＞＞＞２

　ッ・・・

　ズガァァドォォォオオオオオオオオオオン！！！！

「どわあああぁぁぁぁっ！！！！？」

　落ちた。
　これは落ちた感覚だ。
　それと同時に、爆音とか・・・聞こえた気がした。
　転送アウトはもっと普通に・・・降り立つような感じだったはずなのだが、俺は地面にぶっ倒れてしまった。
　いや、違う。これは地面じゃなくて床だ。木の床。

「・・・ティスカ様、大丈夫ですか？」

　無様に床に倒れ込んだままでいると、俺のすぐ横から女の声がした。
　この声は知っている。俺と一緒に転送してきた、俺の従者。

「おうミズナ・・・お前は平気そうだな」
「はい。この程度の落下衝撃なら、さほど問題ではありません」

　平然と言い放つミズナ。「この程度」って、結構な衝撃だったと思うんだが。

「ティスカ様、立てますか？」
「あ、あぁ・・・よっと」

　ミズナから差し出された手を掴んで、俺はその場に立った。
　どこかの建物の中らしい。床は木の板、壁も木の材質で、奥には何やら祭壇のようなものが見える。
　神殿か何かだろうか？
　その空間は薄暗く、幽霊でも出そうな雰囲気だった。
　今の時刻は深夜過ぎ・・・ここまで不気味なのも、しょうがないといえばしょうがない時間か。

「・・・で、何が起こったんだ？ こんな転送アウトは初めてだぞ俺は」
「原因は不明ですけど、ルートが途中からねじ曲がってしまったようです。
　実際の転送アウト地点はここよりさらに南にある、何もない野原のはずだったんですけど・・・」
「・・・・・ねじ曲がった？」
「何らかの要因で、こちらに引き寄せられたようですが・・・・」

　そこで、ミズナは少し困った顔になる。

「ここはルシェナ地方、ティク王国の領土よりわずかばかり南にある小さな村です。
　そこのさらに村はずれの、山の中にある社のようです」
「村はずれって言っても、村の中に直接転送アウトか・・・大問題だな」
「それに・・・・・あの、上をご覧下さい」
「上？」

　俺は顔を上げ、天井を見てみる。
　・・・いや、天井は無かった。空には瞬く星たちが光り輝き、見事なまでに美しい。
　・・・・・・・・いや待て。天井がないってのはどういうことだ？
　ここは社の中じゃないのか？
　でも天井がない。ぽっかりと穴が空いているかのように。
　嫌な予感が、俺の頭を駆け抜けていく。

「・・・・まさか・・・・・」
「私たちがここに転送アウトしてきた衝撃で、屋根が破壊されてしまったようです。
　破壊された屋根の部分は、どうやら亜空間に呑み込まれてしまったみたいで・・・」
「・・・大問題どころの騒ぎじゃないな、これは」

　汗が頬を伝わるのが分かる。
　まずい。これは『掟』にかなり引っかかってしまっている。
　いやでも、これって俺たちの責任になるんだろうか。転送システムを操作していたユイの責任なんじゃないのか？
　てかユイの所為だこのやろう。帰ったら思いっきりぶっ叩こう。そうしよう。

「どうしましょう、ティスカ様・・・」

　こんなに困った顔をしているミズナを見るのは久し振りだ。
　いつも大体は無表情に近い顔で、何事も難なく乗り切っていくのがミズナであるが、これには少しばかり動転しているらしい。
　過去に前例のないことだからな。照らし合わせるデータもないんじゃ、そりゃあ動揺するか。

「とにかく、『上』と連絡を取ろう。ユイを呼び出してくれ」
「そ、それが・・・非常に言いにくいのですが・・・・」
「・・・・・ま、まさか・・・？」
「先程の衝撃で、通信システムが破損してしまったようで・・・受信も送信もできません」
「・・・・・・・・・」

　おーまいがっ！
　なんて言ってる場合じゃない。これはかなりの緊急事態である。
　今すぐどうにかなるってわけではないが、上との連絡が取れないということは俺たちはここで孤立しているということで・・・

「・・・とにかく、これ以上干渉するのもマズイ。
　上の方もこっちと連絡が取れなくなったことぐらい気づいているだろうし、今は身を隠して・・・」
「だっ、誰かいるんですか！？」

　凛とした声が、俺たちの居る空間に響き渡った。
　それと同時にミズナが身構え、腰にある短刀に手を伸ばす。俺の従者としての条件反射的な行動だ。
　声の主はこの部屋の入り口に立っていた。黒髪の少女。
　手には仄かに光る明かりを持ち、着ている服はどうやら寝間着のようだ。

　ってことは、この社に住んでいる者？

　・・・・気づくのが遅かった。あれだけ派手な音を立てて転送アウトしたのだ。例え寝ていたとしても、そりゃあ気づかれるだろうに。
　ミズナも普段ならそういうことはいち早く気づくのだが、今回は事が事だけに冷静な思考が働いていなかったらしい。
　俺も人のことは言えないのだが・・・
　部屋に誰かがいるということが確信に変わると、少女は息を飲む。先程よりも緊張を含んだ声で、俺たちに呼び掛けてきた。

「・・・何用ですか。ここには何もありませんよ」
「あ〜・・・いや、別に何かをしにきたわけじゃないんだけど」
「ではどうしてここに？ 見れば分かるでしょうけど、ここには本当に何も・・・」

　そして、少女の目が天井付近で止まる。
　・・・あ、気づいちゃった。

「なっ・・・ななな！？ ない！？ 屋根がない！？」
「あ、あはは・・・なんでだろうな？」
「さっきに大きな音といい・・・貴方たちが壊したんですか！」

　その通りです。なんて言えるわけがない。

「・・・ティスカ様」

　隣のミズナが小声で俺に話しかけてくる。
　何を言いたいのかはだいたい予想はつくが、俺はそれを拒否した。

「だめだ。相手は女だぞ」
「この際仕方ありません。ここで少しばかり気を失ってもらえば、全ては夢だった・・・ということにできます」
「屋根のことは、夢でしたってオチ、通用しないけどな」

　この少女が気を失っている間に完璧までに屋根を修復できれば話は別だが、そんなことは到底不可能である。

「・・・・・」
「とにかくダメ。俺がなんとかするから、ミズナは黙ってなさい」
「・・・承知しました」

　しぶしぶ引き下がるミズナ。
　俺は小さく深呼吸した。どうにかしてこの場を誤魔化さなければいけない。

「どうなんですか！ 何とか言ったらどうです！」

　少女は声で詰め寄ってくる。
　俺は覚悟を決めて、一度だけ大きく深呼吸する。そしていかにも「ワケが分からない」という風に肩をすくめて言った。

「この屋根は元々こうじゃなかったのか？ 俺たちが来たときには、最初からこんな風になっていたが」
「そんなわけないじゃないですか！ ・・・貴方たちは一体何者です？」
「なに、この大陸中を歩き回っているのんきな旅人さ。
　この村には先程辿り着いたんだけど、この社の近くに来たときにどデカイ音が聞こえたから何事かと思ってね」

　頭に中に浮かんできた作り話を、違和感の無いように整理しながら口に出す。

「・・・旅のお方？」
「そう。この世界の美しさをこの目でしっかりと見たくてさ。
　いろんな場所をまわったけど、この村もいいね・・・あ、いやまだ見て回ってはいないんだけど、雰囲気で分かるよ」

　でも、ヘタに話を発展させようとするとボロが出てしまうようだ。気を付けよう。

「勝手に入ったのは済まなかった。謝るよ」

　そう言って頭を下げる俺。その俺に合わせるように、ミズナもぺこりと頭を垂れた。
　その様子を見て、少女はあたふたと慌て出す。

「あ、い、いえ・・・えっと・・・こっちこそいきなり怒鳴ってすいませんでした。てっきり泥棒さんかと思って・・・」

　・・・そう簡単に相手の話を信用したらだめだ。と言ってやりたいが・・・状況的に言えないこの辛さ。
　俺がついた嘘を完全に信じているらしい。この子、将来大丈夫だろうか？

「本当にごめんなさい・・・気分を悪くさせちゃいましたよね・・・？」

　・・・・・
　この子は良い子なのだろう。
　だから余計に将来が心配になるが、今はこの子を心配してる場合じゃない。
　明日の我が身の心配をしなければ。

「別に気にすることはないよ。こちらだって驚かせてしまったようだし」
「でもその・・・・・ごめんなさい」

　身を小さくしてしまう彼女を見て、俺は苦笑した。さっきまでの勢いはどこへ消えたのやら、である。
　まぁとにかく、これで俺たちが犯人じゃないと信じてくれたようだし、後は穏便にこの場を退散するとしよう。
　俺はミズナを見る。ミズナも俺の視線に気づいて察してくれたようで、俺に応えるように頷いた。

「じゃあ、俺たちはこれで失礼するよ。夜分遅く悪かったね」
「お騒がせして申し訳ありませんでした。おやすみなさいませ」

　そそくさと撤退を始める俺とミズナ。この後は森の中に出も入って、上からの連絡を待つとしよう。
　何の問題もなく社から出て、森に入れる・・・と思っていたのだが。
　その前。少女の横を通り過ぎようとした瞬間、ぎゅっと服の裾を掴まれた。

「・・・え？」
「あ・・・・・・」

　掴んだ少女と、掴まれた俺の視線が交差する。
　な、何だ・・・？ まだ何かあるのか？
　俺は戸惑いながら、少女に向き合って聞いた。

「どうかした？」
「・・・・・・・・・・」
「・・・ん？」

　俺も戸惑っていたが、見たところ少女の方も困惑しているらしい。
　「何も考えずに掴んじゃったけど、これからどうしよう」という感じ。
　しかしこのまま硬直しているわけにはいかない。いかないったらいかないのだが、動くに動けないわけで・・・
　強引に振り解くのも気が引けて、俺は困ったまま立ち尽くしていた。

「・・あの。ティスカ様に何かご用ですか？」

　痺れを切らしたのか、どこか不機嫌なミズナがそう言う。
　ってミズナさん、俺の名前思いっきりバラしてます。ちょっと、気づいてますか？
　・・・まぁいいけど。別に。

「ティスカ・・・・・さん」

　俺の名前を聞いた少女が、噛みしめるようにそう呟く。

「あ、あの・・・ティスカさん？ 一つだけ、お聞きしていいですか？」

　どこか真剣な少女の言葉に、俺は思わず頷いていた。
　少女は俺の服をしっかりと掴んだまま、意を決したように言った。

「ティスカさんって・・・・・・・・守り神様？」








◆　神様に出来ること　◆



　＞＞＞続。