朝焼けの日は、天気が崩れるという。

 晴れていた空も、昼が近くなるにつれ、どんよりとした黒い雲に覆われている。

 紅零は今、この村の長の家を訪ねていた。

 「そろそろ、出立しようかと・・・・」

 「そうでございますか・・・・。村の者がみな助かったのも貴方様のお陰でございます」

 長は正面に座る紅零から、脇に座る母娘に視線を移した。

 「それに・・・この者たちが大変お世話になったようで」

 「いえ、とんでもございません。私は、ただ力を貸しただけです。葉月が助かったのは嘉穂殿の祈りあってこそ」

 紅零はそう言うと母娘に微笑んだ。

 「人の祈り、想いとは、時にどんな残酷な運命でさえ、断ち切ることが出来ます。とても私一人では葉月は救えなかった。祈りが、あなたの祈りが葉月を救ったのですよ」

 「そんな・・・紅零様のお力がなかったら」

 困惑している嘉穂の顔にそれでも笑みが浮かぶ。

 「とにかく、よかった・・・・」

 紅零は、また微笑むと長に向き直った。

 長はその長い髭を弄びながら、口を開ける。

 「ところで紅零殿・・・・。いつ出立するおつもりなのですかな」

 「今日中にでもと」

 「今日中とはまた急な」

 「村の方々もよくなったようですし、それによそ者が長居するのも」

 「村の恩人がそんな事を申してはいけませぬぞ」

 はっはと笑いながら長は、真面目な顔で紅零を見つめた。

 「それとも・・・・何か、あるのですかな」

 勘ぐるというより確信めいた口調だ。

 「意外に鋭いお方だ」

 紅零は微笑を交えながら賞賛する。

 「こう見えても、若いときは鬼と戦ったこともありますでな」

 「ほう、鬼・・・ですか」

 「昔のことでございますよ。それに・・・・・・」

 にっと笑って紅零をみる。

 「貴方様も鬼を相手にしているのでしょう」

 全てを見透かすような視線が注がれる。

 「何のことですか・・・・・は通用しないですか」

 長は黙ったまま視線をずらそうとはしなかった。

 これだけの眼力をもつものはそうそういない。

 「本当に鋭いお方だ・・・・・。長、もしやあなたは・・・・」

 尋ねながらも紅零は、ある確信を持っていた。

 その昔、都に一つの集団が有ったという。

 それは、職業、年齢を問わずある一つの目的のみを追求して組織された集団。

 「鬼殺団・・・・・・・・ですか」

 鬼殺団。

 その名の通り、鬼を殺す事を生業とした凄腕の戦闘集団。

 最強の鬼殺し達。

 「しかし、鬼殺団は五十年前に・・・・・・・」

 「よくご存知で・・・・いや、流石と言うべきですかな」

 今を遡ること五十年前、都を鬼達が襲った。

 その数、十や二十ではない。

 平野を、山を埋め尽くすほどの大軍勢だったという。

 そして、鬼殺団や陰陽寮の者たちの文字通り命を賭けた戦いによって、都は無傷ですんだ。

 それから五十年。

 今では、その戦いがあったことを知る者は少ない。

 「鬼殺団の中で生き残ったのは、私を含め、十人足らずでございました」

 感慨深げに長が言う。

 「そう、その中には・・・・・・」

 ちらっと紅零に視線を投げかける。

 「紅陽炎の異名を持つ陰陽師もおりました」

 紅零はただ無言でそれを聞いていた。

 「貴方様は・・・・紅陽炎の身内ではございませぬか」

 ・・・・・・・・。

 ふっと紅零は表情を弛めた。

 「さぁ、身内かどうかは知りませんが・・・・・」

 くっくっと長は笑うと言った。

 「そう、そのはぐらかす様子がそっくりでございますなぁ」

 暫し、沈黙が続いた。

 嘉穂と葉月は、完全に話から置いていかれている。

 葉月にいたっては、嘉穂の腕の中で眠ってしまっていた。

 「紅陽炎は・・・・元気ですかな」

 「どうですかね・・・・・」

 さして、興味もなさげに紅零は答えた。

 くっくと長が笑う。

 「本当に紅陽炎と話しているみたいでございますな」

 「行方が知れないのですよ・・・・・・・」

 私同様に・・・・・・・。

 「何か言いましたかな」

 「いや、何も」

 「紅陽炎も私と同じくらい枯れてしまったでしょうが、案ずることも無い。私同様しぶといですからな」

 はっはと笑う。

 「この村が鬼に狙われているのはご存知で」

 紅零は話題を変えた。

 あまり、紅陽炎については触れられたくない。

 そう言った気配が、言葉に込められている。

 「知っておりました」

 長も、少し喋りすぎたと思ったのだろう。

 すぐに真面目な顔になり、紅零の話に耳を傾けた。

 「しかし、見ての通り、老いぼれでございますゆえ」

 そういって、拳を床―と言ってもほとんど地面なのだが―に叩きつけた。

 「ご覧の通り、地面も砕けなくなっておりましてな。悔しいものでございます」

 そう言って、またかっかと笑った。

 「あなたはいい村長ですね」

 長は笑うのをやめた。

 「村を見捨てる村長が、いい村長でございますか」

 「見捨てる気などないのでしょう」

 「・・・・・・・・・・」

 長は、黙ったまま紅零を見つめる。

 「あなたが命を賭ける必要はない。私がやりましょう」 

 微笑。

 ぞっとするような微笑。

 「貴方様は・・・・業を背負っておられるのか」

 この一時に限っては、老人は目の前の若者に恐怖を覚えた。

 「ふっ・・・・・・」

 紅零はそれには答えなかった。

 「貴方様は強い。私にはわかる・・・・・・・」

 「正直、私は・・・貴方様を利用しようとしている。なんとか理由をつけて、鬼と戦わせよう考えておった」

 紅零は眉一つ動かさずただ聞いている。

 「それが叶わないのなら、この老いぼれ、命を賭け、鬼を滅してやろうと思うておった。じゃが、今確信し申した。やはり貴方様は紅陽炎の身内。私が頼まなくとも、殺り合うおつもりだったようだ・・・・」

 ほとんど一息で言ったようで、長は大きく息を吸う。

 「本当に、あなたはいい村長だ」

 一言、紅零は言った。



 相変わらず、空は灰色に覆われている。

 今、紅零は山道を歩いていた。

 荷物は無い。

 全部、村に置いてきた。

 『必ず生きて帰ってきてください』

 出立の際、嘉穂と葉月に泣かれてしまい、どうにもこうにも話が進まず、紅零はほとんど身代わりに荷物を置いてきてしまったのだ。

 別段、変わったものなど無いので困りはしないが、やはり有った方が何かと便利だ。

 「戻らねば駄目・・・・・か」

 だから本当は、あのことは黙っておきたかったのだ。

 自分はただ薬草に詳しい旅人で、それだけの人間だということにしていれば、このまま目的を果たして、そのまま旅に出れたと言うものを。

 「面倒なことをしてしまったな・・・・・」

 そう言いながらもどこか嬉しげな紅零であった。





 ただ歩き続ける。

 周りの景色は相変わらず、木々が生い茂っているだけである。

 歩く。

 歩き続ける。

 「止まれ、人間」

 太い耳障りな声がした。

 だが、紅零は歩き続ける。

 ほくそ笑みながら。

 「聞こえねぇのか、人間よぉ」

 今度は明らかに怒気を含んだ声が聞こえてきた。

 ざっ

 紅零はやっと歩みを止め、そして後ろを振り返った。

 そこに立っていたのは、人間ではない。

 大人の人間三人分はあろうかという身の丈。

 耳まで裂けた口に鋭い牙。

 隆々とした赤黒い肉体。

 全てを引き裂くような爪。

 そして、角。

 典型的な鬼であった。

 「やっと来たか・・・・」

 いよいよ狂気じみた微笑と共に紅零が呟く。

 「やっと来たか・・・・だと」

 鬼は、その鋭い目で紅零を射抜いた。

 大抵の人間ならば、これだけで足が竦み動けなくなる。

 だが、紅零は澄ました顔でそれを受け流す。

 「へへへ、ちったぁできるみてぇだな、人間にしては」

 紅零はただ見つめている。

 「俺様の名は雷天童子、覚えておきな。まぁ、もっともお前は一刻と待たずに死んじまうがなぁ、ぎゃっはっは」

 紅零はその口上を鬱陶しそうに聞き流すと口を開いた。

 「その雷天童子さん、少し私と話でもしませんか」

 「なにぃ、話だぁ」

 てっきり懐に飛び込んで来たこの男を、そのまま細切れにしてやろうと目論んでいた雷天童子だったが、意外な一言に暫し考え込む。

 「いいぜ、話してみな。俺様は、他の連中と違って学識派だからよぅ」

 別にいつだって殺せる、そう思い雷天童子は話を聞くことにした。

 「あの村に病を広めたのは貴方ですか」

 「んなもん、お前、わかって言ってんだろうが」

 「ふっ、お見通しですか」

 あくまで澄ました態度の紅零。

 「気にくわねぇなぁ、お前の態度よぅ」

 「謝りますよ」

 「それが気にくわねぇっつってんだ」

 思わず童子はその岩をも砕く鋭い爪の一撃を、見舞ってやった。

 巻き上がる粉塵。

 「おっと、いけねぇ」

 そう言いながらも、あのふざけた態度の人間を今ので仕留められればこれに越した事は無い。

 しかし、その思いは感嘆と共に打ち砕かれる。

 「ほぅ、やるじゃねぇか」

 紅零はただその場に立っていた。

 彼の目の前の土だけがただえぐれている。

 「穏やかじゃないですね」

 さらりと流れるように喋る紅零。

 「へっ、よく言うぜ。人間にしちゃやっぱりやるほうだねぇ、お前さんよう」

 「あの子に何故、呪いをかけたのですか」

 今の出来事などまるでなかったように話すこの人間に、童子は再び軽い殺意を覚えたが、なぁにいつでも殺せるさ、と割り切って話を聞いてやることにした。

 「俺様はよう、人の不幸を見るのが大好きでなぁ、ひゃはは」

 「悪趣味ですね」

 「けっ、何とでも言いな。おめぇら人間とは頭の作りが違うんだよ。もっともお前のせいで台無しにされちまったがなぁ」

 じろりと紅零を睨みつける。

 紅零の方は、それをさらりと受け流しながら話を続ける。

 「何故、あの子じゃなければならなかったのですか」

 「ああ、あいつの母親がいただろ。あれの旦那をよ、ちょいとまえに喰っちまってなぁ。ま、あんまり美味くなかったけどよ。そしたらあの女、家ん中でずっと泣いてやがってよう、へへ」

 「あの人の不幸が見たかったんですか」

 「あぁ、そうとも。このうえ娘まで失っちまえばどうなるか見ものだったからなぁ」

 そして、さも憎々しげに紅零の方を見やる。

 「なのに全部てめぇが台無しにしやがった。俺の楽しみを奪いやがってよぅ、人間如きが」

 「私は、あなたみたいなことをする鬼が大嫌いですけどね」

 流石にこの人間の態度に、我慢が出来なくなってきた童子は、明らかに敵意をこめた言葉をぶつける。

 「けっ、そうかい。だからなんだってんだ、人間よぉ」

 「さて・・・・あなたに問いましょうか」

 「なんだとぉ」

 「このまま村を襲いつづけて私に殺されるか。それとも人里離れて静かに余生を送るか」

 「この俺様に生きるか死ぬか選択しろ、だとお」

 「生きる機会を与えて上げているのですよ、もっと喜んだらどうです」

 「ふざけんじゃねぇっ」

 がしゅっ

 童子は両手の鋭い爪を、このふざけた人間に見舞ってやった。

 木の葉の舞う中、一つの影が空中高く踊り出る。

 「交渉決裂ですか」

 「んなもん最初からねぇんだよっ」

 そう童子が言った瞬間、紅零はにぃっと笑いながら地面に降り立ち、振り向き様に言った。

 「調度良かった。俺もこっちの方が好きなんでな」

 「!?」

 態度、というより雰囲気そのものが一変した、そんな感じを童子は受けた。

 だが、所詮は人間だ。どうなろうが、俺がぶち殺してやる。

 「へへ・・・やっぱり骨がありそうじゃねぇか、人間にしてはよぉ」

 「その台詞、いい加減聞き飽きた」

 「その余裕、ぶち壊してやるぜ、人間」

 童子の右手が紅零の左脇腹めがけ飛んでくる。

 並みの人間では避ける事すら叶わないその一撃を、紅零は流れるように左へとかわし、そのままの勢いで一回転しながら右腕の外側を裏拳のような形で童子のがら空きの背中へと見舞う。

 「がぁっ」

 もろに喰らった童子は、そのまま前のめりになるのを何とか堪え、すかさず距離を取る。

 「げ、げははは、やるじゃねぇか」

 紅零は答えず、すかさず距離を詰め童子に襲い掛かろうとする。

 「だがよぉ」

 童子は、自分に向かってくる紅零にそう叫ぶと、大きく天を仰いだ。

 「死ぬのはてめぇだ」

 突如、天空から放たれた一本の閃光が、轟音と共に紅零を襲う。

 「くっ」

 「はっはぁ、何もよぅ、どつきあうだけが戦いじゃねえんだよ」

 その間も雷は容赦なく紅零を襲う。

 「どうだ、苦しいか。苦しいだろ。ひゃっはははは。俺様が雷天童子と呼ばれる所以がこれよぉ」

 「くっ・・・くくくくく」

 紅零の呻き声がやがて嘲りのへと変化していった。

 「な、馬鹿な」

 くっくっと笑いながら紅零は左の掌をその雷に向けて差し出す。

 「この程度の雷撃で雷天童子だと。笑わせてくれる」

 雷は紅零の左掌に吸い込まれるように消えた。

 「さぁ、終わりか?もっと楽しませてくれよ」

 人間とは思えない冷酷な笑い。

 自分を嘲るその笑いに童子の眼の色が変わった。

 「ふざけるなよ、人間如きが」

 左の拳が空を走る。

 軽やかに紅零はそれを避けるが、次の瞬間避けたところに雷撃が落ちた。

 「効かないと言って・・・・何っ」

 そう、その電撃は紅零に一瞬の虚を作らせるためのもの。

 紅零がそれを受けた瞬間、童子の右腕にも同じように雷撃が落ち、その雷撃を纏った一撃が、紅零の腹部に確実に当たった。

 「がはっ・・・・」

 衝撃で紅零は、彼の後方にあった樹の幹にもろにその身体をぶつけた。

 雷天童子は倒れた紅零をすかさず持ち上げ、天空に放り投げる。

 「雷獣方陣っ」

 童子がそう叫ぶと、紅零の周りに光の陣が描かれ、そこに先程よりもさらに激しい雷が四方から襲う。

 「なめてんじゃねぇ、人間如きがっ。ぎゃははは」

 これぞ、雷天童子必殺の連携攻撃。

 童子自身この技を使うのも、何十年振りのことである。

 「ひゃはは、死ぬついでに教えてやるぜ。この雷獣方陣を喰らってよう、生きてた奴は一人もいねぇ。陰陽寮の術師でさえ死んじまうンだからなぁ」

 雷撃は更にその激しさを増し、童子のところにまできな臭い匂いが漂ってくる。

 「ぎゃはっはっはははあ、貴様ら人間如きが俺様に逆らうからこうなるのさ、ひははは」

 「さっきからさっきから・・・・・・・」

 耳障りな笑いを続ける童子の上、空中で張られた陣の中から声がする。

 ぞっとするほど、静かに、身震いするほど、冷たく。

 「人間如きだの、人間にしてはだの・・・・・・・・」

 童子の笑いが凍りついた。

 「なら問う、人間でない俺はどうすれば満足だ」

 天空から紅く黒い雷が雷獣方陣に落ちる。

 「なんだとっ」

 雷獣方陣を包みながら、その黒い雷は地上に落ちた。

 落雷の衝撃の中から、人影がゆっくりと歩いてくる。

 「な、なんだ・・・・何者だ、てめぇ」

 口元に狂気の笑みを携えて、青年はゆっくりと童子に近づいてくる。

 「少しは手ごたえがあるが。くく」

 そう言いながらも、手元ではゆっくりと印が組まれている。

 「能力限定解除・・・・・・『紅』承認」

 ざわっ

 場の空気が変わった。

 重苦しく、そして息苦しく。

 「俺は未熟者だからな。こうでもしないと力が抑えられないのさ」

 自らへの嘲りと共に、彼の内から凄まじいほどの気が発せられる。

 「手加減できないから・・・・・・そのつもりで頑張れよ」

 にぃっと笑った紅零は、懐に手を延ばすと何かを取り出す。

 それは、密教僧や修験者がよく使う独鈷の形をしていた。

 両方の先端が三つに分かれている。

 紅零は、それを左手で持つと気を流しはじめた。

 するとそれの片方の先端から紅い光刃が生まれる。

 「往くぞ・・・・」

 その台詞を言った瞬間、童子の右手は宙を舞う。

 「ぎゃあああ」

 「ちゃんと往くって言っただろう?」

 準備くらいしておいてくれ、と言わんばかりの笑いが響く。

 「貴様ぁあああ」

 雷獣方陣が再び紅零を取り巻くが、陣を敷き終わったときにはその中心に彼の姿はない。

 「遅い」

 童子の左足が飛ぶ。

 「があああああ」

 「痛いか・・・・・。痛いだろうな」

 そう言った瞬間、童子の叫び声と共に最大級の威力の雷撃が紅零を襲う。

 あまりの威力に周囲の木々は吹き飛ばされ、ちょうど円状の広場のようになった。

 「・・・・・化け物め」

 せめて相打ちにと思って放った一撃だったが、その一撃すら意味がなかった。

 紅黒い光刃に雷撃は弾かれ、一部は吸収されていたのだ。

 「鬼に化け物呼ばわりされては、返す言葉もないな」

 横たわる童子を見ながら、紅零は笑っていた。

 「化け物め・・・・・・」

 紅零の笑いが消えた。そして射抜くように童子を睨む。

 その眼は、限りなく紅かった。

 全てを燃やすような紅ではなく、全てを飲み込むような紅。

 「お前・・・・・ま、まさか・・・・・・・・・・・」

 童子は全身に悪寒が走った。

 あの紅い瞳。

 忘れるはずがない。

 「あ、ありえねぇ・・・・お、お前は・・・・いや・・・あんたは五年前に・・・お・・お陰陽師の連中に殺されたはずだ」

 紅零は冷たく微笑んだ。

 「へぇ・・・俺のことを知っているってことは・・・・・・」

 紅零は右足で童子の切り落とされた左足を踏み潰した。

 「あんた、五年前に都を襲った鬼どもの生き残りか」

 恐怖。

 童子は二度と味わいたくない恐怖を感じた。

 「こんな遠く離れたところまで逃げている奴がいるとはね。俺が死んだと思って安心していたのだろうが・・・・・残念だったな」

 その口調には、憐れみすらすらこもっている。

 「俺は死なない・・・・・貴様らのような鬼がいる限り」

 童子はもう、震えていた。まさか、まさか、こんなところで出会うとは。

 五年前、都をただの一人で鬼の軍勢から守ったこの男に。

 童子は自らの運の無さを呪った。

 今までの五年間、命生き長らえてきたのはこんな最期を遂げる為だったのかと。

 「消えろ」

 紅の光刃が振り下ろされた。





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