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「どうぞ、お茶です」

　そう言って微笑んだ少女が、俺とミズナに緑茶を差し出してくる。
　湯気がたっているお茶はかなり有り難い。俺とミズナは礼を言いつつ、それを受け取った。
　ゆっくりと口に運ぶ・・・・・熱い。
　熱いから、美味い。

「夜遅いってのに、悪いな」
「いえいえ、気にしないでください。お茶菓子もいかがです？」
「そこまで気を使わなくてもいいって」

　俺たちは少女の誘いで、社の中の一室に通されていた。
　それほど広くない部屋で床には「畳」というものが敷かれている。どこか落ち着いた雰囲気が漂っている部屋だと思った。
　「夜も遅いし、今日はここに泊まっていけばどうか」という少女の誘いに、俺たちが乗った形でこの部屋にいる。
　俺たちを泥棒と勘違いしたことをそんなに負い目に感じてるんだろうか。そんな気にすることでもないのに。
　・・・ってか、嘘をついてる身としては、どこか肩身が狭いんだけど。

　ミズナは俺の隣りにちょこんと正座して、音も立てずにお茶を飲んでいる。
　お茶ってのはあの、「ずずず〜」っていう音が醍醐味だと思うんだが・・・俺だけだろうか？

「お布団はそこの戸を開けた中にありますので、ご自由にお使いくださいね。なんなら私、お敷きしましょうか？」
「ああ、いいよいいよ。自分たちでやれるからさ。こうやって寝る場所を借りれただけでじゅうぶん」
「でもその、長旅をしてきたのでしょう？ お疲れじゃないですか？」
「大丈夫だから」

　俺は少女が動こうとするのを手で制す。あまり気を使われすぎるのも、正直なところ居心地がよくない。
　・・・あの屋根消失事件の犯人は、紛れもなく俺たちだったりするのだから。

「え〜っと・・・じゃあ他に・・・」

　それでも何かやることはないかと、部屋を見渡す少女。
　随分と気が利く子である。でももう少し、人を疑う心を持たないとダメだぞ。うん。

「・・・キミさ、世話好きだったりする？」
「えっ・・・？ あ・・・えっと・・・自分じゃ分かりませんけど、幼馴染みからよく言われます・・・」
「そっか。良いことだと思うよ。でも今は本当にじゅうぶんだから、あんまり気にしないで」
「そ、そうですか・・・分かりました」

　おずおずと引き下がる少女。
　そして部屋を出て行って、自分も休む・・・のかと思いきや、そわそわと落ち着かない様子で彼女はこの部屋に留まっていた。
　言いたいこと、聞きたいことがあるのに、それを口に出していいものか悩んでいる様子。
　しょうがないから、こっちから言い出してやることにした。

「・・・残念だけど、俺は本当に『守り神』なんかじゃないよ。ただの、旅人」
「あっ、違うんです！ 別にティスカさんの言ってることを信じてないわけじゃ・・・」
「じゃあ何を考えてるのかな？ 屋根のこと？」
「やね・・・？ 屋根・・・？」

　はて、と首を傾げる少女。もしかして・・・忘れてるのかあれを・・・？

「本殿の屋根に大穴があいてたじゃないか？」
「ああああああーーーー！？ そういえばあいてたーーーー！？」
「・・・・・」
「・・・・・」

　俺とミズナはお互いの顔を見て、困ったように苦笑した。

「あ、あれっ・・・あれってどうなったらあんな風に穴があくんでしょうか！？」
「さ、さぁ？ 俺もあんな風に穴があいてるのは初めて見たから・・・」

　これは事実です。

「崩れてきたのなら破片があると思うんですけど、そんなの見あたらなかったし・・・
　そもそも音が、崩れてきたって感じじゃなかったような・・・？」

　悩んでいる。
　悩んでいるが、自分だけで本当の結論まで辿り着くのは不可能に近いだろう。
　あの穴のあき方はこの世界の常識で考えれば説明できない。
　まるで円形に切り抜かれたように、キレイサッパリと穴があいているのだ。
　俺ももし事実を知らなければ「なんだこりゃー！？」状態だと思う。

「まぁ今日は遅いんだし、一晩ぐっすり寝て、朝になったら対策とか原因考えよう。な？」

　補修するにしても暗いとやりづらいし、それに材料調達の問題もある。
　応急処置として何かシートのようなモノを被せておくぐらいはできるかも知れないが・・・
　雨が降ってくる様子もないようだし、あのまま一晩放っておいてもだいじょうぶだろう。

「ほら、もう寝るといい。寝不足は体に悪いぞ」
「そ、そうですね・・・分かりました。そうします」

　今度こそ、彼女は俺たちのいる部屋から出て行った。小さな控えめな足音が遠ざかっていき、消える。
　その瞬間に、今まで黙っていたミズナが口を開いた。

「・・・ティスカ様。どういうつもりですか」
「は？ なんだいきなり」
「できるだけこの世界とは不干渉と申していましたのに、こうやって・・・接点を持ってしまっています。
　何か考えることでもあるのですか？」
「いや別に。ただ流れで、なんとなく」
「む・・・」

　お・・・これまた珍しい、ミズナの不機嫌そうな顔。
　ミズナは感情を表に出した表情をすると、外見が幼く見えてしまう。
　それが本人は気にくわないようで、できるだけ無表情で通しているらしい。
　ちなみに、このことに関してツッコムと、ミズナは怒り出すから注意が必要だ。

「ティスカ様。私たちの今の状況、分かっているのですか？」
「ん、それなりには？」
「それなり、ではだめです。完全に理解してください」

　そんなこと言われても。
　今の俺たちの状況というと・・・
　転送アウトの衝撃で社の屋根を円形破壊。
　その衝撃で通信システム破損。上との連絡が取れず。
　少女に泥棒と勘違いされるも、誤解を解くことに成功。
　社で宿をとれることになる。

　・・・・・・・・・・

「あの子、良い子だよな」
「違います！・・・あ、いえ、あの少女は気が利く素晴らしい女性だとは思いますが、今の話のポイントはそこじゃありません！」
「分かってるよ。『掟』だろ？」
「いくら議会議員レベルであるティスカ様も、掟を破ったらどんな処置が下されるか・・・・・もう少し考えてください」

　『掟』
　俺たちの行動を縛るモノであり、俺たちが平穏無事に過ごすために必要な決まり事。
　その掟の中の一つに、『他国の者とは極力接触を避ける。不干渉を通す』というものがある。
　なんでも、そこの国の本来あるべきバランスを崩しかねないとか。
　不干渉・・・要するに、関わるなって事なんだけど。

「この社にアウトした瞬間、もう掟なんて破ってるよ」
「た、確かにその時点で問題なんですけど・・・だからと言って、こうして深入りするような真似は・・・」
「でも、すぐに上から連絡が来るとは限らないだろ？ ゆっくりと落ち着いて寝れる場所を確保できたのは有り難いことだって」
「通信システムが正常に動いてないことぐらい、上はもう気がついているはずです。すぐにでも使者が来ると思うのですが・・・」

　確かにミズナの言うとおり、既に上では俺たちとの連絡が取れないことに気づき、何らかの対策が取られているだろう。
　今夜・・・もう今にでも、使者がやって来るかも知れない。
　しかし、それは『確実に来る』と断言できるものではないのも事実だ。
　もし、上でもトラブルが起こっているとしたら、こちらへの対策にも後れが出る可能性だってある。
　それを考えると、少しぐらい腰を落ち着けれる場所があってもいいと思う。
　まぁ・・・もし迎えが来たら、そのまま姿を消せばそれでいいわけだし。

「はぁ・・・・・ティスカ様、楽観的すぎます。
　もしこんな事が上層部にばれたりしたら、これ幸いにとティスカ様へ攻撃を始めますよ。奴ら」
「別に気にすることもないって。奴らには好きなようにやらせればいいさ」
「しかしですね。下手をすると議会議員から失脚、そして追放・・・ということまでになるかも知れませんよ。掟破りは罪が重いですから」
「そうだな。それを機に議員を辞めるってのもいいかもな」
「・・・・・・・・・はぁ・・・」

　両目の間を指で押さえるミズナ。「困った人だ」という雰囲気全開だ。
　でもしょうがない。これが俺であり、俺の考え方なのだ。
　その俺の従者になった時点で、それについては諦めてもらわないといけない。

「・・・今日はもう寝ましょうか」
「そうだな」

　俺とミズナはそれぞれの布団を引っ張り出して畳の上に敷き、明かりを消してその上に横になった。
　・・・もし上からの使者が来たら、何からの手段で俺たちにコンタクトを取ってくるだろう。
　それまで気張って待っていてもしょうがない。
　果報は寝て待て、とも言うし・・・普通に寝てしまおう。
　俺は布団の上で大きな欠伸をした。どうやら思っていた以上に体が疲れてるらしい。
　睡魔はすぐさまやってきて、俺の意識を刈り取っていく・・・

　・・・ぼんやりしていく頭の中で。
　先程、あの少女が言った言葉を、俺は思い出していた。


「ティスカさんって・・・・・・・・守り神様？」


＞＞＞続。