その村は、朱色の染められていた。

 立ち上る黒煙。崩れた家屋。荒らされた畑。汚れた、小さな人形・・・。

 人の、死体。

 剣を持った男たちが、数人のグループに分かれて村の中を走り回っている。

 彼らが求めているモノ、それは伝説のセイクリッド・ソード、『F・W』。

 手に入れた者に、強大な力と膨大な知識を与えると言われている、聖なる剣。

 この小さな村にそのF・Wがあるという噂が流れたのは、ほんの数日前のこと。

「探せ! あらゆる可能性の全てを想定して、村中をくまなく探すのだ!!」

 その部隊のリーダーの男の声が、村中に響き渡る。

 この村を襲ったのは、極悪な山賊でもなければ、金に目がくらんだ盗賊一団でもない。

 エレソイル大陸の北の大国、『ルバイス』の、正式な王国騎士団だ。

 この村に火を放ってから、かれこれ小一時間。兵士百人以上で探しているのだが、未だにルバイスの王国軍はF・Wを発見できないでいる。それほど大きな村でもない。隠すとしても、場所は限られてくる。

 この部隊の隊長に任命されている男が、自分の隣で縄で縛られている老人、この村の村長を見下ろして言った。

「貴様、F・Wをどこに隠した?」

「・・・隠すも何も、初めからそんなもんはこの村には無いよ。若造」

 一つの住宅から燃え盛る火柱を凝視しながら、村長の老人は答えた。

「どっから聞いてきたのか知らないが、こんな小さな、畑以外に何もない村にそんな大層な伝説の剣などあるわけなかろう? 冷静に考えれば分かることじゃよ」

「・・・俺は、どこに隠したと聞いている。そんな話を聞いたわけではない!」

 隊長は問答無用で無抵抗の老人を蹴り飛ばした。顔面に正面からの蹴りを食らった老人は、縄で両手が縛られているために受け身すらとれず、思い切り地面に激突する。苦痛の声が、老人の口から漏れた。

「どこに隠した。言え」

「・・・・・やれやれ・・・年寄りは大切にするもんじゃ・・・」

「死にたくなかったら、正直に言うことだ。今の俺は、貴様を殺すことなど容易いのだぞ」

 隊長は腰に下げていたロング・ソードを手に持ち、起き上がった老人の首もとに突きつけた。

 老人は、顔色一つ変えない。

「・・・殺すが良い。どうせ儂など、放っておいても先は長くない・・・」

「この剣、脅しではないぞ」

「・・・・・・・・・・・・」

 老人は本気だった。たとえ本当にF・Wのある場所を知っていたとしても、この男に言う気にはなれない。力を欲する者がいきなり強大な力を手に入れると、その力に溺れ、操られる。そう、『力』に支配されるのだ。

「・・・なら、これならどうだ?」

 隊長は、近くにいた部下に目で合図をした。

 その部下はその場から走り去り、しばらくして戻ってくる。赤い髪の、老人と同じく縄で縛られた、小さな少女を引き連れて。

 老人の顔色が、変わった。

「ノルの娘・・・・・!!」

「何が始まるか、分かってるな?」

 隊長は笑みを浮かべる。

 赤髪の少女は、まるで死んだような眼で老人を見る。涙も出尽くしてしまったのか、涙の後だけを残して、少女の眼は乾いていた。

 老人は息を呑んだ。老人は、このような眼を見たことがある。大切な人を目の前で失った者の、絶望に満ちあふれている瞳だ。

「さて・・・この少女の命が惜しかったら、F・Wの隠し場所を話してもらおうか」

 老人は隊長の男を睨む。それに対して男は、にやにやと笑みを浮かべるだけだった。

 老人は観念したように、口を開く。

「・・・・・儂の家の一階の、女の人形の向きを逆にすれば・・・隠し扉が開く・・・」

「そうだ。最初からそう言えば良かったんだ」

 隊長の男は部下数人に、その場所を探させるために指示を出した。

 隠し部屋があるのは本当だ。しかし本当にF・Wなどあるわけがない。ばれる前に何か行動を起こさないと、自分はいいとしてもこの小さな少女が殺されてしまう。

 老人が必死で思案していると、隊長の男が思いついたように言った。

「・・・ああ、そう言えば、俺はガキが嫌いだったんだ」

 男が持つロング・ソードが、少女の小さな胸に深々と突き刺さった。

 赤い鮮血と、少女の小さな悲鳴。

 老人はその光景を見て、驚愕の表情を浮かべた。

「わ・・・若造・・・貴様一体・・・・・何を・・・?」

「何って・・・邪魔なモノを消しただけだが」

 さも当然のように男は言い、血の染みついたロング・ソードを引き抜いた。少女は力無く地面に倒れ、その後ぴくりとも動かなくなる。血だまりが、少女を囲むようにしてできた。

 老人は、自分の身体が熱くなってくるのを感じた。

「安心しろ。貴様だけは助けてやるよ。『約束』だ」

 剣の血を払いながら、男が言う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 老人は黙ったままだった。話さない、いや、話せない。

 怒りのあまり、言葉が浮かんでこない。

「・・・・・どうした? 命の恩人の俺に感謝の言葉もなしか?」

「・・・・・・・・・・・儂にも、『約束』があった」

「ん? 何だって?」   

「・・・儂の命ここで果てても・・・約束は果たさせてもらうぞ・・・!!」

 老人は、命を捨てる覚悟をした。




















  01番外編 第二章

  汚れた翼の少女




















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