夜。それは歩いていた。
月明かりもない深夜、早足で帰宅を急ぐそれ。
あたりは完全に静まりかえっており、たまに露店を開いたまま眠りこけている商人がいるぐらいだ。
私はそれに近づいた。気配もなく音もなく、完全に闇に同化しながら。
手には鋭いナイフ。名前は確かオーガトゥースといっただろうか。
でも私はそういうのは興味ない。ただこのナイフが切れ味がいい、という理由で使ってるだけ。
それは私の存在に気づいていない。気づかせてやらない。
・・・いや、別に気づいたっていい。でも声を上げられるのは五月蝿くて嫌なだけ。
目の前。後一歩。私はナイフを突き出す。狙いは首。
・・・・・
夜。それは歩いていた。
でも今は歩いていない。地面に倒れている。
その周りに広がるのは真っ赤な血。血はまるで地面を浸食するかのようにじわじわと広がっていく。
私は自分を手を見る。それの血で真っ赤に染まっていた。ナイフが赤く光る。私は思わず口元がゆるむ。
そうだ・・・壊れてしまえばいい。
倒れているそれに、私が再びナイフを突き刺す。突き刺す。突き刺す。突き刺す。
鈍い音と一緒に血が飛び散って私を赤く染め上げていく。
楽しい。
・・・楽しい？
何が？ どれが？ どんなふうに？
「・・・あ〜あ、この服、もうだめだあ」
私はそう呟くと、最後に倒れているそれを一瞥してから闇の中へと姿を消した。
＜＞
私は夜。一人で歩いていた。
早く家に帰ろう。帰ってからまず御飯を作って食べて、そのあとお風呂に入ってのんびりしよう。
今日はなんだか妙に疲れた一日だった。
少し前に起こったギルドの砦崩壊事件についての後処理は一応終わったんだけど、
でも最後にあの場所に駆けつけた警備員たちが殺された事件についてはまだ何も分かっていない。
上司の人は人使い荒いし・・・目撃者もなにもいないのに、早く犯人特定しろなんて無理だって。無理、無理。
こんな時間まで残業させてさー・・・自分はとっとと帰っちゃうんだもんなあ。嫌になるよホントにさー。
んー。で、今日の夕飯何にしよう。時間ないし、あんまり凝ったのは作れないよね。
というか買い置きの材料残ってたかな。まあいざとなったらそこらへんの夜店にでも行って、何か食べちゃうってのも一つの手か。
明日もちゃーんと仕事あるし、体壊さないようにだけはしないとね。
次の休みはいつ取れるのかな。最近お父さんにもお母さんにも会ってないけど、やっぱりたまには顔見せないと。
でもしばらくは無理っぽいなあ。ゴメンヨ二人とも。娘はちゃんとしっかり生きて、頑張って仕事してますよー？
・・・・・あれ？
・・・誰かから、押され・・・・・・・・
後ろ・・・・・なにか・・・・・首から・・・・・
・・・え・・・う・・・・・・そ・・・・・・・・・・・・・
・・・・・
「ふふ・・・ふふふふっ・・・」
・・・・・
「・・・あ〜あ、この服、もうだめだあ」
・・・・・
＜＞
夜、それは歩いていた。
簡素な鎧にどこか不釣り合いな長剣。まだ経験が浅い剣士というところだろうか。
こんな夜中にどこに行ってたのか知らないが、でもそんなこと、私にはどうでもいい。
私はナイフを手に、後ろからその剣士へと近づいていった。剣士は私の存在に気づき、振り返る。
「・・・こんばんは」
「出たな・・・殺人鬼！」
・・・殺人鬼ってのは私のことなんだろうか。私のことなんだろうなぁ。
世間じゃ私のことを「殺人鬼」って呼んでるのかな？ 殺人鬼って鬼？ 私って鬼？
鬼じゃないと思うんだけど。でもそうなると殺人人？ うわ、露語悪いわね。
「・・・・・」
「俺がお前を退治してやる！ 罪のない人を殺し続ける悪め！！」
どうでもいいけど、この剣士の頭の中じゃ私が殺人鬼というので確定しているらしい。
確かにこんな夜中、ナイフを持って彷徨いてるなんて危ない奴だと思われてもしょうがないかも知れないけど。
うーん・・・今まで誰にも見られないようにしてやってきたと思ったんだけど、私の顔って割れてるのかなもしかして。
ま、どうでもいっか。そういうのは。
全部壊しちゃえば、どっちでも関係ない。
「退治してやる、か。それじゃ、キミが私を殺すわけね」
「今まで何人もの人の命を奪ってきただろう！ 当然の報いだ！」
「・・・私もさ。大事な・・・本当に大好きだった人たちの命、たくさん奪われたんだ。だから他の人の命も、奪っていいよね？」
「・・・・・は？」
「私だけ奪われるなんて不公平だよ。私だって、奪ってやる。壊してやる」
「そ、それは筋違いだろ！ 今までお前が殺してきた人たちが、お前のその大事な人たちを殺したわけじゃあ・・！」
「・・・・・・・・・私が満足できれば、それでいいの。あと、五月蝿いからキミ、もう死んじゃってね」
ナイフを手に、私は剣士へ奔る。剣士も鞘から長剣を抜刀し、両手でそれを構えた。
「正義は俺にある！ だから俺はお前を殺す！」
「・・・なにそれ、言い訳？ 今まで人を殺したことないんでしょう？」
「黙れ！ もうお前の言葉を聞くつもりはない！」
ブンッ、と大振りで振るわれる長剣。そんな大きな動きをしたら、動く相手に当たるわけないだろうに。
人を殺す殺さない云々の前に、もしかして魔物すら殺したことがないんじゃないだろうか。殺さないというか、殺せないかな？
扱いづらそうに長剣を振り回す剣士。その攻撃の悉くを、私は難なく避け続けた。
私だって、そんなに強いわけじゃない。ただこの剣士は弱すぎ。
自分の力量も考えずに、かっこだけつけてそんな長剣持ってくるなんて。
長剣を使ってるんじゃなくて、長剣に遊ばれてるよ、コイツ。
・・・ああ、もういいや。
剣士が長剣を振り下ろした瞬間。致命的な隙ができるそこで、私はナイフを剣士の頭に突き刺した。
ナイフはいとも簡単に頭蓋骨を貫き、脳を破壊する。
信じられないような形相のまま、倒れる剣士。私はそれにはもう興味も何もなく、ただナイフだけを回収してその場を立ち去った。
＜＞
俺は一人、夜の小道を歩いていた。
最近このあたりで、次々と人が殺されるという事件が連続で起きている。
プロンテラ騎士団が重い腰を上げるとかいう話を聞いたが、俺はそれよりも前にこの事件を解決してやろうと思っていた。
そしてプロンテラ騎士団に名を売り、騎士として雇ってもらう。
騎士は俺が小さな頃からずっと憧れていた職業だ。冒険者の騎士とは違う、王宮騎士というやつ。王に仕え、城に仕える存在だ。
正義の旗を掲げ、悪を倒すヒーローのようでかっこいい。
俺は腰に下げている長剣に手をやった。まだ数えるほどしか使ったことのない長剣。
俺がプロンテラに行くと言ったら、親父がこれを投げてよこしてきた。なんでも親父のヤツが若い頃に使っていたものらしい。
もうそんなの錆てんじゃないかと思ったのだが、驚いたことに手入れは行き届いていて新品当然だった。
・・・この剣を使って手柄を立てて、そして騎士団に・・・
その時、後ろから近づいてくる足音が聞こえた。
（出たか・・・）俺はそう思いながら、ゆっくりと振り返る。
そこに立っていたのは、ナイフを手に持った女だった。
「・・・こんばんは」
普通に挨拶してくる。ナイフを手に持ったまま。
ふざけやがって・・・・・俺は何故かかなりの苛立ちを覚え、叫ぶように言っていた。
「出たな・・・殺人鬼！」
「・・・・・」
そう言うと、女はどこか難しそうな表情をする。
でも俺には関係ない。この女が殺人鬼であるならば、手柄のために死んでもらうだけだ。
「俺がお前を退治してやる！ 罪もない人を殺し続ける悪め！」
「退治してやる、か。それじゃ、キミが私を殺すわけね」
「今まで何人もの人の命を奪ってきただろう！ 当然の報いだ！」
俺の言葉に、女は寂しそうに俯いた。
「・・・私もさ。大事な・・・本当に大好きだった人たちの命、たくさん奪われたんだ。だから他の人の命も、奪っていいよね？」
「・・・・・は？」
無茶苦茶言ってないか、この女。俺は思わず間の抜けた声を出してしまう。
「私だけ奪われるなんて不公平だよ。私だって、奪ってやる。壊してやる」
「そ、それは筋違いだろ！ 今までお前が殺してきた人たちが、お前のその大事な人たちを殺したわけじゃあ・・！」
「・・・・・・・・・私が満足できれば、それでいいの。あと、五月蝿いからキミ、もう死んじゃってね」
自分が満足できればそれでいい。なるほど、一番楽で簡単な考え方だ。
でも、もしそれを許してしまったら、この世は自分のことばかりを考える混沌とした世界になってしまう。
俺は認めるわけにはいかない。
「正義は俺にある！ だから俺はお前を殺す！」
「・・・なにそれ、言い訳？ 今まで人を殺したことないんでしょう？」
「黙れ！ もうお前の言葉を聞くつもりはない！」
突っ込んできた女に、俺は長剣を振り下ろす。しかし女は俊敏な動きでそれを回避し、呆れたような表情を見せた。
それで俺はキレた。闇雲に長剣を振り回す。でも、全然当たらない。
くそっ！ なんでだ！ なんで当たらないんだ！
当たれば、こんな女一撃で殺せるのに！
死ね！ 死ね！ 死ねよ！ 当たれよ！ 死ね！ 死ねえ！ 死ねっつってんだよ！！
「・・・ああ、もういいや」
衝撃そのものは大きくなかった。
しかし、その一撃で、俺は。
真っ暗な、世界に。
・・・・・
＜＞
「あの子は・・・被害者なんです。
大事な人たちを一気に奪われて、それに耐えきれない自分を守るために、もう一人の自分を作らざるを得なかった・・・」
「もう一人の、自分？」
「はい。あの子には人格が二つあるんです。一つは元々あったあの子の人格、そしてもう一つは後になって生まれた・・・」
「・・・・・・なるほど。分かりました」
「あ、あの・・・・・」
「何か？」
「・・・・・どうなさる、おつもりなんですか？」
「あたしたちは、上からの命令に従うだけです」
「上からの命令って・・・」
「・・・あの子はここで暮らしてたんですよね・・・」
「・・・・・はい」
「・・・・・あの子の部屋、もう使わないでしょうから、片づけておいてください」
「・・・！！ それって！？」
「失礼します」
＊
「大聖堂・・・か。なんだか妙に落ち着かない場所だよな」
プロンテラにある大聖堂。
そこから今し方出てきた二人は、ゆっくりと歩きながら会話していた。
「・・・そう？ あたしは普通だと思うけど」
「この綺麗な感じがダメなんだよ、もう少し汚れてないと、どうにも馴染みがなくてな」
「・・・・ロアースっぽいと言えばそうだけど・・・もう少し、貴方の机、片づけた方がいいと思う」
「めんどい」
はあ、とため息をつく少女。
彼女の名前はセレナ。プロンテラ騎士団の第七師団団長を務める少女だ。
そして彼女の横を歩くのはロアース。第七師団唯一のメンバーで、セレナの部下である。
「・・・で、どうだった」
「やっぱりここには帰ってないみたい・・・あの事件が起きるようになってから行方不明だって」
「目撃情報に間違いなさそうだな」
「・・・・・うん」
小さく頷き、セレナは天空を見上げる。
この空の下、どこかに彼女はいるはずだった。その手を血に染めて、彼女は何を思うんだろう。
「ねえ、ロアース・・・」
「んあ？ 何だよ？」
「悪いのは、誰なんだろうね・・・？」
＜＞
夜。
この日は胸騒ぎがあった。
何かが変わる。何かが終わる。そんな気がした。
でも、それも良いかも知れない。止まってるなんてつまらない。
人は動いてこそ、生きているんだ。たまに足踏みするかも知れないけど、それでも歩き出そうとするから、人は生きていけるんだ。
歩くことを辞めたら、それは死ぬってことなんだろう。
そして私は・・・・・・
「・・・ファルル」
「・・・・・」
久しく呼ばれていなかった名前で呼ばれ、私は振り返った。
そこに立っていたのは、小さな体に鎧を着込んだ、私と同じか・・・それとも年下ぐらいの少女。
鎧の装飾や形を見ると、どうやら王宮騎士らしい。
「そっか。あなたが、私を？」
「・・・・・どっち。今の貴方」
「どっち？ どっちって、なに？」
「今の貴方はファルル？ それとも違う？」
何を言ってるんだろうこの人は。私は私だ。私以外であるわけない。
「私はファルル。ファルルだよ」
「そう・・・・で？ どっち？」
「・・・だからファルルだって言ってるじゃない」
「・・・・・・どっち？」
しつこいその問いに、私はちょっとむかっと来た。人の話を聞いてないんだろうか？ 見るからにどこか抜けてそうな少女である。
どうしてこんな少女が王宮騎士の鎧を着てるんだろう、とか今更ながら疑問に思った。
「私はファルルだって、何回言えばいいのかな？」
「そう。それじゃあファルルって、誰？」
「はあ？」
もうこの子の言ってることが訳分からなくなってきた。私のことをファルルって呼んでおきながら、ファルルって誰と聞いてくる。
ファルルっていうのは私で、私は・・・・・・・
・・・あれ、私って・・・・・？
「あたしはプロンテラ騎士団の第七師団団長、セレナ=ガイヴェスト。
命により、貴方を殲滅する・・・抵抗はしてもいいけど、苦しみが増えるだけだよ」
「・・・・・ふざけないで。はいそうですか、って殺される人間がいると思うの？」
「この国は完全に貴方を手配した・・・
例え私から逃げれてたとしても、もう貴方に逃げ場は残されていないよ。プロンテラを甘く見ないこと」
音もなく腰の細剣を抜き放つセレナ。その切っ先をまっすぐ私に向けて、彼女は宣言した。
「ファルル・・・・あたしが殺してあげる、壊してあげるよ・・・なにもかも」
その言葉を聞いて、私は。
私は・・・
胸から込み上げてくるものに、耐えることができなかった。
泣いた。
久々に、泣いた。
あの日・・・たくさんのものを失ってしまった日以来、ずっと流すことの無かった涙。
ゆっくりと、セレナが私に近づいてくる。
私はその場を動くこともできずに、ナイフを持ったまま立ち尽くす。
全部壊れてしまえばいいと、思っていた。
だから、私は壊し続けた。
でも、違ったんだ。
私は壊したかったわけじゃない。
私はただ、ただ・・・・・・
壊れたかったんだ。
セレナが目の前まできていた。
私は涙を拭いもせずに。
右手にしっかりと握りしめていたナイフで、セレナの心臓に深々とナイフを突き刺した。
あふれ出てくる真っ赤な血。それは命の源。
どうして自分がそんな行動を取ったのか分からない。
でも、私のナイフは、セレナの命を奪っていく。
でも、セレナは自分の胸に突き刺さったナイフなど気にも留めず。
私をそのナイフごと、しっかりと抱きしめて。
声を上げて、泣いた。
・・・なんでこの子が泣くんだろう。
そんな声上げて泣いたらみっともないって。早く泣きやみなさいよ、バカ。
「壊れた『こころ』は、もう、戻らない」
私は・・・・・・
「・・・・・・許して。ファルル」
ああ・・・
「・・・ありがとう・・・」
そして、ごめんなさい。
＜＞
ベシッ！ とセレナはロアースに頭を叩かれた。
痛みで涙目になりながら、非難の目を向けるセレナ。
「・・・痛い・・・」
「馬鹿が。いくらお前が『そういう体』だからって、負わなくてもいい傷まで負ってくるなって言ってるだろうが。
こんなんだったら、やっぱり最初から俺が出てった方が良かったんじゃねえか」
「・・・・・・」
セレナがファルルから受けた、心臓へ届くほどの傷。
しかしそれは、あれから十分も経過していないにも関わらず完全に完治してしまっていた。
それも、プリーストの癒しの奇跡やポーション等の回復アイテムを使わずにである。
彼女はセレナ。『死なずのセレナ』と呼ばれている、プロンテラ騎士団第七師団団長。
「・・・目標は」
「今、王城の人に連絡取った。すぐに引き取りに来ると思う・・・」
「そうか」
「・・・・ロアース、あたしは・・・・・」
「興味ねえ。話すな」
「う・・・・うん・・・」
ロアースはしばらく黙ってセレナを見ていたが、ふと右手でセレナの肩を抱き寄せる。
「・・・ロアース？」
「お前、泣きそうだったから。泣きやむまでだったら、こうしててやる」
その言葉を聞いて、セレナは耐えられなくなってしまった。
ロアースの胸に顔を埋めて、両手で服を掴みながら泣き始める。
やれやれ・・・と困った泣き虫団長を抱きしめつつ、ロアースは考えていた。
『悪いのは、誰なんだろうね・・・？』
「みんな、悪ぃんだよ」
その呟きは、誰にも聞かれることはなかった。
コワレモノ
あとがき
・・・これ、第六考ぐらいかな・・・？
というわけで、迷走に迷走に迷走を重ねまくりました。すいません。
そしてまたもや変なキャラ出てきてるし・・・
ちなみに、この話の「私」ことファルル。誰だか分かるよね・・・？
最初の方で殺人を重ねてるのが第二の人格のファルルです。
そして、セレナと出会って会話してるファルルが、
第一と第二の人格が混じってるような感覚のファルルです。
そういうわけです。そういうわけなんです！
分かりづらくてごめんなさい！ 自分でもわかりません！