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彼は、見下ろすという行為がこの上なく好きだった。
故に高いところが好きであり、背の高い自分という存在も好きで、そして『船』の窓から星を見ることは、格別に好きであった。
「・・・予定通りか」
そんな彼が、いつものように窓際で星を眺めていた。
彼の他には誰もいない、暗い個室。そこで突然彼がそう呟くと、闇の中からスッと影が浮かび出てきた。
元からそこにいたのか、それともそこに『発生』したのか。それは彼と、その者しか知らぬ事である。
「はい。全て順調に」
黒い影は淡々と語る。
「転送座標を少しばかりずらしておきました。それと同時に、通信システムをダウンさせ、完全孤立状態を作っています。
あちらからこちらに干渉することは、これで不可能になりました」
「ふむ。こちらの転送システムの掌握は？」
「既に完了しております。本来のオペレーター及び作業員は全て船外退去、今は我が僕たちがシステムの管理を行っております」
「船外退去？」
「はい。今頃は塵屑になっていることでしょう」
「・・・は」
彼は笑った。
船外退去といっても、この船には予備の小型船があるわけでもなく、近くにもう一隻の船があるわけでもない。
要するに、生身の体で外へ放り出したのだろう。
「なかなかムゴイことをする」
「手段を問わず制圧せよ・・・そう命令を下されたのは貴方様じゃありませんか。
それにこの方法を使えば、船内を血でムダに汚さずに済みますし」
「ふふ、全くその通りだ。いやいや、お前はいい仕事をしたよ」
「有り難きお言葉」
黒い影は恭しく一礼する。しかし彼はその影を見もせずに、眼下にある青い星をただ見ていた。
「これで厄介者はいなくなったな・・・後のことは分かってるな？」
「ええ。この『ゲーム』、必ずや貴方様を勝利に導いてご覧に入れましょう」
「ふん。一つだけ言っておくが、『必ず』などとは口にしないことだ。
そもそも――――必ず勝つゲームなど、つまらないことこの上なかろう？」
「は。仰る通りで」
そうして、影は姿を消す。
まるで最初からそこには何もなかったかのように。
「ふ・・・・くくく・・・・」
暗い部屋に、彼の笑い声が響く。
「さぁ、踊るがいい。醜くも美しい、極限の舞いを」
その目はまっすぐと、青く美しい星へと向けられていた。
「ほらティスーーー！ こっちだよこっちーーーー！」
「む、ルチェなかなか俊敏だな！ どうやら俺も本気を出さねばならないらしい！」
「ひゃ〜〜！ にーげーろーーー！」
社の敷地内の中を、俺とルチェはぐるぐると走り回っていた。
いわゆる追いかけっこというやつだ。
屋根の修理をしようと思ったのだが、もう少ししたらシアーの友だちが手伝いに来てくれるらしい。
作業はその友だちとやらが到着してからというわけで、それまでの間こうしてルチェの相手を頼まれたわけだ。
「つかまえてみろぉ〜〜！」
「まぁてぇ〜！！」
正直言えば、本気で追いかければ10秒もかからずに捕まえられるだろう。
だが、子供の遊び相手にそんなことをしても大人気ないだけだ。
俺はつかず離れず、たまーに追いつきたまーに離されるぐらいの感じで、元気に逃げ回るルチェを追いかける。
そんな俺を少し遠くから眺めているのはミズナ。
頭が痛そうにしているが、これはこれでやってみると面白いものだぞ、と言いたい。
「あはははは！」
本当に楽しそうなルチェ。そんなルチェを見ていると、こっちも楽しくなってくる。
両親は留守にしていて、シアーも日頃は社の仕事で常にルチェの相手はできなかったんだろう。
もしかしたらルチェは寂しい思いをしてたのかも知れない。
まだまだ遊びたい、ずっとかまってもらいたい年頃だろうに。
あちこちを思うがままに逃げるルチェ。それを追いかける俺。たまにルチェが休憩すると、俺もその場で休憩する。
この追いかけっこは、なんだか終わらせたくなかった。
「はあっ、はあっ・・・ふぅ〜〜〜〜。ティスもなかなかやるじゃんかー」
「いやいや、ルチェほどじゃないさ」
「とーぜん！ ティスはなかなかやるけど、あたしにはとーくおよばないからね！」
「言ったな？ 絶対捕まえてやる！」
「きゃ〜〜〜〜〜！」
再開される追いかけっこ。何やら遠くでため息をつくミズナの姿が視界に入ったような気がするが、たぶん気のせいだろう。
・・・？
・・・・いや、ミズナの姿が見えない。
確かについさっきまで居たのに、忽然と姿が消えて・・・・・・？
ガギギィ！！
金属がぶつかり合い、擦れ合うイヤな音が聞こえた。
追いかけっこ中であった俺の耳元で。
「・・・はい？」
俺の真横には、短刀を抜きはなっているミズナ。そのミズナの正面には、見たこともない男が立っていた。
男が持つ両刃の剣は、ミズナの短刀に受け止められている。
「・・・えっと・・・はい？」
「ティスカ様、お怪我はありませんか？」
「い、いや別になんともないけど・・・」
「そうですか。なら少し離れていてください。すぐに黙らせます」
こ、怖い。なんだか今日のミズナは怖いよ！
「ルチェ！ 大丈夫だったか？！ 何か変なことされなかったか！」
そう声をあげたのは男の方。
ルチェの名前を知ってるということは、知り合いなのだろうか？
「え？ べつになにも・・・」
「そっか。なら良かった・・・・・待ってろルチェ、今助けてやるからな？」
・・・・・・・
えーっと・・・・・・はい？
「今の私は気が立っています。勧告なんかはしません。今すぐ昏倒させてあげます」
「どこの誰かは知らねぇが、俺が来たからにはもう好き勝手やらせねーからな。昏倒するのはお前らの方だ」
見えない火花が二人の間に散る。
そして次の瞬間、今度は現実の火花が散った。
ミズナの短刀と男の剣が何度もぶつかり合い、その度に小さな火の花が咲く。双方、疾い。
俺はミズナから言われた通りその場を離れると、呆然としているルチェの隣りに並んだ。
お互いの顔を見ずとも、自ずと言いたいことは分かる。
「・・・あれ、ボレロっていうの。シアーおねえちゃんがいってたともだちって、あれ」
「そっか。あれね。で、なんでいきなり剣抜いて斬りかかってきたんだ？」
「おいかけっこにまざれなかったのが、そんなにゆるせなかったのかな？」
「ブッ！」
く、思わず吹き出したじゃないか。
「も、もしそうだとしたら、随分と、カワイイヤツだな」
笑いを堪えつつ俺がそう言うと、ルチェは「えー？」と首を傾げる。
「ボレロはぜんぜんかわいくないよ？」
「全然か」
「うん、ぜんぜん」
ボレロさん、ルチェ曰く、アンタは全然可愛くないそうです。
＞＞＞続。