〜 Memory of the rain 〜
「はぁ〜・・・。」
あたしは、窓の外を見て大きく溜め息をついた。
空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうである。
こんな日はベッドに潜って、好きな本でも読んでいたい。
「はぁ〜・・・。」
再び大きな溜め息をつく。
コンコン・・・。
「シェールちゃ〜ん。早くしないと遅れるよ〜。」
扉がノックされ、外から甲高く少々幼い声が聞こえてきた。
「はいはい。わかってますって。」
あたしは少々億劫ながらも支度を済ませる。
「お待たせー。マール。」
マールと呼ばれた女の子はメガネをかけ、幼く見えるがあたしと同い年で、
つい先日、あたしと共にプリースト試験に合格したばかりだ。
「シェールちゃん、おそ〜い。司教さまに怒られちゃうよー。」
マールは口を尖らせ、抗議の声を上げる。
「ごめん、ごめん。急ごうか。」
あたしたちは、家を出てプロンテラ大聖堂へ向かった。
「ねぇねぇ、シェールちゃん。」
「ん?なに?」
「司教さまが何の用なんだろねぇ?」
「んー。そうよね。あたしたちって、プリースト試験に合格したばかりだし・・・。
なんだろうね?」
新米プリーストに一体何の用だろうっと思いながら、
マールとあれこれ話しているうち、大聖堂に到着した。
司教の部屋の前まで来ると、あたしは深呼吸をし、扉をノックする。
コンコン・・・。
すると、奥から声がした。
「入りなさい。」
あたしたちは、緊張の面持ちで部屋の中に入る。
「失礼します。」
部屋には二人の人物がいた。
一人は司教。もう一人は精悍な顔立ちのクルセイダーだった。
そのクルセイダーは、あたしたちの方をチラっと見ただけで、再び視線を戻した。
「それでは、私はこれで・・・。」
クルセイダーはそう言うと部屋をあとにした。
彼が部屋を出て行ったのを確認すると、あたしは少々緊張気味に尋ねた。
「それで、御用とはなんでしょうか?」
「ああー。まぁ、大した事ではないんだがね。
これを修道院の修道長に届けてもらいたいのだ。」
司教は本を数冊と手紙を出した。
「他の者に頼もうと思ったが、あいにく皆出払ってしまってな。
それと、私はこれから城へ赴かねばならんのでね。」
「はい。わかりました。」
「うむ。よろしく頼む。」
荷物を受け取ると部屋をあとにし、修道院へと向かった。
「んー・・・。」
「どうしたの?マール。」
「荷物運びなら一人で充分じゃない?」
「それもそうだけど・・・。まぁ、細かいことは気にしない、気にしない。」
聖カピトーリナ修道院はプロンテラから北東に位置し、モンクになるための修行の場ともなっている。
修道院までの道のりは、マンドゴアラの森と猿山を越えなければならない。
森はすんなり抜けたものの、猿山でチョコに追い回されたりしたが、なんとか辿りついた。
「はぁ〜。着いたぁ〜。」
マールが溜め息まじりに、やれやれといった感じで言う。
「さてと・・・。」
あたしたちが門のところでキョロキョロしていると声をかけられた。
「こんにちは。何か御用ですか?」
声の方を見ると、修道女がこちらに歩いてくるのが見えた。
「あ、こんにちは。」
こちらも挨拶をすると彼女はニコっと微笑んだ。
「あのー。修道長さまにお会いしたいのですが。」
「そうですか。では、ご案内します。」
あたしたちは彼女の後についていく。
その途中、あたしはある考え事をしていた。
この修道院に以前、居たのではないかと。
しかし、どう考えても思い出すことができない。
記憶そのものが消えてしまっている。
そう、あたしは2年前からの記憶がないのだ。
それ以前、あたしはどこで何をしていたのか・・・。
「こちらです。」
案内してもらった彼女の声で我に帰った。
「修道長。お客様です。」
「ん?客?」
あたしたちはペコリとお辞儀をする。
「何用かな?」
「ヴィンセント司教より荷物と手紙をお届けに参りました。」
「おぉ、ヴィンセントからか。ご苦労だったな。」
修道長は荷物と手紙を受け取ると、手紙に目を通した。
「ふむ。」
一瞬何か考えた様子だった。
「しばらく待っててもらえないかな。彼に返事を書く故。」
「あ、はい。」
「ルシェリ。彼女らに、この修道院を案内してやってくれ。」
「はい。わかりました。」
あたしたちはルシェリと共に部屋を出た。
「自己紹介がまだでしたね。私はルシェリと言います。」
「あたしは、シェールです。こっちはマール。
二人ともプリーストになったばかりですけど。」
彼女と雑談をしながら修道院の中を回っていた。
ザアァ・・・。
「あ〜。とうとう降ってきた。」
修道院の大きな建物の裏手から外へ出たところだった。
そのには花畑とテラスのようなものがある。
「残念ですね。天気が良いと景色がすごくきれいなんですよ。」
「へぇ〜、そうなんだ。」
ルシェリの説明を受けながら雨のその庭を見ていた時・・・。
ドクン・・・。
「え・・・?」
突然、目の前に映像が浮かんだ。
(まただ・・・。)
雨の日になると、時おり、ある映像が見える。
それはいつもならぼんやりとして、はっきりとは解らない。
しかし、今度のは違った。
鮮明な映像として、あたしの目に映っていた。
雨の音なのか、雑音なのか、なにかわからないザーっという音がしている。
その映像には雨に打たれる人物が二人。
一人は立ち、一人は倒れている。
立っている人物の手には血のついた短剣が握られていた。
その人物はこちらを振り返り、向かってくる。
遠くにいる時は解らなかったが、近づくつれ顔がはっきりと解った。
(・・・!。マール・・・。)
メガネはかけてなかったものの、確かにマールだった。
(なんで・・・。)
「きゃっ!」
悲鳴であたしは我に帰った。
そこには、倒れているルシェリと傍に佇むマールがいた。
「ルシェリさん!」
駆け寄るが反応がない。
「マール、なにが・・・!。」
佇むマールは何も言わなかった。ただ手には血のついたナイフが握られていた。
「ルシェリさんを・・・!?」
「大丈夫よシェール。彼女は死んでないわ。気を失ってるだけ。
でも、早くしないと危ないかもね。」
「・・・!。マール、あの時もあなたが・・・!?」
「あの時・・・。そう、やっぱり記憶が戻ったのね。」
メガネのレンズが光って表情を窺い知ることはできないが、
マールは淡々とした口調で話し始めた。
「2年前、あの日も今日のように雨が降っていた。
当時、私はある女に脅されていて、現金とか要求されていたのよ。
その要求が段々とエスカレートしていって、話し合うためにここへ呼び出したの。
でも、あの女、全く私のことには聞く耳持たずで・・・。
それで脅しのつもりでナイフを見せたの。
そしたらちょっと揉み合いになって気がついたら刺していたわ。
私は気が動転して、何度も刺していたのよ。
その時ちょうど、シェール、あなたが来てしまったって訳。
あなたを刺したのも私よ。」
あたしはその話しを聞いて愕然とした。
確かに、脇腹に刺し傷のような傷跡がある。
「止めを指そうとしたとき、人が来たので逃げたけど。
そして1年前、街であなたを見かけた時、驚いたわ。
あの傷なら死んでてもおかしくなかったし。
それで私はあなたに近づいたのよ。でもあなたにはあの時の記憶はなかった。
私は監視という意味も含めてあなたと一緒にいたの、いつ記憶が戻るか判らないからね。」
「マール・・・。」
雨は激しさを増し、遠くで雷鳴が聞こえている。
「はぁ、いろいろ話しちゃったね。でも、もう終わりよ・・・。
あなたが死ねば全て終わり・・・。」
マールはナイフを握り締める。
「やめて!マール!」
「シェール、もう遅いのよ・・・。」
ナイフを構え、あたしに向かってきた。
「マール!」
それは、まるでスローモーションのようにゆっくりと見え、周りの雨音は聞こえない。
そして眩い光に、あたしは目を瞑っていた。
ガキン!
カラン・・・。
ザアァー・・・。
鳴り響く金属音、そして一瞬の静寂、雨音だけが聞こえる。
あたしは恐る恐る目を開ける。
目の前に誰かが立っていた。
「大丈夫か?」
「あ、あなたは・・・!?」
その人物は司教の部屋で会ったクルセイダーだった。
「なぜ、ここに?」
彼はマールの方を見据えたまま答えた。
「いやなに、たまたま用事でここに来ただけでね。
そしたら何か叫び声が聞こえたもんでね。」
マールは予想外のことに驚いていた。
「もういいだろ。バカなことはやめろ。」
「・・・し・・・のに。」
「ん?」
「もう少しだったのに!」
マールは素早く落ちているナイフを拾うと、雨の中を崖の方へ走っていた。
あたしたちも彼女の後を追った。
「マール!」
「来ないで!」
マールは自分の喉にナイフを突き付ける。
「バカなことはやめて!ナイフを捨てて。」
あたしはジリジリと彼女との距離を縮めていく。
それに反し彼女は崖の方へ後退りする。
「いや・・・。」
「マール・・・。」
その時マールの足元が崖の端に着き、彼女はバランスを崩す。
「あっ!!」
あたしは咄嗟に駆け寄り、寸でのところでマールの腕を掴んだが、彼女は宙吊りの状態になった。
「シェールちゃん・・・、どうして・・・。」
「どうしてって・・・、友達でしょ・・・。」
「シェールちゃん、あなたとはあんな形で会いたくなかったよぉ・・・。」
「マール・・・。」
その顔は雨で濡れているが、目には涙が溢れているようだった。
遅れてクルセイダーが駆け寄って、マールの腕を掴もうとする。
「さわらないで!」
彼が一瞬怯むと、マールは無理矢理あたしの手から腕を解いた。
「さようなら・・・。」
彼女の口がそう言ったように見えた。
「マール!!」
あたしは目一杯腕を伸ばすが届くはずもなく、
彼女の体は小さくなり、海の波間に消えていった。
「いやーーーーーーーっ!!!」
・・・・・・・・・・
気が付いた時、あたしはベットに寝かされていた。
あの後のことは覚えていない。
後で聞いた話しによると、あたしはかなりパニック状態だったらしい。
ルシェリさんは一命を取り留めたということだった。
あの時のクルセイダーは何度かお見舞いに来てもらっていた。
その度に「君の力になる」と言っている。彼なりの励ましだろう。
窓の外は雨が降っているが、西の空が明るい。間もなく止むだろう。
しかし、あたしの心の雨は当分止みそうにない。
〜 END 〜
*あとがき*
(´ω`)はぁ〜。自己満足的SSです。
ちょいと○曜サスペンスようなベタな展開になりますたな・・・。
まぁ細かいツッコミはなしの方向で。
強引な展開は2時間ドラマの王道ですよ。(ぉ
お題が「雨」だったんでどう話しに絡ませようと、結構悩みましたな。
そんなこんなで悲しい?ラストになりました。かなりベタですか?
次回のお題しだいでは、明るいものにしたいな・・・。
(´・ω・`)ノシ