朴訥
貴女は死にました……。
多分腕の中で、眠る様に。
鏡色栗や白刃が目鼻、耳を削ぎ落とし、霞萌える月夜光が丸で大伽藍の中心から憐憫の情を含んだ微笑で私達を眺めていました。
赤い筈の血は、重い小石に成ってしまい、狭すぎた管の中で息絶え、あの……ピエタに見える基督の様な貴女はゆっくりと眠っているのでしょう。
アア、そういえばもう夜が来てしまったのですか……。
ただ、自分勝手な話ではあると思われますが……、出来れば私が眠るまで、起きていてはくれませんか？
私の瞼が蛙の表面に覆い被さり、頭が砂粒となり、地面に溶け込むまで、私に話を聞かせてはくれませんか？
声は……地面を抉り喉元に突きつけられる風によって、遮られてしまいます。
石の様な貴女、泥土の様な、死体の様な、人形の様な、海水の様な。
アア、貴女は知っていますか。
砂漠でもこんな風に地面が渦を巻いて抉り取られ、奇妙な笑い声をアゲナガラ見下す月を霞ませる塵……。
でも、唯一つ違う、そう……霞の様な景色の中で、花が一輪咲いているんですよ。
青い花がね……咲いているんです、周りを現実に魅せる様な……そんな花なんですよ。
貴女、貴女、貴女、名前は……。
名前は……。
粉雪が口に、耳に、瞼の上に降りかかり、活きた儘の貴女……。
私は独り言を続け、貴女はただ聞くばかり。
……一人は寂しいんですよ、震える指先から零れ落ちる白粉を、貴女に掛けまいと、皮膚が裂け、そこから滲み出る赤蝋燭液を貴女に掛けまいと。
私はまだ一人、眠れないんですよ。きっと幼い頃から母の言い伝えを守らずに猫の様に暗闇の中を探し回っていたからなんでしょうね。
ほら、あの静寂の中で、床の軋み……木々が触れ合って小声で私の事を哂うんです。
ハハ……ハナシが逸れました、唯私は寝付が悪いと言うだけなのに……。
いや、だから、単に其れだけの話なんですが、ねぇ……分かるでしょう。
だから、貴女お願いします。私が眠るまで何か、何か話を聞かせてくれませんか？
心躍る様な、心臓を引き千切られる様な、小さいときは何時も父が私に話を聞かせてくれたんですよ。
ええ、そうですよ、優しい人で……何時も紅色の光を遮りながら、黒い山が私に話しかけてくれるんです。
太陽をね……いや、ただの灯りなんですけれど、幼い私には太陽を遮る山に見えたんですよ、父がです。
いつも、破天荒な話で、そう続きが気になるんですよ、夜は醒めない夢を、朝は焦がれる夢をいつも願っていました。
……すみません、どうにも私の癖なので、そんな嫌な顔をしないでください。
あ、いや自分勝手に話を進めてしまうんですよ、私自身も嫌気が指す位に……ね。
雪が、砂粒、否砂糖粒、甘くは無いですけど……綺麗に光って本当に綺麗ですね。
これは食べれるのかしらん、味はしないと思いますけど、何しろお腹が空いてしまって……、ねぇほらもう夜中、明け方なのかな、眠れないせいで、時間が分かりませんけど、あれから随分長い時間が経ったと思うんですよ。
あ、っ冷たい、ハハ、やっぱり食べるのは無理……ですね。
これだと、御腹の中でも溶けずに残ってしまいそう、そうなると砂を食べているのと同じになりますしね。
あの……まだ、起きていますか？
私の事が嫌いになってしまったんです……か？
……そんなに怒らないでください。
私が悪かったのであれば謝りますから……あの、何か喋ってください。
まだ、眠れないんですよ。恥ずかしながら……私はもしかしたら不眠症なのかな、だから何時も寝ることが出来ないのかな。
ああ、また雪が顔に掛かっていますよ、ほら……掃わないと溜まってしまいますよ。
す、すみません、手から血が出てるなんて……その、顔が真赤に……ああ、でも如何しよう、私の手は真赤だから、貴女の顔に付着した、偽傷跡を拭い去る事が出来ません。
ああ、そうだ、確か手拭が…どこかにあったと思うんですが……。
雪が綺麗です、頂上から降り頻る無数の雲母、鈍色を全面で反射させながら、ゆっくりと落ちて積もるんです。
指の隙間や、髪の間に入り組み入り込み……私を包み込むのでしょう。
朝起きれば、綿菓子の様な姿に変わっていて……宛ら孵化する昆虫の様に、皮を剥いで這い蹲って出てくるんでしょうか。
ああ、何て莫迦らしい……。
これなら……砂漠のほうが……遥かに綺麗です……ね。
……あの、まだ怒っていますか？
……それはそうですよね……すみません、本当に私は何をやっても上手く出来ずに……。
でも、もう貴女を起こさなくても良い様です……。
私も……段々と眠くなって来ました。
こうも、眠るのが……遅いせいで……起きるのも遅いんですよ。
みんなが目覚める時に……私だけ、起きられず置いていかれるんです。
だから、貴女……せめて貴女が起きた時に眠っている……私を起こしてくれませんか？
貴女が…起きる時私も……。
あとがき
即興バンザーイ