ルーンミッドガルド大陸、
魔法都市ゲフェンの西、森の中に静かにたたずむ城、
「グラストヘイム城」
かつては栄華を極めたこの城は、過去のある出来事がきっかけで
今ではだれもよりつかない、
「モンスターの巣窟、グラストヘイム古城」
と呼ばれている。
そこには、
今でも己が使命から解放されずに、成仏することのできない兵士たちの魂が
鎧にのりうつり、剣を、弓をとり、侵入者たちから城を守っている。
悲しい最期を遂げた、城で働いていたメイドたちも、その思いが晴れることなく、
人形へと乗り移り、いつ果てるとない生前の仕事を繰り返し続けている。
学者として王に仕えていた者たちは、醜い蛇の姿へと成り果てながらも、
今なお彼らの研究室を、研究資料を守り続けている。
彼らの研究に対するあまりに強い残留思念は、
彼らの持ち物だった本に魂を与え、
理性を持たない本の亡霊はただただ侵入者に襲い掛かるだけだった。
王の護衛に雇われていた腕利きの剣豪たちもまた、
不本意な死を受け入れることができず、
今もなおその剣を血に染めんと、
生者を求めさまよい続けている。
城の牢獄にとらわれていた犯罪者たちは、
その欲望が、醜い心が集まり、彼らの亡骸はやがて一つの
塊へとなり、生前の欲望のままに、破壊を繰り返している。
古城の中にある
カタコンベ、修道院、下水道への階段、下水道、騎士団・・・
過去は歴戦の勇者や王たちの安らかな眠りの地であり、
神への祈りの場であり、
城の衛生面を支えると共に、抜け道としても使われた水路であり
城を守ってきた勇敢なる騎士たちがともに語らい、その腕を磨き合う場であった・・・
その全てが、無念のうちに死んでいったものたちの亡霊と、
彼らの負の感情に引き寄せられて集まり、強大化した魔獣たちの
巣窟と成り果てていた。
そんな悲しみと憎悪の歴史に染まったグラストヘイム古城には、
ある１匹の魔物が住み着いている。
恐怖の権化、闇をもたらす悪魔、バフォメットである。
この魔物がいつからここにいるのかはわからない。
どうしてここにいるのかもわからない。
しかし、本来ならば自らの破壊欲を満たすため、人間を求め、
町や村を次々と廃墟に変えていくこの悪魔は、
なぜかこの古城から動こうとはしなかった。
悪魔はただ、人ならざるものと成り果てながらも、
今なおこの城を守り続ける、かつては人であったものたちを
空虚な日々の繰り返しの中で、じっと見守っているかのようだった。
何かを思い出すかのように・・・
その思い出された在りし日の光景がいつか戻ってくることを・・・
その日を待っているかのように・・・
ある冒険者のPTが、供養の意味を含め、
古城へと調査に向かった。
そのPTは、王の間へとたどりついたとき、
玉座の傍らにたたずむ悪夢を見たという。
悪夢・・・すなわちバフォメットである。
冒険者の中では、特に熟練の冒険者の中での暗黙の了解がある。
『バフォメットには近づくな。見つかったならば、それすなわち死だ。』
もう遅かった。悪夢の深紅の瞳は開かれ、
その感情の色を持たない瞳には、PTの姿が映っていた。
バフォメットの咆哮と、PTの恐怖の絶叫が、主を失った古城にこだました。
「セーフティーウォール！！」
不思議な響きを持った言葉が、あたりに響き渡ったかと思うと、
PTが次々に不思議な淡い光の柱に包まれた。
バフォメットだけでない、冒険者たちも事態に困惑していた。
すると続けざまに
「サイト！！」
その声と同時に、無数の炎が一人の男の周りに出現した。
バフォメットはその炎を生み出した、一人の人間に注意をひかれた。
「グラス！あんたいったいなにしてんだ！」
光の柱に包まれている一人のハンターが我に返り、矢をつがえて
飛び出そうとした。
「ファイアーボルト！！」
「な！？」
ハンターの男が驚き飛び退るのと、男がいた場所に炎の矢が降り注いだのは同時だった。
「・・・そこからでるなよ。」
グラスと呼ばれた、燃えるような真紅の髪の男が、バフォメットの前に歩み出た。
「馬鹿いってんじゃねぇ！！おまえもはやくセーフティーウォールを・・・」
「悪いな・・・お前たちの分で打ち止めだ。」
男は空になった腰の袋を見せた。
「安心しろ・・・お前たちとはキャリアがちがう。
こいつをお前たちから引き離したら、俺も逃げるさ。」
「俺がやる・・・俺なら逃げ切れる・・・」
アサシンの男が、その沈黙を破って1歩歩み出た。
「い・・・いいえ。それでしたら私が・・・私ならテレポートで逃げることも可能です。」
恐怖にへたりこんでいたプリーストの女が、震える声でそういい、
同じく1歩歩み出た。
グラスとよばれた男は、どこか優しそうにフッ、っと笑うと、
後ろにいる仲間に親指を突きたてて見せた。
と・・・急にその指を下に向けると、男の体が赤く輝きだした。
「ファイアーウォール！！」
「うおぉ！？」
「！？」
「きゃぁあ！！」
後ろの仲間たちは、炎の壁を隔てて、
断絶された。
「グラス！てめぇ！」
ハンターの男が怒りをあらわにして罵声を上げたが、
グラスという男はすでに次の詠唱にはいっていた。
「グ・・・グラスさん・・・その魔法は・・・まさか！？」
プリーストの女が、グラスという男が何をしようとしているのか察したようであった。
グラスという男は、にっこり笑うと、指を立てて頭の横でピッと振り、ウィンクをした。
「グラァアアアアアアアアアアアアアス！！！」
「ヘブンズドライブ！！」
・・・ﾄﾞｫｫｫﾝ･･･
・・・本来ならば地脈を操り、大地を隆起させ、大地の刃によって敵を貫く魔法。
これをグラスという男は、仲間の足元を陥没させるために用いたのだった。
・・・
あたりは静まり返り、その場にいるのは、あまりにも小さな一人の人間と、
あまりにも大きな一匹の悪魔だった。
「さて・・・」
グラスは、背中に冷たい汗が流れてたのを感じた。
「あいつらが逃げるまで、付き合ってもらうとしようか・・・
最凶の・・・悪魔とやら・・・」
そういって、グラスが身構えた。
・・・しかし、どれだけ待ってもバフォメットはそこから動こうとはしなかった。
いや、それ以前に、グラスらのやり取りの間にも、
バフォメットは彼らを襲おうとはしなかった。
バフォメットは・・・ただ一点を見つめていた。
・・・グラスを・・・
「・・・？」
グラスも、バフォメットの様子がおかしいことに気づいた。
実物に会ったことはなかったが、
こんなおとなしいものではないはずだ。
むしろ、生き物を見かけた瞬間、その命を喰らうと聞いていた。
そのバフォメットが・・・
自分を見ている？
そして、動こうとしない？
なぜ？
不可思議な現状が、一層不気味な恐怖感を抱かせた。
『・・・ｩｩｩ・・・』
「！！」
バフォメットがうなり声を上げ、グラスは反射的に身構えた。
だが・・・バフォメットはグラスを襲うそぶりを見せなかった。
『・・・ヴァ・・・ル・・・ス？』
「！？」
・・・バフォメットが・・・
しゃべった？
そんな馬鹿な・・・
たしかに・・・人がモンスターと成り果てたものや、
一部の人になつくおとなしいモンスターたちの中には、
人語を解し、発することができるものもいる。
しかし、純粋なる悪魔であるバフォメットが、
どうして人語を解するというのだ・・・
自らの捕食・破壊対象でしかない人間の言葉を・・・
・・・それだけ知能が高いということなのか・・・？
『ブォォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
「な！？」
グラスが思案をめぐらせていると、
バフォメットが突然空気を震わすほどの咆哮をあげた。
そしてバフォメットは、もう一度グラスを見、
なにやら・・・首を左右に振るような動作をしているようであった。
その目は・・・遭遇したときの、感情の色のない、血色の瞳ではなく、
どこか・・・懐かしいものに・・・待ちわびていたものにあえたような、
喜び懐かしむ色から、
悲しみと落胆、孤独の色に染まっていた。
グラスがバフォメットの様子を観察していると、
バフォメットは、本当に今あんな、全てを震わす咆哮をあげたのかと思えるほど
静まり返り、そして、一歩、また一歩と、闇の中に退いていった。
いや・・・文字通り、闇に溶け込んでいった・・・
そして、ヴァルスの前から姿を消した・・・
グラスは、突然のバフォメットの行動に困惑しながらも、
今バフォメットがいた場所へと歩みを進めた・・・
「・・・ん？」
グラスは、バフォメットがいたところに何かを見つけた。
しゃがみこんで、それを見て見ると・・・
「・・・水？・・・いや、これは・・・・なみ・・・だ？」
そこには小さな・・・一滴の水滴が零れ落ちていた・・・
・
・
・
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「ん・・・？何かいるのか？」
・
・
・
「・・・ほぉ・・・子どもか・・・」
・
・
・
「お前も・・・一人ぼっちか・・・」
・
・
・
「よし・・・今日から俺が・・・お前の父親だ・・・」
・
・
・
ルーンミッドガルドの中心に位置し、
大陸の流通の中心となっている大市場都市、
プロンテラの北に広がる、迷宮の森。
近年、アルデバランという都市が大きく栄えだし、
2都市間の流通が盛んになってきている。
しかし、2国の間には山脈が連なり、その道は
時に山賊なども徘徊する危険な道であり、
商人たちもリスクが大きすぎると、アルデバランとの交易に
自ら進んで望むようなことはしなかった。
大陸が栄えるためにも、アルデバランを孤立させないためにもと、
ルーンミッドガルド大陸を統治しているグラストヘイム国の主は、
自らの腹心に、プロンテラとアルデバランの間に広がる、
昼であろうとも闇に包まれ、時折不気味な泣き声が聞こえると、
冒険者たちに恐れられている森に、調査団として向かわせ、
森の安全を確かめ、旅人が迷うことのないよう、
地図を作成するよう勅命を与えた。
調査団を束ねる任を仰せつかったのは、
グラストヘイム国王の右腕、宮廷魔術師ヴァルスだった。
『紅蓮の魔術師』
『灼熱の使い手』
『地獄の業火を従えし者』
『全てを滅する炎の悪魔』
・・・
様々な異名で恐れられ、炎の魔術の使い手として名をはせた彼は、
名実共に大陸一の魔術師だった。
が、本人はそれらの異名はあまり気に入ってはいなかった。
ヴァルスは、周りの人々が
「炎は破壊しかもたらさない。お前の力は、破壊の力だ」
「お前は何でも無に帰することができるな・・・
俺は時々・・・お前のことが心底恐ろしいと思うよ。」
などと、彼を無情の破壊者のように語るのに対し、
「炎が破壊しか生み出さないなんて、そんなのは無知な者たちの
炎を恐れる心から始まった嘘偽りさ。
炎に取り付かれた、破壊しか生み出せない炎使いは、真の炎使いじゃあない。
炎を従え、それを意のままに操れる、それが真の炎の魔術師だ。
俺の炎は、再生の炎だ。邪なるものを大地に帰し、
神のもとに送り届け、彼らに、再び俺たちと同じ自然のものとしての命を与える。
それが俺の炎だ。俺はこの再生の炎の応用魔法を今考えているんだ。
修道院の聖職者たちと協力して、邪を退ける、聖なる炎の研究をな。」
周りのものに言わせれば、炎なんてどれも同じ、
結局は形あるものを無にしてしまうものでしかなかった。
だが、彼は自分の炎の魔術師としての力を、存在意義を、
壊すだけのものとは考えなかった。
魔術の力を持つものは、力を持たないものからは、畏怖の目で見られる。
同じ不思議な力でも、神というあいまいな存在で保護されている聖職者たちは
人々から尊敬されている。
しかし、魔術の、魔道の力は、人ならざる、悪魔たちの力と、人々は恐れる。
彼は、別に聖職者に対して嫉妬の念を抱くようなことはしなかった。
それどころか、自分たち魔術師を非難する人々に対して、
憎悪の念を抱くようなことは、決してなかった。
ただ、彼の身近にいるものたちは、ときおり彼が、
なんだかとても寂しそうな目をしているのを見るという・・・
・
・
・
調査団一行は、迷いの森の入り口にたどり着いた。
グラストヘイムの精鋭騎士団と、
グラストヘイム修道院の高尚な聖職者数名を従え、
ヴァルスは迷いの森へと出立した。
ヴァルスは、気づいていた。
この調査団の面々は・・・いや、グラストヘイムにいる全ての人々は、
自分のことを恐れていると・・・
彼らが俺を見る目は、まるで恐ろしい魔物を見るかのようだった・・・
俺の逆鱗に触れないよう、必死でご機嫌を取ろうとしているのが、
ヴァルスには手に取るようにわかった。
だが、ヴァルスはあえてそのことを気にしないよう努めていた。
自分を腹心と従えている国王ですら、
自分が手に余るようで、そして自分がそばにいることが恐ろしいのか、
今回のことのように、極力外に出させようとする。
『敵になられては困る・・・だからなんとかして味方にとどめておきたい、手懐けたい。』
その思いが、明らかに伝わっていた。
そんなやつらに、媚を売り、仲良くなろうなどとは、ヴァルスには到底思えなかった。
自分がどれだけ努力したか・・・
それを認めず、
お前は天才だから・・・悪魔だから・・・
そう言われることが、ヴァルスには耐えられなかった。
「ヴァルス殿・・・王からの命は調査とのことでしたが、いかがいたしましょう？」
騎士団の代表が声をかけてきた。
明らかにその額の汗は、迷宮の森に入るということではなく、
目の前の魔術師に対するものだった。
「・・・まずはアルデバランまで森を抜けるだけでいい。マッピングを忘れるな。
モンスターは、危険なもの以外は襲ってこない場合捨て置け。」
「承知しました・・・」
騎士は明らかな安堵の表情と共に、ヴァルスのもとから足早に立ち去った。
そして、一行は森へと入っていった。
（・・・人は・・・なんと愚かな生き物だろう・・・）
この世を作ったのは、神だという。
しかし、ヴァルスは思った。
神をつくったのは人だと。
人の思いが神というものをつくり上げたのだと。
この世の罪・罰・咎というものは、人々のつくった
善悪のモノサシによって判断され、
なにを天罰というか、それも人が決めるもの。
自分に良しとなるものは神とあがめ、
自分にとって脅威となりうるものは悪とする。
モンスターというものも、もとは我々人よりも以前から
この地に住み着いている自然の生き物たち。
そんな彼らを、今のようなまがまがしいものにかえてしまったのは、
やはり我々人々の業だ。
彼らが人を襲うのは、もともと人が彼らを苦しめたからに他ならない。
ほんにまがまがしいは、我々人の姿だ・・・
（人とは・・・なんと分をわきまえぬ・・・業の深い生き物よ・・・）
ヴァルスは、他の人たちからすれば、
その力の話は別としても、かなり異質だった。
彼はどこか、この世界を離れたところから見ているようであった。
まるで人よりも、モンスターの立場に近いかのようであった。
人に畏怖の目で見られるようになったから、そうなったのか、
もともとそういう考えだったのか。
今となってはどちらかはわからないが・・・
「ご報告します！ヴァルス殿！！」
「ん？なにごとか？」
考え事にふけっていたヴァルスに突如、騎士が声を張り上げ近づいてきた。
その顔は、青ざめていた。
「ただいま・・・先の様子を調べようと
斥候に向かわせていた騎士から報告があったのですが・・・」
・・・斥候ねぇ・・・
確かに斥候を送り、安全を確かめるのはいいことかもしれない。
しかし、この森は何か不思議な力で包まれており、
なにやら空間が捻じ曲げられているようであった。
もっとも、魔術に長けたヴァルスならともかく、
騎士団のものたちには、そんなことはわからないであろうが。
こんなところで斥候を送れば、斥候は本隊に合流できなくなりかねないというのに・・・
「で、いったい何があったというのだ？」
「バ・・・」
「バ・・・？なんだ？はっきりといってくれないとわからない。」
「バ・・・バフォメットがいるのです！」
「なんだと・・・？」
バフォメット・・・
こんなところにそんなたいそうな奴がいるとは・・・
一般人ならば、バフォメットと、その名を聞いただけで恐怖し、
この場から逃げようとしただろう。
しかしヴァルスは・・・
「・・・よし。皆のもの、我々でそのバフォメットを討伐するぞ。」
一同はどよめいた。
「し・・・しかしヴァルス殿・・・相手はあの・・・」
「相手が誰であろうと関係ないであろう。我々の使命はこの森の
安全を確保し、プロンテラとアルデバランとの流通経路を確保することだ。」
言葉ではそういったヴァルスであったが、
実際はそれはあくまで隊を動かすための建前だった。
ヴァルスは、バフォメットを救おうと思っていた。
人間たちに汚染されたこの世界から解放してあげようと。
自らの「再生の炎」で・・・
本来、炎によって浄化されるべきは人間だ。
しかし・・・自分も人間だ。
どんなにまわりから冷たい目で見られようと・・・
自分は人間以外の何者にもなれない。
そして、どんなに人間が愚かで醜い生き物であろうと、
今、この世界の食物連鎖の中で最上位にあるものは、
やはり人間だ。
狩るものと狩られるもの。
捕食者とその捕食対象。
彼らには悪いと思うが、
今、この世界では・・・
もう人間が他のものにあわせることはできない。
不本意ではあるが、彼らに人間に合わせてもらうしかないのだ・・・
人々にとって、バフォメットは悪魔だった。
その悪魔は、ヴァルスにとっては神だった。
罪深い人々に罰を与える、大いなる神であった。
今ヴァルスは、愚かな人間のため、神に抗おうとしていた。
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