12/28 曇
「・・・ここですか？」
案内を頼んだウィザードに、プリーストは尋ねる。
「はい。」
２人がそう言って止まったのは一つの家の前。
2階建てで敷地も広く、造りは豪華なのだが、門と扉の所に蜘蛛の巣が大量に作られている。
長い間ここを出入りした者はいないようだ。しかし・・・
「何処の部屋にいるか・・・わかりますか？」
プリーストにはこの屋敷の中に人がいるという確信があった。
「おそらく・・・2Fに続く階段を上がって、突き当たりを右に、2つ目の曲がり角を・・・」
「はいはい、ストップストップ」
「？」
プリーストはウィザードの言葉を遮った。ウィザードは不思議そうにプリーストの方を向く。
「・・・何か？」
「あ・・・えっとね・・・」
プリーストは頭を掻いて、こう言った。
「・・・案内よろしく」
一瞬の沈黙の後・・・
「・・・・・・はい」
ウィザードはそう答えると、錆びついた門を開け、
プリーストと共に屋敷に入っていった。
「・・・ここです・・・か？」
「・・・そうです・・・・・・多分」
ウィザードは不安げな表情でプリーストにそう言った。
案内役であったはずのウィザードが屋敷内の道を忘れてしまい、2人はすっかり迷っていた。
「・・・・・・」
プリーストはドアノブをチェックすると、
「ここだな・・・。他の扉と違ってここのドアノブは錆びついていない。使われ続けている証拠だ。」
「は・・・はぁ・・・」
プリーストの無駄な検証によって間違いがないことが証明されたらしい。
もっとも、そこの扉の真ん中に、部屋の持ち主と思われる名前が書かれているのだが、プリーストの方は全く気づいていない。
「・・・大丈夫かな・・・本当に・・・」
「・・・・ん？何か？」
ウィザードの独り言がプリーストの耳に入ったようだったが、
「あ・・・いえ・・・私はもうよろしいでしょうか？」
「うむ。わざわざすまないね。」
「いえ」
「あ・・・ちょっといいかい？」
「？」
プリーストに言われ、ウィザードは足を止める。
「ちょっといくつか質問を・・・」
「ふむ・・・」
「もうよろしいですか？」
「うん、ありがとう。それじゃ」
ウィザードはその場から立ち去って行った。
「さて・・・と」
コンコン・・・
「・・・・・」
プリーストは部屋のドアをノックしたのだが、返答がない。
「まさか餓死してるんじゃないだろうな・・・」
「・・・・勝手に殺さないでください」
「おわっ」
突然扉の中から声が聞こえ、プリーストは思わず声を上げた。
「・・・中にいるならノックで返答ぐらいして欲しいものだが・・・」
「あなたが誰かも判らないのに何故返答しなければならないのですか？
泥棒だという可能性もあるでしょう。」
そう突っ込まれ、プリーストは言葉を失う。
「・・・そ・・・それは・・・えーと・・・」
「とりあえず」
中の声は言葉を遮り、
「名前と用件だけ言ってください。そして用が済んだらさっさと帰ってください。」
「・・・えーと・・俺の質問にも答えて欲しいのだけど・・・」
「・・・・・・何ですか？」
中の声は少しずつ言葉が柔らかくなったのでプリーストは扉の前に座り、中の声に質問を投げかけた。
「君の名前は・・・リアでいいんだよね？」
「・・・・そうですが？」
躊躇いながらもリアはそう答えた。
「・・・・・」
プリーストが次の質問をすべきか悩んでいると、
「で・・・・・用件は？
名前だけ聞きに来たとかいう冗談は止めてくださいよ。」
プリーストは一瞬ためらった後・・・
「・・・この状態じゃ・・・訊いても無駄だろうしな・・・また明日来るよ。」
「・・・・・・別に来なくてもいいです。」
リアの言葉を、聞かないフリをしてプリーストはその場を後にした。
カチャ・・
プリーストが去った後リアが部屋から出ようとすると、足元に写真が落ちていた。
「・・・？」
リアはそれを拾い上げたが
「・・・・・・」
写真に写っている人を確認した後、その写真をリアは紙を手で丸めた。
それを真っ直ぐゴミ箱に投げたが、写真であったものは地面に着く事はなく、消滅した。
「・・・誰だったんだろう・・・」
リアは一瞬悩んだ後、再び部屋に戻っていった。
12/29 雨
その日は朝から雨が降っていた。
「あれ・・・」
プロンテラの大聖堂に戻ってきていたプリーストは、持ち物が減っている事に気づいた。
「なあ・・・俺の持ってた写真・・・知らないか？」
近くにいた女僧侶に尋ねる。
「さあ・・・。昨日言った時に落とした・・・とかでは？」
プリーストは一瞬迷って、
「ふ・・・・む・・・・そうかもしれないな。」
プリーストは少し不安になったが、荷物をまとめると
「・・・ワープポータル!!」
自分の思い通りの場所に一瞬で移動できる呪文をプリーストは唱え、プリーストは今日もあの屋敷に向かった。
後には先ほどの女僧侶が残った。
「・・・・」
彼女は窓から空を見上げる・・・。
相変わらず雨は降り続いており、止む気配は微塵も感じられない。
「・・・大丈夫・・・よね・・・」
一途の不安を抱えつつもそれを振り払い、彼女はいつも通り礼拝堂に向かった。
コンコン・・・
「・・・・またあなたですか？」
プリーストは少し考えた後、
「残念ながら正解。」
そう言って、昨日の扉の前に座った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
外は雨が降っている。
二人が黙り込むと、天井や廊下の奥から水の音が響いてくる。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・用があって来たんじゃなかったんですか？」
しびれを切らしたリアがプリーストに尋ねた。
しかし、気配はするが返答は無い。
リアが扉に耳をあてると
「・・・・・・Ｚｚｚ・・・Ｚｚｚ・・・」
プリーストのいびきが聞こえてきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・あの・・・」
「ぐぅ・・・・ぐぅ・・・」
「・・・・・・・」
リアは部屋の中にある椅子を持って・・・・
「・・・・」
扉に叩きつけようとして思い止まった。
「はぁ・・・」
リアは扉に背を向けて座り
「・・・Ｚｚｚ・・・」
プリーストと共に眠り始めた・・・。
「リア！」
どしゃぶりの雨の中、リアは町の近くの川に居た。
3日間降り続いた雨で、堤防がいつ決壊してもおかしくない状況にあった。
「・・・おい！」
堤防のすぐ傍に立っていたリアに一人のプリーストが寄ってきた。
「ここは危険だ！早く避難を・・・」
しかしリアはその声を無視していた。
「・・・私のせいでこうなったんだから・・・」
リアは振り返ると
「責任は最後まで背負います・・・」
そう言うと、プリーストの声を背に、上流に向けて走り出した。
「待て！リア！危険過ぎる！」
プリーストの声は雨の音に吸い込まれていった。
ザザザ・・・・
未だに雨は降り続いている。
「・・・・夢・・・？」
リアが目を覚ます。ほぼ同時にプリーストも目を覚ました。
「・・・あれ・・・俺何してたんだっけ・・・」
そして腕時計を見る。
「4時・・・か・・・」
夜明けを見てからあまり経たない内にここに来たので、かなりの時間寝ていた計算になる。
「待ちくたびれて私まで寝ちゃったんですけど・・・」
扉の向こうからリアの声がきこえた。
「・・・あ・・・ごめん・・・」
寝ぼけた様子でプリーストは答える。
「いえ・・・特にする事も無いので・・・」
リアがそう答えると
「・・・本当に？」
「・・・・はい。」
「・・・・」
プリーストはもっと追求したい所だったが、変に聞き出そうとするのはまずいと思い、話を変えた。
「ところで・・・なぜ扉を開けてくれないんだい？」
「・・・人と会いたくないんです。」
「・・・・俺と話してるじゃないか。」
素朴な疑問をプリーストは投げかける。
「本当は人と話をしたくは無いんです。だからこうやって扉を閉めてここの中で一人で・・・」
「・・・ようするに俺が邪魔者だ・・・と。」
「そうです。」
即答されてしまい、プリーストは肩を落とした。
「・・・いや、すまない。今日は帰ることに・・・」
プリーストが立ち上がりながら言うと
「待って」
「・・・・？」
リアはプリーストを呼び止めたが
「・・・やっぱり何でもありません。ごめんなさい。」
それっきりリアは沈黙した。
「・・・・じゃあ俺は帰るわ・・・。」
そういうとプリーストは
「・・・ワープポータル!!」
光と共にその場から消えた。
あとには降り続ける雨の音だけが虚しく響いていた。
12/30 雨
「そういえば・・・写真見つかりました？」
昨日の女僧侶は尋ねたが
「・・・・Zzz・・・」
「あの・・・」
プリーストは椅子の上で眠りこけていた。
「・・・・今日も全国的に雨ですよー。」
そういいながら部屋の奥に消えて行った。
女僧侶が戻ってくると、その手には水の入ったコップがあった。
「・・・５、４、３、２、１・・・」
女僧侶はコップに入った水を・・・
「０！」
バシャッ！！
「うわあああああ！」
プリーストの頭の上からかけたのだった。
「な・・・何を！」
手荒く起こされたプリーストは女僧侶に抗議したが、女僧侶は
「人が質問してるのに寝てるからですよー。クスクス。」
と笑いながら答えた。
「・・・何もそんな起こし方せんでもいいだろう・・・」
「どんな反応するか楽しみだったので。」
「・・・・・・人で遊ばないでくれないかい？」
プリーストは苦笑いしながらそう言った。
「はーい。」
「・・・聞いてるのか聞いてないのか・・・」
「・・・何です？」
女僧侶は注ぎたてのお茶が入ったマグカップを持っていた。
「・・・・いや、何でも・・・」
プリーストはやや慌てながら、話を変えた。
「で・・・質問というのは？」
「ああ・・・そうそう」
女僧侶はマグカップを置きながら先ほどの質問をした。
「昨日の写真見つかりました？」
「・・・・すっかり忘れてた・・・まあ無くても困らないけど・・・」
「・・・すでにボケが始まってますね・・・Amen...」
女僧侶は胸の前で十字架を作る。
「いやいや待て。縁起の悪い事を・・・。」
「冗談ですよ。クスクス」
「・・・冗談っぽく聞こえないからやめてくれ・・・。」
「人間、冗談がわからないと生きていませんよ。」
相変わらず女僧侶は笑いながら話をしていた。
｢ああそうだ・・・。｣
唐突にプリーストは話を切り出した。
｢何でしょう？｣
プリーストは真剣な顔つきになり
「ちょっと訊きたい事があるんだけど・・・時間いい？｣
「大丈夫ですよ。礼拝堂に行くのは8時ですし。｣
プリーストは時計を見る。長針は8を、短針は7を半分ほど回っていた。
「えっと・・・｣
「ふむ・・・なるほどね・・・｣
プリーストは頷いた。
「どうもありがとう。参考になったよ。｣
「今ので参考に・・・なりました？」
「ああ、十分さ.さて。
・・・そろそろ出かけてくるわ。君もそろそろ時間じゃないのかい？」
2人時計が見ると、8時を回っていた。
「ああ。そうでした。では行ってきますね。」
そういうと女僧侶は昨日と同じように礼拝堂に向かっていった。
「さて・・・と」
プリーストは荷物をまとめると
「・・・ワープポータル!!」
リアの部屋の前に着くと、予想外の反応が返ってきた。
「お待ちしてました。」
「・・・・え？」
扉の前に来た途端、中からリアの声がした。
「・・・って言ったらうれしいですか？」
「・・・期待した俺が馬鹿だった・・・。」
プリーストが落ち込みながらそう言うと
「期待する方が間違ってるとも言います。」
リアはそっけなく答えた。
「・・・どこぞの知り合いとそっくりだな・・・」
独り言を呟きながらいつも通り扉の前に座り・・・
ギー・・・
「うわわ！」
閉められていると思っていた扉が、プリーストが寄りかかるのに合わせて開いた。
ゴツッ!!
「痛てぇ・・・」
後頭部を地面にぶつけ、プリーストが痛がっていると
「わざわざ開けておいてあげたのに・・・それぐらい気付いてください。」
部屋の奥からリアの声が聞こえた。
「そういえば・・・面と向かって話すのは初めてでしたね。」
リアが部屋の奥から出てくる。
「あなたの名前を聞いてないのですけど・・・。」
リアはプリーストに質問をする。
「俺の名前？」
「はい。人の名前だけ聞いて自分は名乗らないなんて不公平ですよね。教えてください。」
プリーストはため息をつくと
「俺の名前は・・・」
「・・・・・」
「・・・・秘密です。」
「・・・出て行ってもらえます？」
リアがプリーストを部屋から追い出そうと杖を持ったが
「・・・ちょっと待ったちょっと待った！」
プリーストはリアを必死でなだめる。
「では名前を・・・」
プリーストは一瞬間をおいた後・・・
「名前はあるが・・・今は明かせない。」
「何故です・・・？名前を名乗りたくない・・・名乗れない理由でも？」
「いや・・・どちらでもないが・・・。」
「では名前を教えてください。」
リアは再び訊ねた。
「ちょ・・・ちょっと待ってくれ。」
「？」
「今は明かせないんだ。明後日になったら教えるから・・・」
「・・・・明後日・・・」
リアは部屋に飾ってあったカレンダーを見る。
今日は12月30日なので、明後日という事は年が明けた1月1日という事になる。
リアは不審な目でプリーストを見る。
「約束は・・・守ってくださいね。」
「もちろんだ。」
「・・・守らなかったら・・・」
「守らなかったら・・・？」
リアは一瞬考えた後
「じゃあ・・・その頭に乗ってる天使のヘアバンドください。」
そう言って指を指したプリーストの頭には天使のヘアバンドが乗っている。
「・・・わかったわかった・・・」
そういうとプリーストは床に腰を下ろす。
「さて・・・悪戯でドアを半開きにした理由を教えてくれないかい？
すごく頭痛かったんだけど・・・｣
そう言いながらプリーストは頭の後ろを撫でる。
｢あなたがあまりにもしつこいので質問に答えようかと。｣
｢・・・聞けるのはありがたいがもっと別な理由は無いのかい・・・？｣
リアは少し考えて
｢じゃあ・・・気紛れという事にしておいてください。｣
一瞬の沈黙・・・
｢・・・もしかして俺・・・嫌われてる？｣
｢・・・・・・鈍過ぎますよ。｣
｢・・・いいさ・・どうせ俺なんて・・・俺なんて・・・｣
プリーストは床の溝を指でなぞっている。
｢・・・質問に答えて欲しかったんじゃなかったんですか？｣
リアが言うとプリーストは
｢ああ・・・そうだった。｣
｢・・・・この人は一体・・・｣
リアはただ唖然とするばかりだった。
｢では・・・｣
プリーストの顔が真剣になる。
｢1年前の12月31日・・・君が記憶している中だけでいい。その1日の間の事を教えてくれ。｣
｢・・・・わかりました。｣
そう答えるとリアは目を瞑り、話を始めた。
そして時は遡る・・・1年前の12/31に。
続。