漆黒のソラ。
蒼く輝く、星がひとつ。
これは始まりの物語。
幾星霜を越え紡がれる、最初の糸・・・・・・・・。
紅い風
Ｍｏｏｎ Ｔｅａｒｓ
風が吹いていた。
「んー、いい風〜」
堤防に立ち、潮風を全身に受ける少女がいる。
堤防に座り、紅く染まり始めた空と海を眺める少年がいる。
二人にとってはありふれた光景。
１０年前も、一週間前も、そして今日も変わらない海と空がそこにはあった。
ありふれた光景。
でも、ありふれた光景だからこそ、二人は目に焼き付けておこうと思った。
「明日・・・・・か」
少年が視線を真上に上げながら呟く。
「何、怖気づいちゃったわけ？」
少年の隣に腰を下ろしながら、からかい口調で少女が嘯く。
「そういうことにしとくよ」
少年は軽く流すと、海と空の交わるところに目をやった。
「相変わらず面白くないわね」
そう言いながら、少女も視線を水平線に向ける。
夕日が、きらきらと煌く海に、その姿を隠そうとしていた。
「きれいだね・・・・・・・」
視線をまっすぐに、少女が口を開く
「あぁ」
少年も素直に応じる。
それは本当に、きれいな夕日だった。
「俺たちが、護るんだよな・・・・・・・・・」
いつの間にか少年は、握り締めた右手を見つめている。
「うん」
力強くうなずいた少女もまた、自分が少年と同じ行動をしていることに気づいた。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「真似するな」
「真似しないで」
二人の口が同時に開く。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
暫しの沈黙。
でも次の瞬間には、二人一緒に笑った。お互いの顔を見つめながら、笑った。
夕日だけがそれを見ている。
やがて、笑い声も消え、また、二人は水平線を見やった。
それっきりどちらも喋らない。じっと海を、空を、眺め続けている。いつもよりずっと、
長く、長く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
どんっ
「ッ？」
そんな沈黙も、少年が堤防から落下することで終わりを告げた。
こちらの堤防、高さ１５メートルはある。
いくら下が砂浜とて、あまり芳しい状況にはならないはずだ。
ところがその少年といえば、さして慌てる様子も見せない。やすやすと、さながら猫のように姿勢を整えると、たんっと砂浜に着地した。
「・・・・・・・・・・」
直上、自分を突き落とした張本人を睨みつける。
「あはは、大丈夫？」
当の本人はと言えば、さして悪びれた様子も見せずけらけらと笑っていた。
「おい・・・・・・」
ぷるぷると、拳を握る少年の声は氷のように冷たい。
もっとも冷たいのはあくまでも声であって、この少年がクールとかそういうのではない。
「んー、まぁ、そこそこ面白かったかな」
うんうん、とうなずきながら少女は砂浜の少年を見下ろしている。
「人を突き落としておいてそこそこかよ・・・・・・」
もはや、怒る気が起きない。
「なーに言ってんの。宇宙じゃアクシデントはいつ起こるかわからないのよ？」
そう言って、少女は左の人差し指を空に向けた。
「間違っても、背中押されて突き落とされることはないと思うけどな」
「ま、例えよ、たとえ・・・」
言いながら、ふと腕の時計を見た瞬間、少女の動きが固まる。
その瞬間は、波も風も止まった気がした。
「どした？」
「あのさ・・・・・・」
「ん？」
「おばさん、今日は７時には帰ってこいって言ってたよね」
「あぁ」
「ご馳走つくって待ってるって言ってたよね」
「うむ」
「・・・今なーんじだ」
「何時って・・・・・・」
言われて少年は、時計を見る。
そして、瞬間、凍ったように固まった。
「６時５５分？！」
「そうよッ、あんたがそんなとこに落ちてるから、あと５分しかないじゃない！」
「落としたのはハルカ、お前だろうがッ」
「ええぃッ、言い訳はいいからさっさそこから上がってきなさい」
少年は、ブツクサと一言二言呟く。が、次の瞬間軽く地面を蹴り、１０ｍほどジャンプした後さらに空中を蹴ってムーンサルト、堤防に華麗なる着地を決めた。
「９．８０！・・・・って違ッ」
思わずノリで点数をつけてしまった少女の横を颯爽と翔けながら、少年は階段を１０段飛ばしで駆け下りる。
「わっ、ま、待ちなさいよ、ちょっと、レイジ！」
慌てて少年の後を追いかける少女。
後に残ったのは、１０年前と、一週間前と変わらない夜の訪れだけだった。