心が温かい。なんて幸せな事なんだろう。
心を温めたい。どうすればいいだろう。
熱湯でもぶっかけてやろう。
-騒がしくとも幸せな一日-
モロクは暑い。
そんな暑さを吹っ飛ばすかの様に、彼らは朝から騒がしかった。
モロク北東にある、ヴァイネール邸。
彼はリッチな男で、あるギルドのマスターでもあった。
ギルドメンバーは７人と少なめで、みなこのヴァイネール邸で日々を送っている。
広さは十分なもので、リビングにメンバーが全員集まっても、それでも落ち着けるスペースがある。
しかしこのギルドは、そう簡単には落ち着かない。
「これよりギルド会議を開始する！」
朝っぱらから、円型のテーブルを取り囲み、ギルド会議が行われた。
しかし正式には、ギルド『臨時』会議なのだが。
「何が臨時よ。昨日は滅茶苦茶疲れたんだから、もうちょっと休ませなさいよ！」
「今何時だと思ってんだ！」
「７時だ！」
プリーストのフィーネと騎士のラインが、不満を思いっきりウィザードのヴァイネールにぶつけた。
ヴァイネールの眼鏡が光る。ヴァイネールは、反論は全て却下！
と言わんばかりの即答をした。
「ほら〜。シエちゃんもまだ眠くて目ぇこすっとるやん」
「ついでに俺も眠い」
ハンターのキリカと、元アサシンのイツキは、同じく元アサシンのシエを見て、言った。
シエはまだ眠たそうに、目をこすって、あくびをしていた。
その姿を見て、セージのベネディクトは頬が緩みまくっていた。
「可愛い」
そしてついに秘めた想いを口に出していた。
しかし完全無視され、ヴァイネールは臨時会議を進行させた。
「臨時というより緊急なのだが、聞いてもらいたい」
低血圧組のフィーネとラインは、苛々しながら、仕方なくその話を聞く事にした。
イツキはあくびばっかりで、シエもまだ眠たそうで、話を聞く体勢が全く取れていない。
ベネディクトは悦に浸っているが、キリカだけは、眠気など無いらしく、とてもニコニコしていた。
「我々を勝手にライバル扱いするあの『ねことこねこと。』が、遂にやりおったのだ！！」
「違うでマスタ〜。ライバル扱いしとんのはウチらや。ていうかマスターや」
のほほんとした口調で、キリカが言った。
同じモロクの宿前を拠点とする、『ねことこねこと。』というギルドがある。
「いいや。我らをライバル扱いするのは奴らだ！
あの黒とか青とか！」
「あの人達に迷惑だと思うんやけど〜。それに、クロさんやら蒼さんや。そんな名前ちゃうで」
そうだそうだ〜！
・・・・えー・・・・・あ、そう。
キリカの言う通りである。無礼だ、名前を間違えるなんて。
そんな口論をしている間に、今にも低血圧組はブチ切れそうだし、朝に弱い組は眠ってしまいそうである。
そしてそんな眠たそうなシエを見て悦に浸っているアルケミストは変化無しだ。
「とにかく、やたらと因縁つけて我々に勝負をふっかけてくる彼らには、そろそろ死んでもらいたいと思うのだよ」
「言い過ぎやそれ。それに因縁つけんのはウチらや。ていうかマスターや」
長々とした、怒りのこもった大声と、のほほんとした声の口論は、フィーネとラインによって強制終了させられた。
強制終了の方法は、ヴァイネールを半殺しにするというもので、ヴァイネールの顔は傷だらけでぼこぼこで、服はところどころ切れていた。
壊れかけた眼鏡をかけなおし、命が惜しいので、簡単に説明する事にした。
「彼らに死んでもらう」
「おおげさやって」
しかし今度は、ヴァイネールはキリカを無視し、話を続けた。何故なら余計な話をすれば、今度はマグナムブレイクを放たれるからだ。
「しかしたった7人で彼らに勝つ事は不可能！
そこで、ベネディクトにある物を作ってもらったのだ」
「ある物？」
「そう。ベネディクト、例のブツを」
眼鏡を怪しく光らせ、ヴァイネールはベネディクトに言った。
しかし、ベネディクトは未だ眠たそうなシエを見て幸せそうな笑顔を浮かべていて、シエ以外、何も見えず、聞こえない様だった。
「ロリコン、例のブツを」
ファイヤーボルトでベネディクトを焼きながら、次無視したら命は無いぞと言わんばかりの表情で、ベネディクトに繰り返した。
「あー、はいはい。全くもう」
悦に浸っているのを邪魔され、不満は多々ある様だが、渋々、ある物を取り出した。
ベネディクトがテーブルに置いたのは、古木の枝という、小さな枝であった。
「はぁ？ 古木の枝ぁ？」
ヴァイネールが何をしたいのか全くわからず、ラインは切れ気味に言った。
「古木の枝で魔物呼んで協力してもらおうってわけ？
無理よ。バフォメットが3匹も出たらそりゃあいつら全滅するかもしれないけど、あたし達も全滅よ？」
「それに上級の魔物が出るって保障もねぇ」
フィーネとラインは、ヴァイネールの提案に何でもかんでも反論する。どうしてこんなギルドにずっと居続けるのか、そう不思議に思ってしまう程だ。
「ふっふっふ。これはただの古木の枝では無いのだ」
怪しく眼鏡を光らせ、ヴァイネールが策有りという表情で言った。
「これは凄い古木の枝なのだ。略して凄枝だ！」
「どうでもいい」
「セージの魔法の研究は常に最先端だ。ベネディクトは遂に、禁断の魔法を取得してしまったのだよ！」
「この古木の枝を見たまえ」
ラインはヴァイネールから古木の枝を渡されると、それを見た。古木の枝には、魔方陣が描かれていた。
「魔方陣・・・・。てか器用だろこれ」
「ふふん。俺はゼロピーにソヒーを描く事だってできる！」
ベネディクトは鼻を鳴らし、自慢する。ラインが呆れた表情で古木の枝を返すと、ヴァイネールは続けた。
「この魔方陣によって、必ず上級の魔物を呼び出す事ができる。そしてその後、再びベネディクトの出番なのだ」
ベネディクトは、ヴァイネールの後に続けて、自慢げに話し出した。
「俺の生み出した術で、呼び出された魔物を操る！」
「はぁ！？ 本当にそんな事ができるの？」
フィーネだけではない。誰もが疑った。
しかし、イツキとシエはもう眠ってしまっていた。
「俺を誰だと思っている！」
「「「ロリコン！」」」
「お前ら後で覚えてろ」
ベネディクトの話によると、魔方陣が描かれた古木の枝から呼び出された魔物を、ベネディクトの生み出した術で制御させるというのだ。
ベネディクトは、その制御を『契約』と言い、契約をするには『交渉』、つまり詠唱が必要だという。
そのため、魔物が呼び出され、ベネディクトの契約が完了するまで、時間を稼がなくてはならない。
別にギルドメンバーは、『ねことこねこと。』に何の恨みも無いので、気乗りしなかったが、自己中心的であり勘違い野郎で強引なヴァイネールによって、強制参加させられてしまった。
ヴァイネールがイツキを叩き起こし、イツキがシエを揺すって起こし、全員邸宅の外へ出た。
ヴァイネールはイシエも叩き起こそうとしたが、ロリコンの怒りによって阻止された。まあどうでもいい話ではあるが。
「仕方ねぇなぁ・・・・。折るぞ」
ラインは古木の枝を持ち、確認を取った。
『ねことこねこと。』の拠点に行ってから古木の枝を使用したのでは、詠唱を邪魔されかねないので、此処で呼び出す事にしたのだ。
「さぁ折れいざ折れ折りまくれ！ 我々の屈辱を奴らに味あわせてやろう！」
「別に屈辱なんか受けとらへんで〜♪」
「せや。キリカの言うとおりや。自分勘違いも大概にせぇや。なぁシエ？」
「え？ あ、うん・・・・」
「・・・・じゃあ、折るぞ」
ポキッ、と良い音とともに、古木の枝が折れた。
ラインが折れた枝を投げ捨てると、枝から黒い煙が発生した。
煙は次第に膨らみを増し、４メートル程の、大きな煙になった。
「ロリコン！契約の準備を！」
「ベネディクトだ！」
「・・・・ロリコンだったの？」
「はぅ！！？ 違うんだシエちゃん！ 俺は決してロリコンなんかじゃ・・・・！」
「ごめんねベネディクト。私イツキがいるから・・・・」
ベネディクトに、サンダーストームが落ちた。
ベネディクトはショックのあまり吐血し、膝を落として、ぜぇぜぇと荒い息を吐いた。
「あかんでシエ。あんまりロリコン刺激したら、何しよるかわからんへんから」
「お前まで言うかイツキィィィ！！」
「なんや、ロリコンやなかったら何なんや？」
「セージだ！」
「そうやなくて。・・・・せや。ロリコンと男好き、言われるならどっちがエェ？」
再び、サンダーストームが落ちる。
「究極の選択！！」
そんな事を言っている間に黒い煙は呼び出された魔物の形を作りだしていた。
「そうか！ お前がいけないんだ！ イツキ！
お前がいるからぁぁぁぁぁ！！」
狂った様に叫び、変人の目で、ロリコンはイツキに襲い掛かった。
しかし二人の間に、イツキを守る様に、シエが立ち塞がった。
「止めてベネディクト！」
「ぶはぁっ！！」
シエのその姿に、ロリコンは吐血、更には鼻血を噴出し、地面へと頭から倒れた。
ベネディクトは気絶したらしく、ぴくぴくと痙攣していた。
「なんという事だ！ ベネディクトが倒れたぞ、どうするみんな！」
ヴァイネールは慌てふためき、メンバーに助けを求める。
メンバーも焦っている様で、シエは少し責任を感じている様だった。
「シエ。お前のせいやない」
「イツキの言うとおりや。こないな可愛い子に手ぇ出そうとする変態は、吐血するだけじゃたりへん」
「え・・・・？」
「内臓も一緒に吐くくらいやないと許されへん」
キリカは笑顔で恐ろしい事を言うと、倒れたベネディクトを引き摺り、シエとイツキの前に持ってきた。
「見てみ、内臓吐き出させたるで」
「「やめてやめてやめて」」
シエとイツキは、声をあわせ、全力でお断りした。
「仕方ない！ ライン以外全員退避だ！」
「はぁっ！？」
「ライン！ 君は呼び出される魔物を倒したまえ！」
「ふざけるなクソウィザード！」
「わかった。フィーネ、君も残りたまえ」
「何でよ！」
「騎士一人では時間稼ぎにはならん。支援者がいれば時間稼ぎもできるだろう」
「ふざけないでよ！ あんたも魔法で応戦すんのよ！」
「私は嫌だ！」
「このクソマスターめ！」
仲間割れが発生している間に、ついに、黒い煙が消え、呼び出された魔物が姿を現した。
大きな影が、メンバーを覆い、辺りが暗くなった。
「・・・・・君達」
「何・・・・？」
メンバーは大きな影を見上げ、冷や汗を掻いていた。
ヴァイネールはずれた眼鏡を直し、震えた声で、メンバーに呼びかけた。
「『ねことこねこと。』に至急応援を要請してくれ」
「・・・・無理」
「じゃあ、あのロリコンを生け贄として捧げよう」
誰もが賛成と言った。
彼らが見上げているのは、見たこともない、魔物だった。
そして悲鳴が轟いた。・・・・・ついでに眼鏡の割れる音がした。
その後、当然必死の思いで化け物を倒したメンバーは、みなベッドに倒れ込んでいた。
傷一つなく無事だったのは、シエとイツキ、そしてキリカだけで、ちなみにベネディクトは外で干上がっていた。
ふんずけたら『サクッ』と良い音がして破れてしまいそうだ。
落ち着いた午後は早足に過ぎ、夜、シエとイツキは、屋根の上で、星を眺めていた。
その隣にはキリカもいて、相変わらずにこにこしていた。
「みんな感情豊かやね〜」
どこまでも不思議なキリカは、化け物の眼中に無い――いや、眼中にあったが攻撃をされず、にこにこしながら、矢を放っていた。
シエとイツキは、素早い動きで巨体を翻弄し、ほぼこの３人が化け物を倒したといっても過言では無かった。
「なぁキリカ」
「なんや？」
「あそこで干からびとるのはあのままでええんか？」
「ええやろ。明日になれば骨になっとるんやないか？」
「怖い・・・・」
にこにこしながら恐ろしい事を言うキリカ。
実はかなり腹黒いのではないかと、シエは思った。
「ほな、私はシャワー浴びてくるわ」
そう言うと、キリカは屋根から降り、『オーサカはツーテンカクー、タコヤキモンジャ、食い倒れー』とテンポの良い変な歌を歌いながら浴室へと向かっていった。
屋根にはシエとイツキが残され、静かな一時が流れた。
「イツキ・・・・・」
「何や？」
「毎日毎日、すごく・・・・何て言うんだろう。・・・・こころが・・・・・温かい」
「・・・・・せやな。こんなどたばたした、当たり前の一日も、一分一秒、貴重な時間や」
日常にある、小さな、でも気付いてみれば、大きな幸せ。
それが、冷えた心を、温めてくれた。
「俺も、心が温かい・・・・」
「温かくて、すごく・・・・幸せ」
「きっと、みんなに熱湯でもかけられたんやろな」
「熱湯・・・・。熱すぎじゃないかな」
「そんくらいせぇへんと、俺らは温まらへん」
「・・・・そうかもね」
シエは、ゆっくりと、イツキに体を寄せた。
大好きな人は、温かかった。
この温もりを失いたくない。ずっと、触れていたい。
「ずっとこのまま、温かいままがいい」
「俺もや。明日も、みんなに騒いでもらわんとな」
「熱湯をかけてもらうため？」
「せや♪」
幸せはすぐそこにある。
温もりはすぐそこにある。
小さな、でも気付いてみれば、大きな幸せ。
その温もりを忘れてしまう前に、その幸せを失う前に――。
日々にある、小さな、でも大きな、温もりに触れていよう。
こころ温まる日々が、永遠でありますように。
＜終＞
-あとがき-
最後の部分がお題の『こころ』なんですが、自分の中では、最初っから『こころ』を書いているつもりでした。
こころ――心とは、精神活動を知・情・意にわけた時、情・意をつかさどる能力で、喜怒哀楽や快不快、美醜や善悪を判断し、人の人格を決定するもの、です。（国語辞典より抜粋）
要するに『感情』＝『心』なのかなぁ、と思いこういうのを書いたわけですが、怒ってばっかりだった気も。スベるなと予想しながらギャグ多めに書きました。
作中、『ねことこねこと。』のメンバー・・・・といってもクロさんと蒼さんの名前しか出てませんが、すいませんでした。
『こころ』。難しいお題でした。しかしこのお題のおかげで、自分のレベルが『まだまだ』どころではなく、『話にならん』という事を改めて認識しました。
そして、蒼さん。蒼さんに質問メールをした時、うっかり蒼さんに蒼さんの名前だけを書いてもいいですかと質問をするのを忘れてしまい、
何度もメールするのは迷惑だと思ってメールせず、そのままこうして作中に蒼さんの名前がでてきてしまいました。すいませんでした。