失われたモノは二度と戻らない。
だってそれは、消えてしまったモノだから。
無から有を作り出すことはできない。無になったモノを、有へと変えることなどできやしない。
いかなる手段を用いようとも。
いかなる優れた能力を持とうとも。
それは必然。当たり前のこと。
だから人は、失うことを恐れる。
自分が失うこと。自分が失われること。それをどうしようもないほど恐怖する。
「・・・・・・・・・・・」
サーーーーー・・・・
雨が降っていた。
空を覆う暗黒の雲は、冷たい雨を地面に打ち付ける。その雨音は不気味なほど静かだ。
時刻は昼だというのに、この暗さは異常なほどである。
人々は雨を避けるように建物の中に移動し、好き好んで外を出歩く者の姿はない。
漆黒の雨。
人々は無意識にそれを恐怖しているように見えた。
「・・・チッ」
そんな雨の中、プロンテラの街中を歩く者が一人。
思わず舌打ちしたのは、運悪く自分が買い出し当番の時に気味の悪い雨が降ってきたからであった。
「ついてねぇ」
彼・・・騎士は傘など持ち合わせていなかった。
だからと言って走る気にもなれず、雨に打たれるがままに道を歩いていく。
彼が背中に背負っている袋には、大量の白ポーションが詰め込まれている。次のGv戦の時に使うものだ。
白ポーションは、傷口にかけることにより本人の自己回復機能を極限まで高めて、回復を促進させる便利なアイテムである。
Gvなどでは常にプリーストのヒールを期待するわけにもいかない。
いざというときはこの白ポーションを使って自己回復を行い、場を切り抜けるのである。
騎士は迷うことなく、入り組んだ王都の小道を進んでいく。
慣れ親しんだ下町だ。今更迷うことなんてありはしない。
最近、彼の所属するギルドは飛躍的な発展を遂げた。
強豪ギルドを一つを蹴落としたことによりその名が知られ、今では加入を希望する者が後を絶たないぐらいである。
マスターであるブラックスミスは、今の状況に満足しているようだ。
毎晩気分良さそうに、手に入れた砦の中で宴を繰り広げている。
騎士も、その宴に毎日のように参加しては、踊り騒ぐ一人なわけであるが。
サーーーーーー・・・・・
雨は静かに、騎士の体を叩いていく。
雨粒は騎士の纏う鎧に当たって弾け、そして地面へと落下していく。
髪はもはや完全に濡れてしまい、今にも水が滴ってきそうだ。
砦に戻ったらまずひとっ風呂浴びて、着替えをせねばなるまい。
「・・・・あ？」
ふと、騎士は足を止めた。
彼の歩く細道のど真ん中に、人が立っているのである。
まるで、ここは通さないと言うかのように。
「・・・チッ」
『またか』
騎士は再び舌打ちすると、何事も無かったかのように歩き出す。
腰にある両手剣を、いつでも抜けるように注意を払いながら。
向かう先に立っているのは、女のハンターだった。
俯いている所為で、その表情までは伺えないが・・・・・どうやら、結構な上玉のようである。
その体にはまったく覇気を感じられず、その存在そのものが虚ろなように見えた。
『へぇ・・・』
騎士は思わず笑った。
こいつはいい。この場で殺すのは勿体ない。
せいぜいいたぶって、やることをやってから殺すことにしよう。
・・・いや、砦に連れて帰ってからでも殺すのは遅くない。仲間の奴らにも少しは恩恵を与えてやるか。
「クク」
騎士が浮かべた笑みは、どこまでも歪んでいた。
騎士は歩みを早める。ハンターとの距離が、確実に狭まっていく。
距離が近くなれば近くなるほど騎士に有利になる。まぁどれだけ距離が空いてようとも、騎士は自分の勝利を確信していた。
それは今まで何度も戦闘をしてきた彼の自信。
ハンターなんて今まで数え切れないほど倒してきたし、プリーストの援護がなくても後れを取るつもりもない。
そして騎士は、ハンターまでおよそ5歩というところで足を止めた。
この程度の距離ならば、騎士は一瞬で詰めれる自信がある。
無遠慮に目の前にいるハンターを目で撫で回しながら、騎士が口を開いた。
「・・・で？ お前はどこのギルドのヤツだ？」
彼ぐらい有名なギルドになると、他のGvギルドから命を狙われることも少なくはない。
そもそも、彼のギルドが最初に行ったのだ。Gv時間中ではない命のやりとりは。
同じようにして発展しようというギルドは、この世界に少なくはなかった。
騎士の声が聞こえているのか聞こえてないのか、ハンターはずっと俯いたまま。
耳が聞こえないんじゃないかと思わせるほど、全くの無反応であった。
「おい、俺ぁ質問してんだよ。さっさと答えろや」
ニヤニヤと笑う騎士。なんだかよく分からないが、今相手にしているハンターはそれほど強いとは思えない。
これは思ったよりも楽に事が進みそうだ・・・そう騎士が思った瞬間。
ゆっくりと、ハンターが顔を上げた。
それは本当に、ゆっくりとゆっくりと・・・・まるでスローモーションのような動き。
それを見た騎士は、呼吸することすら忘れた。
彼女は予想通りに綺麗であった。
しかし騎士が動きを止めたのはそんな理由ではない。
原因は・・・・・・彼女の、瞳である。
「どうして・・・・・あなたは生きてるの？」
細い声だった。
しっかり耳を傾けてないと、何を言っているのか分からなくなりそうなほど小さい声。
「どうして・・・・・死んでないの？」
騎士は震えた。
理由はよくわからない。よくわからないが体が震えだし、それを止めることができなかった。
「あの子は死んだのに」
ハンターの瞳は、まっすぐ騎士を捉えていた。
光が篭もってない瞳。心の奥底まで見通されているような、真っ黒な瞳。
「あ・・・あの子？ 誰のことだよ・・・！？」
精一杯の虚勢を張り、怯えていることを悟られまいとする騎士。
しかしハンターはそんなことはどちらでもいいようだった。
騎士の様子など興味なさげに、背中に背負っていた弓を手に持ち、矢を取り出して構える。
その一連の動作を、騎士は黙って見つめていた。
見つめていてしまった。
それが、彼の最期のチャンスだったというのに。
「死になさい」
それが、騎士の最期に聞いた言葉であった。
死ぬ、ということ。
「・・・酷いもんだな」
現場にやってきた一人のブラックスミスが、その惨状を目にして呟く。
既に遺体は運ばれた後でその場にないが、雨によって流されきれてない血の後がびっしりとこびり付いている。
その出血量は尋常じゃない。体中の血が抜け出てしまったのではないかと思われるほど、地面は赤く染まっていた。
「昨晩、ここでやられたらしい」
ブラックスミスの隣にいるウィザードが、忌々しげに言う。
「発見されたときは、もう既に死んでいたようだ。体のど真ん中に大穴空いてたとさ」
「大穴？」
「なんか、目の前で大砲・・・ってか、あれ、城塞をぶち破る時に使われるあのでっかい弓」
「バリスタのことか？」
「そうそう、それを目の前で喰らったみたいだったんだと。ほぼ即死だったようだな」
「ほぉ・・・」
ウィザードの言葉を聞いて、ブラックスミスが震える声を漏らした。
怯えているのではない。
怒りに打ち震えているのだ。
彼は、自分のモノを壊されたり、奪われたりするのが何より嫌いであった。
そして今回、彼がマスターをしているギルド員の一人が何者かによって殺された。
「こりゃあ・・・報復するしかねぇだろうな・・・」
沸々と浮かんでくる怒りを、隠しもせずに言うブラックスミス。
ウィザードは黙って頷く。ブラックスミスの右腕とも言われている彼が、この件に関して異論など唱えるはずもない。
「誰がやったか、調べられるな？」
「もちろん。3日以内に調べだしてみせるさ」
「・・・・2日だ。それ以上待てねぇ」
「・・・了解した。マスター」
ウィザードはプロンテラの街中に姿を消す。
それを見送りもせず、ブラックスミスはただじっと、現場に残る血の後を眺めていた。
「誰だか知らねぇが・・・・」
そもそも、体の中心に大穴を空けるなんてことを考えると、人じゃないのかも知れないが。
拳をきつく握りしめ、近くにあった煉瓦の壁を強打する。
「ぶっ殺してやる・・・必ずな・・・！」
狂おしいほどの殺意。
＜＞＜＞
「・・・で、彼女がどこに行ったかは？」
「調べがつかない。プロンテラは広いからな、人一人を捜すってのは困難極まりない」
プリーストの言葉に、アサシンが疲れたように答える。
ここはプロンテラ中央通りから少し離れた場所にある宿屋の一部屋。
彼らはここの主人とは面識があり、今は全部屋を格安で貸し切りというちょっと凄いことをやってたりする。
その宿屋の部屋の中で、一番端にある部屋。そこに彼らのギルド『ずっと一緒。』のマスターであるプリーストがいた。
部屋には彼の他に、仲間の槍騎士、アサシン、ウィザード、プリースト、クルセイダーの5人が集まっている。
「ギルドからも抜けたままだから、連絡の取りようがないですね」
プリーストの少女がため息をつきながら言う。
彼らの話の中心にいるのは、このギルドの主戦力の一人であったハンターである。
あのイリスの一件の後、彼女はいつの間にかその姿を消してしまった。どこにいるのか検討もつかない。
「まぁ、そのうちひょっこり帰ってくるんじゃねぇか？ 今はそっとしておいてやろうぜ」
槍騎士が肩をすくめる。確かに彼の言う通り、イリスが死んで一番ショックを受けていたようなのは彼女である。
しばらく一人になる時間が必要なのかも知れない。
「早まる・・・なんてことはないと思うが、やはり心配だ・・・」
どこか落ち着かない様子のクルセイダー。
彼はよく現在行方不明のハンターと一緒の陣営についていた。個人的な思い入れというのがあるのかも知れない。
「まぁ、分からないんじゃしょうがない。彼女の件は保留しておこうか」
「そうだな。とりあえず今は、例の件について話そうぜ」
マスターの言葉に頷きながら、槍騎士が言う。他の者も異論はないようで、真剣な顔つきで自分たちのマスターを見つめる。
「大事な話があるって聞いたが・・・？」
「私もです。いったいどんな内容ですか？」
疑問を投げかけてくるクルセイダーとプリースト。
マスターは大きく息を吸い、そして力のこもった声で言った。
「ギルドを、解散しようと思うんだ」
・・・・・
「・・・は？」
数分後、マスターと槍騎士以外のメンバーの声が見事に重なった。
「とは言っても、皆を離ればなれにさせようとは思ってないよ。
エンペリウムは僕の方で準備するから、新しいマスターをみんなの方から選出してもう一度ギルドを作って欲しいんだ」
「ま、待て待てマスター。じゃあマスターはどうするんだよ？」
アサシンの問いに、マスターはふっと笑う。
「僕はね、やることができたから。だからギルドから抜けるよ」
「やること？」
ウィザードからそう聞かれたが、マスターは笑うだけで言葉を濁した。
「ちなみに俺も、マスターと一緒に抜けさせてもらうぜ」
そう言うと、槍騎士はマスターの肩に腕を回す。
少し困ったように笑うマスターであるが、振り払うことはしなかった。
「・・・理由を、聞かせてもらえませんか？」
落ち着いた様子のプリーストがそう問う。
しかしマスターは相変わらずの困ったような笑みを浮かべるだけで、何かを語ろうとする仕草すらしなかった。
「・・・・・まさかとは思うが、マスター、あなたは・・・」
「おぉっと、そこまでだ。それ以上は言うな？」
クルセイダーの言葉を強引に遮る槍騎士。
「とにかくそういうワケだから。次期マスターはお前らの中から決めるのが妥当だろ？ ジャンケンでもして決めといてくれ」
「ジャンケンって、お前・・・」
呆れたように言うウィザードだが、槍騎士はまったく意に介さない。
皆が顔を見合わせて困っていると、マスターが口を開いた。
「ごめんね。自分勝手なこと言って。でももう決めたことなんだ。だからその・・・・・・・ごめん」
結局は謝る彼である。
しかし、その態度が真剣そのものなのは、この場にいる全員に伝わっていた。
軽はずみで言った言葉ではない。マスターは本気で、ギルドを解散しようと話している。
「マスター」
「・・・何かな？」
「いいのか？」
アサシンの言葉。それは簡単でありながら、とても深い言葉であった。
『いいのか？』という言葉。
それは、マスターがこのギルドを作ってから今まで歩んできた道を思い出させ、
その中での全ての出会い、喜び、楽しみ、悲しみ・・・様々なことを呼び起こした。
もしかしたら、自分は後悔するかも知れない。
もしかしたら、自分は間違っているのかも知れない。
いや、きっと自分は間違っている。愚かな行動を起こそうとしている。
でも、それでも。
「・・・決めたことなんだ」
間違っていると知りつつも、彼はもう、止められなかった。
自分自身を。
＜＞＜＞
「・・・おやおや・・・」
プロンテラの大通りから少し外れた小道。
小道と言っても、そこは王都プロンテラ中央付近だ。人通りはそこそこあり、賑わいを見せている。
その道を通り抜けようと歩いていたブラックスミスを見るや、口を開く者があった。
「止まりなされ、そこのお若いの」
ブラックスミスは呼び止められ、足を止める。
声をかけてきたのは一人の老婆であった。
老婆は道の端にテーブルと椅子を置き、目の前のテーブルには大きな水晶が乗っている。
十中八九、占い師であろう。
「なんだよ、婆さん」
訝しげな表情を作るブラックスミス。
「悪ぃが、俺は占いなんて信じてねぇし、興味もねぇぞ？」
「まぁそう言いなさんな。別にお代を取ったりしないから、少しばっかりこの婆の話を聞いていきなされ」
「・・・・ふん」
特に急いでいるわけではない。無料で占ってくれると言うのなら、聞いても問題ないだろう。
そう判断したブラックスミスが、老婆の近くへと歩み寄った。
その姿を見た老婆は満足そうに頷くと、細い目をさらに細める。
「・・・やばいよ、あんた」
「は？」
出し抜けにそんなことを言われ、ブラックスミスは思わず聞き返してしまう。
「何がやばいんだよ、婆さん」
「・・・いいかい、これからこの婆の言うことをよぉく聞いておくんだよ」
真剣な表情でそう語る老婆に、ブラックスミスは耳を傾けた。
「・・・あんた、何かの組織の一番上にいるね」
「あぁ」
「その組織、まっとうなものかい？」
「どうだかな」
言って苦笑するブラックスミス。
まっとうな組織かどうかと聞かれたら・・・あまりまっとうなものとは言えないだろう。
Gvでの勝利のために、何人もの人間を殺してきた組織なのだから。
「・・・・・最近、あんたのまわりで人が死んだねぇ。その組織の仲間かい？」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ろくな死に方してないね。普通じゃない」
「・・・婆さん、テメェまさか」
「出会わないことだ」
ブラックスミスの言葉を遮り、老婆が言う。
「出会っちゃいけないよ。『それ』と出会ったら、あんたは・・・・・・あんたらは、終わりだ」
「それ、ってのは何だよ。もっと分かりやすく言ったらどうだ婆さん」
「・・・死神」
ふと、プロンテラの街の喧噪が遠くなった。
「あんたの仲間を、殺したヤツさ」
「それは」
誰だ、という言葉は、突如聞こえてきた声でかき消される。
「マスターーー！ 遅いよーーー！」
そう言って小道の向こうからブンブンと彼に手を振ってくるのは、一人のノービスの少女。
見た目はか弱く、冒険の初心者という感じのノービスであるが、彼女のその姿は一つの擬態に過ぎない。
本来彼女は騎士に負けないぐらい剣の扱いに長け、実戦経験も数知れない。
「少し待ってろ。今行く」
ブラックスミスは短くそう応え、もう一度老婆に視線を戻した。
「もうこの婆に語れることは何もない。行くがいいよお若いの」
「・・・・・聞かせろ。死神ってのは、どこのどいつだ」
「聞いてどうするつもりかの？」
「決まってるだろう」
ギリ・・・と歯を鳴らすブラックスミス。
老婆はそんなブラックスミスを見て、やれやれと嘆息した。
「いずれ向こうから姿を見せるだろうて・・・」
「いつ頃だ」
「さぁての。いずれ、としか分からん・・・・が」
老婆は目を閉じて、言う。
「その前にこの街から離れるんだお若いの。仲間も連れて、遠くへ逃げなされ」
「なに馬鹿言って」
「死にたくないだろうて？」
「・・・・・」
老婆の言葉には、有無を言わさぬ迫力というものがある。
いつものブラックスミスならば笑い飛ばすような内容であったが、しかし笑うことができなかった。
「・・・・・心に留めておこう」
「お若いの、自分の未来を大切にしなされよ」
・・・・・・・・・・
「おっそ〜〜い〜〜〜！ 何やってたのよぉーー！」
「・・・つか、なんでお前がここにいるんだよ。砦で待機してたんじゃねぇのか？」
「んー、暇だったから出てきちゃった」
「お前な・・・・・」
疲れたように言うブラックスミスと、嬉しそうに彼の腕を取るノービス。
「ついでだからさ、ちょっと買い物して行こうよ〜！」
「買うもんがねぇ」
「うわっ、冷たい即答」
「買い物なんて気分じゃねぇんだよ。他の誰か誘って行けばいいだろうが」
「えーーー。他の人と一緒に行ってもつまらないんだよなーー」
ブラックスミスの腕をしっかりと掴みながら、ノービスはちょこちょこと動いていた。
どこからどう見ても、普通のノービスである。
しかし違うのだ。彼女はその無邪気に見える笑顔を浮かべつつ、人が殺せるのである。
「だからぁ、一緒に行こ？ 見るだけだって、買い物は楽しいよ？」
「俺は楽しいとは思わねぇ」
「たまには私に付き合ってくれてもいいじゃなーーい。最近ギルドのことばっかりでさ〜」
バキ。
その時、何かが折れる音が聞こえてきた。
彼らにとっては聞き慣れた音。しかもその音が聞こえたのは、自分たちの真後ろだ。
二人の反応は素早かった。その場から左右へそれぞれ飛び、自分の武器を手に持って振り返る。
後ろには、一体のレイドリックの姿があった。
自然に現れたのではない。魔物を呼び出す力のあるアイテム『古木の枝』の効果だろう。
何者かが彼らに魔物を差し向けるために、真後ろで古木の枝を折ったに違いない。
犯人の姿を探すが、もうその場には誰の姿もなかった。蝶の羽かハエの翼を使ったのだろう。
「・・・ったく。こんなので俺たちがどうにかなるとでも思ってんのかよ」
「自分で斬りかかってこないなんて、とんだ臆病者だね〜」
古木の枝は呼び出す魔物を自分で決めることができない。
何が出てくるかは完全に運任せなのであるが、強い魔物が出てくる可能性はそれほど高くなかった。
レイドリックというのは、一応はアタリになるのではないだろうか。
カシャンカシャン、と鎧を慣らしつつブラックスミスに突っ込んでくるレイドリック。
ブラックスミスはそれを見て嘲笑すると、手に持っている巨大な斧を構えた。
ノービスはと言うと、抜いていた剣を鞘に戻して傍観を決め込んでいる。
「がんばれ〜」
どこか気の抜けた声である。
レイドリックの剣がブラックスミスに届く一歩手前。
「ハンマーフォール」
ドゥン！！
辺り一帯が、その衝撃で震えた。
魔力で擬似的に作り出したハンマーで相手を打ち付け、衝撃で動きを止めるブラックスミスのスキルだ。
動きを止めるレイドリック。
そこに、ブラックスミスの斧の一撃が入った。
ガギィィ！
金属の嫌な音が聞こえ、そして斜めに真っ二つになるレイドリック。一撃だった。
騒ぎになることもなく、あっという間に終わった出来事であった。
「レイド程度じゃね〜」
ノービスは面白く無さそうに言う。
確かにレイドリック程度の魔物では、ブラックスミスやノービスを倒す事なんて到底不可能である。
もっとも、数十匹も一気に襲いかかってくればどうなるか分からないが、そんな状態は普通はありえない。
「・・・時間の無駄だったな」
「うん、むだむだー」
「っつーわけで俺は戻る。お前はどうする？」
「えーー、だから買い物しようってさっきから言ってる〜〜！」
＜＞＜＞
マスターであるブラックスミスから犯人の特定を指示されたウィザードは、一人情報収集に励んでいた。
一人、と言ってもさっきギルドチャットで協力を要請し、時間のある者には違う場所で動いてもらっている。
目撃者の一人でもいれば話は早いのであるが、事態はそう簡単に進んでくれないようだ。
時刻は既に夕刻。もう少しで完全に陽は沈み、空は漆黒へ染まるだろう。
「・・・・・・・・・」
体に大穴を空けて死んでいた、彼らの仲間の騎士。
騎士は弱くなかった。むしろ強かったはずだ。
しかしそんな彼が、抜刀することもなく倒されている。不意打ちを受けたのか、それとも抵抗する暇すらも与えられなかったのか。
どちらにしろ、犯人はただ者ではないことは確かであろう。
そんなことを考えつつ、ウィザードは現場に戻ってきていた。
騎士が殺された場所。さして人通りのない、小さな小道。
まだ血の跡が残っており、どこか殺風景な印象を受ける。
「・・・・・誰が」
彼は思わず呟いていた。
返事を期待した呟きではない。ただ漏れてしまった言葉。
しかし、声は返ってきたのである。
「哀しい？」
しかも、真横から。
先程まで、間違いなく誰も居なかったと言うのに。
「彼の者を封ぜよ！ フロストダイバー！」
突然の行動だった。ウィザードは自分でもよく分からないまま、何の確認もしないで声の主に攻撃を仕掛けたのである。
普段冷静な彼からは信じられない行動。
しかし彼にそんなことをさせるほど・・・突然現れた存在は異質だったのだ。
地面を奔る氷の流れ。
それは声の主まで到達し・・・そして、消失した。
そう。何事もなかったかのように、消えたのである。
「な・・・！？」
これにはウィザードも驚きを隠せない。
フロストダイバーで相手が氷結状態にあるのは一定確率であるが、当たる前に消えるなんてことは普通ありえない。
「悔しい？」
淡々と言う声。
本能的な恐怖を感じたウィザードは、なりふり構っていられる状態ではなかった。
「此処に、召喚す。
白の氷結。薙ぐ衝撃。制止する常代・・・即ち、凍結の儀式。
汝、この白を逃れる術無し。
汝、我から逃れる術無し。
汝、終わりの刻」
彼の体から、魔力が溢れ出てくる。
地面には巨大な魔法陣。そこからも魔力が流れ出て、白色に光り輝く。
「ストームガスト・・・！！」
力ある言葉が紡がれる。
コオオォオオオオオオオ！！
それと同時に、魔法陣の範囲内に強烈な氷結の嵐が吹き荒れた。
だが。
「・・・・・・！！！」
ウィザードは信じられないものを見ていた。
声の主が、その氷結の嵐の中を、自分に向かってゆっくりと歩いてくるのだ。
「馬鹿な・・・・・！」
今まで、こんな経験はしたことがない。
ストームガストの嵐の中を、難なく普通に歩いてくる者なんているはずがない。
「馬鹿な！！」
叫ぶウィザード。
そんな彼を見て、声の主・・・・・少女は、笑った。
「此処に、召喚す。
白の氷結。薙ぐ衝撃。制止する常代。即ち、凍結の儀式。
汝、この白を逃れる術無し。
汝、我から逃れる術無し。
汝、終わりの刻」
先程のウィザードと同じ詠唱。
少女の周りからは、ウィザードとは比べものにならないぐらいの光が発せられる。
このとき、ウィザードは悟った。
自分が今目の前にしているのは、人の姿をしていても人ではない。『化け物』であると。
「・・・ねぇ？ どうして生きてるの？」
「・・・・・・」
「あの子は・・・・死んだのに」
あの子とは、誰のことだろう・・・
「ストームガスト」
力が、解放された。
＜＞＜＞
「・・・そうきたかよ・・・・！」
ブラックスミスの呟きは、見上げた空へと消えていった。
昨日に引き続き、またこの場に足を運ぶことになるとは思ってもみなかった。
そこは、彼らのギルド員である騎士が殺害された場所。
そして、ブラックスミスの右腕と言われていたウィザードの死体が発見された場所だった。
「ウィザードさん、死んじゃったね」
呟くように言うのはノービス。その表情からは、悲しんでいるようには見えない。
ただ、事実を事実として言っているに過ぎない様子だ。
「あんな強かったのに・・・こうもあっさりとね。世の中分からないね」
「不意打ちでもされたんだろ。コイツがそう簡単にやられるとは思えねぇ・・・」
ブラックスミスがそう言う。
実際のところ、ウィザードの力量はかなりのものだった。例え一人であったとしても、易々と殺されるような男ではない。
――出会っちゃいけないよ。『それ』と出会ったら、あんたは・・・・・・あんたらは、終わりだ――
老婆の言葉が、ブラックスミスの頭をよぎる。
『それ』・・・老婆は死神と言った。
（・・・これは、その死神ってヤツの仕業なのか・・・？）
考えても分かるようなことではないが、しかしブラックスミスは感じ取っていた。
この状況は、普通じゃない。
（だけどよ）
きつく拳を握りしめるブラックスミス。我慢はとうに限界を超えている。
今すぐにでも、犯人を見つけ出してぶち殺してやりたい。そんな考えで頭がいっぱいだった。
（逃げる？ ハッ！ んなことするかよ・・・！！）
必ず復讐してやる・・・・・
ギリギリと歯を鳴らぬブラックスミスを見て、ノービスは首をかしげていた。
＜＞＜＞
「信用できるの？ その人たちは」
「まぁ、金さえ払えばそれなりに働いてくれる連中だ。契約金さえしっかりやっとけば大丈夫だろ」
プロンテラの夜の大通り。
空は既に漆黒に染まり、子供はもう寝る時間。
ギルド『ずっと一緒。』の元ギルドマスターであるプリーストと、元ギルドメンバーの槍騎士が並んで歩いていた。
「それに、戦いが好きな奴らだからな。だから傭兵まがいなことやってるわけだけどよ」
槍騎士のその言葉に、プリーストは無言のままだった。
「とりあえず、だ。作戦決行は明日の夜。わざわざ起きてるときに行くこともねぇ。寝てるところを襲わせてもらうぜ」
「・・・・」
「正面からの入り口しかねぇから、そこから入って進軍。そこからは皆でまとまって行動し、敵は各個撃破だ」
「・・・そうだね。ヘタに戦力を分散しない方がいいよ」
どこか覇気のないプリーストに、槍騎士は心配になったようだ。
少し歩く歩調を早めてプリーストの前に出ると、振り返って言った。
「おいマスター、しっかりしろよ。今からそんな感じでどうするんだ」
「・・・僕はもう、マスターじゃないよ」
うっすらと笑みを浮かべるプリースト。
確かに今の彼は、既にマスターではない。
『ずっと一緒。』ギルドは既に解散済み。新しいマスターも決定したようで、今頃はこれからの活動についての議論をしているはずだ。
槍騎士は困ったように頭を掻き、うーん、と考えてから口を開いた。
「じゃあ、モトマス」
「・・・まんまだね」
「いいじゃねぇか。分かりやすくて」
にやりと笑う槍騎士を見て、困ったように苦笑するプリースト。
「フルス」
「あ？」
「僕のこと、フルスでいいよ」
そう言って小さく笑うフルス。槍騎士は分かったと頷き、そして話の続きを始めた。
「フルスよぉ、今更、何を迷うってんだ？」
「・・・僕が何に迷うって言うのさ」
「なぁに強がってんだよ。そんな元気のねぇ顔しやがって・・・・」
やれやれと肩をすくめた槍騎士は、目の前のフルスの頭を小突いた。
「やるんだろ？ 俺らは」
「・・・・うん」
「じゃあ迷うな。迷ってたら死ぬぜ？ 確かに俺たちのやろうとしてることは綺麗なことじゃねぇ。だけどよ・・・」
「・・・・・・・そうだね。今更綺麗事考えても、自分に言い訳繕っても・・・意味ないね」
フルスは踏ん切りがついたように顔を上げた。
その瞳には、決意した意志があった。簡単には揺るがない、堅い決意の篭もった瞳。
「殺しに行こう」
「あぁ、皆殺しにな」
全ては、明日の夜。
＜＞＜＞
ただ、ひたすら憎かった。
これほどまでに他人を憎んだ事はない。それは、殺したいと思うほどの憎しみ。
殺したいというのはたとえの表現ではない。
今本当にその対象が目の前にいるならば、何の躊躇いもなく殺すだろうぐらいの、憎しみだ。
しかし分かっていた。今の自分にはその力はない。
確かに一人や二人・・・やりようによってはもう少し殺せそうだが、しかし相手は組織だ。
一人で突っ込んでいったところで、あっという間に包囲されて、まるで虫けらのように死んでいくのは明白である。
別に、死んだっていいと思った。
だけど、無駄死にはしたくなかった。
あの子の命を奪った連中を、道連れに・・・
・・・だが、力がない。
自分の力などたかが知れている。命を懸ければどうにかなるなんて、そんな自惚れも持っていない。
そんな事を考えていたとき、彼女は出会った。
死神と。
＜＞＜＞
フルスは、槍騎士と共にとあるギルドが所有する砦付近に潜んでいた。
彼らの後ろには、獰猛な目を持つ傭兵が十数人。自分の出番はまだかと待ちかまえている。
「・・・良い夜だぜ。酒でも飲みてぇ気分だ」
そう言って笑う槍騎士。フルスも同意するように頷いた。
空には半分欠けた月が昇っている。その月明かりのお陰で、火がなくても多少先までなら見通すことができた。
「作戦は前に言った通りに・・・・・・皆さん、よろしくお願いするよ」
「任せておけ。もらった報酬分は働こう」
傭兵たちのリーダーが、フルスに応える。戦い慣れしたその様子は、この状況でかなり頼りに見えた。
「じゃあ・・・・・行くよ・・・！」
ダッ、と走り出すフルス。少し遅れて槍騎士、そして傭兵たちと続いた。
走りつつ、フルスは全員に速度増加とブレッシングの奇跡を使う。移動力増加と戦闘能力向上の奇跡だ。
これで戦いがずいぶんと楽になることは間違いない。
砦前の全力疾走。下手をすれば、この時点で見張りから見つかってしまうだろう。
そうなったら内部での行動が厄介になる。できるなら気づかれないままで砦内に侵入したい。
（イリス・・・・・僕は・・・・・！）
フルスは彼女の顔を思い出した。
いつも控えめで、自分のことより他人のことで、人を傷つけることが嫌いで・・・
損してばっかりだったような彼女。
でもフルスは、そんな彼女が・・・・そんな彼女だからこそ、好きだった。
フルスと、イリスと、そしてハンターの三人で、ずっと一緒に居れると思って疑わなかった。
だがそれは、呆気なく、あっという間に壊された。
（・・・許さない！）
怒りが膨らんでいく。
イリスを殺した連中が、今目の前の砦で眠っている。普通に眠っている。
それすらも許せない。
何でイリスが死なないといけなかったのか。
彼女が何をしたわけでもない。彼女が死ななければならない理由など、どこにもない。
でも彼女は死んだ。殺されたのだ。
フルスは、叫びたくなる気持ちを必死に抑えた。
まっすぐ前を見て、突き進む。
（殺してやる）
確かな殺意が、そこにあった。
＜＞＜＞
「マッ・・・・マスターッ！！」
部屋に飛び込んで来るなり、いきなりそう叫ぶ商人。
このギルドの会計を全て任されている、戦闘は苦手であるが商売には強い少女だ。
「・・・なんだ。こんな遅くに騒々しいぞ・・・」
マスタールームのベットに横になっていた彼は、ゆっくりを体を起こしながら言う。
「はぁ・・・これでしょうもない理由だったら、お前の給料格下げな？」
「うぐっ・・・！ 今まで以上に減らされたら私はちょっと困るですよ！」
「そうかぁ？ お前だったら、10,000zもあれば一ヶ月で十数倍まで増やすことできそうだけどな」
「そりゃ・・・頑張ればできるかもしれないですけど・・・・・・ってそんなこと言ってる場合じゃないです！！」
よほど切羽詰まっているのだろう。商人はベットの横にまで駆け寄ると、まくし立てるように言う。
「何者かによる襲撃です！ この砦は今、どこかの部隊に襲撃を受けてます！！」
「はぁ・・・襲撃・・・・」
そこまで言って、彼は飛び上がるぐらいの勢いで驚いた。
「な・・・？！ 襲撃だと！！？」
「はい！ 一階はほぼ制圧されたみたいです！敵は二階にも侵入してきてます！」
「馬鹿な！ 今はGv時間じゃないんだぞ！ 死んだら・・・本当に死ぬんだぞ！？」
「そんなこと分かってます！ とにかくマスター、今すぐ起きて全軍に指示を！ 皆貴方の言葉を待ってるんです！！」
商人の言葉を受けて、思い出したように彼はギルドウィンドウを表示させる。
そして意識を集中し、ギルドチャットシステムを起動させた。
―どうなってる？ 状況を伝えてくれ―
―・・・こちら三階、エンペリウムルーム前、こちらは異常ないです―
―一階です・・・・・やられました。生き残ってるのは自分を含む数人だけです。
今は二階の階段付近で、敵と交戦中です―
―二階・・・今から一階組の救援に向かう。もうちょっとだけでいい、持ちこたえてくれ―
―相手はかなりの手練れのようです・・・！ くっ・・・強い・・・・！―
―よし、三階組は二階へ降り、皆と合流してくれ。敵の目的はエンペリウムじゃないはずだ。そこはほっといてもいい。
二階と一階組はその場で敵を抑えててくれ。でも危なくなったらすぐ逃げていい。俺もすぐそっちへ向かう―
そう思念を飛ばして、いったん切る彼。
―いいか。今はGv時間じゃない。死んだら、本当に死ぬ。
だから、死ぬなみんな。生きろ。死んだら終わりだぞ・・・！―
彼は手早く鎧を身につけ、そしてベットの横に立てかけてあった巨大な剣を手に持つ。
そして先程から心配そうに彼を見つめていた商人に近づくと、頭を撫でながら言った。
「お前はここに残れ」
「で、でも・・・・！」
「どこかに隠れていろ。いいな・・・・お前は、絶対死ぬな」
そう言って、彼は笑った。自分は大丈夫だと言うように。
「・・・また後でな」
走り出す彼。
商人はそんな彼の背中に、ありったけの声で呼び掛けた。
「絶対！ 絶対ですから！！ 約束ですよ！ 破ったら許しませんよ！！」
部屋から飛び出した彼が、廊下を走っていく音が聞こえてくる。
商人はその場に座り込み、力無く呟いた。
「ぜったい・・・・ですよ・・・？」
＜＞＜＞
「ほぉ・・・なかなか統率の取れた動きするじゃねぇか」
一階から二階へと通じる階段に防衛戦を張った敵ギルドの動きを見て、槍騎士がにやりと笑った。
今彼らは、一階の階段下で足止めを受けていた。上に登ろうとするものなら、上から矢と魔法の嵐が降ってくる。
とてもじゃないが強引に突破できるような状況ではない。
しかし、いつまでもここで立ち止まってるわけにはいかなかった。
別に制限時間があるというわけでもないが、長引けば長引くほど奇襲したこちらが不利になる。
「ロードオブヴァーミリオンを。相手に当てなくてもいいから、目眩ましをお願いするよ」
「分かった」
フルスの声に応えるように、傭兵のウィザードが詠唱を開始する。
彼の意図を汲み取った槍騎士が、自分の槍を持ち直して上の階を睨み付けた。
「ロードオブヴァーミリオンの効果が終わる直前ぐらいに、前衛は突っ込むぞ。俺に続け」
頷く傭兵たち。
そして、ウィザードのロードオブヴァーミリオンの詠唱が完了する。
「ロードオブヴァーミリオン！」
具現化された炎が揺らぎ、そして、墜ちた。
ドゥウウウウウウウウウウンッ！
目映い先行と爆音が、ギルドの砦を支配する。
そのタイミングで、槍騎士は走り出した。その後ろに傭兵の前衛たちが続く。
「くっ！ 怯むな！ こちらは効果範囲外だ！」
上の階から敵であろう男の声がする。恐らくは、この防衛部隊のコマンダーであろう。
槍騎士はその男を真っ先に狙った。
ロードオブヴァーミリオンの光の中を突き抜けて、二階へと躍り出る槍騎士。
先程指示を出していた声の方を見ると、そこには一人のクルセイダーの姿があった。
突然現れた槍騎士に驚きを隠せない防衛部隊だが、そこはやはりGvギルドである。
さして取り乱すこともなく、それぞれがそれぞれの役目を開始した。
敵の前衛である騎士やアサシンが、動きを止めるために飛び出してくる。
後ろではウィザードが大魔法の詠唱を始め、その近くではハンターがこちらを狙っていた。
槍騎士からクルセイダーまでの距離は、歩数にしておよそ10歩。普通の武器でなら攻撃は届くはずもない距離。
しかし槍騎士は笑みを浮かべると、槍を構えた。
その槍の切っ先に、膨大な量の魔力が収縮していく・・・
「まとめて殺してやるよ」
「させるか！」
カタールで斬りかかってきたアサシン。
しかしその刃が槍騎士に届く前に、アサシンはその体を吹っ飛ばされていた。
その一歩手前で槍騎士の技が完成したのだ。
「ブランディッシュスピア！」
ヴィィンッ！
魔力の奔流が、突き出された槍から発せされた。
それの魔力に触れた者は体中を切り裂かれ、衝撃で後ろに吹っ飛ばれる。
「ぐぅ・・・ぐああああっ！」
槍騎士と十分距離があったはずのクルセイダーも、その魔力の激突を受けて血をまき散らしながら吹っ飛んだ。
槍騎士が誇る強力なスキル、それがブランディッシュスピア。
自分の前方一定範囲を、魔力の衝撃を走らせて破壊する高い威力を誇る技だ。
そのあまりの威力に、場が一瞬騒然とする。
槍騎士の前に立っていた6人ほどの人間が、一瞬で戦闘不能まで陥ったのだ。無理もない。
そして、その隙は絶望的な隙であった。
槍騎士と一緒に飛び込んできた傭兵たちが、それぞれの武器を振るい相手を仕留めていく。
その動きは常に流れており、いっさいの停止がない。まさに洗練された動きと言おうか。
一人の相手をしている間にも、周りの状況確認、次に受けるだろう攻撃、そして次の標的を誰にするか。
頭の中でそれを即座に判断し、それを躊躇無く実行しているのだ。
人の悲鳴があちこちから聞こえてくる。そしてその声を上げた者が、再び立ち上がることはない。
「な・・・なんなんだよ！ こいつらはぁぁー！！」
「復讐者、だ」
剣を持ってやけくそ気味に突っ込んできた男の顔に、槍騎士の槍が突き刺さった。
声を上げることも叶わず、男は絶命する。
槍を引き抜いた槍騎士は、それを払って血を飛ばす。
その時、この階段付近で生き残っているのは、彼らの他に存在しなくなっていた。
「・・・大丈夫？」
フルスがむせかえるような血の臭いに耐えながら、二階へと上がってくる。
それに槍騎士が手を振って応えると、廊下の奥・・・三階へ続く道を親指で示した。
「行くぞ」
「・・・・うん・・！」
目標はまだ先にある。ここで立ち止まっていてはいけない。
（考えちゃだめだ。今だけは・・・目の前の敵を、憎いこいつらを・・・倒すことだけを・・・・！）
足下に転がる死体の山から目を逸らしながら、フルスは槍騎士たちの後ろに続いて廊下を走る。
＜＞＜＞
―・・・おい！ 返事をしろ！ セルシム！ アクレント！ ノスタル！―
彼の声がギルドチャットで響くが、それに対しての返答は無かった。
嫌な予感が彼の脳裏を駆け抜ける。
―マスター、無駄だ。どうやらセルシムたちは全滅したらしい。三階の階段付近に防衛ラインを張る―
―・・・っちくしょおぉ！！―
彼は二階から三階へと続く階段で足を止め、エンペリウムルームの警備をしていた仲間たちと合流した。
皆、何が起こっているのかよく分かっていないのだろう。困惑し、どこか怯えるような顔をしている。
しかし、その後ろには・・・瞳の奥には、理不尽に仲間を殺された怒りが燃え上がっていた。
「マスター・・・」
「何で！ 何であいつらが・・・・死ななきゃいけないんだよ！」
「落ち着け！ マスター！」
「これが落ち着いていられるか！ 死んだんだぞ！！ 人が死んだんだ！ 仲間が死んだんだ！」
怒りで体が震えるのが分かった。まともに思考が働かない。
ただ憎い。襲撃者たちが憎い。
「殺してやる・・・・・・・・・・・・・！」
「マスター！！」
パァン！ と乾いた音が響いた。
駆けつけた者の一人、セージの少女から彼が平手打ちを受けたのだ。
「マスターのそんな姿、見たくありません！ 死んでいった人たちもそうです！
そんなマスターに、私たちはついてきたわけじゃありません！！」
「・・・・・・お前・・・・・」
「確かに私だって、悔しい！ 憎いです！ でもその感情に流されちゃだめです！
今は、この場を切り抜けることを考えましょう。殺すとか、そういう風に考えたら・・・だめです・・・・・」
最後の方は涙声になり、なんとか聞き取れるぐらいの声量になっていた。
彼は打ちのめされる。
（そうだ。俺はギルドマスター・・・その俺が、真っ先に感情を爆発させてどうする・・・！）
彼は目の前で俯き、泣くのを必死に堪えているセージの体を優しく抱きしめた。
「悪い、俺がどうかしてた・・・・・・この場を、切り抜けるぞ。力を貸してくれ、みんな」
彼の言葉に、その場にいた全員が力強く頷く。
腕の中にいたセージも、こくりと頷く。
その時、廊下の向こう側から、接近してくる集団があった。
間違いない、今回の襲撃者たちだろう。
「生き残ることを考えよう。無駄死にだけは許さない」
そうして彼は、自らの剣を抜刀した。
＜＞＜＞
「・・・来る！」
槍騎士がそう叫んだ瞬間、銀色の突風が吹いたように思われた。
そして赤い血を噴き出させながら、槍騎士より少し前を走っていた傭兵の一人が倒れる。
「なっ・・・！？」
あまりの速度に驚きの声を上げる傭兵たち。
槍騎士は即座に反応し、ものすごい速度で突っ込んできた一人の騎士に槍を振るう。
突き出された槍は、しかし剣によって外側に弾かれ男に当たることはない。
男は即座にバックステップして、一度槍騎士たちとの距離を取った。
その足下で、セージによるランドプロテクターが起動する。これで大魔法、及び地面に影響を与える技の使用ができなくなった。
「・・・お前ら・・・・・何の目的でこんなことをする？」
彼が口を開いた。
その声は感情を無理矢理押し殺しているようで、無理をしているのがすぐ分かる。
「何の目的、だぁ？ おいおい、それはないんじゃないかぁ？」
どこかふざけた調子で、槍騎士が答えた。
「お前らのギルドが俺たちにした行為・・・とてもじゃないが許されることじゃねぇ」
「・・・？ 一体なんのことだ？」
「しらばっくれんなよ！ ・・・もういい、話すだけ無駄だ！」
槍を構え、体中の魔力を集める槍騎士。
すぐにでも爆発的な加速で、剣を持つ男に接近できるように。
「イリスの仇・・・取らせてもらいに、来ました」
その少し後ろで、フルスが言った。
燃えるような怒りの相貌を、まっすぐと向けながら。
「だから、死んでもらいます」
フルスがそう言うと同時に、槍騎士や他の傭兵たちが動いた。
彼を消し去ろうと、槍騎士たちは加速する。
「待て・・・！ 俺には何のことだかさっぱり・・・！！」
「分からない、ってのも罪だぜ！ 死ねよ！！」
しかし槍騎士の槍が彼に届く前に、収束された稲妻が廊下の奥から突っ込んできた。
咄嗟に避けることができず、槍騎士が直撃を受けて後ろに吹っ飛ぶ。
「ぐぐぐぐぐ・・・・！！」
しばらく槍騎士の体にまとわりつくようにしてダメージを与えていた稲妻は、時間経過と共に消滅した。
そこにフルスのヒールが飛んでくる。これで肉体的ダメージはだいぶ回復した。
「・・・ヤロウ、やってくれるじゃねぇか！」
見てみると、雇っていた傭兵の二人が地面に倒れ込んでいた。
どうやら先程突っ込んできた騎士にやられたらしい。
なかなかに腕が立つようである。
「おいフルス、この騎士は俺が相手をする・・・お前らは先に奥の奴らを片づけてこい」
「・・・え？ でも・・・」
「いいから行け。こいつとの戦いは・・・横からちょっかい出されると辛い」
いつになく余裕がないように語る槍騎士。
フルスはその様子を見て、言うとおりにした方がいいだろうと判断した。
「みんな、進むよ！」
そう声を上げて自ら先陣を切るフルス。その後ろには指示に従った傭兵たちが続いていく。
「行かせるかよっ！」
「おおっと！ まぁそう言わねぇでよ！」
ギィィン！
金属が打ち合わされる音がする。槍騎士の槍と相手の騎士の剣がぶつかり合ったのだ。
「行け！」
「う・・・うん！」
フルスたちは彼らの横をすり抜け、廊下の奥へと走って行った。
＜＞＜＞
・・・・・・
廊下の奥では、人と人が戦う音が聞こえてくる。
叫び声、悲鳴、金属が重なる音、肉が斬られる音、血が噴き出す音。
それに対して、こちらは静かなものだった。
槍を構えた槍騎士。
剣を構えた騎士。
お互いがお互いを睨み付け、隙を見つけようと様子を伺っていた。
まさに静の戦いだ。
このような場合、先に動いた方が負けるとよく聞くが、実際はそうではない。
隙を見いだした者が勝ち、隙を作ってしまった者が負ける。どちらが先に動こうが関係ない。
そんなシンプルな、戦いだ。
このまま放っておけば睨み合いが永遠に続くような、そんな感じさえしてくる。
それほど二人に動きは無く、まるでそこだけ時間が止まってしまったかのようだった。
・・・・・
・・・・・
・・・・・
「・・・ふ」
不意に、槍騎士が笑った。
この場で笑う意味が分からず、騎士は訝しげな表情を浮かべる。
「・・・これから死ぬお前に、良いことを教えてやろう」
「良いこと、だと？」
「あぁ。良いことだ」
槍の構えを解かぬまま、槍騎士は語り出す。
「俺たちが、お前らを襲撃した理由だがな」
「・・・・・・」
皆目検討もついていなかった騎士は、槍騎士の続く言葉を待った。
「正直言うと、深い意味はない」
「・・・・なんだって？」
「どこのギルドだって良かったんだ。ただそこそこ有名であれば、それだけで条件に見合っているからな」
「・・・・・どこだって、良かった？」
「あぁ。たまたま、お前達のギルドが標的になった。ただ、それだけだ」
そう言って、槍騎士は笑みを浮かべる。
壮絶な笑みだった。どこまでもどこまでも歪んでいる、笑みであった。
「安心しろよ、ちゃんと一人残らず、綺麗に殺してやる。あの世で楽しくやってくれ」
「貴様・・・・ッ！ 貴様の目的は・・・・・！！」
「『俺たち』が王者になることだ。揺るぎない、完璧な王者に、な」
騎士は怒りで頭が支配されそうになった。
どこでも良かった、と槍騎士は言う。
そうだとしたら、今まで死んだ者たちは・・・・その「どこでも良かった」襲撃で、なんとなく殺されたということだ。
理由があれば許せるわけではない。だが、こんな理由で殺されるのは、あまりにあんまりではないか。
「貴様ぁ・・・・！！」
「・・・くく、お前も、まだまだ甘ぇぜ？」
ザシュッ！
その瞬間、槍騎士の槍が、騎士の心臓を貫き通していた。
怒りで心が支配されていた騎士は、反応が鈍っていたのだ。
まともに行動することもできず、ただ致命傷の一撃を受けて、彼は地面に倒れこんだ。
「ごふっ・・・」
血を吐き出す。心臓を貫かれたのだ。もはやどんな奇跡を用いても、彼は助かるまい。
「ふ・・・・・くくく・・・」
押し殺した声で笑う槍騎士。
騎士は自分の無力さを感じながら、どうすることもできない自分を呪った。
―・・・すまない、みん・・・な・・・・・・・―
最後の力で、ギルドチャットシステムを起動させる。
―ど・・う・・・・か・・・生き・・・・・・・・ろ・・・・・―
ブツン。
それが彼の、最期の言葉であった。
＜＞＜＞
「マスタァァァアアアーーーッ！！！」
戦いを繰り広げていた相手が、突然そう叫んだ。
目には涙が浮かび、頬を伝わって流れていく。
（・・・そうか。さっきのあの騎士が、きっとこのギルドの・・・）
そして、たぶん槍騎士が勝った。
フルスは槍騎士が死ななかったことを安堵すると同時に、目の前で泣いている者を見ていると心が痛くなった。
（きっと・・・僕も・・・・・・）
ふと、疑問に思う。自分は一体何をやってるんだろうと。
大事な人を殺されたから、殺し返しに来た。そう、簡単に言うとそうだ。
だがフルスは、こんな泣き叫ぶ人の姿を見たかったわけではない。見たかったわけではないはず。
あれほど膨れあがっていた、イリスの仇に対しての殺意が急激に薄れていくのを感じた。
殺意が薄れると同時に、自分がやっていることの恐ろしさに体が震え出す。
「貴様らぁぁぁー！！」
泣きながらも瞳には絶対的な殺意を持って、ローグが斬りかかってくる。
しかし怒りに身を任せたその攻撃は隙だらけと言っても良い。傭兵の一人が一撃目を軽く受け流し、続けて放った剣で首を飛ばす。
ごとり、と首が床に転がった。
・・・なんて簡単に、人は命を失うんだろうか。
もはや動くことができなくなってしまったフルスは、目の前で行われている命をやりとりを呆然と眺めるだけであった。
「マスター・・・・・・マスターを・・・・・・」
そんなフルスに近づいてくるのは、一人のセージの少女。
手にはナイフを持っている・・・普段は使わないのか、ぎこちない手つきでそれを構えていた。
ナイフの切っ先が震えている。怒りのためか、恐怖のためか・・・・フルスには、よくわからない。
「マスターを返して・・・・・・返してよ！」
（・・・・・・なんて、ことだ・・・・・僕は・・・同じことを・・・・・・・・・・）
セージの少女は泣いていた。その涙を拭おうともせず、ただじっと、フルスを睨み付けていた。
フルスの全身の力が抜ける。取り返しがつかないことをしてしまった事実に、もう立っていることすらできなかった。
セージの少女は、ナイフを振りかざしてフルスへ斬りかかってくる。
フルスはその光景をどこか他人事のように見つめ、そして受け入れた。
その時。
フルスの後ろから放たれた槍が、目の前まで迫ってきていたセージの体を貫いた。
苦痛に顔を歪ませるセージだが、それでもナイフを振るおうとする腕は動き続ける。
「返・・・して・・・・・よ・・・・・・・ねぇ・・・・・・・・・・？」
しかしその刃は決して届くことなく、ぐたりとセージの体から力が抜ける。
後ろから歩み寄ってきた槍騎士は、そのセージの体を蹴り飛ばして槍から引き抜いた。
セージは廊下を転がり、そして動かなくなる。もう二度と、動くことはないだろう。
「なんだ、ぼーっとしやがって」
呆れたように言う槍騎士。
周りを見てみると、もう全ての敵が床に倒れて動かぬ屍と化していた。
全滅させたのである。この砦内にいる、全員の人間を。
「案外楽だったな。強かったのはさっきの騎士ぐらいか」
槍騎士はそう言って、ゆっくりと槍を向けた。
そう。
膝をついてガタガタと震えだしている、フルスに向けて、である。
「・・・おい」
「・・・・・・・・・」
「・・・おい！」
「・・・・・・あ・・・・・」
ここでようやく、フルスは自分に向けて槍騎士が話しかけていることに気づいた。
怯えたように顔を上げて・・・そして、自分の目の前にある槍の切っ先に困惑する。
「・・・・え・・・？」
「本日最後の仕事、やらせてもらうぜ？」
ヴン、と槍は風を斬った。
風と同時に、フルスの体も斬り裂かれた。
右肩から左の脇腹まで、斜め一線を斬られる。灼熱のような痛みが彼を襲い、悲鳴を上げることすら忘れさせた。
「・・・な・・・・・・にを・・・？」
「まぁ、こういうことだったのさ。最初からな」
「・・・・・・ど・・ういう・・・？」
「お前、やっぱり馬鹿だ」
やれやれと肩をすくめる槍騎士は、もう一度、今度は左肩から右脇腹までを槍で斬る。
傷は決して浅くない。放っておけば死ぬぐらいの深い傷。
しかしフルスは、自分にヒールをかけることすら忘れていた。
「ここのギルドは、お前らの大事な・・・イリスだっけ？ そいつを殺したギルドじゃねぇよ」
「・・・なっ・・・・・・！？」
「最近力を付けてきて、ちょっとばかり危険視されていたギルドさ。どうせだし危なくなる前に消しとこうと思ってな」
このギルドがイリスを殺した、仇だ。
そう情報を持ってきたのは他でもない、槍騎士であった。
「なんで・・・そんなこと・・・・を・・・・！？」
「なんでって、そりゃあ自分たちの脅威になるような奴らはこうやって潰した方がいいだろ？
Gv時間に何度殺したって、それは一時的なものに過ぎねぇからな。
だったら根本から殺しちまえば、もう二度と、こいつらが俺たちの前に立ちふさがることもねぇ」
「き・・・きみは・・・・・・・」
「・・・まだ分かんねぇかな」
そう言って、彼は歪んだ笑みを浮かべた。
「俺たちだよ。イリスってヤツを殺したのは」
「・・・・！！！」
「ついでに、俺はお前らのギルドの様子を調べるように言われてた・・・言わばスパイってところだな。
まったく、お前らのギルドはやりやすかったぜぇ？ ちょっと仲間になった振りをすれば、すぐ信用しやがる」
「そ・・・んな・・・・・・・・・」
自分が今やったこと。それは全くの無駄で・・・・・そして、許し難いことだった。
しかもそれは、自分がもっとも憎いと思っていたギルドから操られて、である。
「この惨事の原因・・・首謀者はお前だ。
そしてお前は、元とは言えあの有名ギルド『ずっと一緒。』のギルドマスター・・・さて、国はどう動くかな？」
「！！」
迷惑がかかる。
元ギルドマスターがこんな大量殺人をしでかしたのだ。
『ずっと一緒。』に所属していた彼らが、何かしらの制約や罰則が科せられる可能性だってある。
「あ・・・・ああ・・・・・・」
「馬鹿だな。とっとと死ぬべきだ。お前は」
そうして槍騎士は、近くに転がっていた・・・セージの少女の死体の付近にあったナイフを取り上げる。
そしてそれを、フルスの胸元に突き立てた。
「ぐぅぅっ・・・！」
「別にヒールしたかったらしてもいいんだぜ？ まぁ、そんなことしても死ぬまで刺し続けるだけだがな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
フルスはもはや、抵抗する気力もなくなっていた。
力無く床に倒れて、小さく息をする。
・・・その息も、いずれは途切れるのだろう。
「弱ぇな・・・・・・何もかも、弱ぇ・・・・・・」
槍騎士はつまらなそうに言うと、傭兵達に向かって言う。
「行くぞ。ここでの仕事は終わりだ」
「はい」
リーダーの男が頭を下げると、槍騎士の後に続いて歩き出した。
＜＞＜＞
「あはは・・・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・」
仰向けになり、黒く染まった天井を見つめる。
「なんだ・・・・最後に、こんな・・・・・・・幻を、見せる・・・なんて・・・・・・・・・」
フルスの目の前には、見慣れた・・・ずっと一緒にいた、ハンターの姿があった。
ハンターは寂しげな表情を浮かべつつ、ゆっくりとフルスに顔を近づける。
「まったく・・・ばか、なんだから」
「・・・いやはや・・・今回ばっかり・・・は・・・・言い訳・・・しようがない・・・・よ・・・」
「死ぬの？」
「・・・・・・うん」
ハンターは、フルスの唇を自分の唇でふさいだ。
お互い、初めてのキス。
触れるだけのキスであったが、それでも二人には、大きな意味のあるキスであった。
「・・・ありが・・・とう」
涙を浮かべつつ、礼の言葉を言うフルス。
「キミと・・・・イリスと・・・・・・・出会えて・・・・・・・・・僕は幸せだった・・・」
「・・・うん」
「どうか・・・・・どう・・・か・・・・・キミだけ、は・・・・幸せ・・・・に・・・・・・
それ・・・が・・・・・僕と・・・・・・イリ・・・スの・・・願いな・・・・・は・・・・・ず・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
フルスはそうして息絶えた。
自らにヒールをすることもなく、生きることを放棄しての死であった。
「・・・・ばか」
ハンターはそう言うと、その場から消えた。
そう。文字通り、消えたのである。
＜＞＜＞
砦内で起こった大量殺人事件は、すぐさまプロンテラ中に広がった。
最近力を付けてきていたGvギルドの全員が、
『ずっと一緒。』のギルドマスターと、それの率いる傭兵たちによって皆殺しになったという内容だ。
最近の治安の悪化や、Gvギルド間で横行している殺人事件・・・そして今回の大量殺人。
事態を重く見た王国政府は、『ずっと一緒。』のギルド員だった者全員を国外追放することに決定する。
ただ一人だけ生き残った被害ギルドのギルド員である商人はかなりのショック状態なようで、
今はプロンテラ大聖堂で療養していた。
＜＞＜＞
ギルドマスタールーム。
そこでブラックスミスは、槍騎士の報告を受けていた。
「・・・とまぁそんなわけで、『ずっと一緒。』ギルドの奴らはお終いだな」
「そうか。良くやった」
頷くブラックスミス。
「ご苦労だったな。しばらく休みを取っていいぞ」
「休みだぁ？ 休みなんて取っちまったら、体が鈍ってしょうがないじゃねぇか」
「適度な休みってのは必要なもんだぞ？」
「んなことより、例のあれ・・・俺らの仲間が殺された件のヤツ、解決してねぇんだろ？」
槍騎士のその言葉に、ブラックスミスが苦虫を噛んだような表情を浮かべる。
「・・・調べるつもりか？」
「あぁ、このまま舐められっぱなしってのも腹立つしな。ぶち殺してきてやるよ」
「・・・・・・・」
――出会っちゃいけないよ。『それ』と出会ったら、あんたは・・・・・・あんたらは、終わりだ――
「・・・悪いことは言わねぇ。やめと・・・」
ズガアアアアアアアアッン！！
壮大な音と共に、凄まじい振動が伝わってくる。
あまりの振動に立っていることができず、槍騎士がよろめいた。
「な・・・なんだ！？」
わけが分からず狼狽える槍騎士を横目に、ブラックスミスはギルドチャットを起動させる。
―何だ？ 何があった？！―
―分かりません！ 俺も今現場に・・・・・・うわああああああ！！？―
ブツン。
―・・・！？ おい！ おい！！―
ドゴオオオオオオオオオオオンッ！！
二回目の振動。
それは先程より巨大で、そして近い爆音であった。
「何が・・・・・！！」
「・・・・どうして、あなたたちは・・・・生きてるの？」
凍り付くような声だった。
声のした方を見ると、そこには一人のハンター。
槍騎士はその顔を覚えている。『ずっと一緒。』ギルドの主戦力の一人だった、なかなかの腕前のハンター。
だが、その雰囲気は彼の知っているものとは全く違っていた。
「お前・・・なんで、ここに！」
その雰囲気に飲まれないよう、槍騎士は声を振り絞る。
そう、彼はハンターに怯えていた。何故かは分からない。それは本能的な恐怖に近かった。
「あの子は・・・・・・あの人は・・・・・・死んだのに」
「死神・・・・・・・なのか・・・・・・」
掠れた声で言うのはブラックスミス。ハンターの圧倒的な存在感は、今まで感じたことのないものだった。
頭が警鐘を鳴り響かせる。このままこの場にとどまっていたら、間違いなく死ぬ。
あの老婆の言っていたことは正しかった。これは・・・これは、やばい。
「ねぇ・・・？ なんで生きてるの・・・・・・？」
周囲の温度が急激に下がった。
これは寒気がしたとかそんなレベルではない。
何か強大な力が、ハンターを中心に渦巻いている。
「殺して、あげる・・・・・・・・・」
「舐めんなよ、ハンター風情が！！」
槍騎士が槍を手に、一気にハンターへと肉迫する。
だがそれより先に、ハンターは右手を掲げた。
「ストームガスト・ロードオブヴァーミリオン」
「な！！！？」
コォォォオオオドオオオオオオオッ！！！
驚くべきところはいくつもあった。
だがそれを驚いている暇もなく、槍騎士は両方の大魔法の直撃を受けて見るも無惨に飛び散った。
ストームガストは冷気、ロードオブヴァーミリオンは踊る炎。
その急激な気温の変化に、人間の体が耐えられるハズもない。
「呆気ない・・・よね？」
そう言って、ハンターは寂しげに微笑んだ。
槍騎士はその装備ごと、最早跡形もなく消し飛んでいる。
ブラックスミスは唖然としたまま、そんなハンターの姿を眺めていた。
「ねぇ！ 今の音何！？ 何が・・・・！！」
部屋に駆け込んできたのはノービス。
イリスに直接手を下した、あのノービスだ。
「・・・・・」
そのノービスを、じっと凝視するハンター。
言いようのない圧迫感を感じ、ノービスは言葉に詰まって動けなくなった。
「そう・・・・・キミが、あの子を殺したんだ・・・」
何気ない動作で、ハンターがノービスへ手を伸ばした。
そして手でノービスの額を掴み、力を込める。
「くっ・・・！ い・・・いやっ・・・・！！」
その腕から逃れようとするノービスだが、どうやってもその腕を払うことができなかった。
「同じ事・・・してあげる」
ハンターはノービスから一度腕を放して、そして壁へと突き飛ばす。
そして手をかざすと、何もない空間から小さなナイフが三本、歪みと共に飛び出してきた。
それはノービスの両手の平を貫いて壁へと打ち付け、そして最後の一本は胸へと突き刺さる。
「あぐっ・・・・あああああぅ！！」
激痛のあまり声を漏らすノービス。その姿を見て、ハンターは小さく笑った。
「あの子は、声なんて漏らさなかったみたいだけど・・・・・随分、弱いんだね」
そうしてハンターは、ブラックスミスを見た。
ブラックスミスは背筋が凍るような感覚を味わう。このままでは、自分は確実に殺される。
ふぅ、とハンターは息を吐く。
すると今まで張り詰めるような緊張感が漂っていた部屋から、不思議なことに重い空気が霧散していった。
「・・・えーっと、アンタがこのギルドのマスターだよね？」
「あ、あぁ・・・・」
先程の雰囲気とのギャップが、ブラックスミスを戸惑わせた。
今のハンターからは先程のような悪寒は全く感じない。やろうと思えば今、殺すことだってできるような気がする。
「初めまして。アンタたちを殺しに来たよ」
「・・・・・前に、街で俺たちの仲間を殺したのもお前か・・・・」
「ん、そう。私」
ブラックスミスは、今まで忘れていた怒りを思い出した。
自分のモノを奪われた憎しみ、それが彼の心を支配し始める。
（今なら、一撃で・・・・！）
「ねぇ？」
「・・・・・・あ？」
ハンターの言葉に少しだけ遅れて、ブラックスミスは応えた。
少し不満そうな顔をするハンターであるが、それは気にせずに話を進める。
「そんなにして、一番上になりたい？」
「は？」
「邪魔な奴らを片っ端から排除してさ。そんなことしてまで、最強になりたい？」
「誰でもだろ。誰だって一番強くなりたいって思うもんじゃねぇのか？」
「そう。強くなりたいって、誰でも思うだろうね。その程度は人それぞれだろうけど」
そこでハンターはいったん言葉を切った。
ふー、と息を吐き出して、鋭い目をブラックスミスへ向ける。
「アンタらは、強くなれば良かったんだ」
「俺たちは強くなった。現に俺たちは、今のGvギルドの中じゃ最強の座を・・・」
「それは、アンタらが強くなったんじゃない。他の強いギルドがいなくなっただけ」
目を細めるハンター。
「純粋に強くなってさ。他のギルドを寄せ付けないぐらいの強さを目指せば良かったんだ。
そうすれば、こんな事にはならなかった・・・・・そう思わない？」
「・・・・・・・それは理想論だ。人の強さには限界がある。俺たちは・・・」
「もうその限界まで来たって言うの？ ずいぶんと自惚れてるのね」
呆れたようにハンターは言うと、ブラックスミスへ背中を向けた。
「道を踏み外して、歪んで、それでもそれが正しいと思って、それしかないと思って・・・
人を殺しても何とも思わなくなって、それで、その先に何があるの？」
「最強の座」
「そんなもんのために、人生を捨てるのね」
ブラックスミスは、自分に背を向けているハンターを愚かだと思った。
いくらなんでも舐めすぎだ。
確かに先程のハンターの戦闘力はずば抜けて高かったが、
背後から不意打ちをして一撃で仕留めれば戦闘能力などあまり関係ない。
巨大な斧を振りかざす。
それを振り下ろせば、終わりだ。
「死―――――！！」
「・・・さようなら」
閃光と共に、マスタールームを中心にした大爆発が起こった。
＜＞＜＞
【力をやろうか】
・・・・
【お前が望む力。憎いと思う者を皆殺しにできる力。あるいは、大切な者を守れる力。
それを、私ならばお前に与えることができるぞ】
・・・何が狙いなの？
【・・・何？】
そんなオイシイ話、ころころ転がってるもんじゃないわ。
アンタには何か狙いがあるから、この私に近づいたんでしょ？
【・・・・・】
私、そんな馬鹿じゃないわ。
【・・・ふふ、じわじわとその体を乗っ取ろうと考えていたのだがな。
気が変わった。お前には全てを説明してやろう】
そりゃあご親切に。
【私の目的はお前の体だ。私には今、活動できる肉体がない。魂の器が欲しいのだ】
・・・それで、私？
【お前は今、絶望の淵にいるだろう。やりようによっては取り込むのは簡単だと思っていたのだが・・・
少々予定外だった。私の洞察力も衰えたのやも知れぬ】
・・・で？
【取引をしないか】
取引？
【お前は復讐したがっている。お前を絶望させた連中に。
そいつらを皆殺しにするまで、私の力をお前に貸そう。自由に使っていい。
・・・だが、その目的が果たされた後は、私にその体を譲ってもらう】
・・・・・
【私の力は強大だぞ。何百という人間を相手にしたところで、普通に戦えば負けはせんだろう。
・・・・どうだ、悪い取引ではあるまい？】
アンタは・・・私の体を使って、何をするつもりなの？
【それはお前には関係ない】
私の体をアンタに譲ったら・・・私はどうなるの？
【消滅はしない。私の意識の奥底で眠りにつくようなものだ。
だが、二度と目覚めることはない。そしてこの体が力尽きるとき、お前の心も一緒に死ぬだろう】
・・・・・・
【どうする？ 決めるのはお前だ】
断ったらどうするのよ？
【別にどうとも。魂の器の候補なら他にも多数居る。
お前が一番最適なのは間違いないが・・・特に大きな問題ではない】
・・・・・・分かったわ。
【それでは】
えぇ、契約しましょうか。
私は私の目的の為に、アンタはアンタの目的のために。
＜＞＜＞
「死が恨みを呼び、復讐を呼ぶ・・・・そして復讐がまた恨みを買い、新たな復讐が生まれる・・・・」
瓦礫の山の上で、ハンターがぼそりと呟いた。
「愚かなことだな」
ブラックスミスたちのギルドが占領していた砦は、今やもう瓦礫の山と化している。
その瓦礫の中心に立っていたハンターは、騒ぎを受けて近寄ってくる数人の王国警備兵に目を向けた。
「な・・・んだこれは！ おいそこのアンタ！ 何があったんだ！？」
瓦礫の山を目の目にして、王国警備兵は戸惑ったように声を上げた。
質問されたハンターは、にやり、と笑みを浮かべた。
「別に。ただ始まっただけだ」
そうして、王国警備兵の首に次々と矢が突き刺さる。
いつの間にか弓と矢を構えていたハンターが射たものだ。
「・・・ふむ。弓というのはなかなか、扱いが難しいな」
後に『化け物』と呼ばれ、王国中に恐れられる存在である。
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あとがき
えー・・・・・・長くなりました。
遅刻して申し訳ない。でも遅刻した分だけ、内容は詰め込めたと思います。
ちなみにですが・・・
今回出てきた『化け物』は、第二回のコンテストで書いた『雨の日の幻』の化け物と同一です。
ちょっとだけ化け物の設定を弄りました・・・が、気付いた人いるでしょうかね。