「・・・ねぇ？」
しかし、どうしてボクはこんなトコロにいるんだろう。
「ちょっと！ 聞いてるのっ！？」
ここはフェイヨンの街からだいぶ離れた森の中だ。
このあたりには、エルダーウィローやエギラ、ホロン等々の魔物が出現する。
・・・少なくても、まだ未熟な剣士である彼女と、同じく未熟なアコライトのボクの二人だけでは厳しい場所だ。
「レリーッス！！」
「なっ？！ うわあああっ！？」
いきなり目の前に人の顔が現れて、ボクはひっくり返りそうになってしまう。
目の前の彼女、コクルは何故か怒っている様子で、鋭い目つきでボクを睨んでいる・・・どうしたんだろうか？
「なっ、何？」
「なっ、何？ じゃなーい！ さっきから人のこと散々無視して、どういうつもりよっ！」
「え・・・あ、ごめん。気づかなかった」
「こんなすぐ近くで、しかも大声で呼びかけてるのに気づかないなんて、レリス耳が末期なんじゃないの！？」
「か、考え事してたんだよぉ」
耳が末期って・・・いくらなんでも言い過ぎじゃないだろうか。
でもここで反論しようものなら、それの数倍の言葉が返ってくるのがオチだ。しかも最終的に言いくるめられるのはいつもボクである。
ここは素直に謝っておいた方がいい。
「ごめん。謝るよ、コクル」
「・・・ふん。今回は許してあげるわ」
そっぽを向いて、偉そうな口調でコクルは言う。
・・・まぁ実際、ボクはコクルに頭が上がらない。
別に弱みを握られてるとかそんなんじゃないけど、性格上ボクはコクルに意見するコトなんて滅多にできないでいた。
不機嫌なコクルをそのままにするわけにもいかない。ボクはコクルに向かって聞いた。
「それで、何か用？」
「まったく・・・・ホラ！」
ズイッ、と右腕をボクの前に差し出してくるコクル。
ボクはコクルが一体何をしたいのか理解できず、その腕をしばらくじーっと眺めていた。
「・・・」
「・・・」
妙に重苦しい沈黙が訪れる。
な、なんなんだよぉ・・・・・
ボクが戸惑っていると、コクルの苛々は頂点に達してしまったようだ。
「レリス！ あなたはナニ！？」
「は・・・？ いや、ナニと言われても」
「あなたはアコライトじゃないの？！」
「う、うん。ボクは確かにアコライトだよ。でもそれがどうしたの・・・？」
「・・・・・」
「・・・・・」
ほ、ほんと・・・なんなんだよぉっ！
「レリス！ ヒーーーール！！」
「へ？ あ、はいぃぃっ！」
半分以上条件反射で、ボクはコクルにヒールをした。
その癒しの奇跡は、コクルの体を優しく包み込んで傷を癒していく。
けど・・・・・あれ？
「あ、あのさコクル・・・怪我なんてしてたの・・・？」
そう、見た感じでは、コクルに怪我なんて一つもなかったのだ。
差し出された右腕もそう。出血なんて見あたらなかったし、先程の戦闘で負った傷なら既にヒールで治療済みなハズ・・・
ボクの言葉を聞いて、コクルは不機嫌そうに腕を組んだ。
「さっき歩いてるときに、木の枝に引っかけちゃったのよ」
「は、はぁ・・・？」
「だから腕をよ。ちょーっと擦りむいちゃったから」
「は、はぁ！？」
そ、そんなことで貴重な魔法力を消費しちゃったのかっ！？
一気に脱力してしまったボクは、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
「なによ。不満でもあるって言うの？」
「・・・コクルさ。ここから生きて帰るつもり、ないの？」
「そんなのありまくりよっ！ 例えレリスを魔物に差し出してでも、私だけは生き残ってみせるわ！」
・・・そんなことを本人目の前にして、大っぴらに言わないで欲しい・・・・・
剣士とアコライト
ボクとコクルの二人は、フェイヨンを拠点にして活動する冒険者だ。
冒険者ってのは、魔物を狩ってそれから収集品を集め、それを売ってお金にし、それを元手に装備やらを調えて次の冒険に旅立つ。
そんな生活を送る人たちのことを指す。
ボクらもそんな冒険者の仲間だ。
まだまだ駆け出しで未熟なボクらだが、それなりに充実した日々を送ってると思う。
ボクとコクル。
二人が出会ったのはプロンテラ付近だ。それから何故か、ずっと一緒にいる。
本当に、何故か、なんだ。
どうしてずっと一緒にいるのかボクは分からない。
ボクはアコライトに、コクルは剣士になると言い（出会ったときは二人ともノービスだった）、
一人じゃ何かと大変だから、お互いの手伝いをすることになった。
それが全ての始まりだ。
その頃から、ボクはコクルの背中を追いかけっぱなしだった。
魔物に斬りかかっていくのも彼女が先。攻撃も彼女の指示に従って動いていたし、戦い方もボクは彼女を見て学んだ。
コクルは臆病で鈍くさいボクを、毎日のように厄介なモノのように扱っていたが、それでもボクらは別れることは無かった。
そんな日々がしばらく続き、二人は無事に転職。
実はボクはこの時点で、コクルと別れる決意をしていた。
別にコクルと一緒にいるのが嫌なワケではなかった。だけど、コクルはきっとボクと別れたがっているはずだ。
こんな鈍くさいボクなんかよりも、ずっと素質のあるアコライトなんてたくさんいる。
その人と一緒に冒険した方が、これから先きっと安全で楽しい旅ができるはずだ。
それにコクルは、ボクの性格をあまり好きじゃないみたいだったし・・・
だからボクは、「じゃあ、これからお互い頑張ろう」と言って、握手でもして別れるつもりだった。
二人で行動するのはこれで終わりだと、そう思って疑わなかった。
だけど、ボクが「じゃあ」と言った瞬間。
「よしっ、じゃあこれからどこ行く？ モロク？ゲフェン？ フェイヨンなんていいかなぁ？」
笑顔でそんなことを言われたら、サヨナラなんて言えるはずがない。
結局ボクとコクルは一緒にフェイヨンに行くことに決めて、この関係が続くことになったのだった。
さて。次は今の状況の説明。
特に面白くもない理由だ。
フェイヨンの南東方面に広がる大森林。そこは別名『迷いの森』と呼ばれている。
そこに、ボクとコクルは狩りに出かけた。
いつもなら街の近くから離れないようにしているのだが、この日はコクルの「もっと奥行ってみよう」という提案を了承してしまい・・・
そして、お察しの通り迷ったのだ。
「レリスがちゃんとマッピングしてれば、こんなことにならなかったのにっ！」
それはモノスゴイ責任転嫁ですコクルさん。ちなみにマッピングしろなんて言われたことすらありません。
「疲れたわね。少し休憩いれよう」
コクルのその言葉に従い、ボクは近くの木の下に座り込んだ。
正直言ってかなり厳しい。ボクは体力はカラキシだ。
それに比べて、コクルはそれほど疲れていないようだった。さすが剣士と言うべきか。
この休憩も、コクルがボクに気を遣ってくれたものに違いあるまい。
前にもこんなことがあって、その時コクルに礼を言ったのだが、
「いざって時にヒール使えないんじゃ、レリス役立たずじゃない」とピシャリと言われてしまった。
あれは照れ隠しだったのか、それとも本気だったのか。ボクには判断がつかない。
できれば照れ隠しであったと信じたいものだが・・・
・・・そうであったんなら、可愛いんだけどなぁ・・・
「・・・・・・何よ？」
「っ！？ い、いやなんでも！」
気づかないうちに、ボクはコクルのことをじっと見つめていたようだ。
慌てて目を逸らすと、コクルは「へんなの」と言ってそっぽを向いてしまう。
・・・白状すると、コクルは可愛いと思う。気がついたら見つめていた、なんてことは何度もある。
だけど、ボクとの相性は最悪に近いんじゃないだろうか・・・
もしこれで、コクルがボクと合うような性格だったとしたら、ボクは間違いなく出会ったあのときから心を奪われてしまっていたことだろう。
「これからどうする？ レリス」
コクルがそう聞いてきた。今までは、ただ闇雲に道無き道を進んでいたのだ。
これからもそうやって進んでいいか、とコクルを聞いている。
ボクはちょっとだけ考えた後。
「ここで動かないでいたら、ただ魔物の餌になるのを待つだけと同じだと思う。
人が通りかかってくれる可能性を信じて待つのも手だけど・・・」
いや、きっとその方が正しい選択だ。歩き回ってヘタに体力を消費するのは、やっぱり賢いとは言えないだろう。
だけど、何もしないでただ来るか来ないか分からない人を待ち続けるなんて、とても耐えられそうになかった。
「進もう。たぶん、方角は合ってると思うんだ」
たぶん、だけど。
コクルはボクの言葉に、ゆっくりと頷いた。
「分かった。レリスを信じるよ」
そう言ってにっこりと微笑む・・・・・ぐ、可愛い・・・・
「これで私が助からなかったら、レリスの所為だねっ！」
・・・・は？
「なな、なんでだよぉっ！」
「なんでって、今『進もう』って言ったでしょ？ その結果に死が待ってるんなら、それってレリスの所為じゃない？」
「ち、違うっ、それはちょっと違うと思う！」
「ええぃ、男のくせに女々しいわね。諦めなさい！」
その『諦める』は、この結果に死があるならボクの所為になるというコトだろうか。
それとも、コクルの言うことに逆らうことだろうか。
・・・・・・なんか両方な気がする。
その後五分ほど体を休めて、ボクたちは再び歩き出した。
「だいじょうぶですかっ！？」
一人のノービスが、ナイフを片手にロッカへと斬りかかっていく。その動きはどこかぎこちない。
戦闘が不慣れであることは目に見えて分かった。
それでもそのノービスは、恐れもせずロッカへ向かって走る。
否、恐ろしくないわけがない。今の彼の腕では、どう足掻こうとロッカには勝てないのだ。
そのロッカの前には、ぼろぼろになって倒れているノービス。
もう立ち上がることもできないらしく、ただ目で、自分を助けようとしているノービスを眺めていた。
ノービス・・・彼は手に持ったナイフで、ロッカの体を貫こうとする。しかし鈍い彼の動きでは、ロッカを捉えることができない。
逆にロッカが持っているギターで体を強打され、衝撃を殺せずに後ろに吹っ飛んだ。
彼にとっては、今の一撃だけで戦闘不能になるには充分である。しかし彼は運が良かったらしく、まだ立ち上がることができた。
「うく・・・・こ、来い・・・・・お前の相手は・・・ボクだ・・・・っ・・・！」
震える声であった。恐怖で体もガチガチになっていたし、足もフラフラのようだった。
だが彼は逃げなかった。一番賢いであろう行動を取ろうとしなかった。
今の彼の頭に、『逃げる』なんて選択肢は用意されていない。
ただ、助けると。名前も知らないノービスを、助けたいと。
それだけで頭がいっぱいだったのだ。
（・・・バカなやつ）
倒れているノービス・・・彼女は本気でそう思った。
（なんてバカなんだろう）
まるで、自分から死にに来たような彼。そんな彼を見ていると、無性に腹が立ってきた。
逃げればいいのに。
私は、他人から命を懸けて救ってもらうほど、立派な生き方なんてしてない。
私を助けてどうなるの？
お礼なんて、何もできないのに。
（私を助けようとして死なれたりしたら・・・私が悪いみたいじゃない！）
そんなことは許せなかった。
ロッカに襲われたのは自分のミスだ。弱そうだと思って攻撃をしかけて、この有様だ。
だから、自分が死ぬのであればしょうがない。しょうがなくないけれど、しょうがないんだ。
だけど彼は違う。彼は私を助けようとしただけだ。どうしようもない私を助けようとしてくれただけだ。
そんな彼が死ぬのは許せない。
「・・・げなさい・・・」
声を出そうとすると激痛が走った。だが、そんなことを気にしていられない。
「このバカ・・・っ！ 逃げなさい！！」
余計な言葉まで混じっていたが、言わずにはいられなかったのだ。
彼はその言葉を聞いて、最初キョトンとしていた。しばらく沈黙したあと言葉の意味にやっと気づいたようで、首を横に振る。
「逃げません！」
「・・・っ、なんでよ！ あなたには関係ないことじゃない！」
「ボクはここにいる。関係あります」
「迷惑なの！ 弱いくせに・・・・・勝手に死なれたりしたら、大迷惑よ！」
「それでも、貴方を独りになんてしません！」
ズガン、と。
まるで頭をハンマーで殴られたような気がした。
こんな状況なのに、顔が赤く染まっていくのが分かる。
ロッカは動き出す。目標は彼。
彼はロッカを睨み付ける。・・・大人しそうな顔をしていたから、全然迫力は無かったけれど。
ロッカがギターを振り上げる。彼がナイフを手に身構える。
その二つが交錯する瞬間。
目映い閃光が、彼と彼女の視界を支配した。
通りがかったウィザードのファイアーボルトが、ロッカを直撃した際の閃光であった。
「良かったね。助かって」
「・・・・・そうね」
「あのウィザードさん格好良かったなぁ。ボクもあんな風になりたいなぁ」
「・・・・・（それはきっとムリね）」
「ボクはレリスっていうんだ。貴方は？」
「レリス・・・女の子みたいな名前ね」
「うぅ、言わないでぇ。気にしてるんだからぁ」
（・・・動作もまるで女の子ね・・・）
「それで、貴方の名前は？」
「・・・・・コクル」
「そっか。いい名前だね。よろしくコクル」
「・・・・・・・・よろしく、レリス」
二人は、ここから始まったのだ。
コクルは我が儘であった。
良く言えば、自分の意志を最後まで貫き通す。
悪く言えば、自分勝手。
そんな彼女であるから、友達は多い方ではなかった。友達ができたとしても、すぐに彼女の元を離れていくことが多かった。
だがレリスは、そんなコクルと一緒にいた。
色々と無理難題をふっかけられた。何度も危ない橋を渡らされた。
それでもレリスは、コクルを嫌いになることなんて無い。
時にコクルの自分勝手な行動に怒りを覚えることもあった。呆れてしまうこともあった。
けれどそれだけで、レリスは自分からコクルと別れようとはしなかった。
二人で一緒にいるのは苦痛ではない。ただ一緒に居たいと思うから、彼は彼女と一緒にいたのだ。
「あのさ・・・レリス？」
前を歩くコクルが、振り返りもせずにボクに呼びかけてきた。
「なに？」
ボクは自然にそれに応える。
・・・ちなみに、未だにボクたちは迷子中。迷子になったと自覚してから、早いもので5時間以上経過していた。
何度も魔物との戦闘を繰り返し、疲労はかなり溜まっている。
それでもボクらは知らない道を、ただ進んでいく。
レリスは相変わらず前を見続けながら、ボクへと言った。
「・・・ごめんね。レリス」
「・・・・・・は？」
コクルの口から出てきた言葉は、ボクの思考回路を簡単に停止させた。
予想もしていなかった意外すぎる言葉に、頭がついていってくれない。
コクルに謝られるなんて、もしかすると初めてのことかもしれない・・・
「な、何言ってるのさ、コクル」
ボクは動揺を隠しつつ、コクルの隣りに並んだ。
そして彼女の顔を見て・・・息を止めた。
コクルは泣いていた。
大粒の涙を、止めどなく流していた。
「な・・・・んで？」
どうしてコクルが泣いているんだろう。
ボクはもうワケが分からなかった。
何も言葉をかけることもできず、ボクはただじっと、泣いている彼女を眺めていた。
「私の・・・っ、私の、所為だからぁ・・・・っ」
途切れ途切れの言葉で、涙を拭いながらコクルがそう言う。
ボクは一瞬何を言っているのか理解できなかったが、すぐに納得した。
そうか。コクルは今のこの状況を、自分の所為だと言ってるんだ。
・・・さっき、思いっきりボクの所為にするって断言してた気がするんだけど。
「違うよコクル。これはキミの所為じゃない」
「だって・・・だって私が、奥に行こうなんて言わなかったら・・・！」
「うん、そうだね。でもそれを了承したのはボクだ。だからこれはキミだけの所為じゃない。ボクたち二人の責任」
「でも・・・でもぉ・・・！」
正直言おう。もの凄く意外だ。
コクルがこんなに責任を感じているなんて、思いもしなかった。
迷ったことに気づいた時だっていつものようにあっけらかんとしてたし、
強気で、偉そうで・・・涙なんて関係ないみたいな、そんな風に思っていたのに。
でもコクルは泣いている。
ボクが見ている目の前で、それを隠そうともしないで。
そうだ・・・コクルだって、女の子なんだ。
そしてそれを守るのは、男である、ボクの役目だ。
コクルの涙を見て、ボクは胸の奥から強い意志が生まれてくるのを感じていた。
今までちょっとだけ感じていた恐怖心が、霧がはれるように無くなっていった。
いつもよりも小さく見えるコクル。ボクは、彼女を守りたい。
「泣かないで。大丈夫だから」
ボクは安心させるように笑いながら言った。
「ちょっとだけ休憩しよう。ほら、こっち」
コクルの手を引き、ボクらは大きな木の下に腰掛ける。
二人で肩を並べて、寄り添うように。
しばらく、ボクたちはずっとそのままでいた。
何を語るわけでもなく、ただじっと。
・・・
そのうちにコクルが落ち着いたのか、はぁ、とため息をついてから話し出した。
「恥ずかしい」
「何が？」
「・・・泣いたこと」
涙は我慢するものじゃない。ボクはそう思っている。
泣きたいときに泣けないような環境は良くないと思う。
だからボクは、「気にすることないよ」と言って微笑んだ。
コクルは泣いたからなのか、頬を真っ赤にしていた。
「私さ・・・こんなんだから、友達も少なくて」
「そうだろうね」
「ってうわ、そこでフォローなし？」
「だって事実。フォロー入れようがない」
ボクがそう言うと、コクルは確かにと言って笑った。
「一人でやっていけると思ってたんだ。私。
冒険でもなんでもさ、誰かに頼らなくてもだいじょぶだって。そう思ってた」
「・・・うん」
「でも、違ったんだね。一人じゃどうにもできないことがあるし、助けが必要になることもある。
・・・・・それに、独りはやっぱり、寂しい」
「そうだね。独りぽっちは、寂しすぎる」
「私は弱くなった」と彼女は言った。
「それでいいんじゃないかな？」とボクは答えた。
「なんで？ 弱くなったんだよ？」と彼女は聞く。
ボクは照れながらも、ハッキリ言い切ってやった。
「だって、ボクが守るもの」
ボクたちは逃げていた。必死で逃げていた。
息つく暇もない。木々の間をすり抜け、何度も転びそうになりながらもそれを堪え、走る。
しかし追ってくるモノの葉をかき分ける音は、全然遠ざかってくれない。
寧ろだんだんと接近してきているように思える。
追ってきているのは、『彷徨う者』だ。
ハッキリと言おう。今のボクたちじゃあ、どんなにひっくり返ったところで勝てない魔物・・・それが彷徨う者だ。
彷徨う者の振るう刀の一撃で、体が真っ二つにされてそれでお終いだろう。
だから逃げなければならない。逃げないと・・・捕まったら、終わりだから。
「レリス！ ほら早く！！」
「はぁっ・・・！ はっ・・・・！ はぁっ・・！」
ボクには、コクルの呼びかけに返事をする余裕すらなくなっている。
息は上がり、ボクは肩で呼吸していた・・・・限界は近い。
そんなボクを見て、コクルはやれやれって感じで肩をすくめた。
ボクの手を引っ張って近くの茂みに飛び込み、息を潜める。
「あ〜あ。ここまでかぁ」
「・・・はぁ・・・・・・・へ？」
まさかそれって、命を諦めるって意味のコトバですかっ？！
「レリス、テレポ使っていいよ」
「・・・な、何言ってるんだよコクル・・・そんなことっ・・・できるわけないじゃ・・・ないかっ！」
呼吸を整えつつボクは答える。
そう。実はボクはテレポートならば使える。
だからやろうと思えば、コクルを見捨てて自分だけで街に戻ることだって可能なんだ。
でも、そんなことをやるつもりなんて毛頭ない。
こんな危険な森の中、たった一秒だって、コクルを一人にしたくない。
・・・と、思ってたんだけど。
「実はあるんだよね。蝶の羽」
そう言って、コクルは意地悪く笑った。
・・・・・・・今、なんて言った？ このヒト・・・
「というわけだから、ほら、テレポで逃げなさい。死にたくないでしょ？」
「なっ・・・ばっ・・・ばばっ・・・・何やってるんだよぉぉぉ！！」
今までの苦労とか、全部無駄なモノだったんですかっ！！？
一番最初に確認したとき、「蝶？ そんなの持ってきてないよ」って言ってたじゃないかぁっ！
「あはは、レリスってからかうと面白いよねっ」
「面白いよねっ、じゃない！ いくらなんでも怒るよボクもっ！」
「ほらほら、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。見つかっちゃうぞ」
「う・・・ぐ・・・・・もう！ 街戻ったらたっぷり文句言ってやるんだからっ！」
「へぇ？ レリスって私に文句を言う度胸あったんだぁ」
「むぅー！！ 先に戻る！！」
「はいはい」
本当に楽しそうに、コクルは笑っていた。
ボクはその笑顔を見て苛立ちを覚えながらも、テレポートを使い、ゲートを発生させる。
テレポートで具現化できるのは、使用者のみが乗れるゲート。
これの上位奇跡がワープポータルという奇跡で、これならば使用者以外でもゲートに乗ることができる。
使いやすくてとても人気がある奇跡の一つだ。
ボクが作り出したゲートは、ボクを光で包んでいく。
目の前が真っ白になって、次の瞬間はもう街だ。
本当に便利なものである。
「レリス」
「？」
コクルは笑っていた。
本当に楽しそうに笑っていた。
「ありがとう。私はレリスに、本当に救われてた」
「・・・・コクル？」
「立派なプリーストになるんだぞ。レリスのヒールは本当に暖かくて優しいから、きっと最高の聖職者になれるよ」
「・・・・・っ・・・！？」
その、屈託のない笑顔を見て、気づいた。
けれど、発動したテレポはもう止められない。
ボクの体が白く染まっていく。
もう・・・・・止められない。
コクルは、蝶の羽なんて持ってなかった・・・！！
「・・・ごめんね。私やっぱり、レリスのこと、好きみたい・・・・」
「・・・・・・コクル・・・・！！」
「だから、さよなら。生きて、いっぱい生きて、幸せになりなさいよ」
何か、勝手なことを言っている。
彼女は勝手なことを言っている。
そんなの、そんなの無理だ。幸せになるなんて無理だ。
コクルがいないと無理なのに・・・・！
目の前が真っ白になる。
コクルの顔が見えなくなる。
ボクの頭も真っ白になる。
コクルの笑顔が、頭に焼き付く。
「馬鹿ぁぁぁぁぁああああ！！！」
叫んだ。
声の限り叫んだ。
真っ白に向かって、怒鳴るように。
「ボクだって・・・ボクだって、好きだよぉ・・・・大好きだよおおおぉぉぉぉぉぉ！！！」
ボクのその叫びは、フェイヨンの街に響き渡った。
「・・・キミがレリス君ですか」
「はい」
プロンテラ、大聖堂。
「レリス君の話はプロンテラのここまで届いてきていますよ。なんでも少し前に、フェイヨンでいきなり愛の告白をしたそうですね？」
「は、はぁ・・・」
「街中の人たちが君の告白を聞いたそうで、今ではちょっとした有名人だとか」
「恥ずかしいです・・・」
真っ赤になる青年。
微笑む神父。
「いやいや、若いのはいいことですねぇ。私もあと二十年ほど早かったら・・・」
「あ、あの？ 神父様？」
「ああ、すいません」
ゴホン、と神父は咳払いをした。
そして先程とはうって変わって、冷厳で厳かな雰囲気で語り出す。
「汝、レリスよ・・・」
「・・・・・・」
青年が緊張の面持ちで神父を眺める。
神父はしばらく沈黙した後、
「以下省略」
ズルッ、と青年が転けた。
「神父様ぁ〜！」
「面倒くさいコトは嫌いなんですよ。わざわざ口上で言わなくとも、キミなら大丈夫だと思いますしね」
「でも、なんて言うかですね。ボクとしても心構えの問題と申しましょうかっ・・・」
「大丈夫大丈夫。プリーストの法衣を着れば、それだけで心構えの問題は解決です」
「・・・でしょうか？」
「とまぁそういうわけで・・・・レリス君、プリースト試験の合格、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
この日、彼はプリーストになる。
あの日の約束通りに、立派なプリーストを目指して。
大聖堂の外に出ると、彼に近寄ってくる人影があった。
女性の剣士だ。
彼はその剣士を見つけると、照れくさそうに微笑む。
「どう？ 姉さん」
「・・・サクヤの方が格好いいわね」
「旦那さんと比べないでよ、レトリス姉さん・・・」
そう言ってレリスが苦笑していると、レトリスと呼ばれた女性の後ろにいたプリーストが手を挙げた。
「おうレリス、久しぶりだな」
「サクヤさん、いつも姉がご迷惑を」
「コラ弟。私がサクヤに迷惑かけてると思っているの？」
「そりゃあもう、凄い確率で迷惑かけてると思ってるよ」
「くあー、可愛くないわねぇ」
「ボクぐらいの男に可愛いってのは、褒め言葉と違うんだよ姉さん」
「はははっ、相変わらず仲いいな、お前ら姉弟は」
サクヤというプリーストがそう言って笑うと、つられるように他の二人も笑い出した。
空は晴れ渡り、最高の天気。
太陽の光は優しく、地上に存在する全てを照らし出している。
「弟。ほら、行きなさい」
「だな。早く行ってやれ。色男」
「色男ってなんですか色男ってっ！」
そう言いつつ、彼は歩き出す。
向かう先には一つの人影。
「しっかり捕まえとけよ〜、イロオトコ〜」
「我が弟ながら、やるわねぇ」
そんな言葉を背中に背負いつつ。
「なったよ。プリースト」
「う、うん・・・」
絆はまだまだ、切れそうにない。
「馬鹿ぁっ！！ なんであんな嘘ついたのさ！！」
「・・・な・・・んで、戻ってきたりした・・・のよ・・・」
「うるさい！ 質問してるのはボク！」
「だ・・・って、ああでも言わないと・・・レリス逃げてくれないでしょ・・・・？」
「それで逃げて！ 逃げてさ！！ ボクにこれからどんな思いで生きていけっていうのさ！！
コクルを見捨ててまで生きて、ボクが笑って生きていけるって思うの？！」
「・・・・・・でも・・」
「ボク、かなり怒ってるよ・・・！ もう今までの人生の中で一番怒ってる・・・・！！」
「・・・」
フェイヨン。
血まみれの剣士を抱えたアコライトが、光と共にその姿を現した。
片方はテレポート。片方は蝶の羽の力で。
「ご・・・・ごめんなさ」
剣士の言葉は、最後まで続かない。
アコライトが、剣士をきつく抱きしめたから。
もう、絶対に手放さないという風に。
そしてそのまま、アコライトはヒールの奇跡を使う。
暖かな緑色の光は、剣士と、そしてアコライトを包み込んでいく。
それは、どこにでもある光。
だけれども、特別な光。
暖かい、光。
†あとがき†
海で書いた小説です。
いつもと違う環境で書くと、すらすらと筆が進みました。
やっぱり影響大きいんだなぁ。環境は。
今回メインであるレリスとコクル。
レリスは前作の『そんなふたり』のサブキャラクター、レトリスの弟さんです。
だからと言って永遠のアコライトとかにはなりません。
コクルは我が儘で強気で、でも実はとんでもなく脆い。
そんな風にイメージして書きました。
正直最後の部分は書くか書かないか迷った部分なのでありますが、
でも個人的にはコレを追加した方が好きなのです。
ところで、一体何人の人が、最初に迷ったーって言ってる時点で、
蝶とかテレポとかポタ使えばいいじゃんって思ったんでしょうな。
こういう便利すぎるスキルとかアイテムってのは物語的にはネックになることもしばしば。
ちゃんと考えて書かないと、危機的状況が危機的状況として機能しなくなることも・・・
大問題である。
というか。
これじゃ絆って言うより愛ですね。愛。
・・・・・見逃してください (--;)