――――――――生きたい？

白い影はそういった。

虚ろな意識の中で、だけどその影は不思議と形を成していく。

――――――――生きたい？

白い影、いや、白い女の輪郭をしたものがもう一度、言った。

何故だろう、僕はこの女性に見覚えがある。

　だけど、誰？

傷の痛みはもうなかった。

頭がそんなことを考えるのをやめたからかもしれない。

　今はただ、流れ出る血の温かさだけが、僕を包んでいる。

　苦痛から解放され、たぶん、僕はこれから死ぬのだろう。

　なんだか、夢みたいだ。

　実際、夢、なのかな。

　次に目を開けたら、おでこに赤い跡をつけて、眠そうな眼を擦ってて。

　何かの授業の先生に、コラっと頭を小突かれてでもいるのだろうか。

　――――――――生きたい？

　わかんないよ、先生。

　白い女は怪訝そうな顔をした。

　我知らず口に出していたのだろう。

　知らないはずのこの白い影に先生だなんて。

　―――――――もう、時間があまりない。

　あれ、ちょっと待てよ。

　僕はこの人を知らない、はずだ。

　でも、どこかで見覚えがあると思っている。

　―――――――残念だけど、もう

　この姿。そしてこの、声。

　消え入りそうな意識が、最後の活動をしようともがく。

　この影が誰に見えるのか、ありったけの情報を検索にかけていく。

　信じられないくらい速く。だけど、信じられないくらい構築される答えはぼやけていた。

　だんだん、僕の身体は考える力を失っていく。

　呼吸、もう、やってないんじゃないかな。

　ほら、あと少し。

　あともうすこしだけ、頑張れ。

　意識の霧の果てに、答えはある。

　答えの向こうに、白い影の女がいる。
　
　二つは段々近づいて。

　霧は待っていたとばかりに晴れてくる。

　でも、なんの冗談だろう。

　だって、そんなこと、あるわけないじゃないか。

　だって、こんなところに。

　でも、あなたは。

　―――――――

　せん、せい・・・？

　僕の中で何かがカチリとはまった。

　だけど、それだけだ。

　僕が知っている人と似ているその白い女が、淋しそうな顔をする。

　あぁ、そんな顔しないでほしい。

　もう、何も考えられないってのに。

　―――――――あなたは、生きたい？

　だけど、消え入りそうな僕の最後の意識は、

　「生きたいよ、先生」

　そう、答えていた。





Vanishing