――
朱。
そこは朱かった。
朱いそこに倒れているのは、誰だろう。
それを見下ろしているのは、誰だろう。
・・・泣いている？
誰が？
何故？
なんのために？
「みどりん」
「・・・・・・・」
「みどりーーーん」
「・・・・・・・」
「てい」
ゴスッ！
頭部に衝撃。
私はそれで目を覚まし、ぼーっとした目のまま、彼を見た。
「・・・・・・・・・・・殴るよ・・・？」
ぼそりと一言。
「お、やっと起きたね」
でも彼はそんな私の言葉なんか気にしないように、にやりと笑う。
彼は、幸ねこ。
たまにはソロで。そう言っていたが、どうやらピラへとやってきたらしい。
「びっくりしたよ。目の前に人が倒れてる！ って思ったら、みどりんだし」
「私もびっくりした。目の前真っ暗になって、気が遠くなって」
何か、赤いモノを見たような気がする。
気がするけど、記憶が曖昧だ。ハッキリとは思い出せない。
泣いていた。誰かが。
そんな気がする。
「ねこちゃんは、ピラに来たんだね」
「うむ。銀矢使ってサクサク狩りますぜ」
「前衛いた方がやりやすいでしょ。私と狩ろ？」
「うむ。ここで会ったのも何かの縁。後方支援は任せなさい」
自分の胸をポンと叩きながら、ねこちゃん。
「てか、みどりんだいじょぶなの？ 体の方」
「んー、平気平気。今は全然だいじょぶだし、問題ないないー」
多分、ね。
そうして私とねこちゃんの二人は、ピラミッドの奥へと足を進めていった。
襲いかかってくるマミー。グール。ソルスケ。アチャスケ。赤コウモリ。
そのことごとくを、私とねこちゃんは瞬時に沈めていった。
私は愛用のチェインを振るい、ねこちゃんは後ろから矢を射る。
向こうの攻撃がこちらに届く前に、殲滅完了。これが理想。
そして今、まさにその理想通りの狩りが展開されていた。
「んん〜。今日は調子いいぞ〜」
鼻歌でも歌いたくなってくるようなぐらい、調子が良い。
私とねこちゃんは、ピラミッド4Fの中央泉付近で場所を固定し、現れる敵を狩っていた。
敵は、どこからともなく、際限なく現れる。
「マタは嫌いだー！」
ねこちゃんがそう叫びながら、マーターに向かって矢を射ていた。
なにかイヤな思い出でもあるのかな？
マーターは動きが早いから、後衛職には嫌われているかもしれない。
私は向こうから走ってきたマミーを見つけ、チェインを握りしめて臨戦態勢をとる。
ビュン、ザッ！
そんな音がして、マミーの体に銀矢が突き刺さった。
ねこちゃんが射る銀矢だ。
それが2、3、4、5・・・そこで、マミーの体が揺らぐ。
その瞬間を、私は見逃しやしない。
たたたっ、とこっちからマミーに走り寄り、振りかざしたチェインでマミーの頭部を叩き潰す。
ゴッ、と鈍い音がして、マミーの体が床に叩きつけられた。
「みどりん、次後ろ」
ねこちゃんの声に反応し、私は確認もしないまま、振り返りざまにチェインを振るう。
私すぐ後ろにいたグールは、右顔面にチェインの直撃を受けてぶっ倒れた。
そのグールの背中には、銀矢が3本ほど突き刺さっている。ねこちゃん、ナイス援護。
さぁて、次はどいつ？
辺りを見渡すと、少し遠くに赤く光っている目を発見した。
マーターか。こっちに気づいている。
「ねこちゃんの嫌いなの、来るよ」
「え〜、みどりん、ヨロシク」
「援護しなさい援護」
こつんとねこちゃんの頭を小突くと、私はマーターにチェインを向けた。
気づかれた。そう思ったマーターは、ジグザグに走りながらこっちに寄ってくる。
その速度は、マミーやグールの上を行っていた。
でも、見えないわけではない。
でも、反応できないわけではない。
右へ左へ不規則な動きをしながら、マーターが襲いかかってくる。
ふぅ。
「なめてもらっちゃ、困るよ！」
私を引き裂こうと突っ込んできたマーターに、私のカウンターチェインが直撃する。
横に払われたその一撃は、マーターの体を後ろに吹っ飛ばした。
そのマーターに、ねこちゃんの援護射撃が突き刺さる。
ザッザッザ。連続三回。そのうち一発は命中するが、残り二発は素早く起きあがったマーターに避けられてしまった。
「うぅぅ〜、だから嫌いなんだ〜」
矢を取り出しつつ、ねこちゃんが唸る。
今の攻防でマーターは痛手を負った筈だが、その動きはいっこうに衰えていなかった。
むしろ加速する勢いで、私たちの周りを駆け回る。
「当たれぇっ！」
私の後ろでねこちゃんが矢を射るが、その全てが一瞬遅れて床に弾かれていた。
あれだけ高速で、しかも規則性もなく動き回られたら、簡単には矢も当てられまい。
やはりここは、こっちを狙ってきた瞬間を逆に討ち取る。これだ。
トンッと軽々と床を蹴って、マーターが牙を剥く。
今度の目標は私ではなく、ねこちゃんだ。
「うわわっ！」
矢を放つねこちゃん。だけどそれは、少し身を捻っただけで避けられてしまった。
マーターはもう、ねこちゃんの目の前だ。
そして、私の狙い目は、そこ。
「飛んでけぇぇーーーっ！！」
ガッ！！
クリティカルヒット。うん。間違いない。
渾身の力で放った私のチェインは見事に命中し、その勢いでマーターは闇の奥へと吹っ飛んでいった。
キャイィィン、なんて、ちょっとだけ可愛い声が聞こえたような気がする。
気のせいってことで。
ふぅ、と息をつく私。
「さすが、みどりん」
感心したような風に、ねこちゃんが言った。
その顔には、少しだけ笑みが浮かんでいる。
馬鹿にしてるのか、それとも褒めてるのか。微妙な顔だった。
「何か言いたいことでもあるのかな？ ねこちゃん」
「いえいえ滅相もない。みどりん強いなーって、それだけ」
「うぬぅ、含みのある顔しやがってー」
「ははは、元からこんな顔だコンチクショウ」
笑い合う、私とねこちゃん。
私たちはそのまま、しばらく時間を共有した。
そしてしばらく後。
私がマミーを粉砕したとき、ふとねこちゃんが声を上げた。
「あー、そろそろ時間だ」
「時間？」
「うむ。用事があるのだ」
笑顔でそう言うねこちゃん。
「今日は付き合ってくれてありがと。楽しかったよ」
「私もね」
「精算、は各自でいいよね」
「いいよー」
ねこちゃんは言いながら、そそくさと帰る準備を始めた。
袋から、蝶の羽を取り出す。
一瞬で自分の街に戻ることができる、便利な魔法アイテムだ。
「みどりんは、まだ狩ってる？」
「うん。もうちょっとだけ」
「そっか」
笑みを浮かべる。
・・・ちょっとだけ、無言になる。
なんだかよく分からないけど、ねこちゃんが。
とても、寂しげに見えた。
「あぁ、そうそう」
思い出したように、ねこちゃんが言う。
「あいつ・・・アオに、伝えて欲しいことがあるんだ」
「ベト様に？」
「そう、ベト様に」
にやり、笑うねこちゃん。
「ありがとう。これだけでいいから、伝えて欲しい」
「そんなの、自分で言えばいいよ。戻れば会えるでしょ」
「・・・うん、そうなんだけどね」
「？」
「まぁ、とにかく頼むよ。言ってくれればいいからさ」
「うん、分かった。伝えておく」
「ありがとう」
急にかしこまって礼を言うねこちゃん。
なんか。
なんか、ヘンだ。
「みどりん」
「・・・なに？」
「みどりんも、ありがとう。楽しかった」
その「ありがとう」は、今日の狩りのこと、だろう。
そう思うのに、どうも落ち着かない。
何かが、終わろうとしている。
そんな気がして。
「ねこちゃん・・・？」
「楽しかった・・・・・うん、楽しかった」
「ねこ・・・ちゃん・・・？」
「伝言も伝えたし」
ピラミッドの天井を見上げるねこちゃん。
何かあるのか、と私も見上げる。
けど、そこには何もなくて。
「もう、いいかな」
・・・だめだ。
まだ、だめだ。
「さよなら」
それは。
「だめ！」
その、「さよなら」は。
「行っちゃだめ！」
視線を戻した。
手を伸ばした。
ねこちゃんは、光に包まれて。
その体を、包み込んで。
「・・・・・」
無言で、ねこちゃんは笑っていた。
寂しげな笑みだった。
「・・・馬鹿・・・・・・」
無言で、ねこちゃんは泣いていた。
そして、光と共に。
ねこちゃんの体が、かき消えた。
まるで、そこには元から、誰もいなかったかのように。
蝶の羽の効果に見えないこともない。
だけど。違う。
分かる。分かってしまう。
もう、ねこちゃんは。
いないのだ。
・・・・・
拠点に戻った私を、仲間のみんなが出迎えてくれた。
「やほー」
「ばんばん」
「みどりんばんわー」
「ばん」
私はそう言って、ストンと座る。
大きく息を吐く。
少しだけ黒く染まった空を、見上げる。
あおあんの姿は、ない。
「みどりん元気ない？」
「何かあったの？」
心配してくれているのだろう。
私と同じギルドメンバーの、ドン（WIZ）とグラウ（ハンター）が声をかけてくれた。
「ううん、なんでもない。ちょっと疲れただけ・・・」
そう言った瞬間に、暖かい光が私を包んだ。
これは、ヒール。
「お疲れ様」
れおなん（同ギルドメンバー、プリースト）が、そう言って癒してくれる。
あったかい。
とても。
「ありがと」
自分の言葉が、思いの外力強く聞こえた。
そうだ。
私は、託されたのだ。
伝えなければならない。絶対に。
へこんでる暇なんて、ない。
「よぉ・・・」
「あ、アオさん・・・・ってどうしたんですか？ 調子悪そうですね」
「いや、頭痛くて・・・」
あおあん、発見。
「ベト様」
「・・・ん？」
言おう。
彼の代わりに。
思いを込めて。
「ありがとう」
あとがき＞＜＞＜＞＜
かなり前にリクエストあったんで、友達のみどりん主役で書いてみました。
ちょっとエッチな、って言われたんですが、不可能です（ぉ）
ちなみに、みどりんのキャラは殴りプリの方向で書きました。
書きやすそうだったし〜。
ちなみに、これは『儚灯火』と時間が同時進行です。
こういうの大好き（ぉ）