ヴァルスが玉座へとたどりついた。
辺りは爆音が鳴り響き、時折一層激しい揺れが起こり、
凄まじい咆哮がこだまする。

（くそ・・・このままじゃもたないぞ！）

王は、玉座で震えていた。
名君とよばれた先代たちとはちがい、
この王は臆病者で、国政や軍事なども、そのほとんどを
先代の王の時代からその片腕として政を取り仕切ってきた大臣が、
今はその政治の全権を握っているようなものだった。
その大臣も、王の傍らで近衛兵たちに囲まれ、
この異常な事態に混乱し、何かをわめき散らしていた。

「えぇい！お前ら何をしている！はやくあの化け物どもを退治せんか！！」

王も大臣も、もはや正気を保ってはいなかった。

「国王よ！はやくお逃げください！！」

ヴァルスが叫び、近づくと、

「よ・・・寄るな化け物！！」

（！？・・・なんだと・・・？今・・・なんといった？）

「お・・・王よ・・・今なんと・・・」

「貴様があの化け物共を連れてきたのであろう！！その肩の化け物も！！
貴様も化け物の仲間なのであろう！！この悪魔め！！世をたばかりおったな！！」

「えぇい！こやつも敵じゃ！貴様ら！こやつらを切り捨てるのだ！」

その声で、とまどいながらも近衛兵たちはその剣の矛先をヴァルスに向けた。

ヴァルスはなぜか、その剣の矛先を、妙に落ち着いた心境で見ていた。
王たちのわめき声も、バックミュージックのように、耳に届きはしなかった。
ヴァルスは、この異常な状況下で、ひとつのことを悟ったのだった。

（・・・あぁ、そうか・・・
こいつらは・・・
こいつらは愚かなんだ・・・
なんだ・・・俺は今まで、こんな奴らのために・・・
より崇高な、無実の生き物たちをあやめてきたというのか・・・）

「クククッ・・・ハハ・・・ハハハハハハハハ！！」

ヴァルスはおもわず天を仰ぎ、笑い出した。
笑いが止まらなかった。
人々の愚かさが、
そんな愚かな人々を必死で守ってきた自分の滑稽さが、
おかしくてたまらなかった。
一滴の涙が、自然とこぼれた。
その涙が、最後だった。
ヴァルスの笑い声は唐突にやみ、辺りは不気味な静けさに包まれた。

近衛兵たちが、静まり返ったヴァルスに近づこうとすると・・・
彼らは凍りついた。
顔を下ろしたヴァルスの、その無機質な瞳に・・・

「・・・王よ・・・愚かな者共よ・・・」

そのヴァルスの声は、とてつもない威厳に満ちた、
周りの者の精神を押しつぶしてしまうのではないかとも思えるほど、
恐ろしい声だった。

「自らの愚かさにすら気づかない、哀れな者共よ・・・
俺は貴様らを炎で消し去るようなことはしない・・・
貴様らは、俺の炎で浄化されるに値しない者共だ・・・
せめてその命、自らの手でまもり通すがいい・・・
なに・・・悪いのは貴様たちだけではない・・・
貴様らの愚かさを過小評価していた・・・
俺の責任でもある・・・」

ヴァルスはそういうと、静かにきびすを返し、玉座の間を後にした。

あとには、恐怖のあまり動くことも出来ず、
ただただその場に立ち尽くす愚かな人間たちだけが残されたのだった・・・
・
・
・

「ネェ、ヴァルス。」

「・・・」

エデンが口を開いた。しかし、ヴァルスは返事をすることはなかった。

「ヴァルス、アノ、ニンゲン、タチ、ヴァルスノ、テキ？」

「・・・」

「ヴァルスノ、テキ、エデンノ、テキ。エデン、アイツラ、キライ。コワシテ、イイ？」

「！！」

ヴァルスはエデンを見た。
エデンの瞳は、あの時の、どす黒い、闇を秘めた、濁った瞳だった。
・・・興奮している。まずい・・・この血のにおいが立ち込め、
恐怖の叫びがこだまする戦場にいたら、
エデンの本能が目覚めちまう・・・
こいつだけは・・・この罪のない、純粋な悪魔だけはなんとしても守らねば・・・

ヴァルスはエデンを再び抱きしめた。

「ヴァルス？ドウシタノ？エデン、アイツラ、コワシタイ。」

「エデン、約束しただろう？もう何も壊しちゃだめだ。」

「エデン、ヤクソク、シタ。デモ、ガマンスル、エデン、キライ。」

「エデン、俺とあいつら、どっちが好きだ？」

「エデン、ヴァルス、スキ。アイツラ、キライ。」

「じゃあ、俺と一緒にいよう。森へ帰ろう。」

「エデン、ヴァルス、イッショ？モリ、カエル？」

「あぁ・・・お前の生まれた、あの、穢れのない楽園へ帰ろう・・・
二人で一緒に、平和に暮らそう・・・な？」

「エデン、ヴァルス、イッショ、ウレシイ。ワカッタ。エデン、イッショ、カエル。」

エデンの瞳が、ようやくもとの赤にもどった。

（ふぅ・・・）

・・・だが、ヴァルスのその安堵は、唐突に破られることとなった。

ドォォォオオオオン！！
『ウワァアアアアアアアアアアア！！』

「なに！？」

玉座の間のほうで、突然大きな破壊音と、悲鳴が響いた。
そして、その音に反応し、振り返ったヴァルスは、
横の壁を破壊しながら現れた１匹のドラゴンによって、
エデンを森へかえすことは･･･
できなくなるのだった・・・

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「・・・ルス・・・ヴァルス・・・」

エデンが、倒れているヴァルスに呼びかけている。

「・・・うっ・・・ぐぅ・・・エ・・・エデン・・・俺は・・・いったい・・・」

・・・
突然の出来事だった。
ヴァルスが今立ち去ってきた玉座の間の方で
おこった爆音と叫び声に振り返ったとき・・・

「！！」

ヴァルスは思い出した。
自分が壁から現れた何者かによって、壁の瓦礫ごと吹き飛ばされたことを。
そして、その何者かとは・・・

「く・・・プティット・・・か・・・」

そう。壁を貫いて現れたのは、
プティットの中でも空を翔る翼を持つ飛竜種だった。
しかも1匹ではない。
壊れた城壁から、1匹、2匹と、次々とプティットは城内に侵入してきていた。

「・・・この数は・・・さすがの俺も・・・ちと骨が折れるな・・・グ！？アァァア！！」

ヴァルスは立ち上がろうとして、気づいた。
自分の左足が、瓦礫の下敷きになっていることに・・・

「・・・くそ・・・こりゃあ・・・天罰か？・・・ハハ・・・しょうがねぇか・・・
ハハ・・・ハハハ・・・」

正直、
ヴァルスはもう、生きることに飽きていた。
生きる意味を、失っていた。
人はきっと、愚かな面もあるが、どこかで、自分を認めてくれる。
過ちに気づいてくれる。
自分も同じ人なのだから・・・
そう、ずっと信じてきた。
そのために、ずっと罪を犯してきた。
なのに・・・
なのに、自分の守ってきたものは、救いようのない、
愚かなものたちだった！
そして・・・そして自分も奴らと同じ、
愚かな人間だったのだ！！
こんな・・・
こんな悲しいことがあってたまるか・・・
俺は今まで・・・何のために生きてきたのだ・・・
俺のこの力は・・・俺の炎は・・・
いったい何のためにあるんだ・・・

ヴァルスの目からは、涙もこぼれなかった。
あまりに情けなくて、
あまりに惨めで、
あまりに無様で・・・
あまりに・・・
愚かで・・・
自分の存在が、ちっぽけな・・・
意味のないものだったと・・・
知ってしまったから・・・
・
・
・

「エデン、ヴァルス、マモル。」

突然、エデンがヴァルスとプティットたちとの間に割って出た。
そのエデンの瞳は・・・
今までにないくらい・・・闇に染まっていた。

「エ・・・エデン！だめだ！約束しただろう！！」

エデンだけは・・・エデンだけは憎しみに、怒りに染めてはいけない。
エデンだけは、そういった愚かな過ちの輪廻とは別の、安息の世界に
おいてやらねば・・・悲劇はあのエデンの母の死で・・・俺で終わりにせねば！！

（・・・そうだ・・・俺の命にはまだ意味がある・・・
エデンを・・・エデンを守るんだ・・・）

「エデン、タタカワナイ、ヴァルス、コワレル。エデン、ソレイヤダ。」

「エデン・・・俺なら大丈夫だ。一緒に森に帰るって約束しただろう？」

「ヤク・・・ソク・・・」

・・・まずい。エデンの奴、かなり興奮している。
もう約束という言葉でも抑えがきかなくなりかけてる・・・
なにか・・・なにかないのか・・・
エデンを繋ぎとめるものは・・・

（そうだ！）

「エデン！これを見ろ！！」

ヴァルスは胸元にかけていた。青いペンダントを手にとって見せた。

「アオイ・・・イシ・・・キレイ・・・」

「覚えているだろう！これは、俺と！おまえの！！約束の証だ！！」

「ヤク・・・ソク・・・ソウ・・・エデン・・・ヤクソクシタ。ヴァルスト、ヤクソク。」

エデンの瞳の色が落ち着きを取り戻してきた。
ヴァルスは安堵した。
そして、絶句した。
今まさに、プティットがエデンとヴァルスめがけ、
灼熱の炎を放とうとしていたのだ。

「エデェエエエエエエン！！！」

ヴァルスは、とっさに、手にしていた、「約束の青い石」を、エデンの頭上へと放った。
すると、約束の青い石はエデンの頭上で弾け、エデンの周りにそのかけらが降り注いだ。
その一つ一つが、不思議な、暖かい、赤い光を放ったかと思うと、
その光は、大きな一つの柱となり、エデンを包んだ。

「ヴァルス！！」

エデンが叫び、ヴァルスの方へと駆け寄ろうとしてきた。
しかし・・・

「エデン！！！」

その声は、今までにない、大きな、心を貫く声だった。
爆音とどろく中、その声はエデンの動作を止めた。

「エデン・・・」

ヴァルスは、再び、やさしい声に戻っていた。

「・・・ありがとな・・・俺の命に・・・俺の炎に・・・
意味をくれて・・・ありがとな・・・」

そのヴァルスの顔は・・・寂しさなんてかけらもない。
エデンがはじめてみる、ヴァルスの「笑顔」だった。
その笑顔は、ヴァルスの心に深く刻み付けられた・・・

そして・・・次の瞬間・・・
エデンの視界は、真紅に染まった。

「！！」

エデンは思わず光の柱から飛び出そうとした。

「約束だ！！」

「・・・」

しかし、ヴァルスのその声が、頭に響き、エデンは踏みとどまった。

「ヴァルス、ヤクソクシタ。エデント、モリ、カエル、ヤクソクシタ。ダカラ、ダイジョウブ。」

エデンは、何度もそう繰り返した。
そして、ただひたすら、視界が開けるのを・・・
炎がやむのを待った・・・

そして・・・辺りの炎が止んだとき・・・
そこに・・・ヴァルスはいなかった・・・

「！！」

エデンの周りを包む、光の柱は、静かにその力を失い、
うっすらと消えていった・・・
エデンは、ヴァルスのいた場所へと歩み寄った。

「ヴァルス、ドコ？」

・・・どんなに探しても・・・
ヴァルスの笑顔は、見つからなかった。

「ヴァルス、ヤクソクシタ。イッショ、ズット、イッショ・・・モリ・・・カエル・・・」

エデンはもう一度、光の柱の会った場所へ戻った。
そこには・・・力を使い果たし、
色を失い、ただの石となった・・・
「約束の青い石」のかけらが・・・無残にもちらばっていた・・・

「・・・ヴァルスーーーーーーーー！！！！」

その瞬間・・・エデンの中で・・・何かが弾けた・・・
・
・
・
・
・


古城の奥で、1匹の巨大な悪魔が、夢から目を覚ました。
遠い・・・遠い日の、まだ自分が小さかったころの、平和だったころの夢を見ていた。
悪魔が夢を見るなんて、おかしいのかもしれない。
しかし、この悪魔は、あの日から・・・いつも・・・
いつも・・・同じ夢を見ては・・・
その暗い瞳から、暖かな雫をこぼすのであった。

悪魔は待つ。
約束が果たされる日を。
悪魔は思っていた。
あの日、自分は気づかぬうちに、その場にいたプティットの群れを”壊して”いた。

「もう壊しちゃだめだぞ。」

自分は約束を破った。
だから、あの約束がまだ果たされないんだと。
だから悪魔は、約束を守っている。
・・・もう人は”殺さない”・・・
・・・何も傷つけない・・・
これから先、後何年・・・何百年たとうとも、
そうして待ち続けよう・・・
約束が果たされる日が来ることを・・・
・・・

・・・大きくなったよ・・・
あの本の絵みたいに、大きく、強くなれたよ・・・
だから、ねぇ・・・
あの日に・・・かえろうよ・・・
いっしょに・・・森へ帰ろうよ・・・
約束の・・・青い石をもって・・・
もう一度・・・会いたいよ・・・


「ヴァル・・・ス・・・」

・
・
・


古城には、悪魔が住んでいる。
その悪魔は、恐ろしい悪魔です。
しかし、悪魔を恐ろしいと決めるのは、だれですか？
それは悪魔自身じゃない。
人間です。
じゃあ本当に恐ろしいのは
いったい、だれなのでしょうか・・・



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