−2.5章−
「あ、あのぅ・・・ティアさん、ですか？」
「うん？ 何？」
オートのアルヴァス支部で昼食を摂っていたティアに、一人の少女が話しかけた。
ちなみに、ティアが食べていたのはスパゲティ。オートのアルヴァス支部には食堂が存在しているため、ティアも仕事の合間にここで昼食を食べることがあった。
ティアに話しかけた少女はピンク色の髪で、やけに露出度の高い服を着ている。
見た限り、控えめで大人しい性格のようなのだが・・・服装がそれに合っていない。
「あ・・・えっと、仕事を頼みたいんですが・・・」
少女のその言葉を聞いて、ティアはフォークをテーブルの上に置いた。
そして、少女をまじまじと見つめる。
「あ、あの・・・？」
見つめられてどぎまぎする少女に、ただじーっと少女を見るティア。
（・・・どんな仕事依頼されるんだろ・・・・・すごい、やな予感・・・）
そう思うティアであったが、だからと言って理由もなく断るわけにはいかない。アルヴァスは客商売だ。クライアントの信頼を勝ち取ることがすなわち、アルヴァスとしての寿命に繋がってくる。
「ん、仕事の依頼なら、向こうの窓口でどうぞ。今日の午後は確か空いてたはずだし」
「あ、はい。わかりました」
丁寧にお辞儀をすると、少女は窓口へと歩いていった。そして少女は背伸びをして、窓口の男に話しかける。
ティアは肩をすくめると、残っているスパゲティへと取りかかった。フォークでスパゲティに入っているキノコを突き刺し、口に運ぶ。
パクリ、と口を閉じた瞬間だった。
「ティアァァーッ！ 元気かぁぁーっ！！」
ガツンッ！
小気味のいい音が、レストラン内に響き渡る。
ティアの後頭部を、後ろから近寄ってきた男・・・ティルアが手で叩いたのだ。
・・・いや、衝撃的には『殴った』と表現する方が正しいかもしれない。
テーブルに顔面を強打することは免れたティアは、ゆっくりとフォークをテーブルに置いた。
言葉もなく、音もなく、振り返る。
その顔は、微笑んでいた。
「死ぬ？」
・・・くどいようだが、顔は微笑んでいる。
「なぁに怒ってるんだよティア。挨拶だよ挨拶！」
「アンタは・・・いちいち人の頭強打しないと挨拶できないんだ」
まるで、天使のような微笑みである。
そう。まるで聖職者が浮かべるような・・・・・。
ことの成り行きを見守っていた他の食事中の者は、これから何が起こるのかを予期しているかのように、そそくさとテーブルを移動させる。
そしてティルアの後ろの直線上は、出入り口までなにも障害物がなくなった。
ゴゥンッ！
「うおあああぁぁぁああーっ！！？」
なんの前触れもなくティアは左手のウィングリングを起動させて、目の前に立っていたティルアを吹っ飛ばした。その行動になんの遠慮もなければ、慈悲もない。
風の爆発により吹っ飛んだティルアは、そのまま真っ直ぐ入口方面へと飛んでいった。
「一名様、ご帰宅ー」
ティアはそう呟くと、途中だったスパゲティをフォークでくるくると巻く。
もし普通の場所でこれだけのことをしたならば、まわりの注目を集め、店の店員も飛んでくることだろう。
しかし、ここはアルヴァス支部。
ずっと昔からティアが在籍している支部であるし、それにティルアのことも知っている者が多い。
故に、この程度の騒ぎなど日常茶飯事なのだ。今更驚きもしない。
その証拠に、今もレストラン内はいつも通りの姿だった。
仕事を依頼にきた、あの少女を除いて。
「・・・・・・・・・」
「なぁに口あんぐりしてるんだよ？ ほら、この書類書けって」
「・・・あっ、す、すいませんっ」
少女は窓口の男が出した書類の空欄に、まだ上手とは言えない字で必要な部分を埋めていった。
彼女の名前は『リィン』。働いている店の店主の代理で、ここに来たらしい。
店の場所は、オートの中心部。商店や娯楽施設が集中していて、オートの中で一番活気のある場所だ。
「にしても、お前運がいいなぁ。ティアが依頼を出した日に仕事に出れるなんて、最近じゃ希なんだぜ？」
「え・・・そうなんですか？」
「そうなんです」
ニヤリと男が笑う。
リィンの書いた書類を受け取ると、男は記述漏れがないかチェックを入れた。
問題ないことが分かると、その書類をちょうど後ろを通りかかった同僚の女性に手渡し、そしてリィンと向き合う。
「依頼は受理されたぞ。時間は今から半日だ。半日だから、依頼料は半分でいい」
「はい、ありがとうございます」
リィンは依頼料の入った布袋を差し出す。男はそれを受け取り、中身を確認した。
「って、全部硬貨かよ」
「あ・・・だめでしたか？」
「いやいや、そんなことねぇけど」
男は慣れた手つきで、硬貨の数を数えていく。
「・・・っと。はい。確かに依頼料は受け取ったぜ」
そうして、布袋の中から必要なぶんだけの硬貨を取りだし、残りをリィンに返した。
「・・・思ったよりも余りました・・・」
「そりゃあ半額だからな。儲けたと思え」
「はぁ・・・」
「さてと。おーい、ティアー！」
窓口の男は、カウンターの奥から出てきてティアを呼んだ。ティアはフォークを口に入れたまま振り返ると、小さく笑いながらフォークをテーブルに置いて立ち上がる。
近くに立て掛けてあった愛用のフレイム・ランスを持ち、窓口前まで移動。
「仕事だね。確か午後からは非番だったはずだから」
「あぁ、依頼者はこの子。依頼内容は本人から聞いてくれよ。ちなみに報酬は半日分だ」
「分かってるって」
「あ、あの・・・リィンといいます。よろしくです」
「うん、よろしくね」
ガチガチと緊張気味のリィンに、自然体でにっこりと微笑むティア。
・・・もちろん、今回の笑みは裏もなにもない、普通の笑みだ。
「ティアさんには、私たちの店のお手伝いをしてもらいたいんです。詳しくは店に着いたら話しますんで、行きましょう」
「分かった。それじゃ行こっか」
ティアとリィンは並んで、アルヴァス支部の外に出た。
ちなみに、ティアが食べていたスパゲティの代金は支払い済みだ。食い逃げではない。
「お？ ティアどこか行くのか？」
「・・・後ろにいる奴、気にしなくていいから。とゆーか、無視して」
「え・・・？ でも・・・」
「いいから。構うと調子に乗るし」
「あ、はい・・・」
いつの間に復活したのか、何事もなかったかのように後ろから話しかけてくるティルアのことを、ティアは無視するように言った。リィンは困ったようにティアを見たが、ティアが真剣な顔をしていたので素直に従うことにする。
「ところで、リィンって何歳？」
「12歳です」
「うわ、その歳でもうお金稼いでるんだ。偉いね」
「・・・ティアさんには負けます」
微笑むリィン。ティアは苦笑すると、両手を首の後ろにまわした。
「どこで働いてるの？」
「オートの中心部にあるカクテルバーですよ。そこで働かせて頂いてます」
「その服・・・『ディスク』だろ？」
無視されているにも関わらずに2人の後をついてきていたティルアが、いきなり口を挟んだ。
服とは、リィンが来ている服を指している。黒を基調とした、露出度が異常に高い服・・・清楚な感じなリィンとのイメージギャップが凄い。
「あ、あのぅ・・・ティアさん・・・」
「だめ。無視。反応しちゃいけないっす」
ティアはそう言ってリィンの手を引くと、歩くスピードを上げる。
そして小声で、質問した。
「・・・で、リィンの働いてるとこって、そのディスクってとこなの？」
「はい、そうですよ」
「そこ、どんなとこ？」
「どんなとこって・・・普通のバーですよ。この服はそのディスクの制服です」
自分の着ている服を摘んで、リィンが言った。
（・・・制服の時点でやばい雰囲気・・・・・）
リィンの着ている制服を眺めながら、ティアはそう考える。
「・・・あれ？ お姉ちゃん、どこ行くの？」
「あ、ミリア〜。やっほ〜」
目の前から、黄色い髪の小さな少女が歩いてきた。以前の仕事でティアと知り合い、今はティアのアパートで一緒に暮らしているミリアだ。
買い物袋を手に持っているところを見ると、夕食の買い物の帰りらしい。
「お仕事？」
「うん」
「・・・あの、こちらの方は？」
リィンがミリアを見ながら、隣に立っていたティアに聞いた。
「ボクの知り合いで、ミリアだよ。ミリア、こっちはリィン。今回のボクのクライアント」
「よろしく、リィン」
「はい、よろしくお願いします。ミリアさん」
二人とも微笑んで、そう挨拶をする。
年下のミリアが呼び捨て、年上のリィンがさん付け・・・逆な気がしないでもないが。
「あー、そうだミリアさん。今からお暇ですか？」
「はぇ？」
ミリアは空いている方の手で頬に手を当てながら、考える。
「うーん・・・暇と言えば暇かなぁ」
「それでは、ミリアさんも是非手伝ってください。それに、後ろのお兄さんも」
「へ？ 俺も？」
今までとことん無視されていたのに突然声をかけられ、驚いたようにティルア。
リィンはそんなティルアを見て頷いた。
「報酬は出してもらえると思いますから。手伝って頂けるとありがたいです」
にっこりと微笑んで、そしてリィンは歩き出す。
ティアたちは顔を見合わせ、その後に続いていった。
「・・・・・で、やっぱりこうなったか・・・」
自分の着ている服を見下ろしながら、ティアが呟いた。
現在ティアが着ている服は、リィンが着ている服と同じ制服。
黒くて、妙に露出度の高いモノだ。下はミニスカート、上は短いブラウスのような服。
「な、なんか恥ずかしい・・・」
ティアの横に立つミリアも、まったく同じ服を着ていた。
今までこれ程過激（？）な服を着たことがなかったミリアは、顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
ティアはそれとは逆に、まるで諦めたように遠い目をしていた。
・・・そして。
「・・・待て。待てよお前ら」
震えるティルアの声。
「俺に・・・俺にこの服は・・・・・おかしいだろぉぉぉぉがぁぁぁぁーっ！！」
「三人とも、良く似合ってますよ」
「嬉しくないっ！ 激しく嬉しくないぞっ！」
リィンの言葉を、体全体で否定するティルア。
正直、無理もないだろう。
ティルアも、ティアやミリアと同じ制服を着ているのだから。
「おい、何か違和感とか感じないのか？」
「はい？ 特に何も？」
ティルアのその言葉に、リィンはまったく何も感じてないようだ。
「例えば、俺がこの格好で『いらっしゃいませ〜♪』とか言ってハートを飛ばしても、何とも思わないのか？」
「可愛らしいと思います」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ティルアは言葉を失い、反応することができなくなってしまった。固まった状態のまま、リィンを凝視する。
「・・・あの、そんなに見つめられると困ります・・・・」
顔を赤らめるリィン。
ティルアは、彼にしては珍しく怯えたような表情を浮かべた。
「俺帰る」
「逃がさないよ」
歩き出そうとしたティルアの腕を掴んで、にやりと笑みを浮かべるティア。
「放せーっ！！ ここは精神衛生上かなりよろしくないぃぃ−っ！！」
「ティルア、世の中諦めが肝心だよ」
ふっきれたようなミリアがそう言った。
ティアも同意する。
「そうそう。諦めて働きなさい」
「・・・・あのー・・・よろしいですか？」
「うん、よろしいです」
「それでは、お仕事の説明をさせて頂きますね。ティアさんたちにしていただくのは、お客様の接待です。簡単に言うと、ご機嫌取りですね」
「は、はっきり言うね」
「こんな仕事してると、割り切った方がいいことが分かるんですよ」
（恐ろしい12歳だな・・・）
ティルアは悪寒を感じつつ、そう思った。
「お客様の注文を聞いて、お飲物を運ぶ。尚かつ、お客様のご希望があれば、お酒のお相手をする。その程度です」
「・・・って、待って。ボクとミリア未成年・・・」
「そんなことシカトです」
「は、はぁ・・・」
考えてもみれば、リィンだって未成年だ。
（ちなみに、この世界では14歳までは酒を飲んでいけないことになっている）
「・・・なんか、ストレスが溜まりそうだな」
腕を組みながらティルアがそう呟く。その呟きを聞いて、ティアが頷いた。
正直なところ、ティアはこの感じの仕事は得意ではない。気に入らない客などは、勢いで蹴り飛ばしてしまいそうだ。
「リィン、ここって開店いつ？」
「もうすぐですよ。こちらへどうぞ。マスターを紹介しますから」
リィンに連れられて、三人は店員の控え室から店の店内に入っていった。ティルアははき慣れないスカートが気になるのか、しきりに下を気にしながら歩く。
「マスター。ご希望通り、ティアさんをお連れしました」
「あらん、ご苦労様ねぇん」
男の声が聞こえた。
・・・間違ってはいない。
そう。男の声だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・ゑ？」
ティア、ティルア、ミリアの三人が、マスターを見ておかしな声を漏らす。
マスターはこの店の制服よりもさらにきわどい服を着て、カウンターの前で上品に足を組み煙草を吸っていた。
マスターは微笑むと、立ち上がってティアに近づく。
「ティアちゃん、初めましてぇ。私はこのディスクの店主、ケンジよぉ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なんとなく・・・。
なんとなくだが、予感はしていた。
しかし実際目の前にしてみると・・・動けなくなってしまう。
「あらぁ？ どうしたの皆さん？」
「いっ、いえっ！ 何でもないです！」
やっと我に返ったティアが、両手を振りながら言った。
「リィン、後ろのお二人の紹介を受けてないわよん？」
「あ、こちらがミリアさん、そしてこちらがティルアさんです」
リィンの紹介に合わせて、ミリアとティルアが軽く会釈する。
「今回は、この方々に手伝っていただくことになりました」
「あーらぁ、そう。よろしくねぇ」
「は、はぁ・・・頑張ります」
ミリアが頭を下げながら言った。ケンジはにっこりと微笑み、頷く。
ティルアが、真剣な顔付きで一歩前に踏み出し、ケンジに聞いた。
「マスター、あんた、俺なんかが店に出ても文句はないのか？」
「あらぁ？ どうして？」
「俺は男だ」
「私も男よ」
「・・・・・俺が悪かった」
ティルアは今度こそ諦めたようで、がっくりと頭を下げながら言う。
「さぁてと、それじゃあ早速働いてもらおうかしらん。まず三人とも接客をしてもらうわよぉ。よろしくねぇ」
接客の仕方のレクチャーとかないのか・・・とか思うティアだったが・・・。
実は開店時間まで、あと一分もない状態だった。
「いらっしゃいませ〜。こちらへどうぞ〜〜」
慣れない感じのミリアが、客を奥のテーブルまで案内する。その客からティアとティルアが注文を取り、注文された品を運んだ。
ディスクの客入りは凄かった。押し寄せるように、どんどん客が入ってくる。
このバー、人気があるようであった。
考えてみれば、ティルアもこのバーのことを知っていた。そこそこ名の知れたバーなのだろう。
しかし、昼から酒を飲むとはあまり感心しない。
「おい姉ちゃん」
「あ、はい。注文ですか？」
客の一人の男から、空いたグラスを運んでいたティアが呼び止められた。ティアは出きるだけ微笑みを浮かべながら、その男に近づく。
その男はティアに顔を近づけると、小声で言った。
「ガトリングガンをくれ。それに弾も千発程」
「はい、ガトリングガンと弾千発ですね。しばらくお待ちください・・・・・・」
・・・・・・・・。
「って、ンなもんあるかあぁぁぁーっ！！！」
「あらあら、大きな声ねぇ」
いつの間にか、ティアの後ろにケンジが立っていた。ティアが驚いたように振り返ると、ケンジが笑みを浮かべつつ言う。
「この人、うちの常連さんなのよぉ。さぁ、こちらへどうぞぉ」
そうして、ケンジと常連の男は店の奥へと姿を消した。ティアは唖然として、その二人の後ろ姿を見送る。
「・・・てか、あるんかい」
「どうしたティア、客が詰まってるぞー！」
「ね、ティルア。ここってバーだよね？」
「はぁ？ 何言ってるんだよお前」
「・・・・いいや、まず仕事仕事」
ティアは今の話を聞かなかったことにして、客の注文を取りにいった。
最大限の愛想を振りまきながらティアが仕事をしていると、結構近くからものすごい音が聞こえてきた。
ガガガガガガガガガガ！！
・・・この連続音はどう考えても、ガトリングガンの発射音だ。
「・・・ティア、この音は何だ？」
仕事の合間をみて、ティルアがティアに聞く。ティアは呆れたような表情を浮かべて、その問いに答えた。
「マスターの、もう一つのお仕事」
「はぁ？」
「ウェイトレスさん、ちょっとちょっと」
客に呼ばれたティルアは、返事をしてその客に座っているテーブルに向かう。
「ロケットランチャーと弾十発くれ」
「・・・・は？」
「だから、ロケットランチャーだって」
「ろけっとらんちゃー？ そんなカクテルないはず・・・」
わけが分からず戸惑うティルアに苦笑しつつ、ティアがそのテーブルへ向かった。
「お客様、こちらへ」
客は立ち上がり、ティアの後ろに続く。ティルアはただ呆然と二人の姿を眺めていた。
外では案の定、先程の男がガトリングガンを標的に撃ちまくっていた。
ここはディスクの裏の広場。関係者以外立入禁止になっており、外部からは何も見えないように四方を高い壁に囲まれていた。
「マスター。常連さんをお連れしました」
「あらぁティアちゃん。ご苦労様ん」
ケンジはにっこりと微笑むと、ティアが連れてきた男を手招きする。
「またロケットランチャーねぇ？ 前回売ったブツはどうしたのよぉ」
「壊れたよ。火薬を使う武器は壊れやすくってかなわん」
男がそう言った。
ティアは火薬を使用する武器を使ったことがないのでよくわからないが、聞くところによると暴発や火薬が詰まってしまうことが多々あるらしく、壊れやすいらしい。
すぐに壊れるので、実用性は高くないようだ。
しかも値段も法外。ここまで来ると、金持ちの道楽と言っても過言ではない。
ティアは、そんなものに自分の命を預けるつもりはなかった。
「じゃあマスター。ボク仕事に戻りますね」
「ご苦労様ん」
ガガガガガ！という耳が痛くなる発射音に耐えかね、ティアは早々にその場を後にした。
ドォォンッ！！
爆発音と振動。
店内がガタガタと震え、吊り下がっているシャンデリアがゆらゆらと揺れた。
（撃ちやがったな・・・あの客）
ティアは裏口へと続く通路を眺め、呆れてため息をつく。
「何だ？ 今の音」
ティルアはまだ気づいていないらしく、頭をかきながらそう言った。
ミリアはと言うと客に勧められて強い酒を飲み、向こうで客と一緒に暴れている。
頭が痛くなってきたティアだった。
そんな中、いつの間にか店の中のステージにリィンが乗っていた。その手にはしっかりとマイクが握られている。
すぅ、と息を吸い込んで、叫ぶ！
「さぁ！ いつものこの時間がやって参りました！！ 『噂のアイツ』のお時間ですっ！
今日はお客様のご要望が高かった、最近人気のアルヴァス、ティア=ノルさんに来て頂いています！」
うぉぉぉぉぉ！！ とヒートアップする客たち。
驚いたのは、ティアだ。
「ちょっと待てぇっ！ 聞いてないぞそんなことはっ！！」
「ティアさん、こちらへどうぞ」
ステージを降りてきたリィンに連れられて、ティアはステージの上に立たされた。すると歓声はいっそう大きくなり、ティアは思わず一歩後ずさりする。
「さぁて、では早速の質問コーナーっ！ ティアさんに質問のあるお客様は挙手をお願いしまーっす！」
リィンが言うと同時に、店内に居たほぼ全ての客が手を挙げた。
「はいっ、ではアナタに決定！ さぁ、質問をどうぞっ！」
適当に一人を指差し、リィンはマイクを投げた。
客はそのマイクをキャッチし、無意味に大声で言う。
「それじゃあ最初だし、ティアちゃんのプロフィールをお願いしまっす！」
「ティアさん、どうぞっ！」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ティアは呆れて言葉もなかった。
（・・・そうか・・・・・ボクはこのために、今日雇われたんだ・・・）
はぁ、とため息をつき、リィンが差し出してきたマイクを受け取る。
なるようになれ、だ。
「ボクはティア=ノル、14歳。Ａランクアルヴァス。趣味は機械いじりで、好きな飲み物は珈琲・・・あ、甘いやつね」
「苦手な飲み物は？」
質問したのとは別の客が、ティアに聞く。
ティアはげんなりしたようにして、その客が持っているグラスを指差した。
「・・・それ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
つまり、酒だ。
騒いでいた者の全員が、自分が持っていたグラスをテーブルの上に静かに置いた。
「さ、さてっ、次の質問にいきましょー！ さぁ質問のある方！ ・・・はいそこのあなた！ 質問どうぞっ！」
「ティアさんに好きな人っているんですかー？」
「おおっと、これはいい質問だー！ ティアさん、お願いします！」
リィンはマイクを持つと、性格が変わるらしい。
人が変わったようなリィンの様子に狼狽えながら、ティアがマイクを持つ。
「えっと、それは・・・」
「それはティルアって美男子で、ルックスも良し！ 性格も良し！ そして強い！ と全てが揃った男だー！ テメェら覚えとけぇぇーっ！！」
「消えろぉぉーっ！！」
ゴォォォンッ！
ティアはいつの間にかステージの上に乗っていたティルアに炎の術を喰らわせ、店の外まで吹っ飛ばした。客は唖然として外に消えていったティルアを見ていたが、そのうちに歓声を巻き起こす。
「ティアさんの計り知れない力の一片を！ 今！ 私たちが！ この目で見ましたぁぁーっ！！
やはり強い！ さすがアルヴァスＡランクですっ！」
その場を上手くまとめるリィン。
「では改めて、質問に答えて頂きましょう。さぁ、ティアさん！」
「ボクの好きな人は・・・」
ティアが質問の答えを言おうとした直前に、リィンが袖を引っぱった。
何事かと首を傾げるティアに、リィンは小声で言う。
「ティアさん、ここは嘘でも何でもいいですから、誰かの名前を言ってください。『いません』ってだけは、何があっても、絶対に言わないでくださいね」
「・・・・・ええっ！？」
まさにそう言おうとしていたティアは、言葉に詰まってしまう。
誰でもいい、というのが一番困る。
「え、えーっと・・・ボクの好きな人は・・・・・」
（ど、どうしよ・・・ティルアってだけは死んでも言いたくないし・・・）
「お姉ちゃん、どうしたのぉ？ そんなとこに立ってぇ」
ステージの目の前に、酔っぱらって足元もおぼつかないミリアが出てきた。
ティアは咄嗟に・・・後々考えるとヤバイことなのだが・・・酔っぱらっているミリアを指差して言う！
「ボクの好きな人は、この人ですっ！」
・・・・・・・・。
会場に、嫌な沈黙が流れた。
「・・・はえ？」
フラフラなミリアは、場の状況を理解していない。
「な・・・ななな・・・なんとぉぉぉーっ！ ティアさんは、こともあろうに年下の女の子に恋をしてしまったぁぁぁーっ！！
これはアブナイ！ アブナすぎるーっ！！」
リィンはそう叫びつつ、ミリアをステージ上に引っ張り上げる。
会場の客たちは、息を呑んでミリアを注目した。
「この女の子は、今日一日だけこの店で働いてもらっているミリアさんです！
ミリアさんに質問させて頂きます！ あなたは・・・・・・ティアさんのことをどう思ってるんですかっ！！？」
店にいる者全員が、じっとミリアの答えを待った。
マイクを渡されたミリアは状況も理解できないまま、しかし自信ありげに答える。
「私は、お姉ちゃんのこと大好きだよ？」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーッッッッッ！！！！！」
会場が今までに無いほどの歓声に包まれた。ミリアは突然のことに驚き、唖然として立ち尽くしているティアの後ろに隠れる。
（・・・・ヤバい。ボクは何てことを・・・）
「こんなつもりは無かったぁぁー！！ しかし起きてしまったことはしょうがありませんっ！ 二人は・・・相思相愛だったことが判明しましたぁぁーっ！！」
「ちょ・・・違・・・！」
「私たちは、この二人の愛を祝福しようじゃありませんか！ 愛は何よりも強いのです！
きっと皆さんも分かってくれるはずですっ！！」
「・・・・・・・・・・・」
もう何もかも手遅れなことに気づいてしまったティアは、ただ黙って熱くなっていく会場を眺めていた。
「認めーんっ！！ 俺は認めないぞぉぉーっ！」
「おおっと！ 先程ティアさんに吹っ飛ばされたティルアさんが、二人の仲を認めないと言いだしたぁーっ！！」
ティルアは人をかき分けて素早くステージに登ると、ビシィッ！ とミリアを指差す。
「ティアをかけて・・・俺と勝負しろっ！」
「これは宣戦布告だ！ ティルアさんが、ミリアさんに宣戦布告をしたぁぁぁ！」
店内の盛り上がりが、さらにいっそう激しくなる。
ティアは完全にやる気を無くして、後ろに丁度よく置いてあった椅子に腰掛けた。
ガシャン！
「えっ！！？」
それと同時にその椅子に設置されていた束縛機能が働き、ティアは両手両足を拘束される。
「なっ・・・なんだコレはーっ！？」
「景品であるティアさんには、しばらく大人しくしていてもらいます・・・・さぁ、ティルアさんとミリアさんの戦いを、始めてもらいましょうか・・・！」
「なんだか、中が騒がしいわねぇ」
裏の広場にいるケンジと常連客二人が、店へと続く通路を見ながら言った。
「リィンちゃんが上手くやってるんだろ。心配ねぇって」
ロケットランチャーの試し打ちをしていた男が、笑いながらそう言う。そしてロケットランチャーを構え、発射させた。
発射された火薬の詰まった弾は標的に命中し、爆発を起こす。
「確かにあの子は良い子なんだけど・・・マイク持つと性格変わるのよねぇ・・・・・ティアちゃんたち、だいじょうぶかしらぁ？」
――――――――――続かない
＜＜＜あとがき＞＞＞
以前に第二章を打ち終えた時に、ほんのお遊びで書いた文章です（笑）。
内容はハチャメチャです。これでも手直ししてまともになりました（ぉ）。
まぁ、ティアたちの日常の姿ってことで。
・・・ちょっと違うかもですが(-.-;)y-゜゜
彼女は苦労人なのですよ、合掌。
第三章は・・・。
き、気長に待ってください（ぉ）。