-OP-
何も見えない闇の中から私は目を覚ました。
真上に見えるのは電球だろうか。割れてしまっている故にその役割は果たしていない。
ゆっくりとその体を起こす。痛みは無い。
辺りを見回すとまず本棚が目に付いた。しっかりと整頓されていているが最近使った形跡がある。
隣には戸棚があり、試験管やフラスコ、その他実験に使うような物がしまわれている。
その隣にある机を見ようとした時、扉が開く音が聞こえた。
｢やあ、気分はどうだい？｣
男が話しかけてくる。しかし私はこの男は知らない。どう答えようと考えていて、ある事に気づいた。
｢私は・・・私は・・・・誰？｣
-1-
｢本当に何も覚えていないのかい？｣
男は私に問いた。しかしその顔はさほど驚いてはいない様だった。
私は必死に記憶の糸を手繰り寄せたが、その全てが切れていて真実を知る事はできなかった。
｢・・・ごめんなさい。わかりません・・・。｣
そう答えるのが精一杯だった。
｢うーむ・・・それなら・・・｣
彼はブツブツと何か言いながら、持っていた大きな鞄のような物の中から色々取り出した。
｢これとか・・・これに見覚えは無いかい？｣
そう言いながら彼は色々な物を取り出してきた。
衣服、帽子、靴、マフラー、アクセサリーなどどこかで見覚えのある品が多かったが、
どこでそれを見たのかは思い出せないままだ。
私が何も言えず戸惑っていると、
｢まあ、焦ることは無いさ。少しずつ思い出していけばいい。｣
そういって彼は出したものを全てしまって、
｢しばらくそこで休んでていいよ。｣
そう言いながら部屋を出て行ってしまった。
-2-
あの日からしばらくして、私は少しずつだが記憶を取り戻していた。
いや、取り戻しているとは語弊があるかもしれない。取り戻したつもりでいるだけかもしれない。
部屋であった男は毎日のように新しいものを持ってきた。
それを見る度に頭に何かが引っかかるのだ。
でも、記憶を取り戻す事をいつも何かが阻んでいる気がする。何だろうこれは。わからない・・・。
ある日、彼は近くの山の麓に私を連れてきた。
武器と防具を取り出し私に着けるように言ってから
｢ここで君とよく狩りをしたものだ。今日は軽く体を動かしてみないか？｣
と、突然言い出したのだ。
私は頷いて、彼と共に狩りをする事になった。
着くなり、彼は剣を持っておかしな形をした花を叩き始めた。私も彼の真似をして叩き始める。
間もなく、その花はなにかを吐き出して枯れてしまった。
｢さあ、どんどんやってみよう。｣
彼はそう言ってまた次の花を叩き始めたのだった。
数時間経ち、日が暮れ始めた頃
｢ふう・・・つかれたな。今日はそろそろ戻ろうか。｣
その言葉と共に私達は帰路に着くことになった。
家に帰ると、彼と似た格好をした女が外で待っていた。
女は私たちを見つけると、大きく手を振って私たちに存在を認めさせようとした。
彼もそれに気付き、走り寄っていく。どうやら知り合いの様だ。
長い話になりそうだったので、私は一旦その場を離れる事にした。
近くの高台に立ち私は夕日を見つめていた。
夕日なら生まれてから数え切れないほど見る機会はあるが、この景色は見た事が無い気がする。
私はこの場所に来た事が無いのだろうか。それは妙だ。こんなに家から近い場所なのに。
違和感を感じながら沈むまで日を見ていることにした。
-3-
｢プロンテラ？｣
彼が突然話を切り出したので、思わず聞き返してしまった。
｢君の両親はプロンテラにいるからね。会わせてみれば何か思い出すんじゃないかと思って。｣
彼は支度をしながら話を進めていた。
｢何で・・・｣
｢・・・？｣
｢何で今までそんな大事な事を隠していたんですか？｣
思わず声を荒げて私は言った。
｢何でと言われてもね・・・突然両親に会わせて｢あなた達は誰ですか？｣って君が言って
両親にショックを与えても仕方が無いだろう？ 言ったじゃないか。焦ることは無いって。
少しずつ記憶を取り戻しつつある今なら合わせても大丈夫だと思ってね。｣
彼の事も確かに一理ある。私はしぶしぶ納得せざるをえなかった。
・・・それにしても、彼は唐突に話を切り出す事が多い気がする。
｢ここが君の家だよ。｣
そう言って彼が指した先には2階建ての立派な一軒屋があった。
｢・・・ここが・・・私の・・・家・・・？｣
門の造り、庭の花壇、最近では珍しい瓦の屋根、円状の窓。全てどこかで見た覚えがある。ここが私の家なのだろうか。
頭の中で記憶が交錯する・・・
｢おお！｣
前から驚きの声があがった。私が顔を上げると、そこには2人の夫婦がいた。
｢今まで何処に言ってたんだい！全く・・・心配かけさせる子だよ・・・｣
そう言いつつもその2人の目からは涙が溢れ出ていた。
私は再度二人の顔を見る。
｢お父さん・・・？お母さん・・・？｣
まだ頭の中が混乱している様だ。めまいがしてきた。
｢そうだ・・・・・・？｣
私は振り向いて｢彼｣の姿を確認しようとしたが、そこには私が今通ってきた門があるだけだった。
一体何が起こっているのだろうか。わからない・・・。
そこで私の記憶はプツリと途切れた。
-4-
｢ここはどこ・・・？｣
プロンテラの街で買い物に出掛けただけのはずだったのに、私は気付くと山奥に居た。
地面には枯葉が多く、周りも枯れている木ばかりだ。
ある木の根元には見た事も無い植物が蠢いている。
｢どうやら気付いたようですね。｣
男の声がした。そちらを振り向くと黒い影が一つ。
｢あなたは私の実験の『素材』になってもらいます。悪くは思わないでくださいよ。｣
私が後ろに逃げようとしたが、背中に何かがぶつかった。後ろを見上げると高いブロック塀がある。
男はそれを見ると、引き摺っているカートの中から小道具を取り出し・・・
「イヤアアアアアァァァァァ！！！」
「！！」
私はベッドから跳ね起きた。全身には嫌な汗をかいている。
「どうしたの？うなされて・・・」
母親が私の部屋に入ってきた。その手にはコップの入った水がある。
「帰ってきてからあなた変よ・・・。毎日毎日うなされて・・・行った先で何かあったの？」
私はコップの水を飲み干し
「別に・・・変な夢を見てるだけよ・・・。」
ここに帰ってきて既に一週間。私はずっと同じ悪夢を見ている。
山奥で黒い影が私を襲う所でいつも目が覚める。一体何の夢だというのだろう。
だが、同じ悪夢をそう何回も見ると少しは冷静になるものだ。
「ちょっと・・・図書館に行ってくるね。」
着替えながら私はそう母親に告げる。
目的は、夢の中で見た場所を特定するためだ。
「植物・・・植物・・・コレね・・・」
植物図鑑を取り出しペラペラとページをめくっていく。
世界の植物は星の数ほどある。調べ始めてもう4日目となっている。
全ての植物を確認するまで私は諦めるつもりは無かった。私の中の何かが私にそう決心させているようだ。
「・・・ジオグラファー・・・」
図鑑の食人植物の欄にその名があった。
ジュノーの山奥にのみ生息する植物で、食人植物の中では最も凶暴なもののようだ。
その植物から取れる収集品はアルケミストが材料にして色々と造れるため、よく狩られているらしい。
次に私はジュノーの山奥の地図を引っ張り出してきた。
山奥にあるブロック塀がある建物・・・それを探そうとしたのだ。
今度はあっけなく特定する事ができた。ジュノーの山奥にある建物がそもそも一つしかなかったからだ。
それぞれを手帳にメモし、図書館を後にした。
-5-
今朝もまた同じような夢を見た。
でも、一つだけいつもと違っている事があった。
いつも黒く見えなかった影が、目が覚める直前に背後に雷が落ちて一瞬だけ顔が見えたのだ。
どこかで見た事がある顔だったが、それが誰かはやはり思い出せなかった。
でも、必ずどこかで見た事がある。それも最近に・・・。
ジュノーの山奥を私は歩いている。
目的の場所はアルデバランを北に行ってすぐの場所だ。そこまで時間はかからないだろう。
目的地に近づくごとに雲行きが怪しくなってきた。雨でも来るのだろうか。
「ここね・・・」
ジュノーの山岳地帯にある廃屋。その名をキルハイルの別荘というそうだ。
既に何年も使われていないらしく、崩れた壁から見える中には無残に崩れた家の姿があった。
とりあえずこの家の周りを一周してみることにした。
外周を半分ほどいった所で私はある『モノ』を見つけた。
土のなかから白い石のような『モノ』がそこら中から覗かせている。
私はその正体を知っていた。それはある生き物が長い間をかけるとそれに化すという、まさにそれだった。
「・・・困るんですよねぇ。あんまりうろつかれると。」
私が驚き後ろを振り向くとそこには『彼』の姿があった。
「なぜあなたかここに・・・？あの後一体何処へ行ってたんですか？」
私は彼に質問をぶつけた。彼はその言葉を聞いていないようだった。
その言葉を無視して懐から携帯のようなものを取り出した。
「まだ改良する必要がありそうですね・・・」
ブツブツ言いながらその機械をいじくっている。一体何だと言うのだろうか。
すると突然、私の見ている景色にノイズが入った。
次に言葉が左から流れてくる。
シャットダウンします
その文字が通過する。
プツン・・・。
-人工知能が与える影響について-
1,研究動機
世の中では既にホムンクルスが実用化されている。
多くのアルケミストが戦闘の補助や、研究の助手代わりに使ったりと用途は様々だ。
だが、その全てがプログラムされた動きしかできないゆえに動作が制限されてしまっているのが現状だ。
そこで私は、人工知能をホムンクルスに使用する事でホムンクルス自体の動きを活性化させ、
現状よりも効率の良い、高性能なホムンクルスを造ろうと考えた。
2,実験材料
プロンテラで一人の少女に協力を仰ぎ、データを作成した。
そのデータをホムンクルスのプログラムの代わりに使用し、その観察を行った。
3-1,研究記録
ホムンクルスにデータを入れ、目が覚めるのを待った。
1時間ほどして目が覚めたので、ホムンクルスに被験者の彼女の持ち物を見せてみる事にした。
何かしらの反応を示すのだが、曖昧な態度だ。
どうやら記憶にセーブをかけすぎたようだ。
徐々にそのセーブを外していくことにした。
3-2
この日はホムンクルスとしての性能を試す事にした。
狩りに連れて行きその行動を観察してみた所、従来のホムンクルスでは不可能な行動が多く見られた。
具体的に挙げると・・・
私の攻撃対象にしか攻撃しなかったものが、状況を判断し塩酸や火炎瓶を周囲にばら撒いたりだ。
元々のホムンクルスは塩酸や火炎瓶すら使おうとしなかったのに
突然私のカートから取り出した時は驚いた。
このような点では人工知能は優れていると言えるだろう。
その日の家に戻ると、知り合いのアルケミストが立っていた。
「彼女が例のホムンクルス？出来はどうなのよ？」
彼女にはこの実験の前にこの話題を持ち掛けていたので、興味が沸いたのだろう。
「なかなかいい動きをしてくれているよ。もう暫くしたら研究記録を大学に提出しようと思ってる。」
と言っておいた。
「はい、これが被験者の住所と家族の写真。」
そういうと彼女はファイルを差し出した。私が調べるように頼んでおいたものだ。
「こんなもの調べてどうするんだか・・・」
そう言いながら彼女は家に帰っていった。
3-3
昨日のファイルを使って、この日私は最後の実験を行った。
私以外の人にこのホムンクルスを会わせてみたのだ。
反応は・・・どうやら成功したようだった。
夫婦は何の疑いも無くホムンクルスを受け入れた。
（ここに修正ペンで消された跡がある）
3-4
問題が発生した。
私はしばらくの間ホムンクルスの会話記録などを私のパソコンに自動に転送するように設定していたのだが、
思わぬ会話が残されていたのだ。
『「どうしたの？うなされて・・・」
「帰ってきてからあなた変よ・・・。毎日毎日うなされて・・・行った先で何かあったの？」
「別に・・・変な夢を見てるだけよ・・・。」』
人工知能が夢を見るはずが無い。何のデータが紛れ込んでいるのだろうか。
しばらくホムンクルスの動向を探る事にした。
3-5
ある朝私は恐ろしい物を見た。
ホムンクルスがある場所に向かっていたのだ。
すぐに私もその場に向かい、彼女の機能を停止させた。
記憶を消し損ねたのだろうか・・・。それは定かでは無いが、詳しく原因を調べる必要がありそうだ。
3-6
なぜ消去したはずのデータがホムンクルスの記憶データに紛れ込んでいたのか、その原因を詳しく調べた。
しかし、これといった原因は見つけることはできず、私の研究は一旦打ち切りとなってしまった。
-EP-
「これが彼のレポートのコピーの一部よ。」
そう言ってアルケミストの女は資料をある男に差し出した。
「まさか私も、彼がこんなことをしてるなんて思わなかった。迂闊だったわ。
あの資料を調べさせた理由はここにあったのね。
後はあなた達に任せるわ・・・あの狂った研究者を捕まえてちょうだい・・・」
そういうと彼女は身を震わせながら部屋から出て行った。
ここはジュノーにある警察署。
ある日、ジュノーの山岳地帯のキルハイルの別荘付近で女の白骨化遺体が見つかり、捜査される事になった。
ジュノー全域にこの事件を流した所、あるアルケミストが警察署にやってきたのだ。
「この資料が証拠になるな。今すぐ逮捕状を取りに行こう。」
男は立ち上がり、部屋を後にした。
その後、男アルケミスト宅に警察が踏み込んだが、既にもぬけの殻だった。
彼の家からは殺された女の持ち物が多数見つかり、彼は全国に指名手配される事となった。
未だに彼は捕まってはいない。
この事件以来、人工知能を造ることが法律で禁止される事となった。