鬼
鬼が、いる・・・・・
俺は、森の夜道を必死に走っていた。
後ろには複数の松明の明かり。その明かりは俺を追ってきている。
どれほどの時間逃げ回っていただろうか・・・・・呼吸が乱れ、汗が噴き出し、足下がふらつく。それでも俺は立ち止まるわけにはいかない。
殺されてしまう・・・！
月明かりの下、まだ整備されていない道を俺は走った。
街道だ。街道まで出れば、奴らはそう簡単に俺に手出しできなくなる。
その後、ファナンかゼラムに逃げ込めばいい・・・数日間姿を消せば、奴らも一端は潔く諦めるだろう。
そう思い、足腰に力を入れた瞬間。
目の前の茂みから、人影が飛び出してきた！
先回りされた！？
その人影は暗闇の中、銀色に光る小剣を構え、俺と対峙した。
俺は立ち止まらない。
立ち止まれない。
「・・・どけえええっ！！」
腰から長剣を抜き、俺は叫ぶ。勿論、奴はその場を避けるはずはない。
光る銀色。
俺は突き出された小剣での一撃を身を捻ってかわし、長剣を横薙ぎに払った。捉えたと思った瞬間に男はバックステップしてそれを避け、そして再び茂みの中へ姿を消す。
いい具合に足止めされた！
俺の後ろには、数十人にものぼる人影があった。
だめだ！
俺に・・・俺に近づくな・・・っ！！
「探したぞ・・・ヴァレア」
人影の中から一歩前に出た男が、腰の剣を抜きながら言った。
鋭い瞳は、俺を睨みつけている。
「・・・・・・・・・・」
俺は何も応えなかった。
いや、正確には応えることができなかった。
俺は、抑え付けるので精一杯だった。
「貴様が・・・貴様が俺たちの住む村を滅ぼしてから、今日でちょうど一年だ・・・」
「・・・・・・・・・・」
この男の言っていることに間違いはない。
一年前・・・俺は、一つの村を滅ぼした。
たった一日で。
たった、ひとりで・・・。
そしてその日から、俺はその村の生き残りである彼らに、命を狙われ続けている。
・・・・・当然だろう。
彼らは、愛する者を、守るべき者を、平穏を壊されたのだ。この俺に。
俺は彼らに弁明する気もない。したところで無駄だ。
彼らの手にかかって死んでもいいと、何度思ったことか。
しかし、俺は死なない。
死ぬことができない。
「今日で、終わらせよう・・・妻の、子供の仇・・・とらせてもらう」
男は呟くように言う。その言葉には、とても深い信念があるように思われた。
俺は・・・。
俺は、笑った。
おかしくて笑ったわけではない。
・・・俺が笑ったわけでもない。
ドクンッ！
鼓動・・・。
心地よい、鼓動。
「なっ、何がおかしい！？」
「くくくく・・・・・前に、言わなかったか？ 次に俺の前に姿を現したら、そのときは確実に、貴様ら全員の息の根を止めると」
『俺』が、男に言う。
「今宵は、満月・・・なんと美しい夜よ・・・」
『俺』のただならぬ雰囲気を察した男は、一歩後ずさった。
一歩後ずさって、そして、倒れた。
吹き上がる鮮血。
『俺』が、男の首を長剣で斬り飛ばしたのだ。
「なっ・・・！！？」
驚きの声を上げる『俺』を追ってきた者たち。突然にリーダー格であるだろう男が殺されたのだ。狼狽えるのも無理もないだろう。
しかし、それが命取りだ。
「咲かせようではないか。月の夜に、深紅の華を」
ドクンッ！
『俺』の鼓動が高鳴った。
沸き上がってくる力。
言いようのない解放感。
赤い血が見られるという最高の至福の瞬間が、今から始まろうとしていた。
『俺』は歓喜に震えた。
その後のことは・・・覚えていない・・・・・。
ただ・・・その日から俺は、そいつらに追われることはなかった。
−鬼サモン−