「またね〜。」

「また〜。」



彼らは知っている

それが最後になりうる事を





−別れの挨拶−





負の臭いの漂う薄暗い洞窟。

誰が点けたかも判らない灯火がぼんやりと

そこに蠢くもの達の影を作り出している。



彼らが居着いたから負の臭いが充満したのか

負の臭いにつられて彼らが居着いたのか

定かでないほど昔から

そこは死にきれない者達の住処となっていた。



同時に、そこに居着く者の中には

稀に不思議な力を持った鉱石を持つものがおり

冒険者達が良く出入りする場所でもあった。



そのバランスが

際限なく生まれ、集まる不死の者達が

外にあふれ出すということを防いでいた。



しかし

そのバランスが崩れた時

モンスターハウスという現象が発生する。



「は、はぁ、はぁ、はぁ…」



灯火の死角となる場所。

そこに体を縮め

必死で呼吸を整えようとするアーチャーが一人。



しかしその意思に反し

死の危険にさらされ、必死の逃走をした体は

もっと多量の空気を必要としていた。



（怖い、怖い、怖い、怖い…）



彼は鉱石目当てにここに来た一人だった。

動きの鈍い死者の攻撃を避け

聖なる力をもった銀の矢で正確に射れば

ものの数発で屠れるほどの実力は持っていた。

３，４体ならさばける自信はあった。



だからこそ一人で来たのだが、

そこは次元が違っていた。



広間のようにひらけた場所には

見渡す限りの敵、敵、敵…。

彼自身、初めてであったモンスターハウスであった。



如何に動きが鈍いと言っても

後ろに目があるわけでもない。

囲まれれば待つのは死のみ。

彼は一目散に逃げ出した。

逃げ出せるはずだった。



しかし

入り口まで来た彼の目に入ったのは向かってくる新たな死者。



彼の実力があれば難なく倒せただろう。

だが、それに時間をとられれば

後ろから迫る者達に追いつかれてしまう。

彼は、逃げ道の変更を余儀なくされた。



絶望の逃走



彼は、それ以外の入り口を知らない。

あると聞いたこともない。

不死なる者どもは、生きる者の何かを感じ取って追跡してくる。

足が止まれば、いずれは追いつかれてしまう。



絶対に逃げ切れない逃走劇。

濃厚に漂ってくる死の匂い。



震える体



怯える心



そんな彼の脳裏にいつもの光景が甦った。

いつも前向きなソードマン

人の良いアコライト

ひねくれてるが、実は良いやつのシーフ



昨日もいつものように挨拶をして別れた。

「またね」と。



冒険者達は、より深い意味を込めてこの言葉を使う。



いつ、会えなくなるか判らないからだ。

明日、いつも一緒にいる人がこの世から消えている。

それが日常的に起こりうる世界。



だからその言葉を使う。

単なる別れの挨拶ではなく

約束とお呪いと願い

それらを含めて。



昨日も、いつものように挨拶をして別れた。

「またね」と。



それを思い出したとき

彼の震えは止まっていた。

弓を握り

矢をつがえる手に力が入る



意志を瞳に宿し

彼は立ち上がった



明日にでも

「死ぬかと思ったよ」

と笑うために。