その世界には、伝説の剣があった。
その剣の名は、『Ｆ・Ｗ（ファル・ウィム）』。
人が手にすれば、計り知れない力と、膨大な知識を手に入れることができると言われている、セイクリッド・ソード。
今まで、その剣を直接その目に見た者はいない。
ある者は巨大な洞窟の奥深くにその剣があると言い・・・・・
ある者は恐ろしい竜がその剣を守護しているのだと言い・・・・・
ある者はそんな剣はこの世界に存在しないと言う。
事実を知る者は、この大陸に、この世界にいるのだろうか。
今では噂が噂を呼び、Ｆ・Ｗに関しての情報は数知れないものとなってしまった。
もちろんその噂のほとんどが間違ったもので、本当の情報などほんの一握り・・・
いや、もしかすると一つもないのかもしれない。
しかしこの世界には、まだまだ謎が溢れている。
人が不思議な力、『キャパシティ』を使い、生活を豊かにしてきた世界。
魔物と呼ばれる存在が、我が物顔で町の外を徘徊する世界。
黒き羽を持つ者と白き羽を持つ者が対立し、人知らぬ場所で遙か昔から続く戦いを繰り広げている世界。
前文明の遺産と言われている、『ＣＤ』や『ロストウェポン』と呼ばれる物が埋没している世界。
この世界の誰も知らないようなものがあっても、考えのつかないような出来事が起こっても、なにもおかしいことはない。
無限の可能性を持った世界、それがこの世界だ。
その可能性を求めたとき、人は狂うことがある。
一人の少女がいた。
誰に口外しない悲しい過去と、あまりにも過酷な運命を背負った、小さな少女。
これは、一年前の話だ。
時は正午過ぎ。
ティア＝ノル、十四歳。
薄暗い酒場のような部屋で、お気に入りの甘いコーヒーを飲みながらティアは仕事を待っていた。ティアは赤色がベースの動きやすさを重視した服を着て、頭には特殊なヘットゼットを装着している。いつも仕事をするときの服装だ。ティアは自分の赤い髪をいじりながら、暇な時間を持て余していた。
部屋の中では男が数人、酒を飲みながら談笑している。時たま耳に入ってくる話題は、仕事や給料に対する文句や前の仕事のクライアントのことなど、仕事に関することであった。
酒場のようで実は酒場ではないこの部屋は、オートのアルヴァス支部の一室。
「Ｂランク、ティア。仕事だ」
いきなり、ティアの後ろから声がした。
ティアが後ろを見ると、そこには黒いスーツに身を包んだ黒髪の男が立っていた。ティアはその男を見て笑みを浮かべると、男がティアと同じテーブルに座るのを待ってから口を開く。
「待ってたよ、ヘッチ。で、仕事の内容は？」
ヘッチと呼ばれた男は、無表情のまま持っていた革のバックから書類を取り出した。それを無言のままティアの目の前に広げ、ほとんど感情のこもっていない声で仕事の説明を始める。
「仕事内容。クライアント、グラ＝バレーの護衛。期間は一週間の予定」
護衛、という言葉を聞いて、ティアは腕を組んだ。
「・・・・・護衛の仕事もなんか久しぶりなような気がするなぁ。まあいいや。それで、Ｄ・Ｌは？」
組んだ腕をくずして飲みかけのコーヒーに手を伸ばしながら、ティアがヘッチに聞く。ヘッチはその問いにも、口調を少しも変えずに事務的な声で答えた。
「危険度レベル、Ａ。ボーナスは１００００セイムだ」
「Ａ！？」
ティアは思わず声を上げた。飲みかけのコーヒーをこぼしそうになるが、なんとかそれは防ぐ。
「個人の護衛で危険度レベルが『Ａ』！？」
ティアの仕事『アルヴァス』とは、簡単に説明すると報酬次第で何でもする、いわゆる何でも屋だ。
アルヴァスは本人の腕のレベルによってランク付けされている。先程ヘッチが言ったように、現在ティアはＢランクであった。ランクはＧランクから始まり、Ｆ、Ｅ、Ｄ、Ｃ、Ｂ、Ａ、特Ａランクと格付けされている。もちろんランクが高くなればなるほど、報酬の金額も高くなっていく。
最も高いレベルである特Ａランクのアルヴァスは、噂では世界に数人しかいないらしい。
危険度レベルとは、Ｄ、Ｃ、Ｂ、Ａ、Ｓに分かれていて、仕事の危なさをレベルに変えて表しているものである。レベルＤは命を落とす心配が全くないというレベル。レベルＳはかなり危ない仕事で、死ぬ可能性の方が高いようなレベルである。レベルＳ程になると、特Ａランクの者にくらいしかまともに処理することは難しいだろう。危険度レベルは、Ｄ･Ｌと称されることが多い。
レベルＳの次に危険なレベルであるレベルＡが、たかが個人の護衛についたのだ。
「王国関係者？ このグラって人」
どこかの国の重役の護衛なら、このレベルも納得がいく。大きな国の重役ともなると、他人に命を狙われることも少なくないだろう。暗殺者（アサシン）を相手にするのなら、Ｄ・Ｌは『Ａ』でもおかしくない。
しかしヘッチは、首を横に振った。
「いや、クライアントはＦ・Ｗハントだそうだ。Ｄ・Ｌが高いのは今回の目的地に関係している」
「・・・・・どこに行くの？」
いやな予感を胸一杯に感じつつ、ティアがヘッチに聞いた。
こういうときのいやな予感は、大概当たる。
そしてやはり今回も、その予感は見事に的中した。
「このオートより北の山脈、シルベイマウンテン」
「ボクやらない。他の人に頼んで」
ヘッチの言葉を聞き、ティアは即答した。
「何でわざわざ魔物の巣に自分から行かなきゃいけないの。疲れるからヤだ」
シルベイマウンテンは、昔は鉱石『レストフレール』が少量だが採れる鉱山として有名だった。レストフレールとは、使う者の精神と同調し、その者の意志の強さがそのまま強度に反映されるという特殊金属で、以前その金属を使った武器がいくつか生産されて絶大な人気を誇ったことがある。そんなわけでそのシルベイマウンテンには一攫千金を夢見る者が溢れ、山脈の中腹あたりに建設されたＳ・Ｓ（ストーン・ステーション）から人の姿が消えることはなかった。
しかし、どこからか現れた魔物の大群に一日にしてＳ・Ｓは滅ぼされ、シルベイマウンテンには凄まじい数の魔物が住み着いてしまったのだ。それから早くも三年以上経つが、今でも魔物の数は増え続けており、好き好んでこの山に近寄る者はいない。
「それは困る」
全然困っていない表情で、ヘッチが言う。
「これはクライアントからの指名だ」
「はあ？ 指名？」
ティアはさも嫌そうな声を上げた。アルヴァスはクライアントからの信用が命だ。クライアントからの指名を簡単に断ることは信用をなくすことにつながるので、なるべくさけた方がいい。
ティアぐらいのランクになると、客からの指名も増えていく。そのために暇がどんどんなくなり、出世することはすなわち忙しくなりことにつながっているのだ。
「とにかく、クライアントはこの町の宿屋にいる。宿屋『ラナク』に到着した時点で仕事開始。話は以上だ」
「あううぅぅ・・・指名じゃ断れないじゃんか・・・」
情けない声を上げながら、ティアはテーブルから立ち上がった。そして残っていたコーヒーを一気に飲むと、立てかけてあった長い槍を右手に持つ。
「・・・じゃあ、またね。ヘッチ」
「仕事は確実に、手際よくこなせ」
「はいはい、分かってるよ」
ヘッチの言葉に苦笑いを浮かべ、ティアはアルヴァス支部の一室を後にした。
後に残されたヘッチは、テーブルに運ばれてきた砂糖なしのコーヒーに手をつけながら、小さく呟く。
「疲れる・・・か・・・」
多少腕が立つ者でも、シルベイマウンテンに行くとなれば死を覚悟しなければならない。それはアルヴァス支部が出したＤ・Ｌが証明している。
しかしティアは、疲れるから行きたくないと言った。ティアはシルベイマウンテンに行くことを全く恐れていない。
恐れる必要はない。
彼女は、ティアは強いからだ。
ヘッチは苦笑する。彼はティアがアルヴァスに成り立ての頃から、彼女の姿を見てきた。最初は頼りなかった彼女だが、今では立派に一人で仕事をこなすアルヴァスとなっている。
ヘッチは再び苦笑し、ティアの苦手なブラック・コーヒーを口に運んだ。
（どこまで上り詰めるか・・・見させてもらおう）
０１番外編 第一章
アルヴァスの槍使い