気持ちの良い風が吹く草原。
その草原に一本、木が立っていた。
何の変哲もないその木の下に、一人の女が座っている。
服装からして、聖を司り魔を払うプリーストに間違いない。
彼女は時折顔を上げて、緑の葉のついた枝の隙間から空を見上げていた。
「はぁ・・・」
何度目かになるため息。
その表情は、時間が経つにつれて沈んだものになっていく。
空は真っ青で清々しいと言うのに、彼女の心は逆に曇っていた。
「・・・・・・・・・」
やっぱり、来ないのかな？
来てくれないのかな・・・・？
あの日の約束・・・忘れちゃったのかな・・・？
そう思うと、彼女は目に涙を溜める。
だが首をふるふると振って、弱気な自分を打ち消していた。
「・・・ッリカァァアアーー！！」
「！？」
「セリカァァアアアアア！！」
遠くから、彼女の知っている声が近づいてくる。
彼女・・・セリカが待ち焦がれた男が、近づいてくる。
「ロイ！」
「セリカ！！」
二人はお互いに駆け寄り、そしてあつい抱擁を交わした。
「ロイ・・・！ 来てくれた・・・・・！！」
「済まない・・・・・少しばかり、遅れたな・・・・」
ロイと呼ばれた男は、そう言いながら目の前にあるセリカの頭を撫でる。
セリカは嬉しそうに目を細め・・・その目には、今にも零れんばかりの涙があった。
「セリカ・・・お前との約束、果たしにきたよ」
「・・・ロイ・・・・・・」
「・・・・・・好きだ。大好きだセリカ。結婚しよう」
「・・・・喜んで」
そうして二人は、もっと互いに寄り添うように・・・きつくきつく、抱き合った。
空はまるで二人を祝福するかのように晴れ渡り、どこまでも続いているように見えた。
自分の胸の中で泣きじゃくるセリカを、ロイは優しく包み込む。
「泣かないで・・・俺はお前の笑顔が、見たいんだから」
「ひぐっ・・・でも・・・でもぉ・・・・・」
「さぁ、帰ろう。俺たちの家に、さ」
「・・・・うん・・・・・うん・・・・・・・帰ろう・・・私たちの家に・・・」
そうして二人は、寄り添うように腕を組みながら、街の方へ足を向けたのだった。
彼・・・ロイ=ブレンドフィールド。
彼女・・・セリカ=アシュレッド。
二人の出会いは、ほんの偶然の・・・奇跡だった。
そんなふたり
「とかなんとかで回想シーンに入るわけねぇだろうがああああああああ！！！」
「どわぁ！？」
「きゃあああ！？」
突然茂みから飛び出した男が、二人を指さして言い切った。
二人はそのあまりの突然のことに、目を白黒させている。
「なんだ！？ 何なんだお前らは！？ そんなのありかよ！！」
体全体で、納得いかない風を表現するその男。
男の名前はレシュター。しがないハンターである。
「だ、誰だよお前？」
「あ、あの、私たちに何か用ですか・・・？」
ロイがセリカを庇うようにして、レシュターと向き合う。
レシュターはそんな二人の姿を見て、ますます不機嫌な顔になった。
「だあああ！！ だから何なんだよお前らは！！ 何がしたんだよ！？」
その言葉、二人は間違いなく、そっくりそのまま返したいだろう。
ロイは一歩前に踏み出して、レシュターを見やる。
その瞳には・・・・燃え上がる、炎が見えた気がした。
「どこの誰かは知らないが・・・俺とセリカの仲を邪魔しに来たのか？」
「厳密に言うと違うが、結果的に言うとそうなるかもしらん！」
「・・・そうか。邪魔しにきたのか・・・・・」
ギラリ、とロイの眼が光る。
いつの間にか、手には両手剣・・・クレイモアが握られていた。
「俺たちの邪魔をするならば、叩き潰すのみ。セリカ、少し下がっていてくれ。今この邪魔者を退かすから」
「ロイ・・・気をつけてね」
「あぁ、任せろ。俺とお前の恋路を邪魔するヤツは、誰であろうと許さない」
ロイはクレイモアを握りしめ、レシュターを見た。
レシュターは自然体のまま、腰に下げている弓も構えずにじっと二人を見ている。
そんなレシュターの口が、開かれた。
「お前らどうせアレだろ・・・？
ちっちゃいときとかに二人で約束してたのを健気に覚えていて、大人になってからその約束を果たす・・・そんなクチだろ？」
「だ、だったら何だって言うんだよっ」
「ざけんなあぁぁあああああああああああ！！！」
ビリビリと鼓膜がふるえる感覚。
「そんなことが実際に起こってたまるか！ そんなのが起こっちゃったらそれはゲームかマンガだっての！！」
「でっ、でも私たちは実際こうして・・・・！」
「いいか。目を、覚ませ。お前らは騙されている」
「何にだよ！？」
「何だ！？ お前は実際、高校生にもなって幼なじみの女の子が毎朝起こしに来てくれるとか思ってるのかよ！？」
「待て！ 何の話だって！！」
「加えてその幼なじみから『○○ちゃん』とか呼ばれたりするんだ！ 高校生の男に向かってちゃんはねぇだろちゃんはーっ！」
「勝手に暴走するんじゃない！ あとコウコウセイってなんだ！？」
ズガン、と何か致命的なほどに手遅れな音がした。
その音と共に、レシュターの体が軽々と宙を舞う・・・。
そのレシュターの後ろには、釘バットを手に持っている男のプリーストが立っていた。
もちろん、この彼がレシュターを釘バットでぶっ飛ばしたのだ。
下から上へ突き上げるような打撃・・・ただ者ではない。
「悪い。迷惑かけたな」
ため息をつきながら、そのプリーストはそう言う。
「えっと・・・・？」
「いいから。今は何も見なかったことにして、さっさと行ってくれ。その方がお互いのためだろう？」
「あ・・・はい、そうですね・・・」
そそくさとその場から退散する二人の恋人。それが正しい選択だ。
「ま・・・て・・・・・！ 逃がすかこの・・・・・・！」
ゴキッ！
再び致命的な音がして、レシュターは白目を剥いて今度こそ気絶する。
ぶん、と釘バットを振ると、プリーストはまたため息をついたのだった。
「で・・・なんでこんなコトした？」
レシュターの意識が回復したのは、30分ほど経ってからだった。
よほど二発目が良い形でヒットしたらしい。
起きあがったレシュターを冷めた眼差しで見下ろしながら、プリースト・・・サクヤが聞く。
レシュターは首を動かして具合を確かめながら、それに答えた。
「あまりにもベタでお約束な展開だったから、つい・・・」
「お前は、あんな場面に遭遇するたびに、邪魔しに行くって言うのか」
「当然だ」
何の迷いもなく言い切るその言葉。しかしそれはあながち間違いではない。
だって今までは、本当に全てのカップルを邪魔をしてきたのだから。
・・・
「寂しいな、お前・・・」
「そんな目で俺を見ないでくれ・・・・・・」
「だってそうだろう。何で他人の邪魔するんだよ。横から見てるとただのひがみにしか見えないんだが」
「別にそんなんじゃねぇよ」
そっぽを向いたレシュターは、ポケットから取り出したタバコに火をつける。
それを肺いっぱいに吸い込み、そしてゆっくりとはき出した。
サクヤは、そんなレシュターの様子を見てため息一つ。
「パーレルがお前のこと探してたぞ。さっさと行け、馬鹿者」
「うげぇ」
サクヤの口から出た名前を聞いて、レシュターは顔を歪めた。
パーレルとは、レシュターと付き合いの長いウィザードだ。
レシュターが所属しているギルドのマスターであり・・・レシュターとは幼なじみの関係にある。
そう、レシュターにとっては、厄介なことに。だ。
「早くしないとメテオが降ってくるぞ」
「いや、それはいくらなんでも死にますから。俺も」
「昨日はストームガストに耐えたじゃないか。凄いもんだな。やっぱり慣れたのか？」
「・・・ほっといてくれ」
頭痛がしてきた頭を押さえつつ、レシュターは街の方向へゆらゆらと歩き出したのだった。
「・・・おう、待た・・・」
「メテオストーム！！」
紅い光は天に立ち上り、上空にはいくつもの岩石が具現する。
灼熱の炎に焼かれた岩石は、その深紅を纏いつつまっすぐに落下してきた。
あぁ、綺麗だな・・・とか場違いに思ったりする。
「ってどわああああああああ！！！！！！」
ズガン！ ズガン！ ズガン！！ ズガン！！
時間差をつけて落下してくる岩を、レシュターは全て間一髪で避けた。
さっきまで自分が立っていた場所が、岩の直撃を受けて粉砕される。
・・・もし仮にアレの直撃を受けたりしたら・・・
面白くないことになりそうだった。
「て・・・てめっ！ 殺す気かぁあああ！？」
「遅い！ まったくどこに行ってたのよ！」
「何処行こうが俺の勝手だろ！お前は俺の保護者か！？」
「似たようなもの！」
ズバッと言い切る女のウィザード。彼女がパーレルその人である。
放っておくと二撃目を撃ちかねないパーレルの前に、苦笑いを浮かべるサクヤが立った。
「ほら、約束通り連れてきたぞマスター」
「うん、ありがとサクヤ・・・ところで何処にいたの？」
「またあの平原で潰してたよ」
「・・・はぁ、まったく」
潰してた、と言うのはカップルを潰すということだ。
もうパーレルやサクヤにとって、レシュターが『潰す』と言えばカップルという式ができあがってたりする。
「なんでそんなことするのかなぁ？」
「さぁ？ 飢えてるんじゃないか？」
「飢えてねぇ」
不機嫌そうにレシュターは言い、ドカッと地面に腰を下ろした。
「で、俺になんか用かよ」
自分は今機嫌が悪い、という雰囲気がいっぱい出た言葉。
レシュターはお世辞にも人当たりが良いとは言えない。寧ろ怖がられるタイプだ。
そんな彼が不機嫌そうにしている・・・通常の者ならば思わず避けて通りたくなる雰囲気だった。
だが、そんなことはパーレルにとっては意味を成さない。
何でもない風に、パーレルはレシュターをまっすぐに見た。
「ちょっと付き合って」
「・・・どこへだよ？」
「そこまでよ。そこまで」
気づくと、サクヤの姿が見えなくなってしまっていた。
内心舌打ちをするレシュター。
サクヤ当人にとっては、『気を利かせている』つもりらしいが・・・レシュターにとっては逆に迷惑なことだった。
そもそも、レシュターとパーレルはそんな関係ではない。
そんな関係で有り得ない。
男女の幼なじみが、今まで親しい友人として見てきた相手を、何かのきっかけで『異性』として見ることになる。
今まで通り友人として付き合いながらも、一度気づいてしまったらどうしても異性として感じてしまう場面が増えてきて・・・
そして、気づく。
友としてではなく、異性として、好きなのだということに。
・・・そんな話、あるはずない。
少なくても、レシュターにとっては。
目の前の暴走ウィザードを、男と女という関係で、好きになることなんて。
「いい？」
「嫌だって言っても、無理矢理引っ張っていくんだろうが。お前は」
「分かってるじゃない。じゃあ行こ？ 時間は有限なんだから」
嬉しそうに笑って、手を差し伸べてくるパーレル。
レシュターはそれをしばし眺め・・・意を決したのか、手を出してそれに応えたのだった。
「お疲れ様〜」
一方その頃。
姿を消していたサクヤが、街の裏路地の一角に居た。
そんな彼を、笑顔で迎えたのがレトリス。
既に騎士やクルセイダーになれるほどの腕前を持ちつつも、何故かずっと剣士で居る変わり者の女だ。
「おう、ただいま」
サクヤは手を挙げて応えると、当然のようにレトリスの隣りに座った。
そして二人は、これまた当然のように唇を重ねる。
この両人が夫婦であることは、知り合いならば誰でも知っていることだった。
短いキスを済ませた後、レトリスが口を開く。
「どうだった？ マスターちゃんとやってた？」
「さぁてな。マスターはなんだかんだいって奥手だからなぁ。雰囲気はそんなんじゃないんだけど」
「そっかぁ。ちょっと心配だな〜」
「・・・まぁ、相手が相手だしな」
レシュターは、どうしてかは分からないが恋愛事を毛嫌いしている節がある。
もしレシュターの前でサクヤとレトリスがいちゃつこうモノなら、無言のままダブルストレイフィングが飛んでくるレベルだ。
そこはサクヤのニューマで防ぐわけだが・・・問題はそこではない。
どうして、そこまで恋愛を嫌うのか。
そこが問題なのであって。
「マスター、前途多難・・・」
「しかも条件悪すぎる。幼なじみってのはな・・・」
「なんで？ 前から知ってる相手ならどんな人かも分かるし、あの二人は仲良かったよ？」
「そこが問題なんだよ」
グリグリとサクヤはレトリスの頭を撫でる。
頭に疑問を浮かべたまま、レトリスは困ったように微笑んだ。
「髪の毛乱れるよ」
「気にするな」
「気になるよ」
むぅ、と小さく唸るレトリス。サクヤはニヤリと笑いつつ頭に載せていた手を離した。
「・・・ずっと友達だった相手を、いきなり恋人として見れるか、否か」
「え？」
「仲の良い友達・・・幼なじみだと思っていた相手から、好きですって告白されたらどうするか」
「・・・むぅ」
「昔から積み重ねてきたモノが、時には邪魔をすることだってあるってことさ」
「でも、でもさ。好きなら変わらないよ。昔から知ってたってそうじゃなくたって」
「両人がそういう気持ちに気づいていたら何の問題もないんだが、いきなり言われたりしたら驚かない方がおかしい」
「それは、そうだけど・・・」
「まー、これは俺の予想だがな」
そこで一度言葉を句切り、サクヤは続ける。
「レシュターは、きっとマスターの気持ちに気づいてる」
そう。
気づかない方がおかしいのだ。
ずっと一緒にいたと言っても過言ではない二人の幼なじみ。
お互いのことを良く知り合っているのは道理であり、また当然である。
だから、それが些細な変化だとしても、気づかない方がどうかしているのだ。
例えば、自分から目を微妙に逸らす行為だったり。
例えば、自分を見る目が今までと違うと思ったり。
例えば、最近妙に綺麗になった気がすると思ったり・・・
「・・・で、今日はどこ行くんだ？」
前を歩くパーレルに向かって、やる気が無さそうにレシュター。
幼なじみ相手に猫被ったり、外見を良く見せてやる必要性を感じないレシュターは、これ以上無いぐらいに素だ。
言葉使いも、口調にも少しの遠慮もない。
だがそれはいつものコトなので、パーレルも気にしたりはしなかった。
「どこか行きたい場所ある？」
振り返りもしないでパーレル。
別に、と小さく答えたレシュターの言葉を聞いてパーレルは頷いた。
「じゃあ、ついてきて」
返事も聞かないまま、歩くスピードを速めるパーレル。
レシュターはやれやれと肩をすくめて、その後に続く。
しばらく歩いて辿り着いたのは、一つのベンチ。
何の変哲もない、ただのベンチ。
詰めればなんとか四人座れるかな、程度の大きさ。
そこに、音もなくパーレルが座った。
しばしの沈黙の後、レシュターもベンチに腰掛ける。
「どういうつもりだ？」
開口一番そう聞くレシュター。
「ここが目的地か？」
「うん、そうだよ」
「狩りに行くんじゃないのか」
「誰が狩りに行くって言った？」
思い返してみると、パーレルはただの一度も「狩りに行こう」とは言っていない。
ただ付き合ってと言っただけだ。だから特別おかしな点は無いようにも思える。
いや、そもそも・・・
こんな何もない場所を目的地にする時点で、どこかおかしいのだが。
レシュターはポケットからタバコを取り出し、火をつけ・・・ようとして、
「ほい」
パチン、と指を鳴らしたパーレルの指の上に、小さな炎が揺らめく。
ん・・・とレシュターはタバコを銜えたままその火に近づき、着火した。
「便利なモンだよな。ウィザードって」
「こんな時にばっかりそういうこと言うよね」
「だって、一番実感するんだよ。便利だなぁってな」
煙を吐き出しつつ、レシュター。
「役に立ってるんだからいいじゃないか」
「なんか、複雑」
「素直に喜んどけって」
レシュターはニヤニヤと笑った。
パーレルはまだ複雑な顔をしていたが、あまり気にしすぎてもしょうがないと思ったのか素顔に戻る。
・・・・・・・・・・
・・・しばしの、沈黙。
だがそれは、気まずい雰囲気の沈黙ではない。
二人にとってそれは当然の沈黙であり、今更どうこう言うものではなかった。
沈黙が苦にならない関係というのは、かなり打ち解けた間柄であると思われる。
その点この二人は、軽々とそれをクリアーしていた。
「・・・ねぇ」
この日の言いだしは、パーレルだった。
レシュターはふぅ、と煙を吐き、タバコを地面に擦りつけて火を消す。
そしてまっすぐに、パーレルを見た。
「あの・・・さ」
じっと見つめられて、言葉に詰まってしまうパーレル。
レシュターは促すことも止めることもせず、ただじっと言葉を待ち続けた。
自分は卑怯だろうか、とレシュターは思う。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
話が続かない。
無言のままで見つめ合う二人・・・
ただ、いつも通りのレシュターに対して、パーレルの顔は朱色に染まっていた。
（っとに、分かりやすいっつーかなんつーか・・・）
レシュターがその意図に気づいていないはずはない。
分かるのだ。パーレルのことなら、手に取るように。
「あ〜〜〜、もう！」
痺れを切らしたのか、パーレルが声を上げる。
「レシュター、一度しか言わないからよーく聞いてね」
「・・・あぁ」
言葉と共に頷いて応えるレシュター。
「・・・・・・」
パーレルは一度大きく息を吸うと、意を決したように言葉を生む。
「・・・好き、です」
その言葉は、何の飾りもない、素直な言葉だった。
だが、だからこそそれは、正直にぶつかってくる。
何を言われるのか察しがついていたはずのレシュターにとっても、それは例外ではなく。
言われた瞬間、頭の中が真っ白になるという体験をすることになった。
言われた。
言われて、しまったのだ。
その事実が、レシュターを打ち付ける。
「あの・・・それでさ、私と付き合って・・・くれないかな・・・？」
しどろもどろになりながらも、懸命に言葉を紡ぐパーレル。
いつもの雰囲気とのギャップが凄い。
それだけ、真剣ということなんだろう。
・・・・・
答えなんて、決まってる。
「パーレル」
「あ、はいっ！」
丁寧に返事をして、背筋まで伸ばす始末。
らしく無いことこの上ない・・・。
心が、痛む。
「ごめんな」
そんな心を完全に無視して、レシュターはそう言った。
ごめん・・・つまり、受け入れることができない旨を。
「あ・・・・・・・」
「お前のことは好きだ。この気持ちに偽りはない。
だけどな。俺の好きと、お前の好きは、違うモノだ。
・・・分かるだろ？」
全部を言葉にしなくても、伝わってしまうのが今目の前にしている相手だ。
嘘偽りを言おうものなら、すぐさま見抜かれてしまう。
厄介で、それでいて、暖かい相手。
だから、パーレルはレシュターが嘘を言ってないことは分かっていた。
・・・正直に言えば、最初から、こうなるだろうって、分かっていたのだ。
「お前さ、今の俺たちの関係に何が不満なんだよ。付き合うとのと付き合わないのと、違いって何だ？」
「・・・・・・」
「俺はただ一緒に、楽しくやれればそれでいい。
お前がそのうち誰かと結婚して、ガキ作って・・・俺はお前ら夫婦を冷やかしに行く。
そのガキと遊んだりする。
それでいいんだよ。俺は」
それに。
今更、幼なじみに対しての『好き』を、女に対しての『好き』に変えることなんて・・・
「・・・それじゃあ・・・・・」
「・・・ん？」
「それじゃあ―――――――」
何が起こったのか、レシュターは瞬時に理解することができなかった。
目の前にある、パーレルの顔。
唇に柔らかい感触・・・・・・
何を、しているのか。自分が何をしているのか、分からない。
「――――幼なじみってだけじゃ、こういうこと・・・・・できないじゃない」
「おま・・・え・・・！？」
「付き合うってのは、そういうこと・・・
幼なじみと恋人じゃあ、全然違うよ。レシュター」
「・・・・・・」
言葉を失い、レシュターはただ固まっていた。
パーレルはゆっくりと身を引き、ベンチから立ち上がる。
そして小さく微笑むと・・・街の喧噪の中へと、消えていった。
「・・・・で？」
フラフラと歩いていたレシュターを、サクヤが見つけて呼び止めたのがほんの数分前。
今は小さな酒場の一席で、二人は酒を酌み交わしている。
「何があった？」
「いや、別に・・・・」
「別に、じゃない。お前鏡見てみろ、ヒドイ顔してるぞ」
「・・・お前には関係ないよ」
ぐい、と酒を煽るレシュター。
サクヤはため息を一つつき、同じように酒に手を伸ばした。
こうなったら我慢比べである。
レシュターが話す気になるまで、こうやって同じペースで酒を飲み続けてやる。
そう意気込むサクヤだったが、意外にもあっさりレシュターは口を開いた。
「分からなくなった」
「・・・・何が？」
「俺が」
レシュターが持っていた、『好き』という感情が。
完全に分からなくなってしまっていた。
「好き、の境界線ってなんだろう？」
「はぁ？ 何言い出すんだお前は」
「家族に対する好き、友達に対する好き、好きな食べ物に対する好き、自分の好みに対する好き・・・恋人に対する好き。
好きにもたくさんあるけれど、それの違いが分からなくなったんだ」
・・・重症だ、とサクヤは思った。
「お前・・・分かるか？ サクヤ」
そう問われて、サクヤは考える。
好き・・・言葉としては同一。だけれど意味が少しずつ違う『好き』
だけど、それは何となくだが、理解できる。
言葉にするのは難しいけれど、でも、分かるのだ。
「お前は分からないのか、レシュター」
「分かってたつもりだった。だけど分からなくなった」
「・・・そうか」
そういえば、とサクヤは言う。
「マスターは何処行ったんだ？ 一緒じゃなかったみたいだが」
「あぁ・・そこらへんうろついてるんじゃないか？」
「喧嘩でもした？」
「そんなんじゃねぇよ」
サクヤには、大体の察しはついていた。
パーレルの気持ちも知っていたし、「今日告白する！」って宣言も聞いていた。
そして、一人でフラフラと歩くレシュターに、何処に行ったか分からないパーレル。
想像することは簡単である。
「今さ、お前何を考えてる？」
「今・・・？」
「マスターのこと、考えてるか？」
「な・・・！？ んなわけ・・・！」
「考えてるよな？」
サクヤの言葉には、有無を言わさぬ迫力があった。
それが事実であったこともあり、レシュターはまともに反論できない。
黙ってしまったレシュターを見て、サクヤは苦笑した。
「今はさ。それでじゅうぶんだよ」
「へ？」
「ほら、行け馬鹿者が」
顎で、店の入り口を示すサクヤ。
「マスター、探してこい」
「なっ・・・何で俺が」
「つべこべ言うな。行け」
半ば無理矢理、サクヤはレシュターを店から追い出した。
「そう・・・今は、それでいい」
その呟きは、誰にも聞かれることなく消えていった。
探せと言われても困る。
というのが普通なのだが、相手はあのパーレルだ。
行きそうな場所の検討はついていた。
その場所へ足を向けつつ、レシュターは自問する。
自分はパーレルを好きなのか、どうかを・・・
思い出すのは過去の日の思い出。
そして、先程の彼女。
・・・・・
まぶしい笑顔が、浮かんで消える。
切なげな表情が、浮かんで消える。
少し怒った表情が、浮かんで消える。
ただそれだけで、胸がいっぱいになる感覚。
好きです、と言われた。
頭が真っ白になりそうになった。
・・・あぁ。なんだ。
結局。
好きなんだな。俺も。
何か吹っ切れた気がした。
・・・今まで、自分は恋愛事を毛嫌いしてきた。
それは、自分に対する苛々が原因の一つであろう。
自分の本当の気持ちに気づかない自分に、苛ついていたのだ。
無意識のうちに。
そしてそれを、他人にぶつけてきた。
（迷惑なヤツだったな、俺）
そう思うと、思わず苦笑してしまった。
そこは、街から少し離れた場所にある草原。
その草原には、小さな泉が存在する。
時には旅人が、喉の渇きを癒やし。
時には聖職者が、聖水を作るために利用する。
そんな泉に佇む影が一つ。
その影に向かって、レシュターは歩く。
ここは、いつも泣きたいコトがあると来ていた、二人の思い出の場所。
周りに誰も居ないこの場所で、何度声を上げて泣いたことか。
そこに、またこうやって訪れている。
影は、レシュターのことに気がついていない。
レシュターはゆっくりと、近づいていく・・・
そして後ろから、優しく、包み込むように抱きしめた。
「・・・っ・・！？」
「そのまま聞いて欲しい」
身を固めさせる相手に、レシュターは優しい口調で話す。
「俺さ・・・・・・お前のこと、好きみたいだ」
いや、この言い方はちょっと嫌だ。
「・・・お前が好きだ。俺と付き合って欲しい」
さっきとは逆の立場。
告白するってことは、こんなにまで胸の鼓動が高まるモノだったのか・・・とレシュターは思う。
後ろから抱きしめたままで、レシュターは返事を待った。
「あ・・・えっと・・・・・」
やっと絞り出した、といった風な声。
その声に、違和感を感じる。
あれ？
「あの、そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど・・・急すぎて、その・・・・・・」
顔を真っ赤にしながら、初めて見る彼女は困ってしまっていた。
・・・・・・
「誰だお前ぇぇええええええ！！！？」
「あっ、はいごめんなさい！ アフェリといいます！」
「いや！ 名前を聞いてるわけじゃなくて！」
「え、ギルドですか？！ すいません未加入ですっ！」
慌てふためく両方。
そこに・・・
「何してるのかな・・・？ レシュター？」
「やっぱり・・・やっぱりなのか！？」
そこに現れるは、もちろんパーレル。
手には稲妻のエネルギーをため込み、すぐにでも打ち出せるように見えた。
・・・痛いで済むだろうか。あの稲妻は。
「待て！ パーレル誤解だ！」
「何がどういう風に誤解なのかなぁ！？」
ちなみに、今この状況にあっても、レシュターはアフェリに抱きついたままである。
事態が飲み込めずあたふたしているアフェリを、思い出したかのようにレシュターが解放した。
「逃げろ」
「え？」
「逃げてくれ・・・・・・」
切実だった。
「もうっ、知らない！！
ユピテルサンダーっ！！！！」
迸る稲妻の奔流。
当たる、当たる、当たる・・・もう目の前。
あぁ・・・上手くやれないな・・・・・俺は・・・・・・・・
「ぎゃああああああああああ！！！！」
レシュターの叫び声が、広い草原に木霊していった。
「いいの？ こんなんで？」
「いいんだよ、こんなんで」
「分からないなぁ・・・」
少し離れた場所に、剣士とプリースト。
彼らはレシュターたちの様子を眺めて、笑っていた。
「よく言うだろ？ 『お約束』って」
<<<あとがき>>>
約束なんてお題を聞いたとき、きっと皆シリアスな話を書くんだろうと思いまして。
一人ぐらい違うのが居た方が面白い！って思って、ラブコメ風に書いてみました。
こういうのはまだ書き慣れていないせいか、難しく感じます。
まだまだ未熟。もっと頑張ろう。