私はその日いつもより早く目を覚ました。時計を見ると5時を少し回ったところだった。
ベッドから身を起こし窓の方を見る。まだ日は昇っていない。
トイレに行ってからもう一眠りしよう・・・そう思い、部屋のドアを開けて外に出た。
（何かがいつもと違う、何か胸騒ぎがする。何故？）
心の中にそんな言葉が響いた気がした。
気のせいだろう、そう思いつつトイレに行くが出た後も胸騒ぎが消えることはなかった。
（いつも通りなら母が起きているはずだ。）
そう思い、私はリビングに向かう。しかし、リビングからは灯りが漏れていなかった。
胸騒ぎはますます強くなり、私は両親の寝室へ向かった。お母さんは？お父さんは何処に？
部屋の前に着く。私はその扉を音を立てないようにゆっくりと開けた。
嗅いだ事の無い空気が鼻に入ってくる。部屋は真っ暗で何も見えない。
部屋に入ろうとして膝に何かがぶつかった。私は小さな悲鳴を上げた。
私はそれを確かめるために左手で後ろの壁を探り電気を点けた。足元を見ると横になった本棚がそこにはあった。
何故本棚が倒れているの？その疑問を自分に投げようとするとほぼ同時に私は視線を前に向けた。
明け方のゲフェンに一つの悲鳴が響いた。
-１-
私は暗殺者・・・アサシン
アサシンは、表向きにはMOB相手をしてそのアイテムなどを集めているという普通の冒険者と変わらない生活をしているが、
一部で知られていた別の仕事があった。
暗殺者の名の通り人からの依頼を受け、人を殺し、褒賞金を受け取る。
特定のアサシンは暗殺稼業をやっていたことだろう。
褒賞金半年を受け取れば半年は遊んで暮らせるほどの金が手に入るのだ。わざわざMOBを相手にする必要は無い。
人を殺し金を受け取る。口で言うのは簡単な事だが、人の命を奪うという事を平然とできるほどの心は、簡単には形成できないだろう。
私の場合は両親がアサシンだから・・・という理由もあって、
私も子供の頃からアサシンになる教育を受け、6歳でシーフになり、8歳でアサシンとなった。
別に疑問には思わなかった。親の後を継ぐ。それが当たり前だと思っていたから。しかし、今思えば親の言いなりだった。
そのように子供の頃から血を見てきた私は、血を見たり、目の前で人が殺されても何も感じなくなってしまった。
冷静沈着と言えば聞こえはいいが実際はそうではない。
私の両親のギルドにアサシンとなった私も仮入隊として入ったのだが、
外見は幼い子供・・・ということが原因で、私がアサシンとなったとほぼ同時に私に依頼が舞い込んできた。
結果、私が最初に人を殺したのは8歳だった。
私は何も感じなかった。心がまだ育ちきっていなかったせいかもしれない。
人の命を重く見ていなかったせいであろう。見ていたとしてもその重さは理解できなかったであろう。
その仕事を終えて私は父に訊いた。「私のやっている事は正しいのか」と。
父はこう答えた。
「アサシンという職業は悪い人を殺すのが目的だよ。悪い人は他人に迷惑をかける事ばかりしているんだ。
それを私達がやっつけているんだよ。正しいに決まっているじゃないか」と。子供をなだめる様な口調で答えた。
その時の私は微塵も疑問を抱かなかった。
現に私が最初に殺した人は裏でやましい事ばかりしているのはその頃の私でも知っていた。
しかし、殺す依頼を受けられた対象の人物とは父が言った様な人が多いが、そうでないこともある。
一度、どこぞの金持ちのお坊ちゃまが「あいつムカつくから殺してくれ。」と依頼を出してきた事があった。
まだ10歳にもなっていなかったと思う。
アサシンギルドの掟に暗殺依頼は絶対であるという掟がある以上、私は依頼を断る事ができない。
そして私は依頼者とほぼ同じ年齢と思われる子供を殺した。まだ無邪気な可愛い子供を。
将来は立派な青年になっていたかもしれない子を。
再び私は父に訊いた。「本当に私のやっている事は正しいのか。そんな幼い子供を殺すことが本当に正しいのか」と。
父の答えは前と違っていた。
「お前はアサシンだ。依頼を素直に受けていればいい。アサシンが依頼に私情を挟むな。」と。
なぜか父は機嫌が悪かった。私のせいだろうか。
ギルドを脱退して逃げようと思った。しかし、私は人を殺す術しか習ったことが無い。
MOBを倒し生きていくことはできない。私は依頼を受け、人を殺し続けるしかなかった。
その時からだろうか、アサシンという職業に疑問を抱き始めたのは。
-4-
私は１２歳の時にスカーレットという子と知り合った。私より年下の７歳、赤い髪をしていた。
１週間に２,３回彼女の家に会いに行った。彼女は私を見る度に顔に笑顔を浮かべて抱きついてきた。
一人っ子の私には妹のような存在だった。
彼女は家から出ず、いつも一人だった。「友達はいないの？」と訊くと、彼女は居ないと答えた。
彼女は人見知りだったので、一人で外に出るような事はできなかったのかもしれない。
彼女を忘れられない理由はわからない。私にとってたった一人の友達と呼べる存在だったからだろうか。いや、違う。
ある日、彼女にこんな質問をされた。「あなたは将来何になりたいの？」と。私服の私を見てノービスだと思ったのだろう。
一瞬ハッとなったが、「私は・・・まだなりたい職業は決めてない」と答えた。
「私は・・・」スカーレットは目を瞑り、「プリーストになりたいの。」と言った。
アサシンは死を生む人、プリーストは生を生む人。全く正反対だと感じた。
「こういうのはあんまりよくないけど・・・」スカーレットは申し訳なさそうに言った。「あなたも一緒にプリーストにならない？」と。
「・・・・・・」私は少し言葉に詰まったが、「いいよ。あなたが１５歳になったら・・・一緒にプロンテラ大聖堂に行こう。」と答えた。
あの時の彼女の笑顔は今までに見た事が無いほど輝いていた。
-3-
私はまた仕事の依頼を受けた。これで今月3度目である。
なんでもアサシンギルドで風邪が流行っているらしく、8割近くの人が起きれない状態らしい。
それが原因で私の所にいつもより多く依頼が回ってきた。
余談だが、私は仕事をこなす時は大抵笠とオペラ仮面を装備している。
時々ゴブリン面やスクラッチマスクに変える時もあるが、要するに顔を見られないようにしているのである。
依頼を受けて仕事をしているアサシンとしては当然だ。顔を見られた日には一生外を歩けなくなるだろう。
夜になりターゲットの家に侵入した私は、ターゲットがまずどの部屋にいるのか確認するために耳を澄ました。
上から声が聞こえる。2階にいるようだ。
クローキングを使い姿を隠しつつ階段を上っていく。ターゲットが居る部屋の扉で立ち止まった。中から声が聞こえる。
「・・・」「・・・・・」
ターゲットは一人暮らしだが、客人が来ているようだ。
仕事を第三者に見られてはいけないので客人も殺さなければいけない。今夜の客人は運が悪い。
半開きのドアから部屋に入る。こちらには背を向けてソファーに座り話をしていた。
ここまで近づくと会話も聞こえてくる。一人は女、一人は男。ターゲットは男の方だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・？・・・・・・・。」
「・・・・・・・。・・・？・・・・・・。」女の方の声はどこかで聞いた事がある。しかしそんな事はどうでもよかった。
クローキングを解除し一気にターゲットの男に近づき首元でカタールを引く。いつもやっている事だ。
首から血が吹き出てターゲットは床に倒れた。女に悲鳴を上げさせる前に首を・・・
「きゃあああああああ！！！」できなかった。
女の顔を見てしまった事でそれをできなくさせた。女は・・・スカーレットだった。
「あ・・・あ・・・・」スカーレットは口をパクパクさせたまま床に座り込んだ。
普通死んだ人を目の前で見たらこの様な反応をするだろう。目の前に殺した人物・・・アサシンがいるなら尚更だ。
私はカタールを持ち上げたままその体勢で動くことができなかった。背中に嫌な汗が大量に流れているのが自分でも判る。
私にたった一人の友を殺せと言うのか。友を失うか、私が死ぬかの選択をさせようとしている。神は残酷だ。
スカーレットは口を開けたまま何も言う事ができない。
そのまましばらく時が過ぎただろうか。外が若干騒がしくなってきた。
スカーレットの悲鳴を聞き、ただ事ではないと思った近くの住人が集まっているのだろう。
もう一度私はカタールを持ち直しスカーレットの首を目がけてカタールを・・・できない。体が言う事を聞かない。
私はカタールの代わりにある短剣を取り出した。そしてスカーレットの鳩尾を狙って柄をぶつけた。スカーレットは気を失った。
そして私はその場を立ち去った。
-4-
翌日私は、ギルドのマスターに呼び出された。
「昨日の一件・・・もう一人客人がいたことは知っているな。なぜ殺さなかった。」
すでに話は伝わっているようだった。問題にされるのは当然だ。ギルドの掟を破っているのだから。
「・・・・」私は沈黙した。何も答えられない。知り合いだから殺せなかったなどという言い訳が通用しないのは分かっている。
「まあ・・・そいつは何も見ていなかったと言ったからいいものを。」マスターはそう答えた。
私の思考回路が一瞬停止した後、再び動き出した。
「・・・・？」私は目を丸くした。スカーレットは私を見ているはずだ。どういう事だ。
スカーレットが嘘をついている？被害者なのに？
「彼女の話では、ターゲットとの会話中にいきなり背後から衝撃が来て叫び声を上げたが、
それからの記憶は無いということだ」やはりおかしい。気絶させたのはターゲットを殺した後のはずだ。何故・・・
「今回の件は私が片付けておこう。下がりなさい。」そう言われて、私はその部屋を追い出された。
部屋に戻った私は出掛ける事にした。行き先はスカーレットの家だ。
私が彼女の家に到着すると、玄関に彼女は居た。
「あ・・・」彼女が思わず声を上げる。
彼女と対峙したは良いものの、私は何と話せば良いのか考えていなかった。
いつも通り普通に振舞う？私は友の前で偽りが多すぎる。今度こそ真実を話さなければ。
でもこれ以上彼女にショックを与えたくない。
何の言葉を掛けるか悩んでいる内に彼女が先に言った。「どうぞ。上がって。」と。
私はできる限り笑顔で振る舞い、部屋の中に入っていった。
「・・・・」「・・・・」部屋で二人きりになり、沈黙が流れる。当然の事だ。
昨日のアサシンが私と気付いているにしろ、いないにせよ、目の前で人が殺されたのだから。
「私はあなたに話さなければならない事がある。」そう言って私が話を切り出した。
私が話し出さなければ意味が無い。それに、これで彼女と会うのは最後なのだから。
私は別れを言うつもりだった。さすがに殺すつもりは無かった。
「わかってる。」スカーレットはそう答えた。「昨日のアサシンもあなたなんでしょ？」そうスカーレットは言った。
やはり私だと気付いていたらしい。
「うん。」私は即答した。悩む必要は無い。事実を偽る必要は何処にも無い。
「私を・・・始末しに来たの？」そうスカーレットは訊いた。既に覚悟していたのだろうか。
「・・・ギルドの掟では殺さなければいけない。でも、私にはそれをする気は・・・起きない。」
今の気持ちを素直に答えた。友を守るか掟に従うか、これで2度目の選択だ。
「私を殺して。」思いがけない言葉が口から出てきた。自分を殺せと言われたのは初めてである。
「あなたが悩み続けるなら、いっそ私を殺して。今まで楽しかった。
それに、あなたがアサシンだという事は前から知っていた。」
私はスッと顔を上げた。
「私は知っていた。あなたが私の両親を殺した事を。」何を隠そう、私と彼女が知り合った理由は・・・ここにあった。
「いつ・・・気付いた？」私は思わず彼女に訊いた。会った時点で知っていたならあんな約束を交わそうとしないはずだ。
「昨日あなたが殺した人・・・前に・・・あの人がそう言っていた。
鵜呑みにしたわけじゃないけど、彼の話とあなたの行動は辻褄があっていた。だから・・・確信した。」彼女はそう答えた。
「私はあなたが憎かった。でも・・・憎めば憎むほど・・・憎む気持ちが消えていった。
最初の友達があなただったから・・・あなたが居なければ・・・今の・・・私は・・無かっ・・・た・・・」
彼女の目からは大量の涙が零れ落ちてきた。
「いつかこうなる時が来るのはわかっていた。だから私もずっと覚悟をしてきた。」
彼女は顔を起こして私に叫んだ。
「私を殺して！」
「でも・・・私には・・・そんな事できない・・・」手が震えていた。私は死を作り出すことを恐れている。何故・・・？
そう言った所で、私の意識が一瞬真っ暗になった。
背後から何者かが殴ったらしい、すぐに目を覚まし私が後ろを振り返るが、何もいない。
「がっ・・・！」誰かの声がして、私はスカーレットの方を振り向くと同時に、スカーレットが私に倒れこんできた。
「・・・！」私は脈を計る。すでに息は無い。アサシンの殺し方だ。
同時に背後に気配を感じ、私はスカーレットと共に一気に前へ倒れこんだ。同時に私の居た場所に短剣が突き刺さる。
「さすがは・・・あの方達の子・・・といったところか。」どこからか声がした。
私は懐からクリップを取り出し、サイトを唱える。これなら隠れていても場所を特定できる。
部屋の隅に一人のアサシンが居た。ギルドのマスターだった。
「何故・・・」私は思わずその言葉を発した。
「お前ともあろう者が知らなかったのか？」マスターは私に一つの言葉を発した。
「私のギルドには正式なメンバーとなるために一つの試験がある。アサシンとしての冷酷な心を持つためにな。」
淡々とマスターは言葉を続ける。
「お前にとっての親を除いた中で親密な者を始末する。それが最終試験だ。
さすがに親は殺す気にはならんだろうからな。」
私はその言葉を聞かないフリをしていたかった。
「お前にとってはその女・・・スカーレットだったか？
そいつをしっかり殺していれば正式なメンバーとして認めていたものを。残念だ。」
私の耳にはもう言葉は全く入っていなかった。
会話を聞きながら、私は無意識の内に、まだ温もりが残っているスカーレットに近づいていた。
「ごめんね。スカーレット。あなたの約束を守れず、あなたを守ることもできず・・・。」
呟くように言いながら、私は生まれて初めて涙を流していた。それも人の死に対して。
「そろそろいいか。私もこの後の仕事があるんでな。」そう言いながら私に手を出し「ギルドのバッチを返してもらおう。」と言った。
「その必要はありません。」私にはもう意識が無かったような気がした。
アナタハココデ シヌノデスカラ
-エピローグ-
ここはプロンテラの大聖堂。
そこではアコライトとプリーストが居た。
アコライトはプリーストの前で正座をし、胸の前で手を合わせている。
「・・・・以上が私の記憶の全てです。
私はアサシンの時、たくさんの人を殺めました。
そしてたった一人の友を・・・間接的に殺しました。彼女を助ける事ができませんでした。
プリーストになって、今までの人を殺めるという立場を捨て、私は人を助ける力を得たいのです。
・・・私でもプリーストになる事が許されるのでしょうか。」
話を聞いていたプリーストはこう答えた。
「我々プリーストは一度でも人を殺めた者をギルドに入れる事は許可していません。
しかし、それを承知で過去を語った貴女。アサシンという立場を完全に捨てた貴女。
その勇気と決意があるなら、我々に拒む理由はありません。おめでとうござます。あなたは今日からプリーストです。」
あれから一年・・・。私はプリーストになった。
スカーレットと一緒にという事ができなかったのが悔やまれた。
でも私は、もう一つの約束はせめて果たそうと思った。プリーストになる・・・という事は。
過去の自分と決別するためにアサシンとしての資格を捨てアコライトになり、たった今、プリーストになった。
彼女との約束を果たす事ができた。
私がプリーストになって真っ先に向かった場所は、プロンテラ大聖堂の裏にある墓地。
まだ着慣れていないプリーストの服を少し引きずりながら、一つの墓の前で止まった。
刻まれていた名前は【scarlet】彼女の墓だ。
「スカーレット・・・」私は墓に花を添えながらそこにかがみこんだ。
「今までありがとう・・・そして・・・これからも・・・」
もっと言葉を添えたかったが、話すのが苦手な私には言葉が見つからなかった。
またここに来る時にはしっかり考えておこう。そう決意した。
そして私は、生まれて2度目の涙を流しながらその場を後にした。
これから私は人を助けるために生きていく。今までとは全く逆の道を進んでいく。
それで今までの殺めた罪が許されるとは思わない。
それでも私は人を助け続けたい。
それが本当の私が望んだ事。そして、たった一人の友が望んだ事なのだから。
--end--