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地震、というものがどんなものなのか、俺はよく分からない。
要するに大地がぐらぐらと揺れることなんだろうが、実際に体験したことがないのだ。
『船』が揺れるのとはまた違うんだろう。
・・・しかしこの日の俺は、朝からぐらぐら揺れていた。
頭がぐわんぐわんいっている・・・少し気持ち悪くなってきた。
そうか・・・この揺れが・・・・・地震・・・？
「・・・・・・・・・・」
俺は重い瞼を開けた。
既に部屋は外から差し込む陽光で明るく照らされており、完璧なまでの朝である。
「・・・・・・・・・・」
何か、が目の前にいた。
・・・いや、何か、ではない。女の子だ。
小さい・・・10歳ぐらいか？
そんな女の子が、俺の目の前で・・・両手で俺の両肩を掴んで・・・ぐらぐら・・・
ぐらぐら・・・・ぐらぐらと・・・・・・・
・・・ぐらぐ・・・・ら・・・
「・・・だぁぁーーーーっ！！！！」
「っ！？」
俺がそう言って起きあがると、女の子は驚いたように後ろに飛んだ。
バックステップというやつだ。さすがは子供、身軽である。
・・・って、違う。
俺は寝起きの頭をフル回転させて、目の前にいる女の子を見る。
・・・
・・・・・・・誰だこの子。
知るはずがない。見たこともない子だ。
「・・・えーっと・・・驚かせてごめん」
とりあえず謝ってみる。
女の子は硬直したまま、じーっと俺を凝視していた。
「・・・き、キミは・・・？」
「・・・・・さま」
「へ？」
「まもりがみさま」
まもりがみさま。その単語が俺の中で反復される。
まもりがみさま。まもりがみさま。
この子、随分と変わった名前なんだな・・・マモ=リガミサマ？
・・・・・・って、違うだろ俺。起きろ。さっさと。
「まもりがみさま？」
俺のことを思いっきり指差して、首を傾げる女の子。
あー・・・つまりこの子は、俺に「あなたは守り神様なの？」って聞いてるわけか。
俺は苦笑しながら、その問いかけに答えてやる。
「違うよ。俺は守り神ってヤツじゃない。ただの旅人さ」
「たびびと？」
「ああ、世界中を旅してるんだ」
「まもりがみさまじゃないの？」
「旅人なんだから、違う」
しゅん、と表情を暗くする女の子。そんな顔をされるとものすごい罪悪感を感じるのだが、でも事実なんだからしょうがない。
「俺は神だ！」なんて言うつもりは毛頭ないし。例えそれが嘘であっても。
「あはは・・・そっか。ざんねんー」
女の子はそう言って、照れたように笑った。
「もし、まもりがみさまだったら、『たまのこし？』がねらえるとおもったのに〜」
「・・・って、おい」
「ねぇねぇ？ たまのこしってしあわせでほわほわ〜らしいけど、なんなのかな？」
「意味を知らずに使ってるのかお前は」
というか、しあわせ〜はまだ分かるとして、ほわほわ〜って一体・・・？
「ねぇ？ たまのこしっておいしい？」
ついには食べ物になったか。玉の輿。
ぐぐっ、と俺に顔を近づけて、女の子はそう聞いてくる。
玉の輿。女性が、財力があったり地位があったりする男性と結婚して、それを手に入れること。
確かにオイシイかも知れないが、食べる上での美味しいとは全然違うだろう。
も、もしかして「たま」繋がりで、卵料理か何かを想像してるんじゃないだろうな・・・？
「・・・とりあえず、お前にはまだ早い」
そう言って誤魔化すことにした。
むぅ〜っと頬を膨らませる女の子だったが、すぐに俺に笑いかけてくる。
さすがは子供。頭の切り替えが早い。
「あたしは、ルチェ。このいえにすんでるんだよー？」
「それは世話になってるな。俺はティスカっていうんだ。さっきも言ったけど、旅人さ」
「せかいじゅうをたびしてるんだよね？」
「あぁ」
「そこでねてる、おねーさんと？」
「そうだな」
少しだけ離れた場所に、未だに横になったまま起きてこないミズナの姿があった。
何でも完璧にこなしそうなイメージのあるミズナだが、朝はとにかく弱い。
どれぐらい弱いのかというと、先程の俺の叫びをこれほど近くで聞いていながら、ぴくりとも反応しないぐらい、弱い。
「ねね、ここにくるまではどこにいたの？ ティク？ それとももっとむこう？」
目を輝かせて俺に質問してくるルチェ。旅人が珍しいのだろう。
何もない・・・と言ったら失礼かもしれないが、今俺たちが居るような小さな村に、わざわざ足を運ぶ旅人は少ないと思う。
この村はどこかへ行くときの中継地点になるわけでもなく、観光名所があるわけでもなく、ただの「村」としてここにあるのだから。
・・・・さて。じゃあ俺たちは、どこから来たことにしようか。
頭の中でこのあたりの地図を広げて検討していると、戸の向こう側からトントンというノック音が聞こえてきた。
そのすぐ後に、控えめな声がかけられる。
「おはようございます。起きてますか？」
「起きてるよ」
昨日の少女の声だ。
俺が返事をすると、すすすーっと戸が開かれる。廊下には昨日会った少女が正座して座り、俺と目が合うとにっこりと微笑んだ。
・・・そういやこの少女の名前、まだ聞いてない。
少女は俺から視線を外すと、俺の目の前にいたルチェを見つける。
「やっぱりここにいた。ルチェ、ここで何してるの」
「なんにもしてないよー？ ただ、おはなししてただけー」
俺はルチェに揺さぶられて起こされたのだが・・・それは黙っておくことにしよう。
少女は手招きをしてルチェを呼ぶ。それに素直に従ったルチェは、小走りで駆け寄って少女に飛び込んでいった。
そう、文字通り飛び込んでいったのだ。
言い方を変えると・・・飛び掛かっていった、かな。
「うわわっ！！ こ、こらっ！ 人に飛びついたらだめだって、前から言ってるでしょ！」
「えへへ〜」
少女の胸に抱かれたルチェは、嬉しそうに笑いながら少女にじゃれつく。
それを見て困ったようにしながらも、少女は右手でルチェの頭を撫でてやっていた。
「仲がいいんだな。姉妹？」
「血は繋がってないんですけど、もう妹みたいなものですね。
ここは小さな村ですし、村の人たち全員が家族のようなものですから」
「なるほど」
「あ、あのー・・・ルチェが何かご迷惑をかけませんでした？」
「いや、普通に話してただけだよ。な？ ルチェ？」
「うん！」
俺に呼び掛けられ、ルチェは大きく返事をして頷いた。
子供は素直だなぁ・・・としみじみ感じてしまう。
「シアーおねえちゃんも、いっしょにおはなしきこうよ！ ティスカのおはなし！」
「それはとても楽しそうだけど、でも私はまだやることがあるから」
腕の中にいるルチェの誘いを、微笑みながら遠慮する少女。
・・・というか、今ルチェが言ったのは・・・
「そうか。シアーっていうんだな。君は」
「え・・・・・・？」
一瞬キョトンとする少女。
「あっ・・・・あああああっ！？ そういえば自己紹介とかしてませんでした！？」
「ああ、ぜんぜん、さっぱり」
かなり慌てた様子の少女・・・てか、シアー。
ルチェを自分で座らせるとその場で居住まいを正し、しっかりとした姿勢でシアーは俺を見た。
思わず俺も正座し、それに見合ってしまう。
「あ、あの・・・シアーといいます。今はこの社の管理を任されています。今更ですけど、よろしくお願いしますね」
「あ、あぁ。よろしく」
深々と頭を下げるシアー。それにつられて俺も同じように頭を下げる。
・・・なんか、完全に向こうのペ−スにのまれてるような気がする・・・
「あたし！ あたしはルチェ！」
「はは、さっき聞いたよ」
「で、こっちがティスカ！ たびびとさん！ よろしくー！」
丁寧に俺の紹介までしてくれるルチェ。シアーは微笑みながら、そんなルチェの様子を見ていた。
「それでティスカさん、実は大事なお話が」
「へ？ 何かな？」
「朝ご飯の準備ができましたんで、冷めないうちにどうぞ」
「うわ、作ってくれたのか。悪いね」
「いえいえ。それでは準備が出来ましたら、食卓の方へ来て下さい。場所は―――」
・・・・・
「・・・それで、どうしてこんなことになってるんですか？」
「いや、成り行きとしか」
俺の隣りに座っているミズナが、もうヤバイぐらいに不機嫌な声で聞いてきた。
どうして・・・と言われても、俺が仕組んだわけじゃないし。そんな不機嫌そうにされても困るんだが。
「ね〜ティスー。あれ、あれたべたい〜」
「あれってどれだ。あれじゃ分からないっての」
「あの、きいろいやつ」
膝の上に乗っかっているルチェに言われるがまま、俺はテーブルの上にあった黄色いヤツを小さな木製のフォークで突き刺した。
そしてそれを、満足そうに笑うルチェの口に放り込んでやる。
「もぐんぐ・・・ん、ごくろ〜」
すごい偉そうだ。
というか、さっきからルチェが俺のことをティスって呼んでいる。どうやら勝手に愛称をつけられたらしい。
「こらルチェ。ティスカさんが食べづらいでしょ。降りなさい」
「え〜〜、いいよね〜ティス？」
「別にいいよ。これぐらい」
「ティスカさんも、あんまりルチェを甘やかさないでくださいよー」
穏やかな雰囲気で、俺たちは食卓を囲んでいた。
実は俺には、どれがどんな料理で、材料が何なのかサッパリ分からないのだが・・・
さっき一口食べて直感した。こいつらは、美味い。
俺の膝の上に乗っかっているルチェは、俺がこの席に座った瞬間に飛び込んできて、そのまま居着いていたりする。
常に誰かにかまってもらいたい年頃なのだろう。
「・・・いつの間に、そんなに仲良くなったんですか。ティスカ様」
「ミズナが寝てる間にだよ」
俺の言葉を聞いて、かなり複雑そうな表情をするミズナ。自分が朝弱いことを自覚している故の心境だろう。
「お〜、ミズナっていうのか〜」
「・・・・・・あ」
俺たちの会話を聞いていたルチェが、膝の上から身を乗り出してミズナを見た。
そういやミズナの名前はまだ知られてなかったんだっけ・・・？
・・・まぁいいや。お互い様だ。昨日はミズナが、俺の名前を思いっきりばらしてくれたからな。
「あたしはルチェ！ ミズナよろしくな〜！」
「あ、えっと・・・・よろしく」
「ミズナさん、私はシアーっていいます。よろしくです」
「う、うん」
二人の笑顔パワーに押されて、ミズナは大苦戦中のようだ。
どうせ頭の中では、掟とか決まりとか後処理とか始末書とか、そんなことを考えてるんだろう。
「ミズナ」
「・・・なんでしょうか？」
「良い方法を教えてやろう」
「・・・・・・はい？」
俺はそう言って、目の前にあったお茶を取る。
それをズズズーっと音を立てて飲み・・・一息おいてから、言った。
「諦めろ」
「議員である貴方が言いますか！ 貴方があっ！！」
突然立ち上がるミズナ。それに驚くルチェとシアー。
・・・ちょっとの間の沈黙が、食卓を通過していく。
柄にもなく大声を出してしまったミズナは、顔を真っ赤に染めながら再び腰を下ろした。
「・・・ぎいん？」
首を傾げるルチェ。
「ご、ごほんっ！」
わざとらしく咳払いするミズナ。
よほど恥ずかしかったのか、まだ顔は赤いままだ。
「あ・・・あとで、お話しがあります・・・」
ミズナは小声でそう言いつつ、俺の服の端をくいくいと引っ張った。ここで討論するのもマズイと思ったんだろう。
俺はそれに頷いて応える。
それを見てとりあえず納得したのか、ミズナは黙々と朝食に取りかかり始めた。
「あ〜・・・っと、ティスカさん、おかわりがどうですか？」
「もらうよ」
「あー！ ルチェもおかわりー！」
「まだルチェの分は残ってるでしょ。それを全部食べてから」
「えー！ ずーるーいーー！！」
別にずるくもなんともないんだが、ルチェから見ればそうなるんだろう。
子供はこう・・・突発的ですぐには理解できないようなことを、時々思いつくからなぁ。
大人よりも柔軟な発想をしてるって言うか。
大人になると常識にとらわれて、考える幅が狭くなってしまうんだろうな。
「ね〜シアー？ 『たまのこし』はないのー？」
「まだそのネタ引っ張るのかっ！」
「えーー？」
＞＞＞続。