そのクルセイダーは、勇敢であり無謀な愚か者である。
振り払った剣が、レイドリックの兜を弾き飛ばす。
俺は素早くレイドとの距離を詰めると、今度は下から上へ剣を振り上げた。
中身のないスカスカの鎧。
それが俺の剣と激突し、カァンと乾いた音を立てながら浮かび上がる。
それを、とどめとばかりに盾で突き飛ばす。
レイドは手足のパーツをバラバラにしながら吹っ飛ばされ、柱に激突して崩れ落ちた。
その仲間の仇を取ろうとでも言うのか。
違う場所から現れたレイドが2体、ガシャンガシャンと鎧を鳴らしながら俺に接近してくる。
その後ろには、レイドリックアーチャーの姿も見えた。
遠距離から援護でもするつもりなのか、俺に向けて矢を構えている。
・・・なめるな。
放たれたレイドアチャの矢を、俺は盾で弾く。
続けざまに2、3、4・・・それを全て盾で受け止めつつ、レイドを迎撃する。
振り下ろされるレイドの剣。
それを受け止める俺の剣。
ギィィン!
金属がぶつかり合う音がして、火花が散った。
俺は力任せに剣を振るい、レイドの剣を押し返す。
盾の剣の両方を使っている俺に、もう1体のレイドが迫る。
易々と人を両断する力がある剣が、俺に向けて死を与えんと振るわれる。
だが。
俺はレイドと競り合っていた剣を一度引き、そしてすぐさま横に払った。
剣はレイドの横っ腹に直撃し、しかし切り裂くまでは至らずに弾く。
それが狙いだった。
横に弾かれたレイドは、その隣にいたもう一匹のレイドも巻き込みながら倒れ込む。
今まさに振るわれようとしていたレイドの一撃は、俺に届くことなく地に伏した。
そのレイド2体に追撃。
俺は剣を地面と垂直に立て、切っ先を下にして思い切り突き落とした。
重なって倒れていたレイドの鎧を剣が貫通する。
ガクン、とレイド2体が体を揺らし、それきり動かなくなった。
後は・・・
俺は突き刺した剣をそのままにして、レイドアチャに意識を移した。
飛んできた矢を、先程と同じように盾で弾く。
レイドアチャと俺との間には、まだ距離があった。
向こうも自分の有利を確信しているのか、堂々と弓を射ている。
・・・それが間違いだと気付くのは、すぐ後のこと。
そしてそれに気付いた時が、終わりの時だ。
俺は何のためらいもなく、手に持っていた盾を投げ飛ばした。
目標はもちろん、離れた場所にいるレイドアチャ。
風を切り、唸りを上げながら飛んでいく俺の盾は、見事にレイドアチャの顔面に直撃。
・・・と言っても顔面は無いんだが、とにかくレイドアチャはそれを受けて衝撃により吹っ飛ばされる。
その隙を見逃すはずもない。
俺は一瞬で突き刺さっていた剣を引き抜くと、レイドアチャに接近。
立ち上がろうとしていたそいつに、無慈悲の一撃をたたき込んだ。
鎧を斜めに分断されたレイドアチャは、力を失って倒れる。
落ちていた盾を回収し、ふぅと一息・・・つく暇もなく。
物陰から、ライドワード・・・通称「本」が飛び出してきた。
本は俺の首に食らいつこうと、その牙をむき出しにして襲いかかってくる。
俺は本の突撃に、正面から迎え撃った。
本の牙と、俺の盾が激突する。
どこからそんな力が出てくるのか不思議なほど、本の力は強い。
強いが・・・
その程度では、俺に痛手を与えることはできない。
盾を一瞬だけ引き、そして突き出す。
ありったけの力を込めた。
本は予想外の打撃を受け、その動きを止める。
それで、終わり。
高速で振り下ろされた俺の剣は、何の苦もなく本を真っ二つにした。
それで本は絶命し、ひらひらと地面に落ちていく。
ブン! と俺は剣を振る。
悪くない調子だった。
レイドや本程度の襲撃なら、苦もなく撃退できる。
撃退できるから、問題ないんだが・・・
「・・・困った」
俺は今、仲間とはぐれた状態で、グラストヘイム騎士団1Fに居た。
命尊等
「二号は、もうちょっと肩の力を抜いてもいいと思う」
時を遡ること2時間とちょっと前。
俺たちが溜まり場にしているモロクの南宿屋前で、俺はそんなことを言われた。
言ってきたのは、俺が今世話になっているギルド『最終兵器ねこねこ』のマスターであり、
俺を『二号』と呼ぶ唯一の存在、アサシンの蒼だ。
俺も蒼のことは、『一号』と呼んでいる。
俺たちがそんな風に呼び合う理由はあるにはあるが、それはまた別の機会に。
「どういう意味だ、一号」
「そのまんまの意味だ」
「む?」
俺の問いかけに、一号は薄笑いを浮かべた。
やれやれ、しょうがない奴だ。そう言っているかのように。
「よく分からないぞ一号。言いたいことがあったらハッキリ言ってくれ」
「いや、いい。これは悪いことでもあるが、良いことでもある。」
「は?」
「その全部をひっくるめて、二号は二号だってことだよ。無理に変わろうとする必要もないし、何より変える必要がない」
一号の言っていることは、いまいちよく分からない。
肩の力を抜いてもいい?
力入れてるつもりないんだが・・・
「気付いてないか」
「おう。何のことだかさっぱり分からない」
「それでこそ二号だ」
そう言って、一号はにやりと笑った。
俺はますます首を傾げる。
「さてと・・・これから騎士団行くんだが、二号も来るか?」
「む、騎士団か。深淵を相手にするのも悪くない」
「なら決定。準備あるなら今のうちな。そろそろ皆、倉庫から戻ってくるだろ」
「分かった」
再び現れたレイドは、迷うことなく俺に向かって突進してくる。
懲りもせず・・・って、このレイドは俺と向き合うのは初めてなんだな。
己の行動がいかに愚かなことか、教えてやろう。
目前まで迫ってきたレイドは、俺に剣を突き出してきた。
線ではなく、点での攻撃。
受け止めることはなかなか困難かもしれないが、だが避けることは難しくない。
俺は最小限の動きでその剣を避け、そのままの動作で剣を振るう。
剣はレイドの兜を斬り飛ばし、遠くまで飛んでいった兜が地面に落ちてガシャンと音を立てた。
動きを止めたレイドの体を、蹴って吹っ飛ばす。
地面に倒れたそいつに剣を突き立てて、終わりだ。
「ふぅ」
息をつく。
騎士団に出る魔物。
レイドリック、レイドリックアーチャー、ライドワード、これらは敵じゃない。
数で攻められたらどうなるか分からないが、一対一ならまず負けない。
カーリッツバーグ、こいつからも負ける気がしない。
問題なのは・・・
「例えばだ」
「?」
「例えば、名も知らない相手が敵に囲まれてやばそうだったら、どうする?」
「決まってる。助けが必要ならば助ける」
「じゃあ・・・」
その敵が、自分じゃ到底かなわないような、強い奴だったら?
「・・・出たか」
俺は思わず、そう呟いた。
いつか来るだろうと思っていた。
ずっとここに止まっている限り、いつか必ず会うことになるだろうと。
漆黒の馬にまたがった、黒い、巨大なモノ。
圧倒的な力と、圧倒的な存在感で、力無い者を滅ぼしていく暗黒の騎士。
深淵の騎士と呼ばれるソレは、この騎士団に現れる最強クラスの魔物だ。
ソレは俺を見つける。
ゆっくりと俺に近寄ってくる。
その歩みの道中、ソレはおもむろに立ち止まり・・・
そして2匹のカリツを呼び出す。
歩みが遅いのが、逆に恐怖を引き立てる。
逃げようと思えば逃げられる。
漆黒は負。
暗黒は闇。
深淵は死。
なんて絶対的な黒色。
押しつぶされそうなプレッシャー。
あの闇に染まった剣で俺の体が両断される、ハッキリとしたビジョン。
「逃げることは勇気だと思う?」
「逃げるというのは男のすべきことじゃない」
「逃げないと、死ぬとしても?」
「・・・・・」
「逃げることだって、たまには必要になってくると思う」
「・・・」
「逃げることで救われる命がある。立ち向かって死んでも、誰も喜んでなんかくれない」
「・・・・・」
「少なくても、自分の命は救われるぞ」
残念なことに。
俺は一番最初に、「逃げる」という選択肢を頭から除外してしまっていた。
そもそもだ。
そもそも、どうしてこの場面で逃げる必要があろうか。
勝てる相手だ。逃げる必要なんてあるか。
半ば意地。
だが無謀ではない。
俺は大きく深呼吸をする。
剣を構える。
しっかりと、暗黒を凝視する。
死を運ぶそれ。
ならば、届けてみろ。
俺に。
「何かを守る為に死ぬ」
それは美しいことなのか。
「何かを守る為に犠牲になる」
それは誉れ高いことなのか。
「違う。死んだら終わりだ。後には何も残っちゃくれない」
・・・そうか?
「命を捨ててまで助けられたとしても、その助けられた相手が心の底から喜ぶと思うか」
・・・それは。
「だから、だからな」
守ってみろ。
自分と、自分の目の前のモノ全てを。
己の力が届くのならば。
お前がそれを望むのならば。
深淵の騎士の大剣を、俺の盾が受け止める。
ギィィィン! と音が弾け、盾に強烈な衝撃が走る。
盾まで分断されそうな一撃。
まともに受けたら、致命傷は免れない。
防ぐか、避けるか。
一瞬の隙が命取り。
俺は体を両断され、あるいは貫かれて絶命する。
だが、目の前の深淵ばかりを相手にしているワケにもいかない。
両脇に控えるカリツ。奴らも俺に向けて剣を振るってくる。
その波状攻撃は正直厄介だ。
息つく暇もなく繰り出される連続攻撃。
今はそれを防ぎ切れているが、俺の体力だって底なしなワケがない。
いつか体力が尽き、隙が生まれて殺される。
だから、時間をかけてられない。
やるからには短期決戦。
俺は一度引いて距離を取り、そして一匹のカリツに狙いを定めて大地を蹴った。
接近途中にもう一匹のカリツと深淵に攻撃を受けるが、それをことごとく盾で弾く。
カリツは俺の接近に合わせて、剣を振り下ろしてくる。
しかし力不足。俺はそれを剣でパリイし一気に懐に飛び込む。
そして渾身の力で、剣を下から上に突き上げ・・・
続けざまに、右から左で払う。
まるで、剣でクロスを切ったように。
その動作は、攻撃そのものに聖なる力を付与させる。
俺たちクルセイダーの力のうちの一つだ。
カリツは聖なる光に灼かれ、残影を残しつつ消滅した。
まず1匹・・・!
勝利の余韻に浸ってる暇なんてない。
俺は即座に後ろに飛ぶ。
そこに、少し離れた場所からもう1匹のカリツが攻撃をしかけてきていた。
地面が割れる。まるで蛇が地上を走るかのように、それはさっきまで俺がいた場所を砕いていた。
グリムトゥース。
地面を走る衝撃の一閃。
まぁ何にせよ、当たらなければ意味がない。
俺は目標をもう一匹のカリツに定め、動きを止めることなく接近する。
そんな俺の前に立ち塞がるは深淵。
高速で放たれる漆黒の刃は、俺を盾ごと吹っ飛ばすほどの威力を持っていた。
俺は衝撃を殺しきれずに、地面に背中を叩きつける。
一瞬息ができなくなり、打ち付けた背中に激痛が走った。
何という威力。
だが、まだ動きに支障はない。
俺は体に反動をつけて飛び起きると、間髪いれずに深淵に向けて盾を投げはなった。
高速で回転しつつ、俺の盾が宙を舞う。
それを苦もなく叩き落とす深淵だったが、俺はそれで十分だった。
既に走りだしていた俺は、もうカリツの目の前だ。
カリツは俺へと剣を振るうが、当たってやるハズもない。
盾がない今、俺は剣を両手で持つ。
放たれた一撃は、今までとは威力が違う。
まるでバターを切るかのように、カリツの体を真っ二つにした。
「ある人を守りたいと思った」
「あぁ」
「だから俺はクルセイダーになった。『守る』ということに関して、この職業の上を行くヤツはないだろう」
「かもしれないな」
「俺は―――――」
何かを守る為の戦いであるならば、
例え勝ち目が無かろうとも、
無謀だと言われようとも、
絶対に、逃げやしない。
俺は漆黒と対峙する。
お互い譲ることなく、睨み合う。
始めよう。
俺はお前を消すために。
お前は俺を消すために。
俺と深淵は、同時に走り出した。
「いいね」
「?」
「それでこそ、二号だ」
「そういうものか?」
「そういうものだ」
意地悪く笑うアサシン。
「けど、忘れるな」
「ん?」
「お前の命も、守ろうとしているモノの命も、等しく尊いものだということを」
俺の剣と、深淵の剣がぶつかって火花を散らす。
あまりの衝撃に、空間まで揺れているようだ。
少なくても、俺の両腕はもはやガクガクに震えている。
一撃を受け止める度に、直接骨にまで響いてくるような衝撃を感じる。
さすがは深淵の騎士というところか。
だが、俺だってそう簡単に引き下がりやしない。
隙あれば一歩前に踏み出し、剣を振るう。
しかし生半可な一撃では、ただ鎧に弾かれて終わりだ。
だから渾身の力で薙ぎ払う。
多少の隙が生まれてしまうのは、もはやしょうがない。
無傷で勝つという考え自体を捨てなければ、コレに勝つことなどできない。
振るわれた俺の剣は、深淵の鎧を貫いて切り裂いた。
だがその次の瞬間に、俺の体は宙を舞っていた。
下からの深淵の刃に、右の下腹から左の肩まで直線に切られた。
飛び散る真っ赤な鮮血。
激痛に意識が飛びそうになるが、なんとか気絶することだけは免れる。
「ぐ・・・っ!」
受け身も取れずに、背中から地面に叩きつけられる俺。
先程はすぐさま飛び起きたが、今回はそうはいかなかった。
傷が思った以上に深い。
ちょっとでも体を動かすだけで、嘘みたいな激痛が走る。
それは、致命傷と言ってもいい傷だった。
しかしいつまでも寝ているわけにはいかない。
すぐそこまで迫ってきた深淵。倒れていたら容赦なく殺される。
俺は剣で体を支えるようにして、よろよろと立ち上がった。
深淵はただただ、俺へと近づいてくる。
そこにもし意志があるとすれば、それはただの殺戮衝動だろう。
目の前の、自分に仇する動くモノを、片っ端から斬り殺す。
なんて危険な生き物。
俺は腰に下げていた袋から、白ポーションを一個取り出す。
超回復促進剤。
それを傷口にぶっかける。
もの凄い激痛が俺を襲うが、今は無視だ。
傷は白い煙を上げながら、本来なら有り得ないスピードで再生していく。
俺は肩で息をしながら、深淵を見た。
深淵は俺の姿をじっと眺めていたが、ふと、剣の構えを変えた。
あれは。
あれは、やばい。
ブランディッシュスピア。
本来なら槍で使うはずの技。
そのあまりの高速の突きは、周囲の空間を巻き込みながら目標を串刺しにする。
それを、使ってくるつもりか。
負ける。
誰が?
負ける?
俺が。
馬鹿言っちゃいけない。
最初に言っただろう?
勝てる相手だ。と。
突き出される大剣。
まともに体が動かない。
かわすことはできそうにない。
ならばどうする?
簡単だ。
受け止めるだけのこと。
「おおおおおおおぉぉぉおおおおぉおおっ!!!!!!」
俺は力の限り叫んだ。
そして、点で攻撃してくる深淵の大剣を。
剣の腹で受け止めた。
全身が、カマイタチに似た衝撃に切り刻まれる。
一つ一つの傷が、決して浅くない。
己の血で真っ赤に染まる、俺の鎧。
だが。
俺は、死ななかった。
まだ立っている。
まだ動ける。
まだ、剣を振るえる・・・!
よって、この勝負は。
「俺の勝ちだ・・・・・!!」
俺の剣に魔力が籠もる。
白い光。それは聖なる光。
右から左へ。
上から下へ。
今度は形だけではない。
完全なるクロス。
聖なる攻撃。
ホーリークロス。
十字に切り裂かれた深淵は、その場に崩れるように倒れた。
俺はフラフラな体をなんとか動かして、その場所に戻る。
どすん、と倒れるように横になり、荒い息を整える。
全く・・・・・
「にゃ〜」
こいつはどうして、そんな平和そうに座ってるんだか。
「お前、いい加減ここから離れないか・・・?」
ここに留まってると、こっちの命がいくつあっても足りないんだが。
「にゃ〜〜」
しかしそいつは、動く気配を見せない。
そこに居ることに意味があるのだと。
ここから離れることはできないと。
まるでそう言っているかのように。
放っておくことは簡単だ。
どうせ知らない猫だ。
ここを通りかかって、偶然見つけた猫だ。
俺が命を懸けてまで守ってやる必要は、本来なら無い。
だけど・・・
決めたんだ。
守れるんなら、全てを守ってやろうと。
偽善だと言われようとも。
自己満足だと言われようとも。
それがお前だと、言われたから。
「ったく・・・」
俺は苦笑しつつ、己の損な性格を思い・・・猫の頭を撫でた。
「お前の待ってるのがなんだか分からないが・・・」
もうちょっとだけ、付き合ってやるよ
あとがき<><><>
というわけで、スラフ(二号)のお話。
前に狩りで騎士団2に言ったときに、
「深淵ソロできる」と二号が口走ったのを聞いて思い浮かんだネタです。
こんなんできちゃったよどうしよう。
今回のコンセプトは、二号をいかに格好良く見せるか。これです。
格好良かったですかネ?
次は姫の話だーとか言っておきながら、気がついたら二号の話書いてましたとさ。
姫のネタは浮かびづらい・・・というか、姫というキャラクターが動かしづらい(ぉ)
ネタ候補はいくつか上がってるんだけどなぁ。
そして二号の話を書いてる途中、れおなんのネタが浮かんできてたりきてなかったり。
次は誰の話を書くことになるのやら。
ではでは。また次のお話で。
2004年 3月21日(日) 夕方