「約束、したからね」
「あぁ、絶対帰ってくる。」
そんな、言葉ダケで二人は別れた。女の手には大きな指輪、男の胸にはネックレスがぶら下げてあった。
度重なる化け物の襲来、度重なる悲劇の犠牲者、そして最愛の人の不安げな顔が若い男を動かした。
求む、勇敢なる者。
この看板の元に集まった人数およそ１２０、そのうち即戦力になる者４０。即戦力といえど、それは精鋭とはほどとおい人たちだった。
そう、もとより戦力になるものなんて期待すらしてなかったのかもしれない。
集まったのは騎士でもなんでもなく、農民ばかり。
彼らは、彼らの家族や大切な人を守るために立ち上がった。
志高く、義気に訴えてこの平和を乱すモノを討つべくして立ち上がった勇敢なものたち。
彼らが皆死に絶えればこの町には繁栄という文字が消えてなくなるだろう。
戦では数が多いことも大事だが、一人一人が恐慌しないことが更に大事になる。
ひとり恐れれば三つ恐れる、三つ恐れれば十つ恐れる。
無用の混乱をさけるため、始め１２０人志願した者からその数５０まで減らされていた。
逆に考えれば、全滅したとしても街としてはとくに痛くもない譲歩できる犠牲ということ。
ようは、死んで来いということ。
死地へ向かうのはこの世に生きることを捨てること、その信念を誰かに託すということ。
それでも残った男たちの意思はかわらなかった。
「これより我々は北を目指し、アルデバランへと向かう予定だ。
普段なら迷いの森をさけて、ミョルニール山脈を通るところだが。
今回の遠征は迷いの森の踏破と、その奥地にいる凶悪な化け物を倒すことにある。
生きて帰る希望を持てるようなところではないが、それでも皆、生きて帰ろう」
さあいくぞ、の声に雄叫びが続く。
その隊には農民上がりの騎士がほとんどと、中年というよりは壮年といった感じの騎士と、これまた壮年の聖職者だけだった。
農民上がりの騎士たちは、あの人を守るという思いから。
壮年の騎士と聖職者は、あの世への手土産と、先のあるものを守ろうという思いから、それぞれ志願したのだった。
そんな中でも二人だけ、若い騎士と若い聖職者がいた。
彼らは数多の戦場をかけ、数多の死を乗り越えてきた歴戦の猛者だ。
彼らがこの隊の希望であり支えであり、戦力だった。

丘をひとつ登り、下ったその先に見えた森。
遺跡のような建物があるその奥に迷いの森は存在していた。
どんな精鋭でも一度入れば戻ってこれないという、そんな話のある森に隊は臆することなく突き進む。
化け物による奇襲、毒、罠などにより隊の人間は次々とヤツらの餌食となった。
残り30人、まだ、その奥地にすら到達していないというのに。
これほどまで死人が出たのには深いわけがある。
頼りとしていた、リーダー格の若い騎士と若い聖職者が突然その姿を消したのだ。
それでも、まだ全滅していないのが不思議なくらいであった。
「うあああああ！だしてくれ！家にかえらせてくれぇ！」
一人、一人と減っていく仲間に耐えれなくなったのだろう。
また、一人恐慌に囚われた。こうなっては、もう彼はタスカラナイ。
「全員、動くな！」
が、一人の青年の簡潔な指示によりそれは収まった。
もとより恐慌に囚われたものに難しい理由は通じない、支えがあれば止まるのだ。
簡潔で的確で威厳のある声があればそれに頼りたくなるのは道理だった。
「皆、俺には無理だと思ってると思う。もう家に帰れないんじゃないかと思ってると思う。
だけど、俺たちは好きな人を守るためにここまできたんだ。
それをここで恐れて投げ出すということは、好きな人を裏切ることになると思わないか？」
静かに、だが皆に響いたその声は、そう、彼女に約束をした青年の声だった。
「死ねとは言わないし、俺自身死にたくない。だけど、なにもせずに逃げ出すのはいやなんだ。」
青年を見つめる仲間たち、彼らの顔にはもう恐れはうつっていない。
「もう少しだけ頑張ってみようじゃないか！」
もう少し、という言葉がどれだけ大きなものか、青年自身は知っていたが。
それでもその言葉が皆の力になるのならばと口に出した。
もう少しがんばった先に残るのは、死ぬ（とまる）ことだけだ。
そうして、活気を取り戻した隊は奥地へと進んでいった。


「ねぇ、ティール。今、何をしているの？」
窓辺でセーターを編みながら、たった一人の男を待つ女性がそこにはいた。
彼女の恋人が、街を離れたのはもう半年も前のことだった。
食料がまさかそこまでもつことはない、そんなことはわかりきっていた。
それでも、まだ、彼が死んだということは実感できないでいた。
指にはめている彼の指輪は、いつだって暖かかった。
もちろん、それが彼の生きている証拠だなんて思ってはいない。
実感はできないが、彼はもう戻ってこないだろうということもわかっている。・・・でも約束したのだ、彼と。

―回想
「なんで私を置いて行っちゃうのよ！ねぇ、お願い・・・お願いだから置いていかないで・・・。」
恋人に寄りかかりながら泣き崩れた彼女をなんとかして泣き止ませようと思考錯誤するがうまくいかない男。
彼女が彼の身を案じれば案じるほど、彼もまた化け物から彼女を守らなければと思いを強くしていく。
傍にいてくれることを望んだ女、その女が平和に暮らしていけることを望んだ男。
「・・・。」
結局なにも言うことができず、男はひざをかがめ彼女の肩に手を置き、不安をしずめるかのようにキスをした。
「絶対俺は帰ってくる。そうだな、心配になったら・・・」
と、いつもはめてた指輪を渡す。
「その指輪を触ってみてくれ、そうすれば俺が生きてるかどうかわかるから」
そのくらいな事しかできない自分を責める男。
「じゃあ、私の指輪も・・・ネックレスにしてつけて。私、祈ってるから」
そのくらいな事でしか力になれない自分を責める女。
これ以上一緒にいると、お互い更に辛くなると思ったのだろう。
一言二言喋っただけで今生の別れとなったのだ。


「ねぇ、ティール。今日は楽しいできごとがあったのよ。
ほらお隣のトール叔父さんとミリィおばさんが喧嘩してて、
あまりにも大きな声で怒鳴りあってたもんだから事件だと思って騎士団の人たちがきてね。
それはもう大事になって当初の二人は恥ずかしいと二人一緒になって固まっていたわ」
くすくすと笑う彼女の手元にはやはり編みかけのセーターがあった。
彼女自身気づいてないのだろうが、既に二桁のセーターができている。
アレの娘はおかしくなってしまった、と近所の人の声が聞こえる。
あの人が明るく楽しそうにしていることが怖い、と近所の子の声が聞こえる。
ただ、彼女の耳には届いていないようだった。
そう、ここは彼女と青年の居場所。それ以外は存在していないし、存在することすら許されない。

「ふぅ、今日も疲れたなぁ・・・」
どかっと椅子に腰をかける青年、その向かいには幸せそうに微笑む女。
普通の家庭、きっと、この風景をみて不幸だなんて思う人はいないだろう。
「うんうん、お疲れ様。冷えたミルクあるけど飲む？」
青年は酒を好まない、よって冷蔵庫にある飲み物はミルクだけだ。
「お、気が利くねぇおまいさん。この調子ならいつだってうちにいてほしいぐらいさ」
ぽんぽんと頭をなでる青年。やはりその顔も幸せそうだ。
「あ、じゃあまたきてもいい？」
腰をひいて上目遣いで尋ねるしぐさはとても色っぽい。
自然と唾を飲み込んだ。あぁとしか答えれない。
「っと、そうだ。そういうことなら合鍵渡しておくよ。好きなときにきてくれればいいからさ」


「ねぇ、ティール。今日はいいお天気ね〜。私こんな天気が大好きなのって前にも言ったよね、ごめん。」
ぼけーっと外を眺める女。と、窓がゆっくりと開き・・・女がなにも言わずに落ちた。
どん、という音と共に地面にたたきつけられる女。開いた窓があるのは、二階だ。
下が草むらだったことが幸いしたのだろう。わずかにうめき声が聞こえた。
「うぅ、会いたいよティール・・・。もう、私わかんないよ・・・。ねぇ、会いたいんだよう・・・！」
彼女の目からは、止まることのない涙が、静かにぽたぽたと流れていた。

アレの娘はもうダメらしいという声が聞こえる。
あの家には近づいちゃいけないという声が聞こえる。
それらは存在してはいけないハズの物なのに、彼女の耳にも静かに届いた。
窓には鉄格子がかけられ、ドアには鍵がかけられた。
青年と彼女しかいてはいけない空間が完成したのだ。
空虚で幸せな生活。あるのは孤独。あるのは絶望。それでも彼女は思い出の中をさまよい続ける。


おぞましい体、おぞましい顔。
そう、すべてが受け入れることなんてできない物の塊のソレは明らかに、俺の命を狙っていた。
「フィリさんキリさんウェンリさん。皆に支援を！
ディリさんクィリさんは隙をみてアイツに神の教えをたたきこんでやってください！」
触れただけで、俺から魂を刈り取るであろう。その鎌をよけながら、指示をだす。
まだまだこんなところで死ぬわけにはいかない。
「フィル、キール、ポールは右から、デインさんムールさんバンさんは左から攻めてください！俺は奴の気を引きます！」
危険な賭けだった。
ヤツには幾度となく切り込んでも、蚊にもさされた風に見えないのに、こちらは一度食らえば死ぬ。
体だけが死ぬのなら、まだ息を吹き返す可能性もある。
だが、奴の鎌は精神を刈り取る。故に一度でも食らえば終わりだろう。
ちら、と既に事切れた仲間が見えた。
その剣で受けようとした人たちはことごとく摘み取られた。
その魔法で受けようとした人たちは、結界ごと葬り去られた。
故にかわすことだけが、死を先延ばしすることができる。
それも、極度の運動で足がすぐに限界に達するであろうことは目に見えていた。
と、突如足元に十字架が浮かび上がり、どこからか賛美歌が聞こえてきた。
その声が呪いの声だというように、突然苦しみだした化け物。ヤツからは煙があがり、虫の息のように見えた。
一気に形成逆転か、と思った矢先にヤツの手が突如あがる。
いやな予感がして、その場を離れた瞬間。目の前が暗闇になった。
ロードオブヴァーミリオン、それは、あまりの威力、あまりの速度でこの世に現れた。
目がくらくらとする。雷の光が強すぎてどうやら焼け付いたようだ。
このままでは俺も死ぬ、と感じた俺は直感で左へとぶ、とんだ矢先に体の右側があつくなった。
魔法の連射などと聞いたことがない。しかも、この威力、まさにソレはとんでもなく化け物だった。
仲間が生きているか、死んでいるかもわからないなか。それでも必死に逃げ続ける。
と、もう一度賛美歌が聞こえた。その救いの声を頼りに足を進める。
唸る咆哮、轟く地響き。・・・どうやら、ヤツは倒れたらしい。
安心感からか、まだ危険だというのに俺はその場で気を失った。



「なんで私、生きてるんだろうね」
指輪をさすりながら、彼女はつぶやく。
親指につけたその指輪はやはり今も暖かかった。
自分の首を絞めてみる。普通なら苦しいと思うんだろうけど、今はとくになんにも考えなかった。
このまま消えてしまえればいいのに、と何度思ったことか。私を一緒に連れて行ってと何度思ったことか。
そうして、彼女は気を失った。もちろん、気絶をしただけで死んだわけではない。
だが、とんでもなく苦しいことを平然と行ってしまうあたり、もう正常ではないのだろう。
暗くなっていく世界のなかで、どたどたと音がして。がちゃりとドアが開いた気がした。


「ばか！人が土産もって帰ってくれば・・・なにしてるんだよっ！」
悪態をつくが、今は疲れきって眠っている彼女を無理やり起こすのもあれだと思ったので、
いや、本当はなんといって彼女に謝ればいいのかわからないのだ。
ここまで彼女を追い詰めたのは自分であり、今まで手紙のひとつも寄越さなかったのも自分、
あいつが喜ぶ顔がみたいから、なんて店に寄ったことを今更に後悔した。
「お前が死んじまったら、お前が死んじまったら俺・・・」
涙が、頬を伝って、彼女の胸のあたりへポタポタと落ちた。
彼がその右手に持ってるのは、小さな蒼い箱。それを彼女に贈ろうと思っていたのだ。
「ごめんなぁ・・・。お前を幸せにしたくて・・・、化け物を倒せば襲われる心配は減ると思ったのもたしかだけど、
報酬でお前に楽しいことさせてやりたくて・・・。まさかここまで思いつめていたなんて、本当ごめんなぁ」
謝り続ける青年も、いつしか眠りに落ちた。


「ただいま〜、あーあ、今日も疲れたー」
それは普通の生活
「あ、おかえり〜、うん、今日もお疲れ様〜」
それは幸せな生活のかけら
「なぁ」
「うん？」
呼びかけに応じ、青年の目に視線を合わせる女。
「俺たちって、幸せだよな。いや、俺は幸せだ」
照れくささからぽりぽりと頭をかきながら、彼女を見つめ続ける青年。
「くすくす、どうしたの突然？・・・私も幸せよ」
見つめ返して、そうして二人は確かめあうようにキスをした。




あとがきっぽい奴


えっとですね、田淵です。
これを見た人はアオさんだけだと思いますが（残念違いますBy.蒼）、どうもこんにちは。
実はこれ、急遽ひねりだしたものだったりします。
これを書く前にせこせこ書いてた奴が行き詰ったので、
まぁいいや他に適当な奴作っちゃえってことで、できちゃったのが今作品。いや、まぁ、出来はご愛嬌ですが。

幸せっぽいのを目指して書いたつもりですが、話が飛び飛びになったような気がします。
文章力がなくて申し訳ないと言ってしまってはそれまでだと思うので言いません。
むしろ、ROなんて最近全然やってないから世界観が微妙かもしれません、そのへんは温かい目で見守ってね！
どうもありがとうございました。