王都プロンテラより南に広がる平原。
そこはポリンやファブルなど比較的大人しい魔物がうろついており、まだ駆け出しの冒険者が腕を鍛える場所になっている。
また、共に冒険する仲間を捜している者や、冒険者の手助けをするアイテムを売っている者などもおり、
街の外とは思えないほどにぎやかな平原である。
その草原をまっすぐ南に進むと砂漠地帯に突入するわけだが
さすがにそこまで行くと露店を出す者や仲間を集める者の姿は見えない。
ポリンがその赤色の体をぷよぷよ揺らしながらうろうろし、初心者に狙われて攻撃され弾け飛ぶ姿が見られるぐらいである。
「・・・・・・何やってるの。こんなところで」
どちらかと言うと、砂漠に近いその場所は陽射しが強い。
その日光を避けるために木の下で座っていた一人の騎士に、どこからともなく現れたハンターの女が話しかけた。
騎士はその声に反応し、表情に変化を見せないままで顔を上げる。
「や・・・懐かしいな、って思って」
そう言って眼を細めた。
目の前には、傷だらけになって座っている初心者・・・ノービスが一人。
先程、ポリンと大激闘を繰り広げ、何とか勝利したノービスだ。
手に持っている武器は初心者修練所で渡されるナイフ一本。使い方もまだまだ未熟で、見ているこっちがはらはらしてしまう。
「ん、知り合いなの？」
「や、全然」
ハンターは騎士の隣りに座る。騎士は気にした様子もなく、視線を元に・・・名も知らないノービスへと戻した。
「手伝ってやってるとか？」
「や、さっぱり」
「・・・見てただけ？」
「ん、見てただけ」
その言葉を聞いて、ハンターが呆れたようにため息をつく。
騎士の頭を小突きながら、一言「暇人め」と言った。
「どうしたのよ最近。狩り中のノリは悪いし、今日みたいに一人でふらっとどっか行っちゃうし」
ハンターと騎士は、同じギルドに所属する仲間だ。
二人が所属しているギルドは編成人数も多く、世間ではちょっと名の知れた有名ギルド。
マスターのプリーストはどこか頼りないながらも相手のことを考えられる人物であり、
彼を慕ってギルドに入る者も少なくはない。
多くの同盟ギルドも持ち、『砦』も一つ持っている。特に不自由もないギルドだと言えるだろう。
「あの・・・さ。私さ・・・」
俯きながら、歯切れの悪い騎士。
そんな騎士の様子を見て、ハンターは再びため息をついた。
「・・・・・・疲れちゃった？」
その口調は責めるでもなく、ただ淡々としていた。
騎士はしばらく間を置いて、こく、と静かに頷く。
「私・・・・・ギルド、抜けようと思う・・・」
絞り出すような声で、しかしはっきりと、騎士はそう言った。
戦う、ということ。
騎士は、そのギルドができた瞬間からのメンバーの一人だった。
今でこそ有名になったギルドがまだ注目もされていなかったときから、彼女はそこにいた。
ギルドマスターであるプリースト。彼とは古くからの友人。
魔法鉱石エンペリウムを使ったギルドシステムがまだ構築されていなかったときからの、旅の仲間だ。
「・・・長かったね。あれから」
誰にでもなく、ハンターが呟く。
このハンターも騎士と同じく、ギルド結成時からのメンバーの一人。
マスター、騎士、ハンターの三人で、昔はよく狩りに出かけたものである。
「なんだか、あの日が遠い昔に思えるよ」
目を閉じるハンター。静かで優しい風が草原を撫で、騎士とハンターを通り抜けていった。
＜＞
「ちゅうもーく！」
プロンテラの一角にある、小さな喫茶店。
一人のプリーストが、後ろに隠し持っていた黄色い物体をテーブルの上に置いた。
金色に光り輝いているそれは、周りの注目を集めるには十分な品物である。
「というわけで、手に入れました噂のエンペリウム！」
「へー、これがあの・・・」
「おー！ よくやったっ！ 褒めてあげようー！」
胸を張るプリーストに、興味深げにエンペリウムを眺める剣士。
そしてプリーストの頭を撫でようと手を伸ばすが、届かなくて大苦戦中のハンター。
「くっ・・・！ このぉ！ 縮め！」
「縮めって、そんな無茶だよっ！」
「じゃあしゃがめ！ とっととしゃがめこらー！」
「いいよ！ 頭撫でなくて、撫でなくていいからーーー！」
いつも通りのじゃれ合いを始めるプリーストとハンターを見て、剣士は微笑んでいた。
本当に幸せそうに、微笑んでいた。
「ちょ・・・笑ってないで助けろ助けて助けえええええ！」
「ふははははー！ 観念しろぉー！」
もつれ合って床に倒れる二人。周りの奇異の目を集めまくるが、本人たちは至って気にしてないようだ。
プリーストの上に馬乗りになったハンターは、両手でグシグシとプリーストの頭をかき混ぜる。
撫でるというより、荒らしているという感じだ。
流石にそろそろ止めないと、店の方に迷惑がかかる。
剣士は笑いを堪えながら二人に近づき、ハンターの肩に手を置いた。
「はい、そこまで」
「ふっ、今日はこのへんで勘弁してやるぜっ」
「な・・・何か悪いことしましたか僕は・・・・・・・」
髪の毛がくしゃくしゃになって、涙目になったプリーストがよろよろと立ち上がる。
剣士はそんなプリーストに手を貸してやって、椅子に座らせた。
「それで、どうするの？」
先程のことなど無かったかのように、平然としたままハンターが聞く。
無論、このエンペリウムをどうするかという話だ。
「どうするって、そりゃあ作るよ。ギルドを」
「作るのはいいんだけど、誰が？」
「え？ えと・・・・・作ってくれないの？」
「・・・・何で私を見るの・・・？」
プリーストから視線を向けられた剣士が、困ったようにそう言った。
ハンターはやれやれと肩をすくめて、テーブルの上に乗ったエンペをプリーストの前に差し出す。
「ほら」
「へ？」
「これはアンタが持ってきたんでしょ。だったらアンタが作るべきよ」
「え？ ええっ！？ 僕が！？」
「そう、アンタが」
そう言って、ハンターはにやりと笑みを浮かべた。
剣士もうんうんと頷いている。
「ぼ、僕が・・・ギルドを作る・・・？」
「そうよ。アンタがギルドマスターになるのよ」
「は、ははは・・・・・僕が？」
「くどいわね。いいからさっさと作っちゃいなさい！」
ハンターに気圧されるようにして、プリーストがエンペを手に取った。
じぃ、っとそのエンペを眺める。
喫茶店内に入ってきている陽の光を反射し、金色に光るそれ。
プリーストは、決心したかのように剣士とハンターの顔を交互に見た。
「じゃあ―――作るよ」
「うん」
「やっちゃいなさい」
瞳を閉じ、深呼吸をするプリースト。
それが終わったかと思うと、エンペの輝きが少しずつ増していった。
プリーストの魔力と、ギルド結成時に紡ぐ言葉に反応しているのだ。
「・・・あ、そういえば、名前・・・」
剣士が小さく呟く。
ギルドの名前をどうするのか聞いていなかったが、一体どんな名前になるんだろう。
エンペの光は、さらに大きくなる。
「・・・・・ずっと一緒」
プリーストがそう呟いた。
その瞬間、エンペは粉々に砕け散り、飛び散った破片も蒸発するように消滅する。
ギルド結成の儀式完了である。
プリーストの頭の中に、ギルドのシステム情報が流れ込んできた。それを理解し、使いこなすのがマスターの役割。
「・・・・ふぅ、できたよ」
プリーストはそう言い、剣士の方を見る。
じぃ、と眺めてくるプリーストの視線に、剣士が戸惑って思わず目を逸らそうとした。
「・・・あれ？」
今まで感じたことのない感覚を、剣士は感じた。
暖かいような、力強いような、安心できるような・・・・・そんな、感覚。
―――ギルドの加入要請がきています。承諾しますか？―――
迷いこともなく、剣士はそれを承諾した。
胸がどきどきしている。ハッキリと言葉にできない感覚に戸惑った剣士は、落ち尽きなくそわそわしていた。
「なっ・・・！ 何この恥ずかしいギルド名は！」
ハンターが顔を真っ赤にしながら叫び声を上げる。
その叫びを聞いて、プリーストは実を小さくした。
「だ、だって思いつかなかったんだもん！」
「だもんじゃないだもんじゃ！ これからこの名前を背負って狩りとか行けって言うの！」
「僕は平気だよ！」
「アンタが平気でも私は・・・・っ！ ・・・・・・・ああもう、別にいいんだけどさ」
ギルド名？
剣士は自分がギルド名を確認してないことに気づき、ギルドシステムを起動させる。
起動させると言っても、本人にしか見えない擬似的なウィンドウが目の前に出てくるだけだ。
それには、ギルドメンバーの名前や、職業などが記されてあり・・・・・
この場所より、ギルド『ずっと一緒。』が始まったのである。
＜＞
体力が回復したのだろう。座っていたノービスが動きだした。
近くをピョンピョン跳ねていたルナティック目がけて突進していく。
「手伝ってあげないの？」
そんなノービスを眺めていたハンターが、責めるでもなく騎士にそう言う。
騎士は小さく首を振ると、優しげな目でノービスを見た。
「最初はね。手伝いなんていらないと思う」
「・・・・・」
「ううん、手伝っちゃいけないんだよ。例え負けることになったとしても。例え遠回りになったとしても。
辛くても、大変でも、自分でやり遂げれば・・・・・それは、絶対、大きなチカラになるから」
「・・・・・・・そっか」
ハンターは微笑し、それ以上のことは言わなかった。
誰もが通る、基本職・・・ノービス時代。
ろくな装備品をつけることもできず、力も弱く、素早く動くこともできない。
一人で頑張るのは、結構大変なことだ。
しかしプリーストの付きっきりの支援や、他の騎士やアサシンなどの上位職の手伝いがあれば
あっという間に一次職転職までもっていくことが可能である。
時間短縮という意味で考えれば、手伝うという行為はかなり有効だ。
しかしそれでは、得られないモノもある。
「忘れてたなぁ。そんな気持ち」
寂しげに言うハンター。
「強くなっちゃうとさ。どうしても、どうやると効率よく魔物が倒せるかーとか、どうやると時間短縮できるかーとか、
そんなことばっかり考えちゃうんだよね」
「・・・悪いことじゃないと思うよ。それも」
「うん。悪いことじゃないよ。強くなるってことは、きっとそういうことだし」
それでも。
何か物足りなさを感じるのもまた、事実。
「・・・そういや今日Gvだけど、出る？」
「・・・・・・・・」
無言で、騎士は首を横に振った。
ハンターは「やっぱりか」と呟くと、ゆっくりと立ち上がる。
「Gvのことは、私から伝えておくよ。でも」
「・・・？」
「ギルドを抜けることに関しては、自分で言いなさい。アイツに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
騎士の返事を聞いてハンターは頷くと、手をひらひらと振りながらその場から立ち去っていった。
ハンターがいなくなり、場には沈黙が訪れる。
少し離れた場所では、ノービスがルナティック相手に苦戦中だ。なかなか攻撃が当たらないようで、四苦八苦しているようである。
・・・・・・・
ずっともやもやしていた。
騎士は同じ人間相手に剣を振るうことは嫌いだった。例えそれが、Gvという特殊な魔法空間の中であろうとも、だ。
Gv・・・要するにギルドによる、砦の取り合い。
その砦の中は、特定時間・・・Gv時間と呼ばれているが、その間は特殊な魔法結界が張られる。
Pvというシステムでも使用されている、斬られたら痛いし魔法を受けたら吹っ飛ぶが、
ダメージ許容量を超えると自動的に街に戻される魔法システムだ。
しかも魔法空間でのダメージはあくまで擬似的なもので、実際肉体に傷を負うものではない。
相手を殺すことのない大人数の戦。いつか訪れるかもしれない他国との戦争に向けての、一つの訓練とのいう噂もある。
騎士が今所属しているギルド『ずっと一緒。』は、Gvが始まってすぐ前戦に立って戦い、数多くの勝利を収めてきた。
無論負けることもあったが、マスターの下で結束された彼らの動きは的確で、同じGvギルドにとっては恐怖の対象だった。
彼らは強かったのだ。
「・・・・・はぁ・・・」
騎士はため息をついた。
最近多くなったため息。胸に溜まっているもやもやを吐き出してしまいたいのに、それはいつまでも胸に残ったままだ。
それは、騎士が行動を起こさないから。立ち止まっているのが原因である。
しかし、騎士が動くということは即ち、ギルドから抜けるということ。
そしてそれは、プリーストやハンターともお別れになるということに繋がる。
決心がつかないままで、今の今までずっと結論を保留してきた。
『どうしてギルドを抜けたいと思うの？』
「・・・・・・・・」
『彼や彼女を、裏切るの？』
「・・・・・・・・」
『全部投げ出して、逃げるの？』
「・・・・・・・・」
「あの〜」
「・・・・・・・・」
「えっ・・・と、騎士さん・・・？」
「・・・・え？」
気がついたら、目の前にノービスの少女が立っていた。
先程から、騎士の目の前でポリンやルナティックと格闘している少女だ。
体中傷だらけであるが、どうやらルナティックとの勝負には勝ったらしい。
「あ、うん。ごめん、考え事してた」
そう言って苦笑すると、騎士は居住まいを正してノービスと向き合う。
「・・・で、なにかな？」
「あの・・・聞きたいことがあるんですけど」
「ん？」
＜＞
「・・・そっか。彼女は今日も休みか」
「うん。何か色々考えることがあるみたい」
とある小さな個室の中で、プリーストとハンターはテーブルを挟んで向かい合っていた。
困ったように鼻を指で掻くプリーストに、ちょっと呆れ顔をしているハンター。
プリーストは「ふぅ」と息を吐き出すと、椅子から立ち上がって部屋の窓へと近づく。
「PvとかGvとか、あまり好きじゃなかったしね。彼女」
「優しいのよ。あの子は。例え擬似的なことだろうとも、人を傷つけたくないんでしょーね」
「・・・・」
「・・・・」
言葉も無く、二人は沈黙する。
「・・・僕は、間違ってたのかなぁ？」
「はぁ？ いきなり何言い出すのよ」
「Gvなんて、最初からやらなきゃ良かったのかなって。そうすれば、彼女もこんな悩むことなかっただろうし」
「・・・・・・それ、本気で言ってるの？」
少し怒ったようなハンターの様子に、プリーストが思わず身を小さくさせる。
「・・・ごめん。ちょっと疲れてるみたい」
「しっかりしなさいよ。アンタそれでも、私たちのリーダーでしょーが」
「今でも、僕よりキミの方がリーダーっぽいけどね」
小さく苦笑するプリースト。
ぎゅっと拳を握りしめた彼は、呟くように、言った。
「・・・彼女、ギルド抜けようとしてるよね？」
「・・・・・やっぱ、気づいてたか」
「まぁね。だいたい雰囲気とかで分かっちゃうんだよね」
プリーストは寂しそうに笑った。
これまでも、たくさんの人間がこのギルドに入り、そして去っていった。
だから感じ取れてしまう。ギルドを抜けようとする人の雰囲気を。どことなく普段と違う違和感を。
特に騎士とプリーストは、その付き合いも長い。異変の気づかないわけがなかった。
「・・・・・それで、どうするのよ」
ハンターが問う。
プリーストはしばらく黙った後、何かを決心した瞳でハンターを見た。
「お願いがあるんだ」
そうして、プリーストはエンペリウムをテーブルの上に置く。
＜＞
「ねぇ？ 騎士さん？」
「・・・・・」
「有名っていうのも何かと大変だよねぇ。てか、あれだ。恨みを買いやすい？ しかも覚えやすい？」
「・・・・・・・・・・」
「まさかこんな絶好の機会が、こんなに簡単に巡ってくるなんて思わなかったよ。運が良いねぇーほんとに」
ぽたり。と落ちるのは何の音か。
騎士はただ、目の前にある無邪気に微笑んでいる顔を見ていた。
先程、話しかけてきたノービス。
ポリンやルナティック相手に苦戦し、なんとか勝利していた名も知らない冒険の初心者。
「・・・きみ・・・は・・・・・？」
「あぁ。私はね・・・まぁ、数あるGvギルドの中の代表ってところかな？」
「え・・・？」
「とは言ってもホントに代表ってわけじゃないよ。ただ皆が思ってることを、私らが代表してやってやろうって。そう思っただけ」
そう言ってにっこりと微笑む。
その笑みはとても楽しそうで、そして・・・とても歪んでいた。
本能的な恐怖を感じて、騎士は立ち上がろうとする。だが胸あたりに激痛が走ってうまく立てない。
・・・何かが見える。
でも、なんだか分からない。
「だってほら。邪魔なんだよ」
・・・何を言ってるの？ このヒト・・・？
「君たちがいなくなればね。私たちは一つ、砦を手に入れることができるんだよ？ ほら簡単」
くるくると指を回して、そして騎士を指差す。
・・・違う世界の動きに見える。騎士はどこかぼんやりとした瞳で、それを眺めていた。
「騎士さんにしつもーん。邪魔なら、どうすればいいかな？」
邪魔なら。
邪魔なら？
・・・邪魔なのであれば？
騎士は今になって、背筋が凍った。
このノービスが何をやろうとしているのか、気づいたから。
腰に下げている愛用の剣に手を伸ばす・・・が、目の前のノービスに突き飛ばされて後ろから地面に倒れ込んでしまった。
動きが緩慢だ。普段の彼女なら、ノービスなんかに後れを取るような真似はしない。
原因はある。
だがその原因に気づいたら、騎士はもう―――――
倒れたまま呻き声を上げる騎士に、ノービスは覆い被さるように乗った。
手に握られているのは小さな短剣。陽の光を反射し、場違いに美しく光る得物。
「そう」
満足そうにノービスは笑う。
「邪魔ならね？」
ゆっくりと振り上げられる短剣。
＜＞
今日も、毎週恒例のGv時間がやってきた。
ちょっと頼りないプリースト率いる巨大ギルド『ずっと一緒。』は、今日は防衛から入る。
守り切れたらそれでよし。取られたらその時はその時。
「みんな、いつも通りに頼むよ」
プリーストの言葉で、防衛メンバーが持ち場へと移動していく。
ちなみに、プリーストがいるのは砦内で一番重要な場所。巨大なギルドエンペリウムがある部屋だ。
そこに腕に覚えのあるギルド員多数と、プリーストが待機している。
最後の最後の、防衛ラインだ。
「あれ？ ハンターさんは？」
「ん？ なんかギルドにもいないみたいだけど・・・？」
ギルド員がプリーストに聞く。彼女は有能な狙撃手であり、いつもはマスターと共に常に動いていた。
しかし今日はどこにもその姿が見あたらない。
ハンターだけではなく、その他数人の姿も見えなかった。
「彼女は別用。ちょっと遅れてくるよ」
そう答えたプリーストは、ちょっと意地悪っぽく笑った。
何かを企んでいるような笑み。
＜＞
「とにかく突っ走って、エンペ部屋まで」
地図を片手に、ハンターとその他数名が真剣な面持ちで話し合っている。
「妨害とかあるだろうけど、全部無視していいから」
「無視しても邪魔された場合は？」
「瞬殺。必殺。一撃で」
ハンターは愛用の弓を握り直す。
ずっと昔から使ってきた弓。
いくつもの戦いを切り抜けてきた、言わば相棒である。
「いい？ 私たちの目標はあくまでギルドエンペリウムの破壊よ。一度壊したらもう用はないわ」
「破壊に成功したら即離脱、で良かったんだよな？」
「そそ。守ろうとするだけ無意味だからね」
そう言ってハンターは笑む。
「んじゃま、行きますか」
動き出す少数PT。
ハンターがふと立ち止まり、大空を見上げる。
「アンタの願い、叶えてあげる」
その呟きは、空へと消えていった。
＜＞
「・・・ねぇ？ 生きてる？」
落ちかけていた意識が、ゆっくりと引き戻される。
視界がぼやけている。もうハッキリと物を見ることもできない。体の感覚も無い。
「ほら、そろそろGv時間だよぉ。お仲間さんに、がんばれって応援しないでいいの？」
騎士の上に乗ったまま楽しそうに語るノービス。
いや、楽しそうなんかじゃない。彼女はこの状況を最大限に楽しんでいた。
「ギルドチャットしなよ。がんばれ〜って。私の分もがんばれ〜って」
仰向けに倒れている騎士は、ふと自分の右手を見た。
自分の手の平に、短剣が突き刺さっている。それは易々と手を貫通し、地面に騎士の手を張り付けているようだった。
感覚のほとんどが麻痺しているから、痛みも何も感じない。
「ほら？ やった？ 言ってあげた？」
騎士に顔を近づけるノービス。本当に楽しくてしょうがないという風だ。
「なんならぁ、助けを呼んでもいいんだよ？ 私ってほら、ノービスだし？
騎士さんの仲間なんて連れてこられたらひとたまりもないよぉ」
騎士は無言のままであった。
抵抗していると言うよりは、もう何も考えられないというのが正しい。
寒い。辛い。眠い。
それが思考の大半を占拠していた。
「むぅ、つまんないなー。もうちょっと反抗してくれた方がこう・・・燃えるのに」
・・・・・もう、眠っていいだろうか？
今眠ってしまったら、もしかするともう二度と目覚めないかもしれない。
でも、眠くて眠くてしょうがない。
『眠ればいいじゃん』
『なんで眠らないの？』
幻聴が聞こえた。
誰の声であるかすら分からない幻聴。
（・・・・あぁ、そうだ）
まだ言ってない言葉があるのだ。
＜＞
策敵スキル『ルアーフ』を使ったプリーストの目の前に、いきなりローグが姿を現した。
どうやら前方で繰り広げられている戦いを、どうにかこうにかやり過ごしてきたらしい。
だが、一人でここに辿り着いてもしょうがない。防衛メンバーに囲まれて瞬殺されるのがオチなのだ。
『ずっと一緒。』のギルドメンバーは持っている武器をローグに向ける。
後は数秒で決まる。そして再び持ち場に戻る。それだけのことであった。
「まぁ、待った」
ローグは武器を持っていなかった。
それどころか両手を上げて、降参のポーズを取る。
ギルドメンバーの動きが止まった。しかしすぐ動き出せるように、全身に力を込める。
下手な動きを見せたら、それこそ一瞬で仕留める。そんな意気込みであった。
「お前らに、とびきりの情報持ってきてやったぜ？」
ローグは不敵に・・・そして残酷に、笑った。
＜＞
遠方で大魔法の詠唱をしているウィザードに、矢が射られる。
見事に急所・・・心臓付近に命中。ウィザードは倒れ、そして溶けるように消えた。
この戦いでは、どんな攻撃を受けようと死ぬことはない。街へと戻ったのであろう。
「ニュマなんて追いつかせないよ」
走りながら次々と矢を放つハンター。
その動きはムダが無く洗練されていて、誰も彼女を止めることができない。
そんなハンター目がけて放たれた敵からの矢を、仲間のクルセイダーの盾が弾いた。
そして同じく仲間の一人のアサシンが前に飛び出し、矢を放った敵ハンターにカタールの一撃を決める。
「こ、こいつら『ずっと一緒。』ギルドの奴らじゃねぇか！ なんでこんなところに？！」
「まぁ、ちょっと野暮用で」
「なっ！？」
すぐ真後ろから聞こえた言葉に反応した瞬間、声の主である騎士は前に倒れ込む。
仲間のローグのバックスタブだ。
「止めろ！ 奴ら少数だぞ！！」
「アサくん、頼んだ！」
「任せとけ」
アサシンが飛び出していき、ハンターその他がそれを助ける。
ギルドエンペリウムルームは、もう目の前だ。
＜＞
「・・・・はぁ・・・」
そして最期の。
＜＞
「な・・・・・・・！？」
「今頃はきっと冷たくなってんじゃねぇか？ あぁでも、急げば助かるかも？」
「貴様等・・・・・！！ それでも人間か・・・・！！」
「はぁ？ 何言ってんだお前？ 俺たちは戦ってるんだぜ？ 戦いってのは、そういうもんだろ」
「・・・失せろ！」
ギルドメンバーの一人の騎士が、持っていた槍でローグの体を串刺しにした。
ローグは笑い声を上げながら、その場からかき消えていく。
「な・・・・え・・・・彼女が・・・・？」
「・・・落ち着けマスター。とにかく事実を確認しよう」
ウィザードの一人がそう言うと、ギルドチャットを使おうと瞳を閉じる。
が、それより先に。
＜＞
ギルドエンペリウムが粉々に砕け散る。
それと同時に、破壊した勝ギルドと同盟以外の人間が砦内から強制退出させられた。
今まで激戦状態だった砦内が、一気に静かになる。
「みっしょんこんぷり〜」
ハンター達はお互いの手を叩いて健闘を祝し、そしてその場から離脱した。
＜＞
砦 [Valkyrie Realms 1]を [ありがとう。イリス] ギルドが占領しました
「あれぇ？ イリスってもしかして・・・？」
不思議そうに首を傾げるノービス。
・・・・・・
― こちらこそ。そして・・・元気でね ―
泣いていたのかもしれない。
それでも彼女は・・・イリスは笑っていた。
視界が霞む。
夢が消える。
思考が止まる。
呼吸が止まる。
＜＞
「ごめん、僕行くから。みんなはここに・・・」
― もうちょっとだけ頑張れ！ ―
「何言ってんだマスター」
先程、ローグを貫いた槍騎士が隣りに並ぶ。
「俺も行くに決まってんだろうが」
― どこだ！ どこいるか言え！ ―
「・・・でも、そうするとここ、取られちゃうよ」
「それよりイリスさんが大事に決まってるじゃないですか」
もう一人いたプリーストが言う。
― さっきプロンテラの南で見かけたってハンターさんが ―
― 俺は先行くぞ！ ―
― 無事で・・・・！ ―
― 反応しろちくしょう！ 何とか言えよ！ ―
飛び交うギルドチャット。
プリーストは深呼吸をした。
自分はギルドマスターなのだ。皆をまとめるのは、自分の仕事だ。
― みんな ―
― マスター！ ―
― プリさん！ ―
― マスターくん！ ―
― マスタ〜！ ―
― ギルマスさん！ ―
― 行こう ―
― 応！！ ―
＜＞
例え、それが擬似的なものであったとしても。
その傷は仮初めのものだろうとも。
人を斬れば、痛い。
人を撃てば、痛い。
痛いのは体であり、心だ。
死なないから恨みがない。
死なないから迷いがない。
そんなのは嘘だ。
戦えば誰かが傷付き、戦えば誰かが泣き、戦えば誰かが怒り、戦えば誰かが死ぬ。
傷が生まれる。悲しみが生まれる。恨みが生まれる。
そして、命が消えていく。
それが、戦うってことだろう？
＜＞
「・・・なんで？」
ベットの上に横たわるイリスは、怖いぐらい真っ白で・・・場違いにきれいだった。
「・・・・・なんでぇ・・・？」
今やっと駆けつけたハンターが、よろよろとベットに近づく。
後ろでは、先程一緒に行動したアサシンやクルセイダーが、声もなく涙を流していた。
小さな部屋。
飾り気もないその部屋にただ一つあるベットの上に、イリスが寝ている。
そしてもう、二度と目覚めることはない。
彼らが砦を放棄してプロンテラ南を探索し、ようやく見つけたイリスは・・・・既に冷たくなっていた。
胸に突き刺さっている、致命傷と思われる短剣。
そして右手と左手もナイフを突き刺して、騎士は地面に固定されていた。まるで磔にされているかのように。
「ひどいよ・・・・なんでこんな・・・ことにするの・・・・・・」
イリスの手を握りしめたハンターが、その傷を見つけて呟く。
「痛かったよね・・・？ 辛かったよね・・・・・？」
両手でイリスの手を握りしめたハンターが、堪えきれずに俯く。
「・・・ごめんね・・・・傍にいてあげられなくて・・・・・・ごめんね・・・・・・・」
＜＞
「・・・マスター」
「・・・・・・・はは、まいったなぁ、本当にさ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
イリスが寝ている部屋の外。
廊下の窓際に、マスターであるプリーストと騎士が立っていた。
「なんでこんなことになるかなぁ・・・？」
「マスター」
「・・・っなんで・・・・！！ なんで彼女が死なないといけないんだっ！！」
プリーストは握り拳で、近くの壁を力任せに叩く。
普段はこんなことをしない彼だ。すぐに拳が痛くなるが、それでも構わずに殴り続ける。
「どうして・・・助けを呼ばなかったんだ・・・・イリス・・・・・・・・・！」
「俺たちに迷惑かけたくなかったんだろ・・・」
「迷惑かけたくなかった・・・？ それで死んでどうするのさ！」
「・・・お前が一番分かってるだろ、マスター。彼女はそういうヤツだってこと」
自分のことより、他人のこと。
自分が頑張って他の人が楽できるなら、進んで辛い道を選ぶような彼女だった。
プリーストはもう一度壁を思い切り拳で殴りつけ、そして、いつの間にか流れていた涙を拭った。
「・・・・バカだよ・・・・・イリス・・・・・・・」
「あぁ。大馬鹿だなイリスは。救いようがねぇぐらい」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・なぁ、マスター？」
「・・・何？」
「俺さ。耐えられそうにねぇ。『腸が煮えくりかえる程』ってのは、たぶんコレなんだろうなぁ」
「・・・・・・・・・」
「奴らを根絶やしにしようぜ、マスター」
＜＞
それが、戦うってこと、だろう？
―――――
あとがきって存在。
まぁ言わなくてもあれですが、この話は続きます。
というわけで、詳しくは次回のあとがきで。