〜　別　〜

辺りは炎に包まれていた。
その炎の海の中に騎士風の男が横たわる。
年の頃は、二十歳前後だろうか。
身に着けている鎧は、所々凹みや傷がついている。
肌が露出している部分は焼けどのような後もみられ、
手に握られている長剣は途中から折れていた。

男が炎の熱気で意識を取り戻した。
体中がきしむ様に痛い。
動かそうとするが、思うように力が入らない。
「くっ・・・」
再び力を込め起き上がろうとするが、激痛と朦朧とした意識がそれを阻む。
頭と目だけを巡らすが、霞む視界には揺らめく炎の赤い灯だけが見え、
硫黄の異臭が鼻腔を刺激する。
（ここは・・・？、俺は何をして・・・。）
徐々に男の思考が戻ってくる。
（そうだ・・・。俺はあいつを追いかけて・・・。）
男はある人物を追っていた。
突然、何も言わず男の前から姿を消した、一人の女性を・・・。



共に旅をし、戦い、いつも男の傍らにいた。
男は彼女を探し求め、各地を彷徨う日々が続いた。
しかしある日、シュバルツバルド共和国の首都ジュノーでそれらしき人物を見かけたのである。
フードを目深に被ってはいたが、一瞬だけ横顔が見えたのだ。
人ごみを掻き分け、後を追うが、その人物は『速度増加』の魔法をかけているのか、移動スピードが速かった。
それでも、何とか見失わず後を追う。
その人物はジュノーを出て、南東方向へと向かい、ある洞窟の中へと消えて行った。
「ここは・・・」
ノーグロード。
冒険者たちの間では『火山』と呼ばれているダンジョンである。
煮えたぎる溶岩と、凶悪な魔物たちが巣くっている。
男は意を決し中に飛び込んだ。

中はさながら地獄だった。
足元の遥か下には紅く燃える溶岩が見え、その熱気と独特な異臭により、
立っているだけで体力を奪われそうである。
辺りを見回すが既にその人物の姿は無かった。
この中をただ闇雲にウロウロしても、凶暴な魔物たちに襲われるのがおちだ。
男は懐を探ると、何かの羽ようなものを取り出した。
「１、２、３、・・・。３枚か」
それは『ハエの羽』と呼ばれるもので、ランダムではあるが『テレポート』と同じ効果がある。
１枚を頭上の放り投げると、次の瞬間、別の場所へ現れた。
「いないか・・・。」
２枚目を放り投げる。
今度は魔物の目の前に出た。
「げっ！？」
とっさに最後の１枚を投げる。
また別の場所に飛ぶが、運良く魔物はいなかった。
「ふぅ・・・」溜息をつくと、辺りを見回す。
すると岩陰へと人影が消えていくのが一瞬見えた。
すぐさま後を追うが、魔物に出くわし行く手を阻まれる。



そして・・・。
途中、幾度となく魔物たちに襲われ、それらを斬り伏せながら辿り着いたのである。
しかし、ここに着く直前の記憶が定かではなかった。
満身創痍の中、魔物の群れに襲われたのだが、それをどうやって切り抜けたのか覚えていなかった。
（よく生きていたものだ・・・。）
我ながら悪運が強いと思う。

（・・・！）
不意に何かが近づく気配を感じた。
（魔物・・・？となると、運もここまでか・・・。）
動かない体ではどうすることも出来ない。
静かに目を閉じる。
不思議と恐怖はなかった。
ただ最後に彼女と再び会えなかったのは心残りではあるが、自分として精一杯やったと思っている。
その気配は近づいては来るものの、襲うような感じはなかった。
（・・・。）
「やっぱり、あなただったのね・・・、オーウェン・・・。」
（・・・えっ）
聞き覚えのある声だった。
オーウェンは恐る恐る目を開けると、そこにはオーウェンが探し求め、最も愛した女性がいた。
体全体を覆うローブを身に纏い、長いシルバーブロンドの髪を炎で赤く染め、
蒼いマリンブルーのような瞳には愁いを帯び、その眼差しは彼に向けられていた。
オーウェンは問いかけたかった。
叫びたかった。
抱きしめたかった。
動くことも、喋ることもままならず、ただもどかしさで一杯だった。

オーウェンは力の限り震える手を彼女の方に伸ばしていく。
それを見て彼女はオーウェンの手を取り、自らの頬に当てる。
暖かかった。
オーウェンの温もりが愛が彼女の心に伝わってくる。
「ごめんなさい・・・、オーウェン・・・。ごめんなさい・・・。」
ただ彼女は謝るばかりだった。
いつまでも、こうしていたかった。
彼女の葛藤を映したかのように、炎が揺らめいていた。

「ごめんなさい。もう時間がないの・・・。」
オーウェンは聞きたかった。
なぜ姿を消したのか。時間がないとは？
だが、彼女は何も語ろうとはしない。
「愛してるわ・・・。」
そう言うと、自分の唇をオーウェンの唇に重ねる。

オーウェンは、この最愛の女性が何者かはもうどうでも良かった。
ただ、一緒にいてほしいかった。

そして、彼女はすっと立ち上がり、オーウェンの手から離れていく。
（行かないでほしい・・・！）
彼の手は、心の叫びと共に虚空を掴む。

彼女はオーウェンを中心に呪文を唱えはじめる。
（これは・・・）
呪文が完成し、力ある言葉を発する。
「ワープポータル！」
光の渦がオーウェンを包み込む。
（！！）
オーウェンは声にならない叫びを上げ、届くはずも無い手を目一杯伸ばす。

光に包まれて行くオーウェンを見つめ、ポツリと呟く。
「さようなら・・・。」

彼女の瞳には優しさと悲しみが入り混じり、オーウェンの脳裏に焼きつく。
眩い光と薄れ行く意識の中で、オーウェンは愛する女性の名を叫んでいた。



「エアリス・・・！」





〜　ＥＮＤ　〜