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朝食後、俺はシアーの洗い物を手伝っていた。
寝床を提供してもらって、尚かつ飯までごちそうになっているのだ。これぐらいしないわけにはいかない。
別にいいのに、と遠慮するシアーをなんとか丸め込んで、俺はこうやって洗い台の前に立っている。
・・・しかし、食器を洗うなんて何年ぶりだろうか。
自分がいかに他人や機械に頼った生活をしてきたのかを思い知る。こんな些細なことで。
ちょっとアンニュイ。
「ここには二人で住んでるのか？」
洗い物をする手を止めないままで、俺は後ろで料理道具を片づけていたシアーに話しかけた。
シアーも作業しながら、俺の言葉に答えてくれる。
「今はそうです。少し前までは本当の神主さんがいたんですけど、今はちょっと出払ってまして」
「その人が、ルチェの父親か」
「はい。今は奥様と一緒に、ティクに出向いているんです」
ティク・・・ティク国というと、この村から北の方角にある巨大国家だ。
王城があり城下町があり、この村とは比べものにならないほど「都会」なところ。
・・・まぁ、行ったことはないけど。
「でもどうして、ルチェを連れて行かなかったんだ？」
「あー・・・いやその、色々ありまして」
「ルチェぐらいの歳で、親の元を離れるなんて良いことなはずないじゃないか。しばらく戻ってこないのか？」
「えぇ・・・・・恐らく」
どうも歯切れの悪いシアー。どうやらこの件はあまり聞かれたくないらしい。
俺は話題を変えることにした。わざわざ場の雰囲気を悪くすることもない。
「とりあえず、本殿の屋根に空いた、あの穴をなんとかしないとな」
「そういえば、そんな穴ありましたね」
「い、いや、もっと気にしようよ。住み人さん」
「私の友達にお願いしておきます。元通りにしてくれますよ」
笑ってそう言うシアー。
むぅ、かなり拍子抜けだ。もっとこう・・・「原因は何だ！？」とか思わないのか？
気になって当たり前だと思うのだが、シアーはそうでもないらしい。
・・・って、原因・・・
「ごめんなさい」
「え？ なんで謝るんですか？」
「あ・・・いや、ははは、なんでもない・・・」
まずいまずい。思わず謝ってしまったじゃないか。
あの部屋の穴は俺たちが空けたのだが、犯人は俺たちじゃないことになっている。
・・・・・よし、一生黙ってよう。
「ティスはっけーーーーーーーーん！！」
ズガン！！
「うごふっ！？」
横から、何かが強烈な勢いで突っ込んできた。
それは横っ腹に直撃し、俺は吹っ飛ばされる。手に持っていた食器はなんとか死守。
よ、よくやった俺！
「ふははー！ ゆだんたいてき、っていうんだぞっ！」
俺にドロップキックを喰らわせたルチェは、ピースサインをしながら大声で笑った。
「ぐっ・・・今のはなかなか・・・・・効いたぞルチェ・・・・」
「ふふふ、いまのはてかげんしてやったから、ティスはいきてるんだ！ もしあたしがほんきだったら、ティスはしんでる！」
「ふっ・・・そう簡単にやられな・・・」
ゲシッ！！
「ぶふっ！」
子供はそれほど力はない。
力はないけど、手加減もない。
俺の顔面にルチェの足の裏が食い込む・・・いや食い込んじゃいないんだろうけど・・・
上半身だけ起きあがっていた俺は、再びぶっ倒れる。
食器は、食器は無事か！？
・・・・・よかった、割れてない。
「ふふふっ、まだまだあまいな〜ティスは〜」
勝ち誇ったようなルチェ。
「ほら、くやしかったらあたしをつかまえてみろっ！ つかまえられるものならなー！！ ふはははははは・・・・・・・・・・はっ！？」
不意にルチェが言葉を止める。
・・・何だ？
俺は不思議に思って、首だけを動かしてルチェの視線の先を・・・
「・・・・・・・・・・・」
笑っていた。
すごく、笑っていた。
その笑顔が、その時、とてつもなく、コワカッタ。
「ルチェ？」
にっこり。
「は、はひっ！？」
びくびく。
「お客様に・・・・なんてことするのーーーーーーー！！！」
「うっ・・・うわっ！ うわーーーーーー！！ おたすけーーーーー！！！」
ダダダダダダダダ！！
・・・・・・
そして、誰もいなくなった。
いや、俺はいるけど。でも誰もいなくなった。
俺はゆっくり立ち上がると、黙々と洗い物の続きを始める。
食器を割らないように細心の注意を払い、そして洗い物が終わるとそそくさとその場を退散した。
・・・こ、怖かった・・・・・・
社の裏にある境内の隅で、俺とミズナは向き合っていた。
端から見ると逢い引きにも見えるかも知れないが、全然違う。さっぱり違う。
「さて・・・」
周りには誰もいない。ここでなら、込み入った話も充分できるだろう。
「ティスカ様。何を考えているんですか」
「今？ どうやったらミズナを説得できるかなーって思ってる」
「違います！ この世の者とはできうる限り不干渉という『掟』を忘れてしまったのですか！」
掟。
無論、忘れてはいない。小さな頃から擦り込まれた、破ることは絶対許されない決まり事だ。そう簡単に忘れられるものではない。
「でも、今は緊急事態だ。多少の融通利かせてもいいだろ？」
「確かに、こうやってこの地に降り立ってしまったのは緊急事態ものですけど、それだけです。迎えはすぐにきます。
だから私たちは、大人しく森の中とか、人目のつかないところで待機しているのが一番いいんです」
「はぁ」
「それなのにティスカ様ときたら、普通にこの世の者と話すわ宿を取るわ御飯は食べるわ膝に乗せるわで・・・」
「・・・いや、最後のがなんか妙に浮いてるんですけど」
「そんなことはどうでもいいんです！」
もし目の前に机があったら叩いているだろうってぐらいの勢いで、ミズナが俺に迫ってくる。
俺は思わず後ずさった。
普段の冷静なミズナからのイメージギャップが凄い。
な、何をそんなに怒っているんだろう・・・？
「ま、まぁ落ち着け？ な？」
「これが落ち着いていられますか！
もし今のような状況が上層部にバレでもしたら・・・以前に話したように、最悪追放されますよ！
分かってるんですかそこのところは！」
「頭堅い連中だからな〜、爺さんたち」
「なんでそこまで楽観的になれるんですか！ 追放ですよ！？」
「追放されたら、この地で生きていくってのも悪くないかもな」
「なっ・・・！？ 何を言い出すんですかティスカ様！？」
「その時はお前どうする？ 俺についてくるか？ 『上』に戻るか？」
「わ・・・私は・・・私は、ティスカ様と離れるなんてそんな・・・・・」
「別にミズナが上に戻ったからって、魔力供給切ったりしないから安心しろって。まぁ、俺が死んだらごめんなさいだけどな」
「違います！ そういうことじゃないです！ ただ私は・・・」
・・・・・・
あ、止まった。
顔がどんどん赤くなってく。
「・・・・・・・・・」
「なぁ、ミズナ」
「遺言ですか。ええ、聞いてあげます」
「違うわっ！」
俺は一呼吸おくと、ゆっくり話し出した。
「掟だの、決まりだの、常識だの、前代未聞だの・・・
人と少しでも違うことをやろうとすると、すぐにそれを戒めるような『掟』が生まれ、それは俺たちをがんじがらめにしていってる。
なぁミズナよ。今まで誰もしたことないようなことをやるのは、いけないことか？
前例がない？ いいじゃないか。前例なんてなくて。
先人はいつも前例がないことに向かっていって、道を切り開いてきたんだろ」
「で、でもそれは、決まり事を破っていい理由にはならないと思います」
「そうだな。俺は俺たちの法の中で考えれば、悪いことをしている」
でも俺は、思ってしまったんだ。
これが、俺を取り巻いていたあの息苦しい世界から抜け出す「きっかけ」になるんじゃないかと。
「・・・まさかティスカ様、追放になることを・・・？」
「別に、追放になればいいって思ってるわけじゃないけどな。
これがきっかけになって、『掟』の在り方を見直せないもんかと思ってる。
悪いミズナ、これは俺の我が儘だ。だからお前も、自分の好きなようにするといい」
「例えば・・・ティスカ様を止めるとか？」
「止めれると思うか？」
俺とミズナは、黙ってお互いの目を見つめる。
睨み合う、とはいかないまでも、双方鋭い目つきだったと思う。
「・・・はぁ」
ふと視線がゆるくなった。ミズナが疲れたように息を吐き、苦笑する。
「だからこそ、ティスカ様なんですけどね・・・」
「は？」
「分かりました。もう何も言いません。私はティスカ様の従者ですから、その役目をただ全うするだけです」
「そこまで堅く考えなくてもいいと思うんだけどな。俺としては」
「私にとっては、とても大事なことですから」
ミズナはそう言って、小さく微笑んだ。
それは子供の悪戯に対して大人が浮かべる苦笑のようでもあり、ただ何かが嬉しくて笑う少女のような笑みでもあった。
ミズナには本当、苦労をかける。俺は内心ミズナに頭を下げながら、ふと気になっていたことを口にした。
「昨晩、迎え来なかったな」
「・・・そうですね」
「迅速かつ的確な行動をモットーとするあの議会が、ロストした相手の迎えをやるのに一晩以上かけるなんてな」
「もしかすると、『上』でなにかあったのかも知れませんね」
「何か・・・か」
まぁ。
仮に『上』で何かしらトラブルが発生しているとしても、今の俺たちにはどうしようもないことだ。
俺たちに出来ることは、ただ『上』からの連絡、もしくは迎えが来るのを待ち続けるだけ。
しかしトラブルって・・・一体どんなトラブルが起こりえるんだろうか？
特に何の危険もない、平凡で平和なミッションだったと思ったんだが。
「とにかく、だ。今の俺たちがやるべき事が一つある」
「はぁ。それはなんでしょう？」
「社の屋根の補修」
「うあ・・・」
忘れてました、と顔に書いてあるミズナ。
俺はそんなミズナを見て苦笑しつつ、社本殿の方へと歩き始めたのだった。
＞＞＞続。