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夢を見ていた。
スペースプランによって生まれた、宇宙の世界、ユミル。そのユミルと地球との関係は不仲にあった。ユミルは独立を求め、地球はそれを拒否。そしてそれは争いに発展し、今、ユミル連邦軍は、この戦争を終わらせるべく、ユミルの為に、戦っていた。
俺もそのユミル軍人の一人で、戦場の中に居た。
スペースプランの提唱者にして最高責任者であるラファイエット・マクシミリアンは、世界の五本の指に入る発明家だった。80年前、当時54歳だったマクシミリアンは、スペースプランを提唱し、その実行の最高責任者となった。
宇宙船を始めとする、スペースプラン実現の為の発明を、10年の間続けた。
そしてスペースプランが実現し、人は宇宙にできた初めての都市、月面へと飛んだ。その月面都市は、アスガルドと名付けられた。
そしてその後もマクシミリアンは発明を続けた。
そして、完成した。
マクシミリアンの持つ全ての力の結晶。機械人形（ギアロイド)。
外見は人間と何ひとつ変わらないが、中身は人間以上に高性能だった。マクシミリアンはギアロイドを開発したその翌年、息を引き取った。
マクシミリアンがギアロイドを造り出した理由は、誰も知らない。
しかし、ギアロイドは凶悪な兵器と化してしまった。
スペースプラン実現後、ユミルは地球の管理下に置かれ、長い平和の中で人々は生きていた。
しかし20年前、この戦争が始まった。
ユミルによる地球独立戦争。当時、古い言葉で言えばお手伝いロボットであったギアロイドは、戦場に投入された。ギアロイドは機械であるから、それに詳しい技術者を集めれば、ギアロイドの兵器化など容易い事だった。ギアロイドは宇宙空間でも活動はできるし、少し改造すれば、宇宙空間を自由に動く事もできる。
そして、この戦争は、20年、そして、今も続いている。
「珍しいな、イェンゼン。お前が読書とは」
月面都市アスガルドにあるユミル軍本部の食堂に居た。コーヒーを飲みながら、読書をしていると、一人の男が声をかけてきた。
「何だ、トスカか」
「トスカニーニだ」
「どっちでもいいだろ」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
「お堅い奴だな」
食堂には、俺とトスカ以外は誰もいなかった。
何でトスカが此処へ来たのかはわからない。が、こいつが俺に声をかけてくるのは珍しい事だった。いつもは俺から声をかけるんだけどな。
「何を読んでいるんだ？」
トスカがそう尋ねた。俺は表紙を見せ、本の題名を見せた。
「・・・・・ほぉぅ、お前がこんな物を読むとは、珍しいな」
「そうでもないさ」
「『ラファイエット・マクシミリアン』か・・・・・」
未だに俺がこんな本を読んでいる事を珍しそうにしているトスカ。俺が本も読めないバカか何かとでも思っていたんだろうか。そう思うと少し腹が立つな。
関心しているトスカに、ふと、思った事を、俺は訊いてみた。
「・・・・・マクシミリアンは、こんな戦争が起こる事を予想していたと思うか？」
トスカは一瞬、「こいつどうしちゃったんだ？」みたいな顔をした。俺はそこまでバカだと思われていたのか。
しかしトスカは、すぐに俺の質問に真面目に答えてくれた。
「当時の思想は、偉大なる宇宙への進出だけが目的だった。その後の事などは全く考えていなかっただろう」
そう、人々の憧れである果て無き海原。強いて目的を挙げるなら、地球の人口問題の解決ぐらいだ。
「しかもマクシミリアンは、相当な発明バカだったとも聞く」
つまりは発明をする事だけが喜びであり、それ以外はどうでも良いという事なのだろう。ならば、スペースプランは、マクシミリアンにとって、人類の更なる進化への貢献ではなく、自分の心を満たすだけのものだったのかもしれない。
どうであれ、人類に大きな進化を与えたのは事実だ。
「しかし私は、マクシミリアンはこうなる事を予測していたと思っている」
トスカは俺が相槌を打つ間も無く喋りだした。
「その本にも書いてあると思うが、マクシミリアンは晩年、こんな言葉を残している」
「人は長く空を見上げ過ぎた、か？」
「そうだ。お前にはその言葉の意味がわかるか？」
進化を求め過ぎた、と俺は解釈しているが、漠然としていて、はっきりと言う事はできない。
「まぁ、なんとなくな」
「私が『マクシミリアンは予測していた』と思う決め手はギアロイドだ」
「ギアロイド？」
「ユミルと地球が戦争をする事で絶対必要なのは武力だ。そしてお互いにギアロイドを持っている。強力な破壊兵器のギアロイドと、何十隻もの戦艦がぶつかり合えば、同士討ちという事も考えられる。下手をすれば人類が滅ぶかもしれない」
「・・・・・人類の滅亡、か。マクシミリアンはその為にギアロイドを造ったって事か？」
「『私は』そう思っている。結局のところ、真意はマクシミリアンしか知らない。彼はギアロイドを造った事に対して何ひとつ言わなかったからな」
長々としたトスカの話には一理ある。
もしトスカの言う通り、マクシミリアンの本当の狙いは人類の滅亡だとしたら・・・・・。
そうだとしたら、俺らの戦う意味は、なんだって言うんだ？ マクシミリアンの為に、俺らは戦っているという事なのか？
俺は本を閉じ、席を立った。
「しかしイェンゼン。戦況は我らが有利。この考えは違っているのだろう」
俺がこうして戦う理由は、ユミルの為では無い。ただ、できる限り早くこの戦争を終わらせ、犠牲がこれ以上増えないと願う為だ。
でも、俺は無力だ。
「早くて一週間、戦争は終わる」
その一週間の間に、どれだけの犠牲が生まれるのだろう。
・・・・・想像したくも無い。
「もっと早く終われば良いのにな・・・・・」
食堂を出る一歩手前で、トスカが言った。
食堂のドアは自動でスライドしているが、俺は立ち止まり、少しの間黙った後、
「そうだな」
そう言って、食堂にトスカを残し、寮へと戻っていった。
そう、もっと早く終われば、いいのに。
戦場で余計な考え事をするのは、即ち死に値する。
特に艦長は、いつでも冷静な判断を下し、臨機応変に立ち回らなければならない。
第六艦隊艦長。それが俺の肩書きだ。
戦場にいない全ての艦隊に召集がかかった。言うまでもなく、出撃命令が下されるのだ。
戦艦に乗り、ブリッジに入ると、すでにクルー達も乗っていて、いつでも出撃できる状態だった。
「イェンゼン少佐」
その中には、レナも居た。
レナは、第六艦隊のギアロイドの一人だ。それぞれの艦隊には、ギアロイドがニ、三人配属される。戦場では立ち回りの利くギアロイドが主な武力で、戦艦はその後ろで援護に回る形になる。レナも、見た目は普通の女性にしか見えないが、身体には多くの武器が内蔵されている兵器だ。
俺はマクシミリアンを恨んでいる。それはこんな戦争が起こったから思った事なのだろうが――。
どうせギアロイドを造るなら、人間以外の形で造って欲しかった。
俺は艦長席の前に立つと、クルー達がみな、こちらを向いた。後ろの方では、レナの視線を感じる。
「みんな。恐らく今日が最後の戦いとなる。俺がみんなに願い事はただ一つだ」
犠牲がこれ以上、増えない為にも――。
「生き抜こう」
「はい！」
俺は艦長席に腰を下ろすと、再び、クルー達は出撃準備に取り掛かった。
「辛そうに見えますが」
後ろから、レナが声をかけてきた。
「気のせいだ」
「それなら良いです」
「・・・・・レナ」
「私はこの戦争の為生まれたギアロイドです。この戦争が終われば危険物として廃棄されます。私は生き抜こうと死のうと最期は同じです」
「そうかもな・・・・・。それでも、生き抜いてくれ。お前は前線で戦うんだ。くれぐれも無茶はするな」
「ですから――」
「頼む」
レナがギアロイドであろうと関係無い。ギアロイドは意思を持つ機械だ。造りの違いはあれど、人と変わりは無い。
だから、生き抜いて欲しい。
「・・・・・わかりました」
「・・・・・ありがとう」
ここで、いつものレナなら、『何がありがとうなんですか？』と訊いてきたかもしれない。
しかしそれを言わないのは、俺の気持ちをわかってくれているからなのだろう。ほら、そういう事ができるんだから、ギアロイドは人と変わり無いんだ。
「イェンゼン艦長、出撃準備完了です！」
「よし、では行くぞ！ グリンブルスティ、出撃！」
犠牲がこれ以上、増えない為にも――。
「・・・・・ル・・・・・」
ん・・・・・。
「・・・・・！ ・・・・・アル！」
この声、は・・・・・。
リノ？
「アル、起きてください！ ア〜ル〜！」
俺はゆっくりと目を開いた。
ぼやけた視界が、段々とはっきりしてきた。
「あ、起きた！」
視界に映ったのは、リアだった。
・・・・・夢、か。
「ん・・・・・」
俺はゆっくりと起き上がり、辺りを見回した。
そう、俺達は、確か・・・・・。
トスカのナグルファルと相打ちにあって・・・・・。
そう、未開惑星へと不時着を決めたんだ。
「此処、は・・・・・」
「不時着成功ですよ、アル」
そうか、成功したのか・・・・・。みんな生きているな。・・・・・うん、良かった。
「船長がこれではいけませんね。アルノー様」
無表情に、レナが言った。
そりゃどうも悪うござんした。お前はよっぽどの事が無い限り意識が途絶えたりしないもんな。
俺は立ち上がり、ブリッジから外を見た。
そこは、森だった。ちょうどブリッジだけが森から頭を出していた。
「アル」
「ん？ どうした、リア？」
「非常に言いにくいんですけど・・・・・」
「え？」
「船・・・・・修復できないんです」
あー、そう。
修復できないのか。
そりゃそーだよな、陽電子砲にミサイル、それに不時着・・・・・。再び飛行が可能になるまで修復ができるなんて、運の良い話だよな。
あー・・・・・そっかぁ・・・・・。
「・・・・・えぇっ！？」
どうする、俺！