ここはエレソイル大陸の北方で一番大きな街、オートだ。
アルヴァス支部から出たティアは、大きく背伸びをした。空はティアの気持ちとは裏腹の晴天で、ティアは思わずため息をつく。
（やだなぁ・・・疲れるんだよなぁ・・・・・あそこ）
実は、ティアは以前に何度かシルベイマウンテンに行ったことがある。そのときも仕事で行ったのだが、その理由の全てが、今も残っているかもしれない鉱石レストフレールの採取だった。その依頼をしたクライアントは、ある者は科学者だったり、ある者はレストフレールで大金を手に入れようとする者だったりと、様々だ。
しかしレストフレールが見つかったことは一度もなく、全て骨折り損に終わっている。
その度々に、ティアは数え切れないほどの魔物相手に戦いを繰り広げた。いくら倒しても倒しても倒しても倒しても、魔物の姿が途切れるとことはなかった。
できることなら、もう二度とあの山には関わりたくなかったのに・・・。
しかし、あの山は一体どうなっているのだろう。いくら何でも、魔物の数が増えすぎだ。しかもその山で生まれた魔物は山から下りてくることは絶対になく、まるで何かを守っているように山の中で生活しているのだ。
あの山には、何かあるのだろうか・・・・・。
そんなことを考えながら歩いていたティアだったが、いきなり後ろから声をかけられ、その考えを中断させられた。
声をかけてきたのは、ティアとは顔見知りの痩せた男。
「やあ、ティアじゃないか。また仕事かい？」
その青年は愛想良く笑いながらティアに近づいてくる。白い肌に、かなり度数の高い眼鏡。何となく頼りなさそうに見えるこの青年は、この町のアイテムショップ、『ナルム』の一人息子であるジャダンだ。
ティアとは、結構長いつき合いである。
「ジャダン、ちょうどよかったよ。今からキミの家に行こうと思ってたんだ」
「と言うことは、またどこかに行くんだね？」
「うん、仕事でね」
ティアとジャダンは並んで歩き出した。頼りなく見えるジャダンだが、背はティアより高い。
ティアは隣を歩くジャダンを見上げ、背負っている大きなリュックを見て言った。
「ところで、ジャダンはまた仕入れ？」
「そう。傷薬の仕入れに行って来たんだ。アイテムショップの息子も楽じゃないねぇ」
ははは、と笑いながらジャダンが言う。彼が背中に背負っている大きなリュックには傷薬が詰まっているようで、かなり重そうに見えた。
「ね、ジャダン。それ重くない？」
ティアがリュックを指さして言う。重くないわけがないのだが、それをジャダンは余裕で持っているように見えたからだ。
ジャダンは苦笑しながら答えた。
「重くないわけないじゃないか。要は慣れだよ。慣れ」
「・・・慣れで何とかなるの？」
呆れたようにティアが呟くが、ジャダンはその言葉聞いても笑うだけで、まともに答えようとはしなかった。
「ああ、そういえば・・・」
思い出したように、いきなり声を潜めてジャダンが言った。
「最近、この辺りで強盗や暴行事件が多発しているらしいよ。お互い、気をつけないとね」
「ボクは大丈夫だけど、ジャダンが危ないんじゃないの？」
そう言って、笑みを浮かべる二人。
ジャダンの言ったことは事実で、最近この辺りでよく事件が起こっている。犯人は全て同一人物らしいが、未だに捕まっていない。話を聞くところによると、その者は圧倒的な力で、追っ手を次々となぎ倒して逃げていくという。
物騒な世の中になったことだ。
ティアたちが他愛もない話を交わしながら歩いていくうちに、ジャダンの家である、アイテムショップナルムに到着した。ナルムはこのオートには珍しく古くからある店で、店にも昔から市民に愛されてきた趣がある。
「じゃあ、俺は倉庫に在庫整理に行って来るから。ゆっくり商品見てってくれな」
「うん。じゃあね」
店の入り口前でジャダンと分かれたティアは、ナルムの店内に入った。店の内部も外部と同じくどこか懐かしさを感じるような、そんな雰囲気を醸し出している。棚にはたくさんのアイテムが並べられ、品揃えは充実していた。
入店したティアを見つけ、この店の主人であり、ジャダンの父親である大男のカングがカウンターから出てきた。実は以前に、ティアがクライアントである女性を連れてこの店に入ったとき、その女性はカングを一目見て逃げ出してしまったことがある。それほど、カングは見た感じ怖い。
「よぉティア。今日は何がいるんだ？」
ニヤッ、と微笑みながら、カングがティアに聞いた。
「あのさ、一週間分のアイテムを見繕ってもらいたいんだけど・・・」
「まぁたどっか行くのかよ？ そろそろアルヴァスなんか辞めて、彼氏の一人や二人つくったらどーだ？」
注文を受けて周りの棚からてきぱきと必要な物を集めながら、カングが言った。
ティアは珍しいアイテムを手に持って眺めながら、即答する。
「却下。ボク、今の仕事気に入ってるから」
「そんなだと、一生結婚できなくなるぞ。今のうちに手ぇ出しとけよ」
ニッ、と笑みを浮かべて、カングはティアを見た。ティアは苦笑しながら、カングの言葉には答えずに珍品を眺めている。
話を逸らしたいという気もあるが、それよりも今ティアの見ているアイテム。これを見てティアは思うことがあった。
「カング・・・これってもしかして・・・」
「ん？ ああ。それは『ロストウェポン』だ」
やっぱり、とティアが小さく呟く。
「俺が改良を加えたが、その先っぽから青いエネルギーの光を発射させることができるぞ。名付けて、『カングスペシャル』！」
「それって、そのままじゃん」
やはりティアが思った通り、それはロストウェポンだった。拳銃のような形をしているが、それは拳銃などより遙かに大きく、長いものだった。
失われた古代兵器『ロストウェポン』とは、この大陸の至る所で発見されている武器のことで、この時代の科学力では到底作り出せない、高度な技術で造られている兵器のことを指す。一説では、今の文明が栄える以前に、今とは比べものにならないような科学技術を持った文明が栄えていて、その文明が作り出した兵器が今になって出てきているのではないかという。発見されたロストウェポンはこの時代の技術で使いやすいように改良され、法外な値段で取り引きされていた。
ティアはそのロストウェポンを誰もいない方向に構えながら、カングに聞いた。
「これ、いくらで売る気？」
カングはそう問われ、しばらく腕を組んで考える。
「・・・そうだなぁ。まぁ５００,０００セイムくらいが妥当だろ」
「安すぎ。５,０００,０００セイムくらいが相場だよ」
カングの言った値段とティアが言った値段は、一桁も違った。しかし実際は、ティアの言った値段でも安い方である。
「どこから仕入れたの？ これ」
ティアはロストウェポンを棚に戻しながらカングに聞いた。ロストウェポンはその数自体が大変少なく、そう簡単に仕入れることなどできはしないだろう。こんな大陸の北の町に、そうそうロストウェポンがあるとは思えない。
仕入先は、少なくてもこの町よりも南。大国『ズィヴラ』よりも向こうからであろう。
しかしカングの答えは、ティアの想像と全く違ったものだった。
「少し前、隣町まで買い出しに行ったときに拾ったんだよ」
「はあ！？ 拾った！？」
「運いいだろ？」
カングが笑いながら言うが、運がいいなどというそんなレベルではない。
ロストウェポンを道端で拾うなど、奇跡に等しいことなのだ。
ティアは驚きのあまり言葉をなくし、しばらく時間が止まったように立ちつくしていた。
「半分くらい埋まってたから、掘り起こして持ってきた」
カングはそう言い、会心の笑みを浮かべる。
「カング・・・多分それで一生分の運、使い切っちゃったと思うよ・・・」
ようやく我に返ったティアが疲れたように頭をかきながら、呟くようにそう言った。この言葉は冗談ではなく、本気の言葉である。
「お前だって、しっかり左手にロストウェポン付けてんじゃないかよ。それで運使い果たさなかったのか？」
「これはボクが昔、『ルバイス』の北にある巨大遺跡に行ったときに見つけたんだもん。運がいいんじゃなくて、これは実力で手に入れたものだよ」
ティアは自分の左手で銀色に輝いている小さな腕輪をさすりながら言った。カングはその言葉を聞いて苦笑し、ティアの頭の上に大きな手を乗せる。
「・・・運も実力のうちって言うだろ？」
「いや・・・・・うん、言うけどさ・・・」
「ほら、一週間分の薬だ。傷薬、消毒液、包帯、解毒剤・・・まあいろいろ入ってる」
カングはティアの頭から手を離すと、商品の入った布袋をティアに差し出した。ティアはそれを受け取ると、それをそのまま腰に下げる。
ティアは代金をカングの手に渡した。一週間分のアイテム一式で１００セイム。量も結構入っているので、この値段は比較的安い方だ。
ちなみに、どんな客に対しても絶対にまけないのが、カングがこの店の開店以来ずっと守っているポリシーである。
精算を済ませたところに、来客を知らせるベルの音が聞こえた。どうやら店に新しい客が入ってきたようだ。扉の閉まる音が聞こえ、足音がだんだん近づいてくる。そこはカングとティアの立っている位置は入り口からはちょうど死角になっていて、お互いに姿を確認することができなかった。
「いらっしゃい。何かお探しで？」
カングはそう言うと、ティアに片手で挨拶して客の接客へ向かった。ティアはそんなカングを見送り、そろそろ自分も仕事に向かおうと、店の入り口に足を向ける。
そのとき突然、人が倒れるような音が店内に響き渡った。それと同時に、カングの苦痛の声も聞こえてくる。
ティアは近くに立て掛けていた愛用の槍を手に持ち、それほど広くない店内を駆けた。音のした現場に駆けつけると、そこでは腹を押さえてうずくまるカングと、チェーンでつながれた鉄球を持った男が睨み合っていた。
鉄球を持ったスキンヘッドの男は、カングに負けず劣らずの大男だ。鍛え上げられた筋肉に、体中の傷跡。その男が戦い慣れしている証拠である。
この男が、最近この辺りで強盗や暴行を働いている男だとは、さすがにティアも気がつかない。
男はティアの存在に気がつき、視線を向けながら言った。
「見たか・・・・・悪いが、見たからには死んでもらうぞ。そういう『依頼』なんでね」
「・・・へぇ、同業者か」
男は鉄球をティアに向けて構えるが、ティアは自然体のままでそう一言だけ言うと、倒れているカングに体を向けて話しかけた。
「全く・・・大きい体して情けないなぁ」
どうやらカングは、腹に鉄球を受けたようだ。あの大きさの鉄球がもろに腹に直撃すれば、簡単にあばら骨が折れ、内臓が潰れるだろう。
「うるさい。いきなり鉄球なんて飛んできたら、避けれるもんも避けれないだろ？」
カングは腹を押さえたまま顔を上げ、苦笑しながらそう言った。このぐらいの軽口が叩けるのなら、体は大丈夫なのであろう。
一応、一安心だ。
「そりゃそうだ」
ティアはそんなカングを見て口元に笑みを浮かべながら、頷いた。
ここでティアはやっと鉄球の男に視線を向ける。そして、持っている自分の二倍の長さがあろうかという槍を、油断なく構えた。
男は哄笑する。
「・・・俺とやり合うつもりか？ ガキが・・・面白い」
「同業者っていっても、容赦はしないよ」
ティアは顔の笑みを崩さないまま、男を睨みつけた。
最初は余裕だった男の額に、大粒の汗が浮かぶ。男はティアの視線を見て悪寒を感じ、身震いした。
彼の本能が感じているのだ。自分と、目の前で槍を構える赤髪の少女との絶対的な力の差を。
しかし彼にもプライドがある。請け負っている仕事もある。ここで簡単に引き下がるわけにはいかない。
「店の物、壊すなよ」
そのカングの言葉が、戦いの開始の合図となった。ティアは店の入り口の目の前に立っていた男に向かって弾かれたように加速して接近し、大振りに槍を振るった。男は鉄球についているチェーンでそれを受け止めるが、その後に間髪入れず襲いかかってきたティアの、体全体を撓らせてバネのようにして放った蹴りをまともに顔面に喰らい、店の外へと吹っ飛ばされる。
ティアも店の外に飛び出し、よろよろと立ち上がった男と対峙した。男は鼻の形が変形し、その鼻から赤い血が滴っている。
「悪いけど、これから仕事控えてるんだ。これで終わらせてもらうよ」
ティアは体を低くし、まるで疾風のように道を駆け抜けた。男は鉄球を放つが、どの攻撃も破壊力があるがスピードがない。ティアはその攻撃の全てをかわし、あるいは槍で叩き落とし、男に急速に接近した。
ティアの左手についている腕輪が、淡い緑色の光を放つ。ティアは男の目の前まで来ると、その腕輪を付けている左手を前に差し出した。
光が弾ける。
衝撃音と悲鳴。
男は生み出された『何か』の衝撃に吹き飛ばされ、建物の壁に背中から激突して倒れた。衝撃により気を失ってしまったようで、男はぴくりとも動かなくなる。
「・・・・・ロストウェポン手に入れるとこういう事になるから・・・」
ため息混じりにティアが言う。恐らく、この男のアルヴァスが雇われた理由は、カングが手に入れたロストウェポンであろう。男はクライアントからの依頼を受け、カングの手からロストウェポンを奪いに来たのだ。
ロストウェポンを手に入れた者が、よく遭う事である。
しかし、本当に最近この辺りも物騒になった。町中を歩くときも、気が抜けない状態がしばらく続きそうである。
とにかくティアは、けが人であるカングの手当をするため、再び店の中へと戻っていった。店の中ではカングが自力で立ち上がり、近くにあった大きな椅子に腰掛けていた。
カングは店内に戻ってきたティアを見て、笑みを浮かべながら聞く。
「よぉ、もう終わったのか？ さすがはかの有名な最年少Ｂランクアルヴァス」
「大丈夫なの？ さっき見たときはだいぶキツそうに見えたけど・・・」
「こんなもん、ほっときゃ治る」
カングはそう言い、また笑った。こちらもさすが、若いときにＢランクアルヴァスにまで上りつめた男である。
そしてカングは、接近してくる一つの気配に気がついていた。
「ティア！ 飛べ！！」
「！？」
カングのいきなりの叫びに驚いたティアだったが、とにかく横に飛んでその場から離れた。そのすぐ後、先程までティアのいた場所に黒い鉄球が直撃し床を粉砕する。どうやらあの鉄球を持った男が復活し、懲りもせずにティアに背後から攻撃を仕掛けたようだ。カングは鉄球を放った男に向かい、手にしているロストウェポン、カングスペシャルをまっすぐ構えている。
ティアは思わず舌打ちした。
「つめが甘かったかな」
手にしている深紅の槍を構えて、再び男に斬りかかろうとするティアを、笑みを浮かべるカングが制止した。
「俺に、いや、こいつに任せろ」
カングは椅子に座ったまま、ロストウェポンの引き金を引く。反動はほとんどないに等しく、負傷しているカングの体には何の影響もない。実はこのロストウェポンを人に向かって撃つのは初めてのことで、撃ったカング自身にも何が起こるのかはっきりとは分からなかった。
発射音と共に放たれた蒼い光のエネルギーの一線は、まっすぐ男に突進する。
男はそのエネルギーを回避しようとするが、先程のダメージがまだ残っていて足下がふらつき、うまく動くことができない。
「う、うわあああああぁぁぁぁっ！！」
男の叫び声と共に、光は男に直撃した。蒼い光は稲妻を辺りに撒き散らしながら膨張と収縮を繰り返し、最後には弾け飛ぶ。男はその衝撃で、稲妻を纏いながら吹き飛ばされて向かいの家の壁に激突し、めり込んだ。壁にヒビが入るほどの衝撃だ。
カングとティアは、しばらく黙ったままその場に硬直していた。
ティアは色々なタイプのロストウェポンを見てきたが、これほどまでに威力の高いモノを見たのは初めてのことだ。
ややしばらくしてから、ようやくティアが口を開く。
「・・・・・それ、使用禁止ね」
「・・・ああ、俺もそう思ってた」
こうしてロストウェポン、カングスペシャルは使用禁止令が出たのだった。
今回の仕事のクライアント、グラ＝バレーは二十四歳のややほっそりした青年だった。
旅をする者が好んで着用する動きやすい革の服を着て、腰にはやや大きめの剣を下げている。
薄い青色の髪と瞳の、どこかおとなしそうな男だ。
グラは幼い頃親を亡くし、Ｆ・Ｗハントとして一人で旅をしている。数年前まではパートナーと呼べる仲間がいたそうだが、とある事件でその仲間が死んでしまってからはずっと一人だったらしい。
「いやぁ、今回も一人で行こうと思ってたんですよ。最初は」
宿屋『ラナク』のグラが借りている部屋の中で、ティアとグラはテーブルを挟んで話をしていた。グラはどこからか持ってきた葡萄酒を飲み、ティアは宿屋の従業員が持ってきてくれたコーヒーを手元に置いている。
「でも、酒場とかで話を聞いていると、あのシルベイマウンテンは結構危ないそうじゃないですか。だからアルヴァスを雇うことにしたんです」
酔っているのかいないのか、とにかくシルベイマウンテン行くのに全く危機感というものを感じていないグラを見て、ティアは呆れたように言った。
「あの山、今どんな状況か分かってるの？ どこに行っても魔物の群れ、群れ、群れで、休むところなんてろくになんだからね」
「えぇ、それは知ってますよ。なんか大変そうですねぇ」
「他人事のように言うな。ボクとキミが行くんだから！」
「・・・あぁ、それもそうですね」
そう言って笑うグラを見て、ティアは正直この男と話していることが一瞬どうしようもなく嫌になった。
グラは葡萄酒の入ったグラスを上げ、その透明度の高い赤い酒を通して、向かいのティアを見ながら言う。
「しかし、僕は運がいいですね。あの有名なアルヴァス、ティア＝ノルを雇うことができるなんて、今でも信じられませんよ」
「・・・・・そうだよ。なんでボクなんか雇ったの？ ボクよりランク上のＡランクの人があの支部にも何人かいたでしょ？」
ティアの言うとおり、オートのアルヴァス支部にはＡランクの者が数人いたはずだ。多少持ち金に余裕があるのなら、戦力的に考えて、ティアを雇うよりはそちらを雇おうとするのが普通ではないだろうか。
本人から聞くところによると、グラは結構贅沢な旅をしているらしい。各地の特産品や名物を味わいながら、趣味としてＦ・Ｗを探しているといった感じだ。そんなわけなので、グラは金がないわけではない。
葡萄酒を一口のみ、グラは真剣な表情でティアの問いに答えた。
「・・・Ａランクアルヴァスには男の方しかいなかったんです」
「・・・・・は？」
「一週間と言えど、僕は男の方と二人で旅をするなんて遠慮したいですから」
「・・・・・・・そうですか」
グラが今までとはうって変わって真剣な顔になったので、どんな真面目な話が聞けるのかと思っていたティアはその言葉を聞いて一気に脱力し、机に突っ伏した。
「それに、僕は前々から貴方にお会いしたいと思っていたんですよ。ティア」
いつの間にかティアは呼び捨てで呼ばれていた。なのでティアも、グラに『さん』付けして呼ぶことはしない。
「ボクはグラとは、一生会いたくなかったかも」
「非道いですね。それがアルヴァスの客に対する礼儀ですか？」
顔に苦笑いを浮かべながら言うグラに、ティアも笑いながら答えた。
「嫌だったら今からでも違うアルヴァス雇ったら？ そっちの方がボクも助かるんだけどなぁ？」
「冗談じゃない。貴方には、仕事の期間中は地獄の果てまでも付き合ってもらいますよ」
「それこそ冗談じゃない。遠慮させていただきます」
ティアはコーヒーの入ったカップに手を伸ばし、一口飲んだ。甘さ控えめのコーヒーだが、ティアはどちらかと言えば甘いコーヒーの方が好きだ。
グラも上品に葡萄酒を飲む。その姿にはどこか気品のようなものが感じられ、育ちの良さを想像させた。
カップをテーブルの上に置いたティアは、思い出したかのようにグラに聞いた。
「そういやまだ聞いてなかったけど、グラはどうしてシルベイマウンテンに行こうと思ったの？」
そのティアの問いを聞いたグラは、よくぞ聞いてくれたといった感じで笑みを浮かべた。そして服の裏ポケットから一枚の紙を取り出し、テーブルの上に広げる。
「これがなんだか分かりますか？」
「ちょっと見せて・・・・・」
ティアは身を乗り出して、その紙に書かれている絵と文章を眺めた。
そしてその紙が何を示しているか気がつく。
「これ・・・！？」
ティアは顔を上げ、にこにこと笑みを浮かべるグラを見た。グラは笑みを一層深め、少し浮ついた口調で言う。
「そう、これは魔物に滅ぼされたシルベイマウンテンのＳ・Ｓに保管されているはずの極秘文章と、建物内の見取り図です。ちょっと、ここを見てください」
グラが指さしたところには、大きな×印と共に『Ｆ・Ｗ』とメモ書きされていた。
「僕の本業は一応Ｆ・Ｗハントですから、これの真偽を確かめに行くのが目的の一つです」
『Ｆ・Ｗ』。どうやらあの伝説のセイクリッド・ソードが、滅ぼされたシルベイマウンテンのＳ・Ｓにある、と言うことが記されている紙らしい。
「Ｆ・Ｗの情報なんて、最近じゃたくさん転がっているものだよ。この紙、確かな筋から仕入れたモノ？」
「この紙は信頼できる物ですよ。ここにＦ・Ｗがあるということは眉唾ものかも知れませんが、これがＳ・Ｓの見取り図であることは間違いありません」
「へぇ・・・・・凄いことになってきた」
滅ぼされたＳ・Ｓに関しての情報は、実は世間的にほとんどないと同じだった。当時の従業員は皆死んでしまったし、書類や何やらは現在でもＳ・Ｓの建物内にあるのだが、魔物に道を塞がれ取りに行くことができず、ずっとそのままの状態になっていたのである。
「一つ目の目的はＦ・Ｗですが、僕にはもう一つの目的があるんです」
「ズバリ、レストフレールでしょ？」
ティアがグラを指さしながら言った。しかしグラは微笑むと、首を横に振る。
「確かにレストフレールにも興味はありますが、今回はそれは目的の数には入れていません。僕が求めているモノ、それは魔物達が必死で守っている『モノ』です」
「・・・・・何それ？」
「それは行ってみれば分かりますよ。さて・・・」
グラは広げていた紙をしまい、椅子から立ち上がった。
「今から出発しては、ザークに着くのは深夜になってしまいますね。今日はこの宿で一泊しましょう」
「え？ ボク別に野宿とかしてもいいよ？ 最初の一日、ここで潰す気？」
ティアは驚いたようにグラを見て言った。アルヴァスを雇う場合、一日ごとに料金を払うことになる。ティアの場合はＢランクなため、一日ごとに１,０００セイムの代金が請求されることになるのだが、グラはその貴重な一日を何も行動を起こさないまま終わるつもりらしい。
そんなお金を粗末にするようなことをするクライアントは、これまで一人もいなかった。普通のクライアントなら多少無理してでも、今日のうちにシルベイマウンテンの麓の村、『ザーク』へと向かうことを選んだだろう。
しかしグラは、にっこりと微笑んで言った。
「無理する必要はありませんよ。のんびり、ゆっくり行きましょう。あの山までは」
「・・・・・それもそうだね」
あの山、シルベイマウンテンに入ったら、そうそう休んでもいられなくなるだろう。今のうちにゆっくりしておくのが得策かも知れない。
「と、言うわけで、僕は下の階で葡萄酒を飲んでますよ。ここの酒は実に美味い」
「・・・それが本音か」
ティアは呆れたように呟き部屋を出て、隣に用意されていた自分の部屋に向かったのだった。