足下に転がるそれを見てにやりとする。
先ほどまでは生きていたハイオークと呼ばれるモンスターだ。
だがそれも今となってはただの肉の塊でしか無い。

「ふふ、馬鹿な奴。私に殴りかかってくるなんてね」

もはや動かないそれは大地にその血を注いでいる。
死に際に落とした紅ポーションだけでは飽き足らないらしくそれを漁り始める。

「鋼鉄、鋼鉄っと…」

残念ながらその気配はない。

「ちっ」

あからさまに不満そうな舌打ちの後、口からその牙をへし折った。
オーガの牙、売ればそれなりの金額になる。

「…これだけか、くだらない」

そう最後に言い残しその場を去っていった。


夕暮れ。
空が紅に染まる頃。
もっとも、紅に染まったのは空だけではなく、本来緑色をしているはずの聖衣までが紅く染まっている。
襲い来るオークの群れを蹴散らし陵辱してきた。
今日は相当な数のオークが命を散らしたことだろう。
西オーク村と呼ばれるここには無惨な死体を晒したオーク達の山が築かれている。
紅く夕焼けた空、血を吸い赤茶けた大地、そのなかに深紅の聖衣をまとい血を滴らせた鈍器を握った一人の聖職者が立っていた。

「今日はこんなものか」

聖職者はその両手に抱えた戦利品を確認してぽつりとつぶやいた。
そして、空に向かい聖なる言葉を紡いでいく。

「神よ、我に一筋の光を…」

詠唱を終えた時、そこに聖職者の姿はなくオーク村から南西に一筋の光の帯が延びていた。





〜記憶〜





光はモロクに降りた。
夜の街の喧噪に突然漂う血の臭い、そして現れる紅に染まった聖職者。
周囲のざわめきと好奇の目をよそに聖職者はいつもの場所に向かう。

「それじゃ、これ売っておいて」

カルフールという馴染みの商人に戦利品を預ける。

「なんや、今日はまたずいぶんと生々しいもんばっかやな」
「気にするな、頼んだから」
「はいはい、毎度おおきにー」

雑用を終え、聖職者は身を清めにオアシスへと足を向ける。
オアシス、モロクの東に広がる泉。
その淵に着くと聖職者はおもむろに聖衣を脱ぎ捨てその身体を水へと沈める。
澄んだ水に紅い筋が広がる。
沈んだ陽に代わり空には満ちた月が昇っていた。
月明かりに照らし出される女の肢体。
一見すると神秘的にも見えるその姿だが紅く染まった泉の中に立つそれは死神のようにも見える。
しかし、乾いた砂漠からこんこんとわき出す水はその紅を徐々に除いていった。
白い肢体が顕わになるころ、泉に聖職者ではないもう一人の気配があった。

「グラウ…」
「よ、お疲れさん」

椰子の木の陰から聞こえてきたのは馴染みのハンターの声。

「なに? 覗き? 別にこそこそしてないで堂々と見ればいいじゃん。別に隠れてるわけじゃないし」
「いや、明日どこか狩りにいかんって誘おうと思って」
「なんだ、つまんない男… 別に見ていいのに」
「だから違うってば。で、行くの? 行かないの?」
「…場所は?」
「カタコンとかどうかな?」
「カタコンか、ドロップも悪くないね」
「どうする?」
「うん、行く」
「OK、じゃあ明日拠点でね」

立ち去ろうとするグラウ。

「ねぇ、グラウ…」
「ん?」
「…別に見ててもいいよ。減るもんじゃないし」
「はり倒されるのが怖いから遠慮しとくー」
「うわ、酷い」

二人が会話を終える頃、水にさらされた聖衣はすっかり鮮やかな緑色を取り戻していた。


翌朝、ギルドの拠点となっているモロクの宿屋の前でグラウは待っていた。
そこに遅れて聖職者が現れる。

「グラウおはよー」
「遅いYO!」
「低血圧なんだから仕方ないじゃない。朝は弱いのよ。それに何時って時間の約束してないでしょ」

どこまでもマイペースな聖職者。
グラウも呆れて反論する気も起こらないらしい。

「はぁ、じゃあ行こうか」
「準備〜、倉庫行ってくる〜」
「はぁ…」

グラウの口から何度目とも知れないため息が漏れた。


カタコンベ、通称カタコン。
グラストヘイム修道院の地下に位置する広大な墓地である。

「相変わらずここは死の臭いが立ちこめていて嫌だねー」

アスペルシオをかけたスタナーでゾンビプリズナーを殴りつけながら聖職者が言う。

「説得力無いYO! っと!!」

慌てて射た矢に合わせ彼の連れたファルコンは忠実にハンターフライを襲う。
グラウは高LUCハンター。
彼のファルコンは主人に忠実で、射た弓の先にある敵に向かって勇猛果敢に突進する。

『DEXが低いから矢が外れて、鷹が飛ばないこともあるけどね…』

とは彼の談であるが。


ひとしきり狩りを終えたところで休憩を取る。

「ところでさ」
「ん?」

聖職者が話を切り出した。

「さっきの『説得力無い』ってどういう意味?」
「あぁ、あれね」

グラウは少し遠い目をしながら話しを始める。

「最近、思うんだけどね」
「うん」
「魔物を嬲り殺して死の臭いを漂わせてるのはみどりんじゃないのかな、って」
「…」
「でも、死に急いでるようにも見えるんだよね。なんかこう…自らを痛めつけてるって言うか…」
「…分からないの」
「何が?」
「私が…」
「…」
「記憶を無くしてから、ずっとがむしゃらにやってきたけど自分が何をすべきかわからないの」
「…」
「溜め込んだ苛立ちを力という形で発散してきたけどもう駄目… すがるものが欲しい…」
「…そっか」
「…」
「…」
「なんてね、私らしくないよね〜 ウソウソ、忘れて」
「…」
「…怒った?」
「いや、別に。でも無理はしない方がいいのだ」
「…うん、ありがとう」

少しうつむいていた聖職者の顔に笑みが戻ったその時。

「グラウ、後ろっ!」
「!?」

暗闇の中から恐ろしく太い腕が振り下ろされる。
紫色とも緑色ともとれない腕はその先に鋭い爪を持っていた。
すんでの所で避けたグラウは聖職者の方に駆け寄る。

「グラウ…」
「…ダークロードだ」
「これが…」

闇に溶け込んでいたかのように何の気配も無く現れたそれはダークイリュージョンを従えてあからさまに二人に敵意を向ける。

「…どうする?」
「うちら二人じゃ話にならない、逃げよう!」

その言葉を合図に二人は一斉に駆け出した。
後ろを走るグラウがアンクルスネアで足止めを図る。
グラウの設置したアンクルはがっちりとダークロードの足に食らいつく。
しかし、足止めできるのは一瞬でダークロードは難なくアンクルを破壊して追跡を続けてくる。
息を切らしながら赤茶けた煉瓦でできた回廊を駆け抜けたその先。
そこに、一体のダークイリュージョンが佇んでいた。
俗に言うはぐれダークイリュージョンである。
その目に敵の姿を認めたダークイリュージョンはその殺気を顕わに二人に向かってきた。

「挟まれた!」

背中合わせになった二人。

「絶体絶命…だね」
「さぁて、どうするか…な」

背中越しにグラウの含み笑いが聞こえてくる。
こんな窮地で笑いがこみ上げてくるものかと感心してしまう。

「ね、私がダークロードを引きつけるからその間にイリュージョンを倒して血路を開いて」
「え…」

聖職者の発言に耳を疑うグラウ。

「そんなこと…」
「私はヒールで耐えられるから、それに私にはイリュージョンを倒せるほどの火力もないし、ね」
「う…うん、分かった…」

嘘だ。
SPに余裕のある支援プリーストならともかく、
殴りプリーストであるこの聖職者にダークロードの攻撃に耐えられるほどのヒールが使えるはずもない。
ただ…護らなければという意識があった。

殴りの自分らしくもない、そんな苦笑いが聖職者の顔に浮かぶ。
その瞬間、グラウが駆け出すのが見えた。
ダークイリュージョンを引きつけてアンクルで足止めを図る。
がっちりとアンクルがダークイリュージョンの足に食いついた事を確認し、矢を射る。
射られた矢を追うようにファルコンが敵目掛けて突進しダメージを与えていく。
その一方、聖職者はダークロードの攻撃にヒールで耐えながらグラウに支援魔法をかけていく。
自身の身を守るためにかけるキリエは一撃のもとに破られ、ダークロードの漆黒の爪がその身体に食い込む。
蓄積されるダメージと、減っていく一方のSPに聖職者の意識は解れていく糸のように切れつつあった。
苦痛に耐えながらヒールとキリエを繰り返し、今にも途切れそうな意識を辛うじて繋ぎとめている、そう言う状態。

「…りんっ」



「みどりんっ、ダークイリュージョン倒したよ!」

グラウの声に、はっと意識を取り戻す。

「退路が…開かれた…?」

ふらつきながら聖職者の足が歩を刻む。
グラウの所へ歩み寄ろうとしたその時、聖職者の朦朧とした目にもはっきりと分かる魔法陣がグラウの足下で光を放っていた。

「魔法陣…?」
「…!」
「グラウ逃げてっ!!」

その悲痛な叫びが届くより先に、グラウの立っていた場所を中心に巨大な燃えさかる隕石が降り注いだ。
聖職者のおぼつかない足ではその場に立っていることすらできず、吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。
そして、グラウの断末魔とも取れない悲鳴は降り注ぐ隕石が床にたたきつけられる轟音にかき消され
その声が聖職者の耳に届くことはなかった。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

「う…」

まだ、衝撃の余韻で埃が舞いパラパラと小石が落ちてくる中で聖職者は辛うじて意識を取り戻した。

「あ…」

朦朧とする意識の中で彼女が見たものは、魔法陣があった場所の中心で倒れたままのグラウの姿だった。

「グラウ…」

ほとんど動かない身体で地面を掻き近寄ろうとする。

「うぅ…」

グラウの喉から辛うじて声が漏れる。

「まだ…生きてる…」

彼を仲間の元に…
拠点にはレオナンがいるはず…

彼女の意識をそのことだけが支配した。
残された最後のブルージェムストーンを握りしめわずかに残ったSPを使い詠唱する。
地面に這い蹲ったまま…余りにも不格好なその姿のまま彼女は最後の力を振り絞る。

「か…彼の地から彼の地へ…」

グラウを中心に聖なる魔法陣が現れ光が満ちていく。

「…我が神の言葉は等しく道を結ぶものなり」

ジェムストーンを握りしめたその手で印を結び最後の言葉を紡ぎ出す。

「ワープポータル!!」

魔法陣の光が弾け、モロクの拠点へと繋がるゲートが口を開く。
やがて光に包まれたグラウはゲートの中へと姿を消した。
もはや彼女にはそのゲートに到達するだけの力はなく、その場にぐったりとしたまま動かなくなった。
ゲートの放つ光は南へ向かって走り、そして消えた。

ナカマヲマモル?

ナンノタメニ?

ダレノタメニ?

アナタニマモレルノ?

「グラウ…ごめんね…護ってあげられなくて…ごめんね…」

その頬に一筋の涙が伝った。



「ヒール!!」

それはとても暖かい光。
優しい光に包まれてグラウは目を覚ました。

「・・・」
「グラウ、気分はどう?」
「レオナン…?」

自分がいる場所がギルドの拠点だと言うことを理解するのにはしばらくの時間を要した。
「びっくりしたよ、突然血だらけの人が現れたと思ったらグラウだし」

アオも心配そうにグラウを見ていた。

「グラウサ、何があった?」

スラフは神妙な面持ちでグラウに尋ねる。

「カタコンで…ダークロードに遭遇して…確か…うちはメテオをまともに受けて…」

断片的な記憶を少しずつ寄り合わせる。

「…みどりんは?」
「ここに現れたのはグラウさんだけだよ?」

レオナと一緒に治療にあたっていたみんくが答える。

「…行かないと。助けに…行かないと」
鉛のように重く感じる身体を起こそうとすると全身の骨という骨が悲鳴を上げた。

「グラウサ、カタコンへは俺たちが行く。大人しく待っていろ。レオナサ、着いてきてもらえるか?」
「勿論。ドンにベトも来てもらえると助かる」

一行が準備を整えると、

「なっちょん、グラウ任せた」

そうレオナが続けた。



そこに真っ白い世界があった。
どこまでも続く白。
そんな白い世界に、薄紫色の聖衣をまとった二人の女が立っていた。
向かい合った二人の間に、ただ沈黙の時間が過ぎていった。

「あなたは何?」
やがて一方の聖職者が口を開く。

「私はあなた、そしてあなたは私の仮の姿」
もう一方の聖職者がそう答える。

「勝手なこと言わないで、私は私。あなたじゃない」
「そうね。でも少なくともあなたは私の一部」
「一部…」
「己の弱さに絶望して、私の中から飛び出した私の心。それがあなた」
「心…」
「そう」
「そんなの…理解できない。納得できない」
「そうよね、当然だわ」
「…」
「だったら、こう考えてみて。あなたの生きる目的って何?」
「目的…?」
「じゃあ、聖職者としてあなたが果たしたい夢って何?」
「夢…」
「そう、夢」
「私は…ただ強くなりたかった、そう強くなりたかった!」
「それで、夢は叶ったの?」
「私は…強くなった…」
「それで、あなたは満たされた?」
「…分からない」
「あなたがさっきカタコンで流した涙の理由、それを考えてみなさい」
「悔しかった。仲間を守れなかったことが悔しかった」
「そうよね」
「私は強くなった、でも仲間を守ることができなかった…」
「強さにも色々ある。他を傷つける力、そして仲間を支える力。そしてあなたが求めたのは仲間を支える力」
「仲間を支える、力…」
「私が欲しかった力もそう。昔の私にはそれが分からなかった。だから、あなたが生まれた。生み出してしまった。本当に悪いことをしたと思ってる。それがあなたを苦しめることになってしまったから…」
「そういうことか…」
「…本当に…ごめんなさい」
「ううん、あなたが謝ることない」
「…」
「私があなたの一部なら、私の夢も苦しみもあなたと共有してきたはず。それに私という存在が、あなたの道標になったのならそれも素晴らしいことだと思わない?」
「そうね…そうかもしれない…」
「今、分かったの。『あぁ、これで良かったんだ…』って思いながら消えていきたいでしょ? だから私、がむしゃらに頑張ってきた…頑張れたんだ」
「ありがとう… 本当にありがとう…」
「私は今…役割を終える…」
「…うん」
「でも、忘れないで欲しい。私はあなた。あなたと一緒に夢を追い続ける存在だということを」
「…うん」
「さぁ、みんな来たみたいだよ。帰ろう仲間の所へ」
「うんっ!」

白い世界が弾けた。



目を覚ました私はみんなの輪の中にいた。
「みどりん、気分はどう?」
レオナンの暖かいヒールの光に満たされて私は身を起こした。
「うん、何ともない…」
手に力を込めてみる。
これまでとは違った力がそこには宿っている気がする。
そう、あの子が気付かせてくれた力。
私が求めていた力。
仲間を支える力。

「みんな、心配かけてごめんね、帰ろう私たちの拠点へ」

そう、仲間が待つモロクへ…


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【あとがきのようなもの】
(´ω`)ノみどりです。
またしても下手なSSを投下させて頂きます。
今回は拠点メンバーを登場人物に書かせてもらいました。
というか、主演女優「私」、主演男優「グラウ」ですけど…
ネタ自体はずーっと前からちまちま書いていた自分主人公シリーズの第2段です。
それを強引に「夢」の方向に持って行ったから展開が変かもしれません。
(ごめんなさいっ!)
でも、自分なりには結構好きな雰囲気のSSに仕上がったと思っています。
お楽しみいただければ幸いです。